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〜第五章 ファーブラ・神話の始まり〜
109話✡︎✡︎戻った時間と期待✡︎✡︎
しおりを挟むその晩、ユリナ達もベルリス温泉に泊まった。
アグドからすればユリナはセレスの姫君で、亡国の道から救ってくれたエレナ女王の実の娘である。
その為ベルリス温泉で最高の部屋が用意されたのは言うまでも無い。
ユリナはその晩一人でベルリス温泉を散策した。
カナとも再会の話も沢山したが、この先の未来を考えると素直に喜べなかった。
無の神ニヒルの軍勢と戦って勝てる見込みが薄い事は、死の女神ムエルテの様子でおおよそは把握出来た。
むしろ抵抗もままならないかも知れない……だが英雄でもあるエレナの血を引いてるせいか絶望的な心境にはならなかった。
ユリナは不思議とその先の未来を見ようとしていた。
希望がある訳ではない、だが絶望を感じる訳でもない不思議な感覚で歩いていた……
ベルリス温泉の街がだいぶ賑やかになった事は直ぐに解った。
夜でも商人達が外で交易品を品定めをして、商店でも品定めしているのが解る。
酒場でも賑やかに、時折喧嘩してる声が聞こえる……エレナが想像した通りまだ未完成でありながら、ベルリス温泉はアグド国を支える重要な都市になっている。
その賑わいは既にセレスの首都、エルドを超えている様にも感じさせる。
ユリナは流石お母さんと心で思いながらふと左手の細い路地を抜ける若者が目にちらっと見えて通り過ぎ……
(ちょっと今の人……)
そう思った瞬間、目の前に一瞬だけ瞬きをする間もない程の一瞬、真っ白になり気付いたらその路地の手前を歩いていた。
まだその若者は路地を抜けている……
(えっ……)
一瞬だが二三秒程戻ったのだ、街の人々は気づいていない……ユリナだけがそれに気付いた。
ユリナは僅かに困惑したが、若者の横顔が見えた、フェルトであった。
ユリナは追った、昼に彼がトールに言ったことを聞きたかったのだ。
それにトールの剣を彼は受け止めた暗黒の刃で斬り裂けない物は無い、それを受け止めた事が信じられ無かった。
ユリナは知りたくて走ったがフェルトを直ぐに見失った、ユリナは風の流れを探りフェルトを探した。
見つけた……すぐに左に曲がり真っ直ぐ街の外に向かっている。
走っている……かなり速いが追いつけない程では無いユリナは追い始める。
フェルトは夜目が効く様で暗い路地も綺麗に抜けて行く……
追いつけると思ったが追いつけなかった、仕方なくユリナは再び風を探って、今度は落ち着いて追っていった。
暫くして街の外に出た……
ベルリス平原を吹く風が爽やかに気持ち良かった。
サーっと言う音を風が草原の草を揺らして立てている。
ユリナは街の入り口から平原を見渡してフェルトを見つけた、誰かと話している背は低い……
「そちは気付かぬか、腑抜けが」
相手は死の女神ムエルテだユリナにはハッキリと声が聞こえた。
「?」
フェルトが街の入り口を見てユリナに気づいた。
「いつの間に……」
フェルトは確かに撒いたと思っていた、だが確実に追って来たユリナに驚いた。
「いつまでそこにおるのじゃ、来るなら来るが良い」
ムエルテは少しだけ微笑みながら言った。
「フェルトよ、この世界の神に愛されし者を甘く見るでないぞ……
あやつは風の女神ウィンディアに愛されている。
何処に居てもあやつがその気になれば、お主でも風を頼りに見つけてくるぞ」
「ふっ、メモリアみたいなヤツだな……」
「メモリア?」
ユリナが来てフェルトに聞いた。
「あぁ、でもメモリアは匂いで探し出すがな……
風が少しでも無いと匂いが運ばれて来なくて結構困ってるんだ。
またその顔が可愛いんだ」
フェルトは愛する人を話す様に言い、またそれが嬉しそうだった。
ユリナは生まれて初めてと言える、やきもちを覚えた。
「何の話をしておる……
さてフェルトよお主に伝えておく事がある。
ユリナも聞くが良い……
数日前に大地に愛されし者が死んだ。」
ムエルテが話す。
「ガーラ……
ムエルテ様……仇を取っていただき、ありがとうございます……
ガーラの友人として深くお礼を言わせて頂きます。」
ユリナがお辞儀しながら言う。
「なんじゃ、ユリナは知っておったのか?」
「えぇ夢で見ました。
ですが何故ガイア様は、ガーラをお守りしなかったのですか?」
ユリナが聞く。
「ふっガイアの腰抜けが……
無の神ニヒルにたてつくのが恐ろしいのであろう……
今頃天界では騒ぎになっておるだろうがな……」
ムエルテは天を仰ぎ見るように言った……
「ユリナ、気をつけるが良い……
ニヒルは巫女と使徒を狙うであろう、つまり其方も狙われると言う事だ」
ムエルテはユリナを心配している様だった。
「じゃあお母さんも?」
ユリナは心配そうに行った。
「案ずるな、エレナにはアルベルトが付いておる……
クロノスとアインが最初に手にした心の一つ……希望を象徴する光の使徒がな……
そう易々と命を落とす事は無かろう」
ムエルテはあえてアルベルトが光神ルーメンである事を言わなかった。
それは光神ルーメン一人では無の神ニヒルに対抗出来ない事を知っていたからである。
過剰な希望が光神ルーメンだけに注がれては、光神ルーメンが無の神ニヒルに敗れた時……全てが絶望し無の神ニヒルは絶望の力も手にしてしまう。
ニヒルにとっては、絶望の力などどうでもいいが、そうなれば冥界の絶望の神まで力を失ってしまう。
つまり冥界の力が一つ削がれてしまう……ムエルテはそれを懸念した。
「お父さん……」
(じれったいが待つしか無いの……
ユリナが神として覚醒した時……
いったい何を司る神になるか……
ニヒルと対等出来る神であれば良いがの……)
「ふっ……妾とした事が……」
ムエルテがそう思いながら声を漏らした。
「ムエルテ様、どうされました?」
フェルトが聞いたがムエルテは構わず話した。
「フェルトよ、其方の力は役に立つユリナを守ってやれい……
ユリナも風の巫女……
この世界からすれば希望の一つだ良いな、妾も当面は其方の近くにおる……」
「シャイナさんは?」
ユリナが言う。
「あやつは今サランに向かっておる、サランは謎深い国じゃ……
ヒューマン、人間は未知での時折であるが……
アルベルトの様に化け物の様な英雄が生まれる……
だが欲深い面もあるでの、様子を見に行かせたのじゃ」
ユリナはハーフエルフで人間の血も引いている……その為に少し気にした……
「でもユリナは凄いな……
ムエルテ様と普通に話してるな」
フェルトが言う。
「え……」
「知り合いみたいに話してるじゃないか、死の女神と友達みたいにさ」
「きっと此奴が馬鹿なのじゃ、妾と対等に話すなど……
まぁまだまだ先の話だろうが、そうなれば楽しみじゃの」
ムエルテが楽しそうにそう言い、一陣の風が吹き二人が顔を思わず顔を背けるとその一瞬でムエルテは姿を消した。
「ユリナは本当に英雄の子なのか?
ムエルテ様は可能性がない事は絶対に言わない……」
フェルトが言った。
「えぇ……」
二人はムエルテが去った後しばらく月を眺めていた。
ユリナは自分自身に疑問を持ち始めた。
神々が遠い存在に感じない……闇の女神オプスとは本当に親戚に思える程近く感じる。
クロノスにさえ、可愛がってくれるお爺さんの様に感じた。
「ふっ妾としたことが……
あの小娘に期待してしまったのぉ……
だが満更でも無いかも知れんな……
いかなんな……」
ムエルテはユリナに期待した……だが其れが希望に変わろうとした事を否定した。
それはムエルテが現実しか見ない性格であり、それは……ムエルテが生まれた時に遡る……。
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