英雄のいない世界で

赤坂皐月

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BACK TO THE OCEAN Chapter1

第14章 新たなる地を目指して【3】

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「でもマジスターさん、今回はまだ、王位を継承できる可能性のある王子が生き残ってる。だから練磨大臣を倒して、王子を復権させるってことなんでしょ?」

 今まで話を聞いていたルーナが、しびれを切らしたかのようにして突如、話に割り込んできた。

「そう、ルーナの言う通りだ。だが現状、エンヴィが最高指揮権を握っているだけあって、ミネルウェールスの正規軍の大部分はエンヴィ側に服している」

 マジスターが眉間にしわを寄せながら、言う。

「だから王子は、裏の情報屋を通じて極秘裏に傭兵を集めている……というわけか。しかしこんな、大陸を跨いだ場所にまで情報が行き来しているとなると、エンヴィどころか、その他の暁の火側に着くヤツらの耳にその情報が入るのも、時間の問題かもしれないな」

 そう、マグナブラとミネルウェールスとでは大陸を一つ跨ぐことになる。マグナブラがあるのは、マグナブラ大陸であり、ミネルウェールスがあるのは、バルマシア大陸という世界最大の大陸に存在している。

 遂に僕達は、マグナブラを出るだけでなく、このマグナブラ大陸からもおさらばするということになりそうだ。

 しかし僕はこれまで、マグナブラから一回も出たことが無いのに、最初の遠出が大陸間移動になるなんて……飛び級もいいところだろ。

「そう、そこでわしらがその王子の傭兵となるため、これからミネルウェールスへ向けて早急に出発しようと思うわけだが、しかしミネルウェールスがあるのはバルマシア大陸の中でも、比較的西側のミッドスタンと呼ばれる区域に該当する。従ってわしらはこれから、マグナブラ大陸の東海岸側である、アクトポートへとまず向かうことになるのだが……」

 順路の説明を始めたマジスターだったが、しかしここでまた、マジスターは苦い表情を浮かべた。

「なんだよマジスター、そのアクトポートって場所に何か問題があるのか?」

「むう……その通りだ。アクトポートは少し前まで、マグナブラでありながら、特別自治区として機能しておった」

「特別自治区?」

「うむ。簡単に言えば、中央政権からの影響を最小限でしか受けずに、その自治区内にて、独自で執政を取り行うことのできる特別措置がとられた場所のことを、特別自治区と呼んでおるのだ。まあ簡単に言えば、マグナブラの中に別国があるようなものだ」

「ははあ……なるほど」

「だがしかし、マグナブラの首相となったグリードは、その特別自治区を解除する政策をとっておるのだ。そしてその最初の標的となったのが、アクトポートなのだ。アクトポートは、マグナブラ大陸東側の最大交易都市だからな」

「そうか……まあそんな重要な所なら、真っ先に取りにかかるだろうね」

「……気楽に聞いておるがコヨミ、実を言うとこの特別自治区の解除は、一番お前にとって厄介なことなんだぞ?」

「えっ!? 僕に?」

 はて? アクトポートが特別自治区で無くなることに対して、一体僕に何のデメリットがあるんだ?

 当の本人である僕には、まったく思い当たる節が無い。

「ううむ……いいかコヨミ、アクトポートは以前までは独立しておったから、渡航の規制が緩かったのだ。しかしこれから、マグナブラの中央政権の傘下に取り込まれるということは、当然、渡航規制がマグナブラと同程度のレベルまで引き上げられるということだ。そうなると、マグナブラで指名手配を受けているお前は、船に乗れないどころか、そのままお縄につくことになってしまうということだ」

「ええええええええええええええっ!!」

 そう、犯罪者をのこのこと船に乗せて、外国に逃がすことなど許されるはずがないという、少し考えれば誰でも思いつくような理屈だった。

 それが王殺しという、国内で最低最悪の犯罪を犯した疑いが掛けられていれば、尚更だ。

「ちょっと待って……もしかしてさマジスター……僕のせいで、みんながこの大陸から出られなくなっちゃってるってことになるよね……この状況?」

「まあ……うん……まあ……」

 非常にキレの悪い、マジスターからの返事に、僕は絶望する。

 圧倒的にお荷物……この中で最も足を引っ張っていたのは、なにを隠そう僕だったのだ。

「とんだ足枷だな、キッキッ」

 気がつくとライフ・ゼロは僕の背後から、普段はマジスターが使っているベッドの上に座り込み、いつもの具合に、嘲るように笑っていた。

「そうねぇ……このままじゃ本当にお荷物に……そうだ! コヨミは貨物の中に入れちゃうっていうのはどう?」

「か……貨物ううううううううっ!!?」

 ルーナの提案に、僕は卒倒してしまう。これでは比喩ではなく、正真正銘、本当に荷物になってしまうではないか!

「だって普通に乗船できないんだったら、この方法しかないじゃない。確か人間って、大きなキャリーバッグだったら中に入れることができるとか聞いたことがあるわ」

「ちょ……ちょっと待てよ! 僕貨物に乗せられたら、その間の食事はどうしたらいいんだよ!?」

「キッキッ、案ずるな。生物は一日二日食わずとも、簡単に果てはせぬ。バッグの中に、一緒に水分となる物さえ入れておけば大丈夫だ」

「おいライフ・ゼロ! 余計なことをっ!」

「じゃあ決定じゃない! 早速キャリーバッグがあるかどうか、ゾフィに訊いてくるわ!」

「おいいいいいいいいいっ! 待ってくれルーナ! 勘弁してくれええええええええっ!!」

 思い立ったが即行動のルーナ。早速立ち上がり、部屋を出てキャリーバッグを本気で探しに行こうとするのを、僕は全力で阻止する。

 狭いキャリーバッグの中に一人閉じ込められ、十分な食事も与えられずに水だけしかないなんて、どんな拷問だよ! 冗談じゃない!

「カッカッ! まあ待て待てルーナ、それはあまりにコヨミにとって酷だろう。それにミネルウェールスに辿り着くまでには、世界で二番目に大きな海、ターミルオーシャンを抜けねばならん。とてもじゃないが、一日二日じゃ辿り着けん」

「そう……せっかく良い案だと思ったのに」

 あともう少しで扉を突破されかけたが、マジスターの説得により、ルーナはその猪の如く、ただ前へ突き進もうとするその足を停止させた。

 僕はその瞬間、心の底から安堵した。

「ならマジスターさん、他にどうするのよ? このまま行かないってわけにもいかないでしょ?」

「うむ、その通りだ。だからここはシンプルに、アクトポートで我々の協力者を探そうと思う」

「協力者? 仲間を増やすってこと?」

「そうだ。これからは海路を使う機会も増えてくるだろうし、だったらこの際、船を扱うことのできる人間を取り込んでおいた方が得策だと思ったのだ」

「確かにそうかもしれないわね……それでマジスターさん、そういう人に心当たりが……」

「ないっ! 現地に行って、総当たりするしかない!」

「えええええええええええっ!」

 マジスターの清々しいほどの無策っぷりに、ルーナは驚愕してしまっていた。

 こういう時、大体マジスターなら「そういう知り合いがいる!」とか言って、周りを沸かせるのだが、今回ばかりはそんな、上手く話は回らなかったようだ。
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