78 / 234
〜アブソルートゥス〜
1話✡︎壊れかけた心✡︎
しおりを挟むエレナはトールとオプスが、美しい夜空の下を馬で去って行くのを見て、思い出していた。
二人の愛が絶対的で美しく、そして支え合っている姿を見て、エレナはその昔を思い出しながら囁いた。
「アブソルートゥス……」
エレナが水の女神エヴァ祝福を授かったのはユリナが産まれる僅か五十年前四千三百歳頃の事だ……その時まだ、エレナの髪は金色で美しい水色では無かった。
エヴァの祝福の力は水の女神エヴァの魔力をかりる事が出来る。
その力を解放すれば、あらゆる時に水が味方してくれる、その効果は雨を降らせ海では津波さえ起こし逆に押し返すことも容易である。
だが神では無いために呪文が必要であるが……通常の魔導師は相手にならない程の力を持つ。
その祝福を授かり四十五年立ちエレナ苦しんでいた……
王族であるフロースデア家の当主であり、エルフ族の中でまだ四千三百歳程の年で、見た目では二十歳程の年頃の若い女性がまだ愛する相手も居なく一人で居た、カナが養女で居たが前党首、エレナの父が騒乱の時代に戦死し弓兵師団を受け継ぎ、母もエルフ族の深い愛のせいかそれを追うように病いに倒れ他界してしまった。そして兄弟も居ない……
結果、フロースデア家の正当な血を引くのはエレナ一人になってしまっていた。
そして国の英雄であり、女神の祝福を持ち王族であるために、セレス国内の野心家や欲深い大臣達は息子が居るものは息子を、居ない者は強引に養子を取りエレナに求婚を求めて居た。
それは酷い有り様であり、愛なんて語れるものでは無かった……
まるで全てを平和に導いたその代価が押し寄せた様に、エレナを苦しめ続けていたのだ。
エレナはしだいにカナと召使い以外とは誰とも会わなくなってしまっていた。
(私はこんな醜い世界の為に……
何をしていたのかしら……)
エレナはそう思い屋敷の三階の大きいテラスから一人で空を見上げていた。
何か屋敷に使いが来たのか、召使いが対応している……しばらくしてカナが部屋の扉をノックして入って来た。
「お母様、明日の昼頃にシンシル様がお見えになるようです。
支度の方はしておきますね。」
「うん、お願いね……」
「あとエルドの大臣の方が何名かこの後お見えに……」
「いつも通りお願い……」
そう聞いてカナは静かに部屋を後にした、カナも解っていた。
フロースデア家は王権から退いている、大臣が来るのは、エレナに媚びへつらうか、若い男を紹介に来るだけだ……
(あさましくて醜い獣のようね……
ほんっとうに私を何だと思っているの……)
そう深い悲しみを込めて涙を流しテラスを後にする。
その日の夕方、カナが大臣達の対応を全て受け丁寧に大臣達を見送る。
カナが大臣達からエレナへの贈り物を片付け裏に運ぼうとしていた。
ちょうどエレナが降りて来たが、カナは大臣達の要件をエレナには伝えなかった。
その贈り物を見ただけでエレナは彼らが何をしに来たか理解した。
エレナはその贈り物の中で銀のナイフが目についた、見事に装飾が施され美しいナイフだった。エレナは歩み寄りそのナイフを手にした……
(エレナやめろ!)
リヴァイアサンが心に叫んだ!
エレナはナイフを鞘から抜き自らの首を切ろうとしたのだ。
それをカナが素早くその刃を握り叫ぶ!
「お母様!何をするんですか!」
カナの刃を握った右手から赤い血が大量に流れる!
「離しなさい!
この贈り物で私が死ねば!
大臣も思い知る!」
「離しません!絶対に‼︎」
エレナの目が憎しみを訴えている……カナは握った刃から伝わる熱い痛みと憎しみそして怒りを感じながら、目を鋭くしエレナの気持ちに負けない事を訴える……
騒ぎを聞きつけて、召使い達がエレナを止めに屋敷中から集まる。
「早馬でシンシル様に伝えて!
エレナ様は今はお会いになれないと‼︎」
カナが召使いの一人にそう言い、直ぐに屋敷から早馬が送られる。
「カナ離しなさい!」
「ナイフを渡して下さい‼︎」
エレナが強く言ったがカナはそれ以上に叫んだ!
「貴方達、何をしているのです!
お母様を押さえて下さい!
早く‼︎」
カナがそう叫び召使い達がエレナを取り押さえる……
カナは素早くエレナの手首を左手ではたきナイフを離させる。
「屋敷中の刃物を全て隠して下さい‼︎
武器庫には見張りを数名立たせて!
早くお母様を部屋に‼︎」
カナは気付いた……祝福を授かってからエレナがどれだけ精神的に追い詰められていたか、その苦痛が想像以上であったと初めて気付いた。
カナの傷は深かった、もう剣が握れないかも知れない、その痛みにもカナは顔を歪めなかった。
エレナの心はもっと痛い筈だと理解していたからである……
リヴァイアサンが現れ、カナの傷に命の水を与え治療しようとした時、カナはその右手でリヴァイアサンを振り払った!
「リヴァイアサン!
あなたはお母様を守るのが使命な筈!
いったい何をしていたのですか‼︎」
そう叫びつけ、直ぐにエレナの部屋に向かった。
「もういいから出て行きなさい!」
エレナの部屋からエレナの叫び声が聞こえる、エレナは取り押さえられ、何をするか解らない一人にしたら尚のことだ……
「……」
エレナが何かを囁き魔力を高めた!
カナが部屋に駆け込み左手の手刀で首を強く叩いてエレナを気絶させる。
エレナの部屋が静かになるがカナが直ぐに行動に出る。
「大臣達からの贈り物は全て!
庭で燃やして下さい!
今日の物だけじゃなく以前からの物全て燃やして下さい‼︎」
カナが叫び召使い達に指示を与えるが、カナの右手からは血が流れ続けている。
召使い達も慌てて屋敷中にある大臣達からの贈り物を庭に集め、それが山の様になりそれに火を放つ……
大臣達の欲望が燃やされていく、美しい絵や書物、金銀で彩られた装飾品や貴重な宝石など全てが燃やされていく。
カナはその炎が憎くなった……
全ての欲望が若いエレナに注がれ、エレナの心を蝕んでいた、カナは傷の手当てもせずに、座り込んで涙を流していた……
「あんなに、あんなに嬉しかったのに……
戦いが無くなって庭も芝生を植えて綺麗になったのに……なんでこんな事に……」
カナが悲嘆にくれていた時に静かに部屋に入って来た者が居た。
「カナよ、手を見せなさい……」
国王シンシルがカナが放った早馬からの知らせを聞いて飛んで来たのだ。
会えないならわざわざ早馬を出す程の事ではない、そして明日のはずが使いは今と言った、その二つからシンシルはカナが早く今来て欲しいと、屋敷で異変が起きた事を察したのだ。
シンシルはカナの手を見て優しく手を重ねると、淡くそれでいてはっきりとした水色の輝きが生じる。
シンシルは命の魔法を使い、カナの手を元の美しい手に治療した。
シンシルは黙って、エレナが横になってるベッドに近づきエレナの額に指を当てる……
「そうであったか……
二人とも何人か共を連れてサイスに行くがよい、しばらくエルドから離れるが良かろう……
あの地は心を癒し潤してくれる。
これっ!誰か馬車を用意し必要な荷をまとめて出発の支度をせよ!」
シンシルはエレナの心の疲弊を知った、エレナの屋敷はエルドから近い……
いつでも大臣達が来れる距離にある、まずは彼らからエレナを守る必要がある、シンシルは直ぐにエレナの召使い達に指示をだした。
そしてエレナが気がついた。
「シンシル様なぜ……」
シンシルは穏やかに微笑み。
「そちに休息をやろうと思ってな、しばらくサイスに行くがよい。
一年でも百年でもゆっくりして参れ」
「百年ってそれではっ!」
エレナがそう言った時カナの服が血にまみれ、かなりの血を流したのか部屋に血だまりが出来ているのが見えた。
エレナは飛び起き、部屋を飛び出してナイフを握った場所を見て衝撃を受ける……
部屋の血だまりより大きな血だまりがあり、そしてカナの血が飛び散っている。
だがエレナには記憶が僅かにしか残ってない、それがエレナを止めてくれたカナの血だと言う事をすぐに把握した。
カナは外に目をやると、もう夜になっている……何人かの召使いが宝石を火に捨てず、隠そうとしたのを見た。
カナは飛び出して、屋敷の庭にいるその召使いに叫ぶ!
「そんなにそれが欲しいなら直ぐに屋敷から出て行きなさい‼︎」
召使い達は驚き慌てて、火の中に投げ入れる。
「貴方達は!エレナ様を苦しめた物を欲しいと思う事を恥ずかしいと思わないのですか⁈」
カナが怒り叫び、召使い達は必死に詫びている。
カナが怒りを表している、争いが無くなり本来の性格だろうか、とても大人しいカナが……その様子を見てエレナは膝をついて泣き出してしまった。
心が壊れかけている自分にやっと気付いた。そこには英雄の姿など何処にも無く、ただ悲しみにくれる一人の女性がいた。
シンシルが歩み寄り、静かに言う。
「今は休むがよい、何も考えずセレティア湖を眺めてしばらくここを離れよ」
「はい、シンシル様申し訳ありません……」
エレナは泣きながらか細く返事をした……
既に馬車は用意され、ある程度荷物を運び込んでいる。
その時遠くから蹄の音がするのをシンシルは気付いた。カナを呼びカナに囁く……
「大臣達が気付いた様だ急いで行きなさい」
カナはそれを聞き直ぐにエレナを馬車に乗せ、シンシルに礼を取り出発する。
シンシルの護衛が十名程、供として後を追った、まだ距離がある為に大臣達には気づかれる事なくセレティア湖に向けて出発する事が出来た。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
追い出された万能職に新しい人生が始まりました
東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」
その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。
『万能職』は冒険者の最底辺職だ。
冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。
『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。
口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。
要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。
その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。
貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった
竹桜
ファンタジー
林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。
死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。
貧乏男爵四男に。
転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。
そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。
狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
マーラッシュ
ファンタジー
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
神様に転生させてもらった元社畜はチート能力で異世界に革命をおこす。賢者の石の無限魔力と召喚術の組み合わせって最強では!?
不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
ファンタジー
●あらすじ
ブラック企業に勤め過労死してしまった、斉藤タクマ。36歳。彼は神様によってチート能力をもらい異世界に転生をさせてもらう。
賢者の石による魔力無限と、万能な召喚獣を呼べる召喚術。この二つのチートを使いつつ、危機に瀕した猫人族達の村を発展させていく物語。だんだんと村は発展していき他の町とも交易をはじめゆくゆくは大きな大国に!?
フェンリルにスライム、猫耳少女、エルフにグータラ娘などいろいろ登場人物に振り回されながらも異世界を楽しんでいきたいと思います。
タイトル変えました。
旧題、賢者の石による無限魔力+最強召喚術による、異世界のんびりスローライフ。~猫人族の村はいずれ大国へと成り上がる~
※R15は保険です。異世界転生、内政モノです。
あまりシリアスにするつもりもありません。
またタンタンと進みますのでよろしくお願いします。
感想、お気に入りをいただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いします。
想像以上に多くの方に読んでいただけており、戸惑っております。本当にありがとうございます。
※カクヨムさんでも連載はじめました。
転生したら死にそうな孤児だった
佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。
保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。
やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。
悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。
世界は、意外と優しいのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる