英雄のいない世界で

赤坂皐月

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THE GROUND ZERO Chapter1

第4章 忍び寄る魔の手【2】

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 王都マグナブラの城、マグナブラ城。

 この城は三つの塔に分かれており、まず中央の最も巨大な塔。ここには現在の王、ギルワード王とその親族が居住していると共に、ここでこの王都の政治が行われている。

 そして二つ目、右側の塔にはこの国の大臣達が住んでおり、王がいつでも政治についての相談ができるようにと、大臣になった者達をここに住まわせている。

 そして三つ目、左の塔。僕は今、この塔の中に連行されていた。

 通称兵士棟。といっても、普通の兵士がここにいるわけではない。

 ここには将官クラスの中でも、エリート中のエリートと呼ばれる、マグナブラ兵団中枢管理委員会のメンバーのみが出入りの自由を許されている。

 しかし、そんな兵士の中の頂点がいるような場所に、その兵士達の末端にいる僕が直々に呼び出されたのだ。

 このようなことはモチロン、滅多にないことである。

「……静かだな。ここには誰もいないのか?」

 兵士棟の中は静寂に包まれていた。

 この時間帯なら、まだ人が活動していてもおかしくはないのだが、人っ子一人居ないかのような、そんな沈黙の空間が広がっていた。

「…………」

「ちっ……エリートさんは与太話にも付き合ってくれないのか」

「…………」

 悪態をついても、僕の両側を固めている兵士は一言たりとも喋ろうとはしない。

 多分、何も話すなと命令されているのだろうけれど、まるで感情を持たない人形のようだ。

 長官がもし、コイツらに踊れと命令したら、本当に踊りだすのだろうかと、そんなくだらない想像を巡らせていると、二人の兵士の足がある部屋の扉の前で急にピタッと止まった。

 長官室……どうやら目的地に着いたらしい。

 片方の兵士が扉をノックする。

「長官、お連れしました」

「うむ、入って来い」

「ははっ」

 僕は兵団の現状など興味が無かったので、今の中枢管理委員会の長官がどんな人物だったのか知らなかったのだが、しかし扉の先から聞こえてきた声に、僕は聞き覚えがあった。

 扉を開き、僕は長官室に入る。手前には応接をするテーブルと長椅子のセットがあり、その先には立派な長官の机があり、その机の後ろにやつが立っていた。

「久し振りだな……ロクヨウ」

「お前……セブルスか? まさかお前が長官になってるなんてな……」

 セブルス・カレンダー……僕とは同期の兵士であり、年齢も同じである男。

 まさかコイツが、この兵団のトップになっていただなんて……。 

「ロクヨウ……ボクはもう、君とは同等の存在ではない。ボクは君の上の存在なんだ。だから名前で呼ぶのは如何なものだと思うがね?」

「フン……お前のその嫌味な性格は変わらないな」

「お前は変わったなロクヨウ。次世代の勇者候補が、今やこの兵団の最下層……ゴミクズのような存在と成り果てたのだからな。君を見ていると、時間とはいかに残酷かと思い知らされる」

「僕のことを、お前がどう思おうと別に構わないが、お前こそこんな短期間でよく、そこまで上り詰めれたよな。失敗した側としては、その成功の秘訣を是非訊きたいところだけどな」

「秘訣など特にない。ただ要領良く物事を進め、時に多少、その手を汚しただけだよ。それくらいしないと、頂点には立てない。それが今の君とボクの差だ」

 セブルスは静かに笑う。

 かつて僕とセブルスに、そこまでの差は無かった。同じ時期に兵団に入り、同じくらいの注目を両者ともされていた。

 ただ違ったのは、その先にある目指しているもの。

 理想か、現実かの違いだった。

 僕はただ単に勇者を目指していたのに対し、セブルスは勇者など端っから目指していなかった。

 セブルスの目指していたものは、その時からもう、この兵団のトップだけだった。

 だから僕が表で、次世代の勇者候補と呼ばれている中、セブルスは裏で自分の利益になる仕事をこなし、時にライバルや上の人間を貶め、その階級を上げていたのだろう。

 僕が理想を追い求めていたのなら、セブルスは着実に現実を歩んでいたといったところだろうか。

 だから今のこの立ち位置、現実を着実に進んだセブルスがその頂点に立ち、それを疎かにしていた僕が末端に立っているこの構図は、それまでの結果を顕著に表しているものなんだろう。
 
 随分と差がついてしまったものだ……それこそ、雲泥の差ともいっていいような、そんな大きな差が。

「それで……遥か格下になった僕を呼びだして、自分が頂点に立ったことを自慢したいがために、わざわざ呼び出したのか?」

「フフッ……今までのはただの挨拶さ。久々の、同期へのね。今回君をここへ呼び出したのは、ある問題の解決のためだよ」

「ある問題?」

 静かに笑いながら、セブルスは僕に背中を向け、外を眺める。

「ロクヨウ、ボク達兵士は王の下、王を守るため、この国を守るために存在している。そしてボクは、こうしてその守る者達の頂点へと立った……」

 しかしと、セブルスは目の前のガラスに、王都の風景に、まるで憐れむかのように右手をあてがう。

「頂点に立って分かった……この国にはもう、守るものはないと。この国の行く末は、あかつきの火からの使者、練魔大臣によって左右され、王はその傀儡と成り果てた。もう不必要なものだと、気づかされたのだ」

「不必要なものねえ……」

 そういえば、昨日助けたレジスタンスの女の子もなんかそんなこと言ってたっけな。この世界を支配してるのは、暁の火だって。

 しかし兵団のトップとレジスタンスが同じような発想を抱いているとは……この国ももう、末期だな。

「そう思うのは勝手だがセブルス、お前が言ってるのはつまり、王はもういらないから、クーデターを起こそうかな? どうしようかな? って、わざわざ僕に衝撃的な告白をしてるようなもんだぞ?」

「フフッ……だから、そうなんだよ」

「は? そうって……」

「だがこれはボクの独断で行ったことではない。この国の、現在の事実的支配者から……そしてこの世界を支配してる組織からの命令で、ボクは動いたのだ」

「動いた……?」

「この国のトップはもう変わった。そしてトップが変わったのなら、ボク達兵士はその新しいトップの意向に従わなければならない。トップの命令には背けない。それがソルジャーだからな」 
  
 そう言うと、セブルスは僕の方へと向き直り、長官の机の上にあった大きな筒のような物を開け始めた。

「だからもし、その新しいトップが前のトップの首をねろと指示があれば……」

 セブルスは開けた筒から、何かを掴むようにしてそれを取り出し、そしてそれを僕に見せつけ、こう告げた。

「ボク達は、その意向に従わなければならない……」
 
「っ!!? お……お前……それはっ!!!」

 セブルスが掴んでいたものは、この王都のトップにして、僕達が死守せねばならない存在だった者の首。

 ギルワード王……その人の生首だった。
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