85 / 103
第3部 欺いた青春篇
第4章 反逆の時【2】
しおりを挟む
夏であっても、十八時頃になってくると日も暮れてくるもので、夕日はすっかり顔を伏せ、辺りには闇夜が訪れようとしていた。
天地家前。クロスバイクを止め、神坂さんは家の前で待機してもらい、俺は先に屋内へと入っていた。
さて、俺はこれから天地と、神坂さんをここに匿ってもらえられないか交渉をしなければならないのだが、その肝心の天地が出てこない。
「おーい天地……あれ?おーいっ!居ないのかぁ!」
すがた形どころか、声や何かをしているような音すらも聞こえない。
静寂に包まれている。
「おかしいな……玄関の戸も開いてたし、あいつの靴もあるし……居るはずなんだが」
俺は靴を脱ぎ、廊下を歩いて先程まで天地と一緒に夏の課題をこなしていたリビングへと足を進める。そしてそこに、天地はいた。
まるで何も無いように、何も聞こえて無いように、一人課題に勤しんでいる。
コイツ……俺のことを無視してやがるな。
「おい天地、ちょっと話があるんだが」
「…………」
「おい!」
「どちら様ですか?」
「はっ?」
それはまるで、初対面の人間を見据えるような、そんな眼差しだった。
「どちら様って……お前」
「お前?不法侵入者がデカい口叩くじゃない!」
すると天地は、手に持っていたシャーペンを俺の方へ素早く投げつけてきやがったのだ。
まるで、拳銃から射出された弾丸の如く、シャーペンは真っ直ぐ、俺の人中目掛けて飛んできた。
俺は飛んでくるシャーペンを目で捉え、反射的に、本能的に、横っ飛びをした。
その場にターゲットが消えたシャーペンは、その勢いを衰えさせることなく、その先にあった白壁に、まるでダーツの矢がダーツボードを射るように、ピンと真っ直ぐ突き刺さった。
「あ……あぶねぇ……」
どっと、冷や汗が出てくる。
おそらく俺が、中学の頃野球をしていなかったらかわせなかっただろう。飛んでくる球を見極めれる、ボール拾いの経験が役に立った。
もしよけれずに、シャーペンが俺の人中に突き刺さっていたら……うう、想像しただけで鳥肌が立ちそうだ。
「ちっ……」
天地は舌打ちをし、俺を睨む。
「ちっじゃねえよ!危ないだろうが!!」
「危ぶめたのだから、当たり前じゃない」
「こんなの当たり前じゃない!トンデモナイ事だっ!!」
人の人中にシャーペンを突き差すような、そんな危険行為が当たり前なのは、日常的に人を殺すことを厭わない、そんなバトル・ロワイヤルの世界くらいだ。
この国、平和だと言って浮かれてるこの国では、それは異常だ。
「なんでこんな事するんだ!というか、そもそもなんで何回も玄関から呼んだのに無視するんだよ!」
「去る者は追わずよ、いや、敗走の兵になど興味は無いといったところかしら?」
「敗走?去る者?どういうことだ?」
「岡崎君、合宿から逃げ出したじゃない。しかも神坂さんをこじつけに使うなんて、幻滅ものの醜態だわ」
「逃げ出す?こじつけ?お前何を……っ!お前まさかっ!」
天地は圧倒的な勘違いをしていた。俺が逃げ出したのだと。
合宿が、課題をこなすのが嫌になり、神坂さんからの連絡を脱走の理由付けにしたのだと、思い違いをしているようだった。
「天地違う!俺は別に、課題をやりたくないから出て行ったんじゃなくて、本当に神坂さんい呼ばれたんだよ!しかも、割と緊急事態でな」
「ふうん……ではその緊急事態とは一体何なのかしら?わたしとの勉強合宿を放棄してまで、神坂さんに会いに行ったその事態とは?彼女との時間を放ってまで行った、女友達の緊急事態とは?」
「…………お前もしかして、妬いてるのか?」
「早く答えないと、焼くわよ?」
「『やく』の字が違うだけで拷問っぽく聞こえるぞそれっ!」
火炙り、所謂火刑というやつ。
ヨーロッパでは魔女狩りの際に、日本でも江戸時代付け火を行った者に用いられたとかなんとか。
いくら合宿から逃げ出したとて、あまりに過剰な罰だろ……まあ逃げ出してすらないけど俺の場合は。
「神坂さんが自分の家から追い出されたんだ……疑うようだったら、家の前に神坂さんを待たせてるから本人から直接訊くか?」
「家を……追い出された?イマイチよく分からないのだけど」
俺は天地に、今神坂さんが瀕している危機について説明した。
神坂さんの父親が記者に追いかけられ、彼女自身も追われていること、彼女がその両親とは養子の関係であること、そしてその関係が、今にも絶たれようとしていることを。
天地は最初は疑っているような眼差しを俺に向けていたが、段々それは、鬼気迫るような、そんな眼差しへと変わっていた。
それもそう、コイツも事実上、親子の縁を切られたことがあるやつだからな。その危機感は多分、俺よりも理解しているはずだ。
「……と、まあそういうことだ。天地、もしよかったらここに神坂さんを匿ってはくれないか?神坂さん、他に行く当てがないみたいなんだ」
「……ええ、いいわよ。状況が状況だし」
「ありがとう、恩に着るよ」
「礼にはおよばないわ、神坂さんはわたしの友達でもあるんだし、それに、彼氏の善行を踏みつぶすような、そんな下げマンじゃないわよわたしは」
「下げマンって……じゃあ神坂さんを呼んでくるよ」
「ええ」
なんとか交渉を成立させた俺は、踵を返し、廊下を渡って玄関の扉を開き、外にいる神坂さんに中に入るよう促した。
「神坂さん、天地が大丈夫だって」
「えっ……う……うん、じゃあ」
それでも逡巡するように、神坂さんはこちらに一歩二歩と、小刻みに歩いて来る。
神坂さんの性格なら、躊躇うのも無理はないだろう。人に迷惑をかけまくっている俺や天地とは違って、そういうことに人一倍気を遣いそうな人だからな。
「あっ……天地さん!」
神坂さんの視線を辿った先、俺の背後に天地が立っていた。
いつの間に居たのか……。
「岡崎君から大方の話は聞いたわ、立ち話もなんだし、早く中に入りなさい」
「えっ!は……はい!じゃあ御邪魔します!」
天地に言われ、神坂さんはさっきまで垂らしていた頭と背中を真っ直ぐに伸ばす。
どうやらというより、やっぱり、神坂さんは天地に恐怖を抱いているようだ。
その姿はまさに蛇に睨まれた蛙。天敵を目にし、何も抵抗できない小動物のように見えなくもない。
やはり、ここに招待したのは間違いだっただろうかと、言いだしっぺながらそんな彼女の哀愁漂う姿を見て、自分の迂闊さを感じずにはいられなかった。
天地家前。クロスバイクを止め、神坂さんは家の前で待機してもらい、俺は先に屋内へと入っていた。
さて、俺はこれから天地と、神坂さんをここに匿ってもらえられないか交渉をしなければならないのだが、その肝心の天地が出てこない。
「おーい天地……あれ?おーいっ!居ないのかぁ!」
すがた形どころか、声や何かをしているような音すらも聞こえない。
静寂に包まれている。
「おかしいな……玄関の戸も開いてたし、あいつの靴もあるし……居るはずなんだが」
俺は靴を脱ぎ、廊下を歩いて先程まで天地と一緒に夏の課題をこなしていたリビングへと足を進める。そしてそこに、天地はいた。
まるで何も無いように、何も聞こえて無いように、一人課題に勤しんでいる。
コイツ……俺のことを無視してやがるな。
「おい天地、ちょっと話があるんだが」
「…………」
「おい!」
「どちら様ですか?」
「はっ?」
それはまるで、初対面の人間を見据えるような、そんな眼差しだった。
「どちら様って……お前」
「お前?不法侵入者がデカい口叩くじゃない!」
すると天地は、手に持っていたシャーペンを俺の方へ素早く投げつけてきやがったのだ。
まるで、拳銃から射出された弾丸の如く、シャーペンは真っ直ぐ、俺の人中目掛けて飛んできた。
俺は飛んでくるシャーペンを目で捉え、反射的に、本能的に、横っ飛びをした。
その場にターゲットが消えたシャーペンは、その勢いを衰えさせることなく、その先にあった白壁に、まるでダーツの矢がダーツボードを射るように、ピンと真っ直ぐ突き刺さった。
「あ……あぶねぇ……」
どっと、冷や汗が出てくる。
おそらく俺が、中学の頃野球をしていなかったらかわせなかっただろう。飛んでくる球を見極めれる、ボール拾いの経験が役に立った。
もしよけれずに、シャーペンが俺の人中に突き刺さっていたら……うう、想像しただけで鳥肌が立ちそうだ。
「ちっ……」
天地は舌打ちをし、俺を睨む。
「ちっじゃねえよ!危ないだろうが!!」
「危ぶめたのだから、当たり前じゃない」
「こんなの当たり前じゃない!トンデモナイ事だっ!!」
人の人中にシャーペンを突き差すような、そんな危険行為が当たり前なのは、日常的に人を殺すことを厭わない、そんなバトル・ロワイヤルの世界くらいだ。
この国、平和だと言って浮かれてるこの国では、それは異常だ。
「なんでこんな事するんだ!というか、そもそもなんで何回も玄関から呼んだのに無視するんだよ!」
「去る者は追わずよ、いや、敗走の兵になど興味は無いといったところかしら?」
「敗走?去る者?どういうことだ?」
「岡崎君、合宿から逃げ出したじゃない。しかも神坂さんをこじつけに使うなんて、幻滅ものの醜態だわ」
「逃げ出す?こじつけ?お前何を……っ!お前まさかっ!」
天地は圧倒的な勘違いをしていた。俺が逃げ出したのだと。
合宿が、課題をこなすのが嫌になり、神坂さんからの連絡を脱走の理由付けにしたのだと、思い違いをしているようだった。
「天地違う!俺は別に、課題をやりたくないから出て行ったんじゃなくて、本当に神坂さんい呼ばれたんだよ!しかも、割と緊急事態でな」
「ふうん……ではその緊急事態とは一体何なのかしら?わたしとの勉強合宿を放棄してまで、神坂さんに会いに行ったその事態とは?彼女との時間を放ってまで行った、女友達の緊急事態とは?」
「…………お前もしかして、妬いてるのか?」
「早く答えないと、焼くわよ?」
「『やく』の字が違うだけで拷問っぽく聞こえるぞそれっ!」
火炙り、所謂火刑というやつ。
ヨーロッパでは魔女狩りの際に、日本でも江戸時代付け火を行った者に用いられたとかなんとか。
いくら合宿から逃げ出したとて、あまりに過剰な罰だろ……まあ逃げ出してすらないけど俺の場合は。
「神坂さんが自分の家から追い出されたんだ……疑うようだったら、家の前に神坂さんを待たせてるから本人から直接訊くか?」
「家を……追い出された?イマイチよく分からないのだけど」
俺は天地に、今神坂さんが瀕している危機について説明した。
神坂さんの父親が記者に追いかけられ、彼女自身も追われていること、彼女がその両親とは養子の関係であること、そしてその関係が、今にも絶たれようとしていることを。
天地は最初は疑っているような眼差しを俺に向けていたが、段々それは、鬼気迫るような、そんな眼差しへと変わっていた。
それもそう、コイツも事実上、親子の縁を切られたことがあるやつだからな。その危機感は多分、俺よりも理解しているはずだ。
「……と、まあそういうことだ。天地、もしよかったらここに神坂さんを匿ってはくれないか?神坂さん、他に行く当てがないみたいなんだ」
「……ええ、いいわよ。状況が状況だし」
「ありがとう、恩に着るよ」
「礼にはおよばないわ、神坂さんはわたしの友達でもあるんだし、それに、彼氏の善行を踏みつぶすような、そんな下げマンじゃないわよわたしは」
「下げマンって……じゃあ神坂さんを呼んでくるよ」
「ええ」
なんとか交渉を成立させた俺は、踵を返し、廊下を渡って玄関の扉を開き、外にいる神坂さんに中に入るよう促した。
「神坂さん、天地が大丈夫だって」
「えっ……う……うん、じゃあ」
それでも逡巡するように、神坂さんはこちらに一歩二歩と、小刻みに歩いて来る。
神坂さんの性格なら、躊躇うのも無理はないだろう。人に迷惑をかけまくっている俺や天地とは違って、そういうことに人一倍気を遣いそうな人だからな。
「あっ……天地さん!」
神坂さんの視線を辿った先、俺の背後に天地が立っていた。
いつの間に居たのか……。
「岡崎君から大方の話は聞いたわ、立ち話もなんだし、早く中に入りなさい」
「えっ!は……はい!じゃあ御邪魔します!」
天地に言われ、神坂さんはさっきまで垂らしていた頭と背中を真っ直ぐに伸ばす。
どうやらというより、やっぱり、神坂さんは天地に恐怖を抱いているようだ。
その姿はまさに蛇に睨まれた蛙。天敵を目にし、何も抵抗できない小動物のように見えなくもない。
やはり、ここに招待したのは間違いだっただろうかと、言いだしっぺながらそんな彼女の哀愁漂う姿を見て、自分の迂闊さを感じずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる