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〜第四章 変わりゆく時代〜

81話✡︎トールの涙✡︎

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 その頃地下都市トールに着いたトールとオプスは盛大に迎えられていた。

 十万年前の王子とは言え、闇のレジェンド・トールの偉業はトータリアが逃げ延びた事により言い伝えられ、そして地下都市トールの神話として残っていた。
 それはトータリアが兄を想い残したかの様にトールとオプスを温かく迎えた。

「これだけの都市をトータリアは作ったのか……」
「トータリア様がどの様に作られたかは解りませんが。
ここに着く前にドワーフの商隊と合流した様です、ですから当時のドワーフの建築技術の高さが見られますよ」
トルミアはそう言い笑顔で案内する。

 その都市は地下にあるとは思えない程に広く、とてつも無い量の岩盤を掘り出したのが一瞬で解る、小さな空の様に高いドーム状の天井の中心には、山と森を伝える大地の女神ガイアの巨大な守護印が装飾されており、強いガイアの魔力が絶え間なく放たれこの地下都市トールを守護している。
 まるで母なる大地に抱かれている様である……


 ガイアの恵みだろうか……
 灯りは全て地下から噴き出す気体に火を灯して街中が明るい……
 そして壁面の所々に風の女神ウィンディアの印も彫刻されている。
 その影響だろう、何箇所かある地下都市トールの入り口から絶え間なく新鮮な空気が入り込み、全ての汚れた空気を別の入り口から吹き出している。

 全ての岩肌が滑らかに磨かれており、美しい彫刻で彩られ、巨大な都市一つが全て芸術の中、物語の中にあるかの様に美しく別の世界に入り込んだ様な錯覚を覚える。
 そして神々の印がまた幻想的に都市を思わせている。

 だがこれだけ巨大な地下都市である、人口はどれだけ居るのか予想出来ない。
 その地下都市を支える為には、技術だけでは大きな自然災害があった時に一瞬で滅んでしまう。
 ゴブリン達は後世に生き延びる為に、大地の女神ガイアと風の女神ウィンディアに頼ったのだ。

 本当はゴブリン達の主神、闇の女神オプスの印を掘りたかったはずだ……
 美しい地下都市トールは、開発が長年に及んだが、闇の女神オプスが冥界に囚われてしまった時代の悲しさも物語っている……


「ガイア、ウィンディア手間をとらせてしまいましたね。
本当にありがとう……」
オプスは闇の女神として大地の女神ガイアと風の女神ウィンディアに、そして姉として妹達に様々な想いを込めて囁いた。


 そして地下都市トールの王宮を過ぎ、一番奥に向かう。
 奥の壁面には一つの大きな通路が掘られており、そこには王家の墓と刻まれていた……


その奥へ案内されて行く……


 王家の墓内部はゴブリン達のみで掘った様に、先程までの様子とは違い丁寧に作られたのは解るが、美しさはさほど感じない。

「驚きましたか?この王家の墓は全て我らが彫りました。
言い伝えによれば、ドワーフ達が手伝おうとしたのですが。
(私達の王家の墓は我らの魂で掘る)と兵達が言い断った様です。

ですからこの王家の墓には、この地下都市トールに一つしか無いオプス様の印があります」
 トルミアは案内しながら伝えてくれている。トルミアの護衛達も一族の誇りを改めて感じている様だ……

 そしてその通路を抜けると大きな広間に出た、天井は地下都市トールよりはかなり低いがそれでも立派と言う程の高さがある。
そして天井にはガイアの印が掘られていた……
 円形の広間に一際大きな石の棺があり、それを囲む様に多くの棺が円形状に並んでいる。


「トータリア……」
 トールが呟き前に出て静かにその大きな棺に向かい歩み出す……オプスもそれに続いた。
 トータリアの気配をトールはその棺から強く感じていた、それ故に迷わず足を進める。

 その棺には闇の女神オプスの印が刻まれていた、トルミアと護衛達は静かに見守っていた。

 棺にはトータリアと刻まれ、その下に何故ここに眠っているのか、十万年前の記録が示されていた。
 その石棺の棺蓋は開けても落下しない様になっていた……トータリアは遠い未来でこの棺が開けられても棺蓋が割れない様に作らせたのだろう。

 トールは棺蓋に手をかけた、そこにトータリアの魂は無い、だが……何故か僅かに躊躇った。

「トール私がついています。
開けてあげなさい」
 オプスは優しくトールに声を掛けた、オプスは知っていた。
 トータリアが生前トールを愛していた事も、そしてトールの想いを知り身を引いた事も、それ故に愛し続けた者が、兄トールの願いに大切な物と永遠の眠りに着いたことを知っていたのだ。

 トールはオプスの声に押され、棺蓋を力一杯に押し開ける。
 その重さは十万年の重さ、あのクリタス王国滅亡の重さの様にトールにはとてつも無い重さに感じた。

「うぉぉぉぉ!」
あのトールが苦しそうに声を上げる……

 僅かに棺蓋が重い音とともに開き始める、トールの顔には汗が流れている。
 その辺のオークと力比べをしても負けない、トールが苦しそうだ、顔を歪め今まで受けたどの太刀よりも重く、トールはその重さを全身で感じ、筋肉が痙攣する程に力を振り絞り、全身全霊を込めて開けていく……

 兄として妹が願ったことを、自ら知ろうとしていた。
 岩と岩が擦れ重い音が響き、少しずつ開きようやく開けた時にはトールは既にまともに立っていられない程になっていた。


 石棺の中にはトータリアが眠っていた、ミイラ化していたが生前の面影を残し、眠る様に穏やかであった事が見て解る。
 そして大事そうに黒い木箱を抱きしめている。

 トールは体の奥底から凄まじい感情が溢れて来たが涙を抑えていた。

 十万年前、トールはトータリアを逃した、トールはあの時、一族を導く様に伝えたが、そんな事はどうでも良かった事を改めて感じていた。

 あの時、英雄でもなんでも無かった、王子でもレジェンドでも無かった、ただ一人の兄としてトータリアを助けたかった事に、安らかに眠るトータリアの姿を見て深く気付いたのだ……

 気づけばトータリアの遺体はミイラ化しているが、老婆になってはいないのが解った。
 まだ若いうちに亡くなってしまった様だ……トータリアの枕元に巻物があり、トールは気になり取り出して読み始める。

 トータリアの侍女が書いた物だった……死後、天界でトールに読んでもらう為に書いたのだろう。
 そこにはトータリアの苦労と、クリタス王国の再興の為に死力を尽くして日々休まずに勤めていたトータリアの様子が書かれていた……
 そして無理がたたって病にかかり、倒れてしまい命を落としたらしい、そしてその木箱を抱きしめさせる様に、埋葬する様に伝えたらしく。
 トータリアがそれを後世に守ろうとしたのが、とてつも無く強い意志とともに感じさせる。

 トールは溢れそうな涙を堪えながら、その木箱に手を伸ばすと、トータリアの手はミイラ化しているにも関わらず。
 差し出す様に解け、まるで寝ている姿の様になった……まるでトータリアの意思の様であった。

 トールがその木箱を開けると黒い布が入っていた……その布を取り出し広げた時に、涙がついに溢れてしまった。

「トータリア、生き抜けと言っただろ……
なんで……こんな物の為に……」

 その布は、黒の下地に金の六芒星……
クリタス王国の旗、ユニオンレグヌス、ゴブリンの旗印であった……

 トータリアはユニオン時代、最大勢力であったクリタス王国の最後の姫として、兄の言葉通り一族を導き続け、自らの命だけで無く遠い未来でなければ再興出来ないと確信し、クリタス王国の誇りを死後も守り続けていた……

 そして守り切った様に役目を終えたかの様にトータリアの遺体は、粉に変わって行くかの様に崩れ始める。
 だが一瞬、顔が崩れ形が変わった為だろうか本当に一瞬、トールにはトータリアが微笑んだ様に見えた……


「必ず掲げて見せる……
クリタスに、我が可愛い妹よお前の為に必ず……
クリタスにこの旗を掲げて見せる」
 トールは溢れ出した涙を拭い瞳を開けた時トータリアの遺体は全て白い粉になっていた……そしてその下には、石棺の底に同じ木箱が敷き詰められていた……

 装飾品も無く、一本の大剣の木剣が入っていた……それ以外は何も無い。
 トータリアが愛した兄に何度か大剣を教わった時に使った品だ、彼女は一族の誇りと兄との思い出だけで埋葬されて居たのだ……


「英雄か……本当の英雄ってのはこんな時どうするんだろうな……」
過去の言葉がトールの頭の中に響いていた……
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