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〜第八章 ファーブラ最終章 ゲネシス〜

第八章最終話✡︎❅✡︎メモリア✡︎❅✡︎

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 美しい天上の世界、春の様に心地よい風が吹いている。
 黄金色の草原の中で二人がいた。

 エレナとカナだ……クロノスとアインは居ない、エレナが創造と破壊を司りカナがその天使としていた。

 ムエルテがその草原の中、離れた場所で目を覚ました。
 まだムエルテが存在していないのか解らないが、意識の存在としていた。
 ムエルテがエレナとカナを見て二人が祈っている事に気付いた。

「まさか……この時は……」

 そして空に漆黒の無を思わせる闇が現れ、そこから次々に光の玉が、飛び出してエレナ達の元に向かった。

 白く美しく輝く玉や、赤黒い玉……金や銀の輝きを放つ美しい玉もあった。

 感情だ……かつてクロノスとアインが願い求めた感情が解き放たれたのだ。

 そしてエレナは、美しい玉を最初に手に取る……


「エレナ!お前は馬鹿か!
お前の娘が!ユリナが‼︎

全てを投げ出してこの時に戻したのだ!

全てを救うために!
繰り返すな!」
ムエルテが思わず必死に叫んだ。
 全ての罪の始まり、それをムエルテは見過ごす訳には行かなかった。

 だがムエルテの声はエレナには届かない、ムエルテはエレナの元に行こうとするが、体が石の様に重く動けない。
「くそ……正しき者も天界に行けば変わると言うのか……ユリナ、お前の願い妾はどうすれば良いのじゃ……」
ムエルテは見守るしか無かった。

 必死になるが体が動かない、激しい時の流れに流されながらも、記憶を失いそうになりながらもそれに耐え、ユリナから預かった命達をムエルテは守り切ったが、何かを忘れてしまった感覚がある。
 それはかけがえの無い何かだが思い出せない、それよりも目の前で繰り返されそうな過ちを絶対に止めたかった。

 だが無情にも体が言う事をきかない、姿さえ表す事さえ出来ない……
「全てを受け取れ!
エレナァァァァァァァァ‼︎」
 力一杯叫ぶ、ふとカナが何か聞こえた様な仕草をみせると。

「エレナ様、他の子達が寂しそうですよ」
カナが優しくエレナに言う。
 エレナは他の玉を見て赤黒い光を放つ玉が悲しげな輝きを放っている気がした。
 恐怖の感情……メトゥスの玉だ、エレナは優しく微笑みながら言った。


「みんなおいで」


 その一言で全ての玉が輝きを増して、エレナの掌に飛び込んで行った。

「みんな喜んでますね」
カナが可愛い笑顔で言う。
「うん、みんな仲良くしようね」
エレナが子供をあやす様に優しく言う。



 ムエルテは胸を撫で下ろして、仰向けになり空を見上げるとそこにユリナがいた。
 暗黒を背負い右手をグーにしている、ユリナも見守っていたのだ。

ユリナはムエルテの元に降りて話しかける。


「ムエルテ様ありがとう、私はまだやらなきゃいけない事があるから少し……
旅に出ます……」
ユリナが寂しそうに言う。

「旅?何処にいくのじゃ?」
ムエルテが聞く。

「オディウムを探さないと……
オディウムは私から生まれたから……
あの流れに流されなかった見たい。

放っておいたら大変な事をきっとするから……」
ユリナは遠くを見ながら言う。

「大丈夫か?奴の姿は……」

「えぇ、あの姿だから余計放っておけない……必ず見つけないと」

「妾も行くぞ」

「いえ、ムエルテ様は残って下さい命の女神として新しい世界を命で溢れさせて下さい」
ユリナは笑顔で言う。

 ムエルテ程、信頼できる命の女神は考えられない、そして何よりもエレナがあの世界で夢見たシュンパティアの街……
 全ての種族が共に手を取り合い、歌を歌い踊り喜びを分かち合う。
 そこには差別も偏見もない、その理想を描いたエレナを創造と破壊を司る神に出来たのだ……ユリナには何も心配する事は無かった。

 そのユリナにエレナが気付いた、エレナは清楚に歩み寄って来て言う。
「テンプス様、どうされました?
そこに何かいるのですか?」
丁寧に他人行儀で話しかけて来た。

「‼︎⁈」

ムエルテは驚きを隠せなかった。

 ユリナは少し寂しそうな瞳をしながら笑顔で答える。
「いえ、何もありません、エレナさん理想の世界は作れそうですか?」
親子で無い様にユリナは演じて聞いている……

(まて!ユリナこれはどう言う事じゃ?
エレナはまさか……)
 ムエルテが心でユリナに聞いて来る、あまりの悲しい現実に胸が締め付けられる様な痛みを覚えていた。

「テンプス様、一つ気になることがありますが、それはカナさんがきっと纏めてくれます」
エレナが言う。

「お……カナが?」
 ユリナは思わずお姉ちゃんと言いそうになったが言わずに済んだ。
 その仕草を見てムエルテの悲しみが溢れ出した、エレナもカナも生まれ変わった時に記憶を失ってしまったのだ。


 それは時の流れの中で全て押し流されてしまったのだ、この新世界でユリナを覚えているのは、ユリナに導かれたムエルテとその左手の黒い星、闇の星に逃げたカイナ、ユリナの血を吸った暗黒を半身とするオプス……
そしてユリナの力を冥界の石を通して触れたまだ感情でしかない、メトゥスだけだった。

 ユリナのかけがえの無い、母エレナと姉のカナまでもが記憶を失ってしまったのだ。

 ユリナはエレナと話をして、エレナがカナを連れて離れて行く。
 どうやらエレナもカナが娘である事も忘れてしまっている……

「ユリナ……お主それで良いのか?
こんな悲しい世界で……
寂しく無いのか?」
ムエルテが苦しそうに聞いて来てくれた。

「平気って言ったら嘘になっちゃうかな……でも世界が無くなっちゃうよりいいと思う。
だってさ……


世界が無くなっちゃったら記憶も取り戻せないじゃん

私を忘れちゃってもいい、それでも私が守るから……

みんなが私を守ってくれてたんだもん

トールなんて、命を投げ出して守ってくれてたんだよ……あの時そう思ったんだ……

時の神様の力をムエルテが解放してくれた時……解ったの時を戻す事は記憶さえ流してしまうって……

だからお別れを言ったんだけど……
やっぱり……」
ユリナはそこまで言って泣き崩れてしまう。

 ユリナの悲しい泣き声が小さく聞こえる……
 だがムエルテはユリナの心を見て、必死に立ち上がり、座り込んでしまったユリナに歩み寄り、力一杯ユリナの頬を叩いた!

パチンッ!

「懐かしかろう……?

またカナに姉として叩いてもらえる様に頑張れば良かろう?


奇跡を信じるのではなく、目の前の真実を見つめよ……
奇跡は求めるものではなく、信じるものでもない……
自ら生み出すものだから


そなたは奇跡を起こした、我々神々が起こせなかった奇跡を生み出したのじゃ

一度生み出したのだ、また生み出せば良かろう?」
そう言うとムエルテは懐からリンゴを取り出してユリナに投げ渡した。

「ゆっくり食うかの」

 ユリナは涙を拭いそのリンゴを静かにかじる……優しい甘さが口の中に広がる、その甘さが遠い記憶を思い出させる。


 エレナがリンゴをむいて歪な形になり、カナがむいたリンゴは綺麗な形であった。

「お姉ちゃんの食べるー」
カナがクスクス笑っている、エレナはふーと仕方なさそうな顔をしている。
やがてユリナがカナのむいたリンゴを食べ終わり、エレナがむいたリンゴを口にした時、同じ味がしたのだ。


女神となったユリナの瞳から涙が溢れる。


「ユリナ、リンゴは形が違ってもリンゴだよ、ウサギさんの形にしてもリンゴなのよ」
カナが綺麗にウサギの形に切ってくれた。

 その思い出を暗黒からオプスが見つめていた、ムエルテも神の瞳で見つめていた。


「命も同じじゃの、種族が違っても同じ命じゃ……
そちはそれを守ったのじゃ……
未来も共にな……」

「うん……」

ユリナはまた涙を拭った。
そして立ち上がり、意志の強い瞳を見開いて遠くで話し合っている、エレナとカナを見つめる。
「行くのか?」
「うん、オディウムもそうだけど、お母さんとお姉ちゃんが記憶を取り戻せる様に頑張らないと」
「そうじゃな」
「じゃ、ムエルテ様ここはよろしくね」
「あぁ、妾に任せておけば良い元気でな……」


「大丈夫、私にはムエルテ様がいるから、また私が疲れちゃったら……
引っ叩いて下さいね」
ユリナはムエルテに空元気ではあるが精一杯の笑顔を見せる。

「あぁ、何回でも叩いてやるぞ、最高神を叩けるなんて妾だけの特権じゃな」
ムエルテもユリナの笑顔に応えて明るく話しユリナは時の風を操り、空に舞い上がる。


 ムエルテは何も言わずにユリナを見送る、ユリナはエレナとカナを見下ろして一筋の涙を流して飛び去って行った。


 ユリナの女神としての旅はまだ始まったばかりであった……




✡︎❅✡︎ユニオンレグヌス✡︎❅✡︎~ファーブラ最終章・ゲネシス~完
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