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第三章〜戦士の国アグド〜

62話✡︎エレナの戦✡︎

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 その頃冥界では……


「心地よいのぉ……
怒り、憎しみ、悲しみが溢れておる……
そして死が何よりも心地よい……」
 死の女神ムエルテがアグドでの内乱を楽しみながら、多くの死がムエルテに流れ込みその心地よさを感じていた。

「全くです、地上世界は勝手に争い私達を楽しませてくれます……
数万年経っても愚かなことです。」
冥界の女神の一人がムエルテに合わせて言う。
「破滅よ!無理せずとも良い……
そなたは好まぬのであろう?
そなたの血を引く者もあの場にいるのだ……。
好きにして良いぞ……」
死の女神ムエルテが破滅の女神にそう言う。

「お気になさらず……」
破滅の女神はそう言い静かにアグドの争いを見ていた。



 そしてアグドでは、冥界の神々が見ているとは知らずに、エレナがその才を発揮させようとしていた。


 エレナの言葉にグリフと隊長達が驚く。
まぁ無理も無い、まずこちらは八個中隊八千、それに対して相手は一個師団一万五千、倍近くの敵を相手にすると言うのだ。

「グリフさん、あちらの指揮官は師団長として戦は何回目ですか?」
「三度目だと思います。
クリタスのオーク討伐に五千程率いて、度々戦って居ますが……
一個師団全てを率いるのは初めてかと。」
グリフが答える。


「なるほど……あちらには悪いですが、この戦の後あの一個師団の師団長は降格して出直して貰いましょう。」
 エレナはそう言うと、オークの隊長達が俄かに笑い声が漏れる。

 そしてエレナが説明する、


「皆さんこの戦局で、あの一個師団がとても重要な位置にあり、中立でありながら長老側に味方しているのにお気づきですか?」
エレナがそう言うがオークの隊長達は何となくでしか解らなかった。

「何故かと言えば、ジェネラルが戦っている真横にいつ敵になるか解らない軍が存在する。
その為にジェネラルはそちらを警戒しつつ戦わなければなりません。
その重圧はどれだけ重いか解りますよね?

更に!彼らが中立であるが為に、敵はそこに希望を見出し抵抗を続けるのです‼︎

その様な部隊……中立と言う立場を取る敵でしかありません……

これだけ、国を左右する戦いに未だ手をこまねいているのです。
師団長……それは戦局を幾らでも変えられる存在です。
この後に及んでも判断のつかない師団長は、いっそ出直して貰いましょう……

そしてこの戦場から消えてもらいます……」

 エレナの意図は解りやすく冷たさを感じさせた。
 だが、全ての隊長達も理解していたあの一個師団が邪魔になっていると言うことがはっきりした。

 中立で敵か味方かはっきりしない、それどころかバータリスの目の前に布陣し退こうともしない。
 それをエレナは今の戦局を見てはっきりしないその存在を力づくで殲滅、もしくは降伏させる事を決断した。

 これは反乱である……

 時間をかけ過ぎれば、この後に到着する部隊があれば、どちらに傾くか解らない。
それ以外に国中にどう影響するかは、把握しきれない。
 もし長老院を一人でも逃せば、国を二分してしまう、それだけは何があっても避けなければならない。
 国力が二分すれば他国が黙っていない、見過ごす訳がない……争乱の時代に戻り兼ねない。

(守らなければ……)

 後から来た中立の部隊がシェラドの敵になったのを見て、エレナは決断し動き出した。



「まず、素早く全ての油をこの野営地に満遍なく撒いて下さい、火が燃え移らない様にお願いします。
 その間に二個中隊は一個中隊づつ、あの一個師団に攻撃をし、適当に戦ってから引いてここに誘き寄せて下さい。
完全に食いついたら、全力でこの位置まで撤退して下さい。」
 そう指示を出し悲しい瞳で優しく微笑んだ。


 そしてエレナの指示の元に部隊が動きだす。


 バータリスはいぜんとして、都市にいる長老側の部隊が粘り強い抵抗を見せる。

 当然である……長老院は別として、戦ってる兵達はそれぞれの正義を持つ。

 長老院側の兵は国を裏切った反乱軍から国を守ろうとしている。
 反乱を起こしたシェラドの部隊は欲深く国を蝕む長老院を倒そうとしている。

 この国の未来をかけて命を懸けている、何方の兵も心の中に正義を宿し戦っている。

悲しい戦いである。


 まず先に指示通り、二個中隊が入れ替わりに中立の一個師団に攻撃を開始する。


「貴様ら何をする!
我らはこの争いに関わらんのが解らんのか!」
師団長のエルミダスが叫ぶ!

「関わらないならここから立ち去れ‼︎
国の大事何方にもつかぬ臆病者は去れ‼︎」
中隊長が気の利いた挑発をしエルミダスは怒り反撃を開始する。

 見事に中立の一個師団は長老側についた。

 やはり経験浅いせいか、僅か二千で仕掛けた事に疑問を抱かなかった。

エレナが送った二千の兵に食いつき、一万三千の兵で、エレナが居る野営地に向かって来る。

「あっさり掛かりましたね、これでやっとはっきりしました……彼らはジェネラルにも剣を向ける事が出来ると……

全部隊後退し配置につけ‼︎」


 エレナは後退を指示し、部隊を野営地の後方にある小高い丘まで、兵を退いて二個中隊を左翼に展開させる、そして三個中隊を右翼の奥側に展開し。
エレナ自らは一個中隊となるが、敵を誘き寄せに行った二個中隊と合流して、三個中隊となる。


 その頃エルミダスの率いる一万三千は、エレナ達が居た野営地に着くが、そこには兵一人居なかった、エルミダスの隊はそれに戸惑い足が止まる。

「そこで止まらないで」
そう呟いて、エレナは三個中隊を前に出して更に誘き寄せた。

 エルミダスの隊が半分程こちらに寄った時、エレナは弓を持ち、火矢を野営地に向け放って、他の兵達も次々と火矢を放つ、油がよく撒かれ天幕など燃える物が豊富な野営地は火の海と化す。

 エレナは耳をすませ風を聞いている。
ユリナはウィンダムの力で、風がどう動くか知り驚愕する。

 エルミダスの部隊は混乱し始め、野営地にまだ居た彼の部隊は、火から逃げる様にエレナ達の左翼に向かって動きだす。
 そこに左翼二個中隊が正面から突撃して、これを叩き始める。

 左翼に逃げた兵は中央に戻り、エルミダスの周りにも混乱が広がる。
 エルミダスは声をあげ指揮を取り戻そうとしているがままならない。
 仕方なくエレナ側の右翼に動き出したが右翼三個中隊がこれを押しとどめる。

 火の勢いは増していく、背後の炎に押されて行き場を失って行くエルミダスの兵達、そこに追い討ちをかける様に、風向きが変わりエレナから見て向かい風になる、その時両翼の兵は包囲しつつ引く。

 同時に正面のエレナが率いる三個中隊を引く……
 エルミダスの部隊は現れた逃げ道に殺到し小高い丘を駆け上り無様に逃げ出す。


 その丘を駆け上った先は草が綺麗に刈り取られ、水が撒かれていた。
 エルミダスの兵達は命からがら逃げ延び、自ら武器を置き安堵を覚える。


「そのまま……
武器を置いて下さりませんか?」
エレナがエルミダスに声をかける。

 エレナはエルミダスの軍が安堵した瞬間に手際よく包囲していた……
「私達はあなた方が降伏して頂ければ、命は取りません。

寛大なジェネラル様なら、話せば貴方達が貴方達なりに国を守ろうとした事も、全て伝わるでしょう。」


「貴様!エルフが‼︎」
エルミダスが叫ぶ。
「よさないかエルミダス、お前が叶う相手じゃない、セレスの英雄に弄ばれたのに気づかないのか?」
グリフがエルミダスを止める。

 エルミダスの兵は今の戦いで、指揮系統が完全に麻痺し、おそらく二千の兵は確実に失い、更に部隊は散り散りになり、今ここには五千程度しか居ない……
 更に既に戦意は無く壊滅寸前である、僅かな時でエルミダスはエレナに弄ばれ、一個師団を失う寸前まで追い込まれた。


「部下の命を考えてここは武器を置け!
俺たちも同じ一族を斬りたくない!
解ってくれ‼︎」
グリフが真剣にエルミダスに声をかける。

 エルミダスは周りを見渡し兵達をみる。
 炎から逃げ惑い重い火傷を負う者が多い、そして士気は完全に消え失せてる、とても戦える状況では無い。

「水の巫女に負けたのか……恥にはならんな……」
「あぁ恥にはならない!
我が一族らしく正面からぶつかったんだ‼︎」
グリフがエルミダスの肩を叩く。


「皆武器を置け
俺らの負けだ……」

 エルミダスが敗北を認め、ここでの勝敗があっさりと決した。

「潔さも勇気、配下の兵を考えた決断ご立派ですよ」
 エレナが優しくエルミダスに声をかけた。
エルミダスは僅かな、本当に僅かな笑みを浮かべた。
 エレナはエルミダスの負傷兵を厚く手当てする様に指示をだしてから、バータリスの様子を見る。


 シェラドの元に中立の一個師団が降伏した知らせが届いた。
「ふっエレナか……流石だな……
騒乱の時代を駆け抜けた力は衰えていないか」
そう言うともう一つの知らせが届く。

「ジェネラル!バルガス‼︎
五長老の一人バルガスを第四師団が討ち取った模様!
ですが長老院を中心に守りが硬く……」
 バータリスに侵入したシェラドの部隊が功を挙げたが、シェラドの予想した通りだった……
 ある程度は押し込めるが、第四師団だけでは押し切れない、シェラドはそう予想していた。

 シェラドは夜空を見上げ、ノウムの月が輝いているのを見た。
「皆の者!後方を気にするな!
正面突破せよ‼︎」

 シェラドは既に後から来て敵に回った三個中隊を蹴散らしていた。
 そして脇にいた一個師団が消滅しやっとバータリスに入る門への攻撃に全力を注ぐ。

 するといとも簡単に門は突破され、シェラドの正面軍の約半数が雪崩れの様にバータリスに突入していく。


「カナ、三個中隊兵三千とエルフの兵五十を率いてバータリスの西側に包囲陣を敷いて下さい。
あと、アグドの馬を使いなさい」
 エレナはシェラドの役に立ちたいと思ってるカナに指示をだす。

 カナはエレナに拾われて四百歳くらいになった時からエレナと共に戦場に出て、騒乱の時代最後の六百年はエレナの側近として、戦に出続けていた。
 エレナの娘だが経験はここに居る全てのオークの隊長よりあり、エレナはカナを信頼していた。


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