天才たちとお嬢様

釧路太郎

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プロローグ

入学した翌週に転校するなんて普通じゃない

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 転校が決まったのは高校に入学した次の週だった。一年生の春に転校するか三年生の秋に転校するか決めていいと言われたのだが、その二つの選択肢で後者を選ぶものなどいないだろう。俺はわずかな可能性に賭けて父親に単身赴任をしてみてはどうかとお願いしてみたのだが、俺の父親の新しい職場は家族全員で一緒に暮らすというのが条件らしい。
「どうして入学して二週間で転校しなきゃならないんだよ」
「どうしてって、父さんの仕事の都合だから仕方ないだろ。せめてもの情けでお前に今か二年半後か選ばせてやったじゃないか」
 この父親は俺に選択を委ねた事で譲歩したと本気で思っているようなのだが、俺の母親も父親と同じ考えのようだ。似たもの夫婦とはよく言ったもので、この二人が喧嘩をしているところを見たことは無い。それに反してか、俺と妹は嘘みたいに喧嘩ばかりしているのだ。
「お兄ちゃんって本当にワガママだよね。お父さんの仕事の都合なんだから黙って従いなよ。私だって転校するのは嫌なのに我慢してるんだからね。本当にお兄ちゃんってワガママだもんな」
「お前は転校するのが嫌とかいうほど学校に行ってないだろ。お前が転校して悲しむような友達なんていないだろ」
「そんな事ないよ。璃々はお兄ちゃんと違って友達たくさんいるからね。それに、出席しなくても卒業単位は足りてるもんね。何だったら、お兄ちゃんが転校する高校に飛び級で進学してやろうか」
「そんな冗談はやめろ。お前が言うと本当っぽく聞こえるんだよ」
 俺の妹の璃々は母親に似て頭が大変よろしい。俺と違って優秀な人間なので何かと比べられることが多いのだが、勉強も運動も大抵は俺の方が負けてしまうのだ。勝てることと言えばゲームくらいなのだが、これは璃々がゲームに興味を持っていないという事だけが理由なのでその気を出されると俺は何も勝てるものが無いという事になるのかもしれない。
「お父さんの新しい仕事ってさ、どんな仕事なの?」
「二人にはまだちゃんと言ってなかったな。新しい職場はとんでもないお金持ちの家に住み込みで料理を作るのだ。お屋敷のお抱えコックとして働くんだぞ。父さんは和食も洋食も中華も作れるから総料理長として働かせてもらえることになったんだ。ちなみに、その一家の分だけではなくお屋敷で働いている人達の分まで作るんだぞ。どうだ、将浩も璃々も驚いただろ」
「それで、どうしてこの時期なんだよ。せめて俺が受験する前に決めておいてくれたら良かったのに」
「それもそうなんだがな、この話が決まったのは先週の金曜の事なんだ」
「先週の金曜って、三日前じゃねえか。なんでそんな急に決めてんだよ」
「なんでって、その日のお客さんが父さんの料理を気に入って雇ってくれることになったんだよ。父さんも近いうちに独立したいなって思ってたからちょうど良かったんだよな。母さんも反対しなかったし条件も良かったから雇われることにしたんだ」
 気のせいかもしれないが、妹の璃々は少しも驚いていないように見える。もしかしたら、璃々は母さんから聞いていたのかもしれないな。俺はいつも驚かされる側の立場なのだが、家族ぐるみで俺を驚かせようとするのはいい加減やめて欲しいものだ。
「へえ、そうなんだ。凄いね。ちなみに、条件が良いってどんな条件だったのかな?」
 くっ、棒読み加減がいかにも知ってましたって感じで腹が立つ言い方なのだが、確かにその条件というのは気になるな。いや、そんな言い方をしている璃々はすでにその条件とやらも知っているはずだ。おそらくだが、その条件は俺が驚くようなものなのだろう。今の父さんの給料がいくらなのか見当もつかないのだが、それよりも多いと仮定して考えてみよう。おそらく、今回の条件は月給三十万のはずだ。いや、それじゃあ璃々があんな態度をとるだろうか。そんなはずは無い、まさか、月給百万円なんてことは無いよな。
「将浩も璃々もきっと驚くぞ。なんと、その条件というのは住み込みで働くという事で家賃も光熱費もかからないのだ。どうだ、驚いたか?」
 俺も璃々も驚いて開いた口がふさがらなかった。確かに驚きはしたのだが、家賃と光熱費がかからないだけなのか。それは本当にいい条件なのだろうか。俺には全く理解が及ばなかった。
「ちょっと待ってよお父さん。それって、お給料は出ないって事なの?」
「いや、給料はちゃんと出るよ。でもな、今よりも手取りは少し減っちゃうんだよな。まあ、父さんも母さんもお金のためだけに働いてるわけじゃないからそこは気にしてないんだけどな」
「じゃあ、お小遣いは減らないって事でいいんだよね?」
「ああ、そうだぞ。減らないどころか家賃と光熱費がかからない分上乗せしちゃうかもしれないぞ」
 転校が決まった時も驚いたのだが、父さんの話はいつ聞いても驚きの連続だ。でも、お小遣いが増えるというのは魅力的な話であるな。
 俺も璃々もどれくらいお小遣いが増えるのか楽しみなのだが、俺は璃々が何かを買っているところを見たことが無いのでどんなことにお小遣いを使うのか気になってしまった。
「なあ、お前はお小遣いが増えたら何か欲しいものでもあるのか?」
「え、別にないけど。あったとしてもお兄ちゃんには教えないけど」
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