上 下
99 / 103
第4部 連なってゆく青春篇

序章・夏【2】

しおりを挟む
「おい元、てめぇ何がさっきから言いたいんだ?小馬鹿にしてるだけなら、俺だって容赦しねぇぞ」

「はぁ……別に小馬鹿にはしてねぇよ。つか、兄貴のことなんかどうでもいいんだよ。ただ、こんな男と付き合ってるあの人が不憫だなって思っただけだよ」

「不憫?何がだよ?俺のなにが天地を不憫にさせてるってんだよ!」

 怒りというマグマが溜まりに溜まり、ついに噴火直前となりかけた俺だったが、しかし元はそんなことはものともせず、いかにも冷静に、沈着に、冷めたように俺にこう投げかけた。

「兄貴、なんでデートに誘わねぇんだ?」

「…………えっ?」

 まるで拍子抜けしたような返事を、俺はしてしまう。

 そんな俺の姿を見て、我が弟は呆れたように、大きな溜息を吐いて首を横に振った。

「あーあ、天地さんっていうのあの人?可愛そうだなホント。折角の夏休みだってのに、デートにも誘われないんだからさ」

「…………」

「夏っていえば海もプールもあるし、祭もなにも、デートに誘えそうなキッカケなんて腐るほどあるってのに、何の音沙汰もないってことだからなぁ」

「………………」

「誘われはするけど、誘ってこないなんて、ホント薄情な彼氏を持ったもんだよなぁ~!」

「ガッデム!!!!」

 卒倒。

 俺は両手で頭を抱え、その場に、後ろ向きに、真っ直ぐと勢いよく倒れた。

 幸い、俺の背後には何も無かったため、頭を思いっきりぶつけるという災難免れたわけだが、しかし本当の災難からは、逃げられていなかった。

 やってしまった、やってはならぬことを。

 せっかくの青春を棒に振るうかのような、夏の一ページを埋められる条件を持っていながらも、それを埋め無いような愚行を、俺はしてしまった。

 思い出せば、俺は天地とデートをしたことが、もう付き合って四ヶ月近く経とうとしているというのに、三度しかない。

 一度目は、父の日のあの日のこと。しかしあれは、街でばったり天地と遭遇して、ただその流れでデートみたいになったというだけであり、デートと言えるかどうかは甚だ疑問である。

 そして二度目は、七夕の日のこと。あれはまあ、デートらしいデートだよな。

 三度目はあの合宿だろうか……しかしあれは、別件で忙しかったし、正直あれを数に入れるのはどうかと思ってしまう。

 しかし、それらのことをよくよく考えてみたら、どれもこれも、あれもそれも、俺から誘ったものは一つたりとも無く、全て天地から仕掛けられたものであり、つまりは俺は、一度として天地をデートに誘ったことが無かったのだ。

 草食系男子どころではない、断食系男子。

 食べれるものがあるとしても、それを意図的に食べようとはしない。

 デートに誘える相手がいるというのに、それをしようとしない。

 この言葉を何にでも使おうとする人間は、俺は嫌いなのだが、というよりも、そんなのその人の使い様、勝手なのだから一々口出しするなよと言いたくなるような言葉なのだが、しかしここは自分を諫めるためにも、あえて使わせてもらおう。

 勿体無い。

 非常に勿体無い。

「兄貴、俺が言いたいこと分かったか?」

「…………ああ、痛いほどに」

 屈服した。というか、腕っ節の喧嘩なら実は俺の方が強いのだが、口喧嘩では弟に勝った試しがない。

 弁の立つ男だからな。憎たらしいほどにこいつは。 

「まあでも、別にそんなに後悔することじゃねえんじゃねえの?」

 すると元は、再び俺から目を反らし、またテレビの方に視線を向けながらそう言った。

「まだ夏は終わってないんだぜ、兄貴」

「夏は終わってない……そうか!そうだな!」

 その一言で、俺はポケットにしまっていたスマートフォンを手に取る。

 連絡先から探し出したのは、勿論天地魔白の名前。

 その時テレビの画面、おそらく阪神甲子園球場で絶賛青春を貫いている青年。

 その一人の青年の渾身のストレートがストライクゾーンへと入り、そしてその試合の勝負は決したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...