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第3部 欺いた青春篇

第5章 因縁の終止符【6】

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「それに鷺崎は、最後にあなたに負け惜しみを言って去って行ったわ。あの男は一言われれば、百で返すような、そんな男なのに、岡崎君はそれを打ち破ったのよ。あんな鷺崎を見たのは、わたしも初めてだったわ」

「そ……そうなのか!」

「あなたの捻くれ度合いが、鷺崎のそれを上回ったってことね」

「……それ、素直に喜べないのだが」

 他人よりも捻くれてると言われて、万歳三唱できる者がどこにいるだろうか、いや、世界を探しても一人や二人いるくらいだろう。

 全くいないということはないだろうけれど……とか言ってる時点で、かなり捻くれてるよな俺って。

「まあとにかく、今回は岡崎君の身勝手さとあまのじゃくなところに助けられたってことね。感謝するわ」

「それ本当に感謝されてるのか俺?けなされてるような気もするんだが……」

「なに言ってるの?これ以上にない称賛の言葉をわたしはあなたに捧げているのよ。今生で、これ以上の言葉は無いと思いなさい」

「今生!?一生の最高地点が、最低地点の言葉にしか聞こえなかったぞ俺には!」

 むしろ蔑まされてるような気も、しなくもないほどに。

 そういう趣向を持ってる人からはありがたい言葉なのかもしれないが、生憎俺はそういう傾向は持ち合わせていないので、嬉しくもなんともない。むしろ、少し傷つくくらいだ。

 しかし、それでもこいつと一緒に居るのは何故なのだろうと、ふと考えてしまうことも、無くもないが。

「なるほど、どうやら岡崎君は、感謝の言葉だけでは足りないと、そうわたしに言っているのね?」

「いや……決してそういう意味で言ってるわけじゃないんだけどさ……」

「いいわ、特別になんでも願いを一つ叶えてあげるわ」

「なんだそのランプの魔人みたいな恩返しは」

「ランプの魔人よりけち臭くて悪かったわね」

「別に俺は願いの数に不満を持ってるわけじゃないからなっ!」

 ちなみにランプの魔人は三つだが、別に俺はそこにケチをつけたいわけでもない。

 そんなことを言っていたら、ボールを世界中から七つも集めて、やっと一つの願い事を叶えてくれる龍にまでケチをつけなければならなくなるからな。

「俺は別にそんな、等価交換みたいに何かをしたら何かを返すみたいな、そういうことを求めてるわけじゃないんだ」

「あらそう、無欲なのね。だけど岡崎君、わたしとしては、このまま何も感謝の意をあなたに伝えられない方が、生殺しにされているような、そんな気分になってしまって嫌なのよ」

「別に、ありがとうの一言でもいいんだぜ?」

「それだったらまだ、あなたに永遠の命を与えた方がわたしにとっては容易いわ」

「お前にとってのありがとうってどんだけハードル高いんだよっ!」

 確かに大人になればなるほど、言い難くなる言葉ではあるのだろうけれど、でも幾百の人間が夢見て挑戦し、失敗してきた不老不死を実現させるほどの難易度は無いだろう。

「でも、わたしは岡崎君にそれくらい感謝してるということよ。だから、その借りをわたしは今ここで返して、今回の件はスッキリサッパリ終わらせておきたいということなのよ」

「借りなんて、そんな大そうなことはしてないのだが……まあ、お前がそういうなら、何かしてもらった方がいいのかもしれないな」

 ようはそういうことだ。天地はこの一件、尾を引きたくないのだろう。

 借りという形ではないにしても、後腐れを残しておきたくないということだ。

 やはり鷺崎のことは、あまり記憶に留めておきたくないのだろう。

「でも一つか……何でもいいって言われると悩むよなこういうのって」

「別に何でもいいのよ。一週間Tバックを履き続けて欲しいとか、一週間ヌーブラを着けて欲しいとか」

「何で下着関係ばかりなんだっ!」

「いや……体に何かするっていうのはちょっと、わたしとしてはまだまだ心の準備が……」

「へ?……いや待てっ!別に俺は下着じゃ満足しないとか、そういう意味で言ったわけじゃないからなっ!!」

「あらそう、無欲なのね」

「…………」

 そういう意味で言ったわけじゃないのだが、興味が無いわけでもない。

 まあ……年頃の男子高校生なんだから、それくらい当たり前だろ?小学生ですら、女の子のパンツを見て喜ぶくらいなんだから、高校生ってなるともっとハイレベルなものを求めたくなるものなのさ。

 でも原点は同じようなものなのだから、男は一生、そういう部分だけは少年なのかもしれないな。

「じゃあいいわ、まだ決まらないなら、下山して、わたしの家に帰るまでに考えておいてちょうだい」

「えっ……あぁそうか、俺、今日お前の家で合宿していたんだったな」

 そういえば、そうだった。俺は今天地と夏休みの課題を消化するための、合宿をしている真っ最中だったのだ。

 正直この数時間が、まるで数日間経ったのと同じ程度に濃く、深い時間だったため、合宿のその存在が、すっかり頭から離れてしまっていた。

「なに?そんなことも忘れていたの岡崎君は?若くしてもうその記憶力って……若年性って怖いわね」

「俺は別に若年性の認知症とか、そんなことないから!これはあくまで健忘の範囲のことだから!」

「認知症でなくとも、健忘が著しいのは、もう脳が年をとってる証なのよ。肉体が若くても、脳が若いとは限らないわ」

「…………それを聞いて少し怖くなってきたよ」

「そう、じゃあ帰ってお勉強をして、わたしと一緒に脳を鍛えましょ」

 結局、そんな話の落とし方をして、天地は高台の先端から離れ、俺を横切って道を下り始めた。

 その時、俺はふと思いついた。

「そうだ天地、願いが一つだけある」

「なにかしら?」

 それはある種、悪知恵。

 人の好意を逆手に取るような、人を欺いたような行為。

 そしてそれはなにより、俺の学力をつけるためにこの合宿を開いた天地を、裏切ってしまいかねないような、そんな願い事ではあった。

「数学の課題を写させてくれ」

「…………」

 その後天地にどんな反応をとられたかは、各者の想像にお任せしよう。

 ただ一つだけ言えるのは、まだ俺の数学の課題は、半分しか終わっていない。
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