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第三章〜戦士の国アグド〜

60話✡︎失いし炎の間✡︎

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 バータリスに到着して、早々にこの様子を見てエレナ達はアグドの国のあり方に疑問を抱く、何故長老達が力を持つのか、そしてその長老達が何故国民を思わないのか……


 軍を統率しているのが、国王で国王側が国民を思っている。国の勢力が国王側と長老側で二分されてしまっている。

 そして何よりも気掛かりなのが、この相当規模の大きい国が管理している食料庫に。
横流しがあったとは言え、備蓄されてる食料が少ない気がした。
 確かに他の都市や砦にある食料庫を考えれば足りるのか、全体を把握してないから何とも言えないが、エレナは疑問に思った。


 それからエレナ達はベルガルに王宮へ招かれた。
 この王宮もセレスの王宮に引けを取らない作りになっている。
 国の威信をかけて建設された様で、歴代の王のレリーフが飾られている。

 そしてエレナ達は一階にある玉座の間を過ぎて、離れの様な建物に案内され、ある部屋に案内される。
 その部屋は「失いし炎の間」と書かれている。


 その部屋の扉をベルガルの兵が静かに開ける、部屋の中は暗く異様な空気が満ちている、その部屋の空気をピリアだけが気付いた。

 闇の哀しみが満ちている、兵たちが入り部屋のたいまつに灯をともしていく。
 一つ目のたいまつがついた時に、エレナ達は目を見開き直ぐに悲しい目をした。

 灯に最初に照らされたのは小さい……オーク族の子供の髑髏だった。
 一つではない……灯が灯される度に多くの髑髏が浮かび上がる……


「な…」
ユリナが声を飲み込み言葉を失う……


 全ての灯りが灯された奥行きのある部屋には千はあろうか、子供の髑髏が骨壷の上に乗せられ置かれている。
 壺にはその子の名前が彫られている……


「声も出まい…これが我らの哀しみだ……
ここにあるのは、去年命を落とした我らの子供達だ……」
ベルガルが悲しい目で伝えてくる。


 それを聞いてエレナ達は理解した、先程シェラドが部下に怒り、直ぐに輸送部隊を手配したこと。
 あの食料庫を守る警備兵達を斬ろうとしたこと、シェラドは子供達を守りたかったんだ。

 そしてアグド国が国としての役割を見失っていると言うことの現実を突きつけられる。
「アグドは……」
ベルガルが説明しようとしたが……

「もういいです。セレスの土地、農地が欲しいんですよね?

アグドは八割が山岳地帯、平野は僅か……
しかも広い平野が、首都から始まるベルリス平原のみ……
セレスとの国の関係が悪い為に、ベルリス平原を全て農地にした所で荒らされる可能性が高い……」
 エレナは即座に理解した事を話し出し、次の言葉から涙を流し始めた。


「それで……開発出来ない……
かと言え全ての民をベルリス平原に移住させる事も出来ない……
山岳地帯でも作物は育つがその技術を学ぶ事より、戦に勝つ事ばかり考え軍が拡大し続けて食料不足がさらに深刻になる。

なんで……なんで……言ってくれなかったのですか⁈
なんでこんな事になる前に!
多種族に他国に相談しなかったのですか⁈」
エレナが涙を流しながら訴える。


 ベルガルもベルガルの兵達もエレナの反応に戸惑った、まさか多種族しかも長年敵対関係とも言える、エルフの王族が涙を流している。
 確かにアグド国には早急に手を回さないと、この国自体が危うい。


「ウィースガルム王がご自身であった時はまだ良かった。

軍の縮小やドワーフ族との交流を深めようとしていた……山々には鉄や銅、クリスタルが眠っている。

それを掘り出す技術を学び、それを資源として他国に売り。
国を豊かにしようと考えられてた。
ウィースガルム王は戦いでは無い道を選ばれていたのだ……」

 ベルガルが哀しそうに語り出す。
 エレナはウィースガルムが賢明な王であった事を理解し、速過ぎる死を残念に思えた。


「王はバータリスに居る時は、毎日この部屋を訪れこの子達に祈りを捧げていた。
だがあの日から、王はそれをしなくなり。
様子が変わられた……」
 ベルガルが気付いた、王が討ち取られた日だろう……

「なぜ……気付かなかったんだ!
なぜ俺は気付かなかったんだ‼︎」
ベルガルはそう叫び、分厚い石の壁を殴る、何度も殴り拳から赤い血が流れ始める。
 やはりこの十三日間普通に振舞っていたが……心の傷は癒えてない様だ。


「気付かなくて良かったんです。

私達ドッペルは気付いた相手をただでは済ましません……
特にウィースガルムの様に力のある者に姿を変えた者は、直ぐに命を奪いに来ます。
ベルガルさんが気付いていたら、私達と出会うことは無かったと思います。

そうしたら……誰が王の偉大さを伝えるんですか?
私達だって、ベルガルさんが話してくれなかったら……
ウィースガルム王が賢明な王だったなんて解らなかったんですよ。」
 ピリアはベルガルが今、生きているその意味を伝えようとしている。


「その通りだ、ベルガルお前は王を守れなかった責任を果たせ、やる事は山程ある解ってるだろう?」
シェラドが来て彼なりに励ます。
「シェラド……いえ……ジェネラル食料は足りてるのですか?」
 エレナが聞いた、無論何も考えずに聞いた訳では無い。

「今、備蓄分を調べて来た……来年まではガルカ、ヴァラディアに支援は送れるだろう……
それまでには何とかする」
シェラドが僅かな笑みを浮かべて答えた。
「ベルダ砦はジェネラルの指揮下なんですか?」
続けて質問する。

「あぁ、あそこは俺の砦でグリフの弟が今、守っている」
シェラドが答える。

「ユリナ、アグド国へ贈り物が決まったわ、
師団長になってから私の指示通り蓄えてる?」
「うん、今十年分くらいは溜まってるけど、それでいいの?」
ユリナの回答を聞いてエレナが言う。


「ジェネラル、私が考えて全軍で行っている事で参考になれば良いんですが、セレスは各師団で兵に農耕義務を与えて、食料は各師団で生産管理しているのです。

こうすれば、セレス国全体が凶作の年で国が管理する食料庫の蓄えが底を尽きかけても……
各師団が蓄えた食料を国に供給出来る上に、その凶作の年に戦争が起きても、食料に悩まず軍を送れるのです。」
 エレナはセレスの軍の役割を、半分機密的な方針をシェラドに伝えた。

 ベルガルもその部下もそのやり方は考えつかなかった様で、驚いていた。

 だが兵もベルガルも直ぐに理解した、エレナのやり方は理にかなっている。

 軍隊は国防の為に必ずと言っていい程必要な物であるが……
 その反面養うにはかなりの食料が必要になる、そして資金もかかる。
 更に戦争がない時は、訓練ばかりしていて平和な時代が続けば続く程、無用の長物に思えてくるが、解散する訳にはいかない……

 そこに合間合間で農耕義務を与えれば生産力が向上する。
 それを各師団で管理させ、備蓄させれば国の経済が傾いた時に売却させたり、そのまま凶作を乗り越えたり、国を大きく支える存在に産まれ変わる。

 その仕組みをサッと惜しげも無く、シェラド……つまりアグド国の現段階での軍事の最高実力者に伝えた。

 そしてそれだけでは無く。ユリナ指揮下の弓兵師団は王宮の兵で一万を一個師団として三個師団をユリナは持っている。
 その十年分の食料をユリナが管理している、その中から……


「ユリナ、蓄えた半分の五年分の食料を輸送部隊一個師団編成し、護衛一個師団でベルダ砦に送ってちょうだい」
そうユリナに惜しみ無く指示を出す。

 ユリナは、失いし炎の間にある暗く閉ざされた窓を見てその窓を開けようとする。
 多少大きな木の窓で、長い間誰も開けなかったのだろうかなり重い……カナが手伝い、やっと開け放たれる。


 その時、その部屋に柔らかな日差しと風が入り込み、重々しい空気が一気に何処かへ流れていく。
 その部屋がまた違う部屋になったかの様に思える程、部屋の様子が変わった。

 ユリナはわざわざ水の鳥を、その窓から放とうと思って開け、二羽の水の鳥を放った。
ベルガルもシェラドもその行いが、美しく見え新しい時代を予感させる。
 エレナはたいまつの明かりでは無く、日の光に小さな髑髏達は包まれ、少し笑ったかの様に思え微笑みながら、シェラドに礼を取る。


「ジェネラル、セレスから兵三万の五年分の食料お送りします。
 保存が出来る穀物や干し肉ですが、ジェネラルなら無駄なく使って頂けると信じています。友好の証としてお納め下さい」
そう丁寧に伝えた。

 エレナはあえて手土産は何も持って来なかった。
 それは国交が今まで無さすぎた為に、情報が無さすぎて、何なら受け取ってくれるか解らなかった。
 そして送って良い物、良くない物は相手を見て決めようと思っていた。


 食料と言うのはセレスとアグドの関係を見れば本来送ってはならない物である。
 だがシェラドが悪用するはずが無い、そしてアグドに今一番必要なのは大量の食料だと言う事を考えてエレナは選んだ。


「すまない……有り難く受け取らせて貰う」
そうシェラドは答え、丁寧にエレナに礼をとる。
 エレナはシェラドがさっき浮かべた笑みが嘘だと思っていた。
 エレナが女性だからか、見栄か安心させるつもりか、そんな風にエレナには見えていたのだ。


(本当に……神様みたいだな……)
 カイナはそう心で呟いていた、そのカイナに気付いたユリナがカイナを窓に誘う。

 ユリナはカイナと仲良くなりたくて仕方なかった。
 明るい未来を感じさせるような日の光と優しい風に、ユリナとカイナは包まれていた。
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