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第二章〜記憶の石板〜

25話✡︎エヴァスとヘブンス✡︎

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 その頃エレナはシンシルからことの詳細を聞いて、弓兵師団、近衛師団合わせて四千を率いて王立図書館を包囲警戒していた。


 エルドの街は英雄エレナが軍を率いている事に不安を覚え、エルドから避難する者も出る騒ぎになっていたが、一番気が気じゃないのはエレナだ。

 シンシルからの王命で、記憶の棚に侵入してはならないと、あそこに居るのは血の王ブラットロード冥界の王の一人、そう聞かされたからだ。

 血の軍団がもし王立図書館から現れたら、国を守る為に剣を振るわないといけない、巫女としてエヴァスとして、だがそれが現れることは、ユリナとカナの死を意味する。

 エレナは心配どころでは無い、あの二人がブラットロードに勝てる訳がないからだ、まして魔力を封じられた空間で……エレナ自身もそこで勝てる気がしない、エレナは激しく葛藤している。

 国を取るか我が娘をとるか、もし助けに行ったとしても助けられるか解らない。
 もし助けられなかった場合、自分が命落とした時、血の軍団をエルフ族の全軍で抑えられるか……いや抑えきれない。

 そうしたら疫病の様に冥界の軍団は、世界各国を侵略する、星の数程の死者が出て世界は冥界の様になってしまう。
 エレナは尋常じゃない責任と二人の娘を思い押し潰されそうな気持ちになっていたが……

(大丈夫、私がついている)

 エレナの心にアルベルトの声が響いた、エレナは表情を変えずに一筋の涙を流した。


 ユリナ達はその声を聞き、ブラットナイトに目をやると、おぞましい事にブラットナイトが立っていた……ユリナもカナも恐怖した。

 あれだけ切り刻まれ粉々になった骨が、再生して行く。二人が恐怖する程にブラットナイトの再生は早まる、カナは始めて剣を持つ手が震え、二人とも声すら出せないでいた。


「この私がここまでされるとは……
喜ぶがいい!貴様等の血は一滴も残さず我が血とまざり!
魂はこの血の王の永遠の奴隷にしてくれる!」
どす黒く赤いその様な声でおぞましい言葉を血の王が叫び、二人に走りながら斬りかかって来た!
 二人はもう何も考えられない程の恐怖を味わっていた。


 血の王の剣が二人に届く僅かな瞬間に、羊皮紙が暖かい光を放ち光輝く剣が血の王の剣を力強く受け止めた。

 純白の鎧とマントを身につけた騎士……
父アルベルトが羊皮紙から現れてくれた。アルベルトは血の王の剣を簡単に弾き、敵に剣を向け二人に優しく言う。


「二人とも良くやったな、これで私が戦える‼︎ありがとう」
「お父さん……」
二人が声をやっと出して言うと、アルベルトは血の王と剣を交えながら言う。

「あぁ、お父さんのカッコいい所を見たかったら、二人とも恐れるな冥界の者は、恐怖や絶望そして悲しみを力にする。
お父さんに頑張って欲しかったら、笑顔でいてくれよ」
アルベルトは冗談を交えながら二人に説明してくれた。

 ユリナもカナもそんな言葉に、とてつもない安心感を覚える。

「貴様、死者の分際でふざけおって!何者だ‼︎」
 血の王は激怒してアルベルトに叫びながら剣を振り下ろす。それをアルベルトはまた力強く受け止め答える。
「ヘブンス•オブ•アルベルト!

全てに希望を指し示す者だ‼︎」


 それを聞いた血の王は激しく斬り合いながら言う。
「はっ!死竜に殺された者か!
その程度の者が我を滅せられると思っているのか⁈」
 カナは血の王のその言葉に顔を曇らせるが、アルベルトは気を使い言い返す。

「あぁ!今度は必ず守る。でないと死竜より怖いエレナに何されるか分からん‼︎」
 ユリナは思わず小さく笑いカナは想像して口を抑えて小さく笑う。
 聞こえるはずのないエレナはくしゃみを二回していた。

 ユリナもカナもさっきまでの恐怖が消えていくのを感じていた。
 それはアルベルトの会話もそうだが何よりもアルベルトが強い、互角以上に戦っている、まさに二人に希望を指し示している。

「血の王よ、おまえまた油断してるだろ?
さっきユリナにあれだけ痛い目に合わされたのに……この場所ではお前を倒す事は私にも出来ないことに……」
アルベルトは警告してやる。

「油断ではない、これ程強い騎士との剣を!数千年ぶりに楽しんでいるのだ‼︎」
 血の王はアルベルトの力を利用して距離を取る。

「それを油断と言うのだ!
確かにこの場所では貴様は倒せない……
巨人族の力が皮肉にもお前をある意味で不死にしているからな‼︎
だが、それはこの場所での話……
もし貴様を地上に送ることが出来たらどうだ⁈」

 アルベルトなりの慈悲だろうか?
いや哀れみだろうか、アルベルトも血の王がかなりの剣を使うことを感じていた。
その騎士としての礼だろうか?

「その様な事が出来る筈なかろう、生者にそれだけの魔力……」
 血の王は忘れていたことを思い出した。
 アルベルトが死者である事を、そして光神ルーメンの祝福を受けし使徒である事を!
 血の王は全力で突進して来た!それはただでさえ赤黒く重苦しい殺気が更に強くなっている。

「そう来てくれないとな、騎士として全力で応えてくれよう‼︎」
 アルベルトの顔つきが変わった、真剣な眼差しだが奥に哀しみと憐れみをおびた瞳で見つめている。

 血の王はシールドを前にした、アルベルトもそれに合わせて、シールドを前にし突進する!
 激しい音を立てて両者のシールドがぶつかり合い、押された血の王が態勢を崩す。

 アルベルトはすかさず斬り込むが血の王はそれをかわして体勢を立て直す、その瞬間にアルベルトは胴に蹴りを入れようとするが、血の王はそれをシールドで防ぎ反撃をする。

 まさにシールドナイト同士のハイレベルな攻防が繰り広げられる。
 ユリナとカナはその聖者と亡者の戦いの激しさに次元の違いを感じていた。

 僅かにアルベルトの剣は届くが、再生能力がそれを補い、血の王の剣は完璧なまでに、アルベルトに防がれている、結果両者互角であった。

 冥界の王の一人にさえアルベルトは慈悲を持って剣を振っている。
 アルベルトは油断したまま冥界に返すのでは無く、あえて全力を出させてそれに対して、生前の生身で剣と盾を使い応えている。

 エルフより意志の弱い人間が、オークより力の劣る人間が、並外れた意志と力を示し、人間という存在に無限の可能性を感じさせていた。

 そしてカナはアルベルトの剣の型が、一刀で舞う聖者の劔の型に一致する事に気づいた。

「聖者の劔……ってひょっとしてお父さんを表現した舞いなの?」

 そうカナが呟いた時、僅かに本当に僅かに、血の王の守りに遅れが生じた。
 アルベルトは自らの肩で即座に体当たりし更に崩す。
 血の王が剣で突きを入れて来るが、それをかわし、その腕を斬り落とした。

 血の王は冥界の底から湧き上がる様な悲鳴をあげた直後。

「ルクス!」

アルベルトが光竜ルクスを呼ぶ。

「ご主人さまぁぁぁ!」

甘く可愛い声で返事しながら光竜ルクスが飛び出して来た。

「神の涙に貯めた六百年分全ての魔力を解放せよ!」

アルベルトがそう叫ぶと、神の涙から輝く光の玉が現れその光の玉が天井に向かい更に強く輝き出す。
 アルベルトはユリナとカナをマントで覆い、二人を光から守る。

 その光は強すぎて高熱を放っていた、そして強すぎる光は空間を歪め、王立図書館の記憶の棚の背後から漏れ出し王立図書館が光輝き出す。

 血の王はその光に焼かれ、別の世界に飛ばされていく。
「冥界への土産に地上で知るがいい!
恐怖や絶望、悲しみの力が幻の様な物だと言うことを‼︎」

アルベルトは血の王にそう言い放った。
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