英雄のいない世界で

赤坂皐月

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BACK TO THE OCEAN Chapter2

第18章 民衆の街【4】

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 ルーナとライフ・ゼロが、共にハンバーガーに仰天している間に、店員の男は更に、マジスターのハンバーガーと、マンハットのチーズバーガーを厨房から運んで来た。

「おお……本当に美味そうなハンバーガーだ」

「うん、僕のチーズバーガーのチーズも、すごく美味しそうだ」

 マジスターとマンハットも、目の前に配膳された物を見て、感嘆する。

 マンハットの頼んだチーズバーガーは、基本はハンバーガーと同じなのだが、そこに薄いレッドチェダーチーズがハンバーガーパティの上に挟まっており、パティの温かさのせいなのか、チーズは溶け始めており、またそれが一層のこと、美味そうな見た目を演出していた。

 クソ……僕の空腹も、もう限界を振り切っているというのに、僕の頼んだ海賊パイレーツバーガーは一向に姿を現さず、それなのに周りだけ食べる物が次々に揃っていき、更にその香りや見た目で、ゴリゴリと僕の精神まで削り始めている。

 早くしないと本当に朽ち果てて、屍になりそうな勢いなのだが、しかしその恐い顔の店員は僕に向けて、ある決定的な無慈悲な宣告を与えてきたのだった。

「パイレーツバーガーの完成までは、あと十分ほどかかりますので、少々お待ちください」

「えっ……」

 あまりのお言葉に、僕は思わず心の声が口から漏れ出してしまう。

 ここまで空腹を抑え、ここまで耐えてきたのに、あと十分……通常時ならば、たったと思える時間ではあるのだが、しかしこの非常時に、この十分の言い渡しは、僕から生きる希望を奪うに等しい、そんな宣告だった。
 
「パイレーツバーガーは、通常のハンバーガーなどの商品とはバン、パティなど、すべての食材が異なるため、調理に時間が掛かってしまいます。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください」

 しかしそんな僕の一言を聞いて、男は渋い声で丁寧に説明をした後、断りを入れ、頭を下げた。

 なんだろう……見た目と違ってこの人、かなり対応や言葉遣いが丁寧だし、気の遣い方も細々としていて……もしかして、かなり良い人なんじゃないかと思ってしまう。

 むしろ料理を催促している、僕の方が悪い客なんじゃないかと思ってしまうくらいに。

「いえいえ、その……大丈夫です! 楽しみに待ってます!」

 そんな罪悪感にも似たものを感じ、僕は両手を小さく振って、答えた。

「本当に申し訳ありません。ではお先にポテトとドリンクをお持ちしますので、少々お待ちください」

 男は最後に再び頭を下げてから、そう言い残して厨房の中へと入って行き、そして数分も経たない内に、ポテトとドリンクを五つ持ってきた。

 そしてまた「少々お待ちください」と頭を下げて、厨房へと戻って行ってしまった。

「あの店員さん、見た目によらずすごく丁寧よね」

 僕と同じことを思っていたらしく、ルーナがそんなことを呟く。

「カッカッカッ! 人は見た目によらずとも言うからな。それじゃあ冷める前にいただくとしようか」

 するとマジスターがいつもの豪快な笑いを発してから答え、そしてこれまた豪快に、大きなハンバーガーを紙に包んで手に持ち、そしてかぶりついた。

「おおおおおおおおおっ!! コイツはウマイっ!!」

 ハンバーガーにかぶりついてから秒で、マジスターは大声で言い放つ。

 それから味わうように咀嚼し、そして呑み込んだ。

「こんな美味いハンバーガーを食べたのは初めてだっ! まさか旅先でこんな物に巡り合えるとは思いもせんかったわい……」

 そんな感想を呟き、そしてマジスターはまた、ハンバーガーをむさぼるように食べ始めた。

 それにつられてか、マンハットとライフ・ゼロも、早速それぞれのハンバーガーを手に取り、かぶりつくようにして食べ始める。

「う~んっ! 美味いっ! 人間の食べる物は、どれもこれも美味い物ばかりだなっ!!」

「うん、久々にハンバーガーを食べたけど、これは本当に美味しいよ。チーズもこのバーガーに合ってて素晴らしい!」

 などと互いに感想を言いつつ、食べる口を止めない二人。

 本当に美味そうだな……そんな彼らの感想を聞いて、その食べる姿を見て、僕の既に空となっている腹が、更に切なそうに鳴き始める。

 そんな生き地獄を這いつくばって、必死にもがいている最中、僕はふいに、あることに気がついた。

「あれ? ルーナは食べないの?」

 そう、他の三人が次々とハンバーガーを口にしている中、ルーナだけがドリンクを飲んでいるだけで、目の前のハンバーガーには一切手を付けずにいたのだ。

 さっきまでは生唾まで飲み込んで、すごく食べたがっているような、そんな素振りを見せていたというのに。

「うん、まだいいわ」

「そっか……でも、冷めちゃうよ?」

「大丈夫だから。それよりアンタの方こそ、どうしようもないくらいお腹減ってるんでしょ? ポテト食べたら?」

「えっ? あ、うん」

 別にルーナは猫舌というわけでも無いだろうし、一体何故食べ始めないのかは分からなかったが、とりあえず僕は彼女に勧められたとおりに、自分の分のフライドポテトが入った袋を取り、それを食べて、腹の足しにすることにした。

 この店のフライドポテトは太く、薄い皮がついているもので、それを口に入れて噛むと、細いフライドポテトでは味わえない、ジャガイモのほくほく感と甘味が口の中に広がる。

「うめぇ……」

 それは意図的に出した言葉ではなく、心から、口から漏れ出てきた言葉だった。

 塩加減も丁度良いし、このフライドポテトが本当に美味いというのもあるが、しかしここまでフライドポテトに感動したのは多分、ここまで我慢して、我慢して、我慢に我慢を積み重ねてきた、この空腹がもたらした旨味であるように、僕には感じた。

 空腹は最高のスパイス……つまりはそういうことだろう。

「ほう……うぬ、そのポテトとやらもそんなに美味いのか?」

 そんな僕の反応を見て、食欲旺盛なライフ・ゼロが食べかけのハンバーガーを両手で持ちながら訊いてくる。

「うん、美味いよ。僕が今まで食べてきた、どのジャガイモよりも美味い」

「ほほう、では我も食べてみるか」

 一旦手に持っていた、紙に包まれたハンバーガーをその場に置き、フライドポテトの入った袋を取り、その中身を早速食べ始めるライフ・ゼロ。

「うむ……確かに美味いが、正直そこまで感動するほどの物ではないな。どちらかといえば、このハンバーガーの方が感動に値する」

 そんな正直な感想を、ライフ・ゼロは言ってみせる。

 コイツ、何でもかんでも食べる度に、美味い美味いって言うと思ったら、結構シビアな判定をした上で美味いって言ってるんだな。

 僕はそっちの方に、感動してしまったよ。

「フン、我は魔王だったのだぞ? 魔物の中では最強であると共に、一番の美食家でもあったのだ。だから早々簡単には、出された料理に対して美味いなどとは言わんかったわ」

「そうか? でも今のところ、結構頻繁に言ってるぞお前」

 このハンバーガーといい、片手間の食事ワンハンドミールといい、そういえばゾフィさんのご飯を食べている時もコイツ、ただひたすら美味いとしか言っていなかったような気がする。

 確かにどれも僕だって、美味いと正直に言える物ばかり(ハンバーガーはまだ食べてないけど)だったのだが、しかし自分のことを美食家と呼ぶくらいなら、そんなに頻繁に、何でもかんでも美味いと言うのはどうなのかなと、僕は思うのだが。

 それこそ言葉の信憑性が無くなるような、そんな気がする。

「ふむ……うぬよ、我はこうやって人間の食事を食べて気づいたのだ」

 すると、いつものように真っ向から反論してくることも無く、むしろ改まった感じでライフ・ゼロはそんなことを言った。

「何に気づいたんだよ?」

「魔物の作る飯は、どれもそんなに美味くなかったということだ」

「ああ……」

 なんだろう……ライフ・ゼロのその言葉が、全くどこかに引っかかることも無く、すっと僕の中に入って来て、考える間もなく肯定してしまっていた。

 まあ、僕が思い描く魔物像というのは、ブラースティみたいな感じの化物で、あれに料理を作らせて、美味しい物ができるという想像が全くできない。ゲテモノしか出てこないような、そんな気がしてしまう。

 まあこれはあくまで、僕の勝手な想像だけど。
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