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BACK TO THE OCEAN Chapter1
第16章 旅は道連れ世は情け【4】
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マジスターのバイクの前には、一台の四角いグレーの車が、見た感じ左側に少し傾いて停車しており、マジスターはその運転手らしき人と会話をしているようだった。
「どうしたんだマジスター?」
僕は会話中のマジスターの隣にバイクを停止させ、状況を把握するために尋ねる。
「おお、コヨミか。いや実はな、彼の車のタイヤが誤って側溝に嵌ってしまったようでな、身動きが取れんそうなんだ」
「身動きが?」
僕はバイクのエンジンを切って下車し、グレーの車の背後に歩いて回り込む。すると、左側の前後部両方の車輪が道と畑の間にある側溝のようなものに、見事ズッポリと入り込んでしまっていた。
こうなってしまってはもう、一人ではお手上げだろう。
「すいません……自分の不注意でこんなことになったのに……」
運転席から姿を現した直後、深々と頭を下げてきたのは、黒髪でボサボサ頭の、白色のコートのようなものを着た、およそ三十歳くらいに見える丸眼鏡をかけた男だった。
「カッカッ、気にするな! よしコヨミ、わしと彼と一緒に車を押し出すのを手伝ってはくれないか?」
「なるほど、そういうことね……オッケー手伝うよ」
僕とマジスターと運転手は車の左側に回り込み、ちょうど車の真ん中あたりに三人揃って上体をくっつける。
「せーのっ!!」
合図と同時に、僕達は車を押し出そうとするが、しかし車はビクともしない。
「ぐぬぬぬおおおおおおおおっ!!」
次第に雄叫びをあげ、男三人で全力を尽くして体当たりを続けるが、やはりおよそ一.五トンはするだろうその巨体を動かすことは、なかなか容易ではない。
しかし希望がまったく無いわけでもなく、僅かながらに車体が上がっているのは見て取れた。
何度も何度も押し出し、十分ほど経った頃、僕達の体力の限界が見え始め、一時休憩をとることにした。
「はぁ……はぁ……全然上がる気配が無いわい……」
どんなに走っても、どんなに激しい戦闘の中でも息を切らさなかったマジスターが、ゼーゼーハーハーと息を荒立てるほどの重作業であり、マジスターがそんな状態なら、僕はもう地面に倒れそうなくらい、疲労困憊していた。
「はぁ……はぁ……他に車通りの無いところで、なんで脱輪なんかしちゃったんっすか?」
僕が息も絶え絶え、運転手の男性に尋ねると、男性はもっと僕よりも酷く、言ってしまえば死んでしまいそうなほどの顔色で、僕の質問に返答した。
「ぜー……ぜー……実は運転してましたら、ふと居眠りをしてしまって……気づいたらタイヤが側溝に嵌ってて……はぁ……はぁ……その衝撃で目が覚めて気づきました……」
「居眠りって……そんなに眠たいなら、休憩をしたら良かったものの」
「急用……と言いますか、とにかく先を急いでいたもので……」
「でもこんなことになったら、急いでいる意味も無いでしょうに……」
「まったくです……返す言葉が無い」
息を切らしながらも、男は最後に溜息を吐いて、両肩を落としていた。
まあ僕も、何度かバイクで危険めいた運転をしたこともあるし、人のことを言えるような立場では無いんだけど。
反面教師として、ここは心得ておこう。
「ねえねえ、わたし良いこと思いついたんだけど!」
突如、僕達の姿をずっと見ていたルーナが、何かを閃き、声をあげた。
「良いこと?」
「そう! 三人で押してる時、少しだけ車体が上がったじゃない? だからその上がっている内に、車を右のほうに向かって一気に動かすのよ。そしたらその勢いで、もしかしたら車輪が地面に上がるかもしれないじゃない?」
「ははあ……なるほど」
確かにこのまま押すだけでは、いつまで経ってもらちが明かない。試す価値はあるかも。
「で……でもそれって、結構危険な方法じゃ?」
そう言って彼女に意見したのは、運転手の男だった。
「危険って……あなたの車を動かすのに、みんなこんな必死になってるんでしょ? そんな文句を言える立場じゃないでしょ!」
「そ……そうですね……生意気なことを言ってしまった……」
彼はずれた眼鏡を直す素振りをする。
ルーナの勢いに圧倒されちゃったのかな? まあ、無理はない。彼女のああいう時の威圧感の恐さは、誰よりも僕が知ってる。
「分かればいいのよ。それじゃあわたしが車を動かすから、三人は引き続き押してちょうだい」
「えっ、ルーナって車も運転できるんだ」
「ふふん、モチロンよ! バイクも車も……トラックはちょっと分からないけど……とにかく、だいたいの車両なら運転できる自信があるわよ!」
ルーナは自信満々に、僕に向かって胸を張ってみせる。
ライフ・ゼロも褒められた時、こんな感じで胸を突っ張ねたりするが、アイツとは違ってルーナのは胸があるから、僕としては見応えがある。
眼福眼福、さっきまでの疲れも、少し吹き飛んだ。
『勘違いするなようぬ。我は小さいのではない、あのような脂肪の塊、必要としてないだけだ。それに我は、女ではないからな』
意識の内から唐突に聞こえてきた声。
振り向くと、完全に傍観者となっていたライフ・ゼロが、マジスターのバイクの後部座席に座ったまま、僕に侮蔑するような視線を送っていた。
そんなこと言ってるけど、もしかしてアイツ……意外と気にしてるのか?
「おいコヨミ、やるぞ~!」
「あっ、ああ!」
マジスターの呼ぶ声で、僕は我に返る。
既にルーナは車の運転席に座っており、マジスターと車の持ち主の男は立ち上がって、車の左側に回っていた。
僕も急いで、先程までの定位置に戻る。
「よし、それじゃあいくぞ! せーのっ!」
マジスターの掛け声で、僕達は再び車を押す。
休憩をとったおかげか、最後に押した時よりも車体が浮かび上がり、見た感じ、タイヤが地面とあともう少しで平行になりそうな位置まで、僕達は全力を尽くして車を押し上げた。
「ルーナ! 今だっ!」
「オッケーイッ!」
マジスターの掛け声と共に、ルーナは車を始動させる。
何度か左の後輪は空転したが、しかし僕達が全力で押し上げたことによって、奇跡的に、僅かながらではあるが地面を捉え、そこから右側へ向かう力が作用し、その勢いで車は一気に側溝から脱出したのだ。
「どおおおっとっとっと!! ……はあ、危なかった!」
急にその場から車が無くなったので、僕達は押す力の反動で側溝に落ちかけたが、あわばというところで、ギリギリ踏み止まることができた。
「どうしたんだマジスター?」
僕は会話中のマジスターの隣にバイクを停止させ、状況を把握するために尋ねる。
「おお、コヨミか。いや実はな、彼の車のタイヤが誤って側溝に嵌ってしまったようでな、身動きが取れんそうなんだ」
「身動きが?」
僕はバイクのエンジンを切って下車し、グレーの車の背後に歩いて回り込む。すると、左側の前後部両方の車輪が道と畑の間にある側溝のようなものに、見事ズッポリと入り込んでしまっていた。
こうなってしまってはもう、一人ではお手上げだろう。
「すいません……自分の不注意でこんなことになったのに……」
運転席から姿を現した直後、深々と頭を下げてきたのは、黒髪でボサボサ頭の、白色のコートのようなものを着た、およそ三十歳くらいに見える丸眼鏡をかけた男だった。
「カッカッ、気にするな! よしコヨミ、わしと彼と一緒に車を押し出すのを手伝ってはくれないか?」
「なるほど、そういうことね……オッケー手伝うよ」
僕とマジスターと運転手は車の左側に回り込み、ちょうど車の真ん中あたりに三人揃って上体をくっつける。
「せーのっ!!」
合図と同時に、僕達は車を押し出そうとするが、しかし車はビクともしない。
「ぐぬぬぬおおおおおおおおっ!!」
次第に雄叫びをあげ、男三人で全力を尽くして体当たりを続けるが、やはりおよそ一.五トンはするだろうその巨体を動かすことは、なかなか容易ではない。
しかし希望がまったく無いわけでもなく、僅かながらに車体が上がっているのは見て取れた。
何度も何度も押し出し、十分ほど経った頃、僕達の体力の限界が見え始め、一時休憩をとることにした。
「はぁ……はぁ……全然上がる気配が無いわい……」
どんなに走っても、どんなに激しい戦闘の中でも息を切らさなかったマジスターが、ゼーゼーハーハーと息を荒立てるほどの重作業であり、マジスターがそんな状態なら、僕はもう地面に倒れそうなくらい、疲労困憊していた。
「はぁ……はぁ……他に車通りの無いところで、なんで脱輪なんかしちゃったんっすか?」
僕が息も絶え絶え、運転手の男性に尋ねると、男性はもっと僕よりも酷く、言ってしまえば死んでしまいそうなほどの顔色で、僕の質問に返答した。
「ぜー……ぜー……実は運転してましたら、ふと居眠りをしてしまって……気づいたらタイヤが側溝に嵌ってて……はぁ……はぁ……その衝撃で目が覚めて気づきました……」
「居眠りって……そんなに眠たいなら、休憩をしたら良かったものの」
「急用……と言いますか、とにかく先を急いでいたもので……」
「でもこんなことになったら、急いでいる意味も無いでしょうに……」
「まったくです……返す言葉が無い」
息を切らしながらも、男は最後に溜息を吐いて、両肩を落としていた。
まあ僕も、何度かバイクで危険めいた運転をしたこともあるし、人のことを言えるような立場では無いんだけど。
反面教師として、ここは心得ておこう。
「ねえねえ、わたし良いこと思いついたんだけど!」
突如、僕達の姿をずっと見ていたルーナが、何かを閃き、声をあげた。
「良いこと?」
「そう! 三人で押してる時、少しだけ車体が上がったじゃない? だからその上がっている内に、車を右のほうに向かって一気に動かすのよ。そしたらその勢いで、もしかしたら車輪が地面に上がるかもしれないじゃない?」
「ははあ……なるほど」
確かにこのまま押すだけでは、いつまで経ってもらちが明かない。試す価値はあるかも。
「で……でもそれって、結構危険な方法じゃ?」
そう言って彼女に意見したのは、運転手の男だった。
「危険って……あなたの車を動かすのに、みんなこんな必死になってるんでしょ? そんな文句を言える立場じゃないでしょ!」
「そ……そうですね……生意気なことを言ってしまった……」
彼はずれた眼鏡を直す素振りをする。
ルーナの勢いに圧倒されちゃったのかな? まあ、無理はない。彼女のああいう時の威圧感の恐さは、誰よりも僕が知ってる。
「分かればいいのよ。それじゃあわたしが車を動かすから、三人は引き続き押してちょうだい」
「えっ、ルーナって車も運転できるんだ」
「ふふん、モチロンよ! バイクも車も……トラックはちょっと分からないけど……とにかく、だいたいの車両なら運転できる自信があるわよ!」
ルーナは自信満々に、僕に向かって胸を張ってみせる。
ライフ・ゼロも褒められた時、こんな感じで胸を突っ張ねたりするが、アイツとは違ってルーナのは胸があるから、僕としては見応えがある。
眼福眼福、さっきまでの疲れも、少し吹き飛んだ。
『勘違いするなようぬ。我は小さいのではない、あのような脂肪の塊、必要としてないだけだ。それに我は、女ではないからな』
意識の内から唐突に聞こえてきた声。
振り向くと、完全に傍観者となっていたライフ・ゼロが、マジスターのバイクの後部座席に座ったまま、僕に侮蔑するような視線を送っていた。
そんなこと言ってるけど、もしかしてアイツ……意外と気にしてるのか?
「おいコヨミ、やるぞ~!」
「あっ、ああ!」
マジスターの呼ぶ声で、僕は我に返る。
既にルーナは車の運転席に座っており、マジスターと車の持ち主の男は立ち上がって、車の左側に回っていた。
僕も急いで、先程までの定位置に戻る。
「よし、それじゃあいくぞ! せーのっ!」
マジスターの掛け声で、僕達は再び車を押す。
休憩をとったおかげか、最後に押した時よりも車体が浮かび上がり、見た感じ、タイヤが地面とあともう少しで平行になりそうな位置まで、僕達は全力を尽くして車を押し上げた。
「ルーナ! 今だっ!」
「オッケーイッ!」
マジスターの掛け声と共に、ルーナは車を始動させる。
何度か左の後輪は空転したが、しかし僕達が全力で押し上げたことによって、奇跡的に、僅かながらではあるが地面を捉え、そこから右側へ向かう力が作用し、その勢いで車は一気に側溝から脱出したのだ。
「どおおおっとっとっと!! ……はあ、危なかった!」
急にその場から車が無くなったので、僕達は押す力の反動で側溝に落ちかけたが、あわばというところで、ギリギリ踏み止まることができた。
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