上 下
19 / 59
女子バスケ部エースの後輩とベンチ外の俺

第六話

しおりを挟む
 ルールは単純で、失敗するまで続けるだけという事だ。向こうは何人いるのかわからないが、試合に出ていない人たちまで列に並んでいた。その中には俺と同じ三年生も混ざっているようなのだが、これだけの人数を相手に俺一人で延々と打ち続けなくてはいけないのかと思うと少しだけ憂鬱になっていた。
 さすがは兎梅中といったもので、最初に失敗したのは十五人目に登場した三年生の人だった。どこかで見覚えがあるなと思っていたのだが、俺が唯一出た試合に出ていたような気がしてきた。あとで聞いてみようかな。
 その後もなかなか失敗してくれなかったので時間はどんどん過ぎていって、とうとう試合時間よりも長い時間フリースロー対決をおこなってしまっていた。もう何本打ったのかわからないくらい打ち続けて履いたのだが、兎梅中の部員はまだ六人も残っていたのである。
「このままだと一生終わらない感じですし、ここらで終わりにしませんか?」
「そうだね。これ以上続けると帰りが遅くなっちゃうし、みんな疲れてるもんね」
「自分らは大丈夫ですけど、萩原先輩の負担が大きいんじゃないかなって思いまして、疲れてないですか?」
「ありがとう。俺は試合にも出てないから大丈夫だよ。それにしても、本気で全国を目指してるだけあってみんな上手いよね。もっと簡単に終わるかと思ってたよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、ほとんど運で入ってただけだと思います。一時間越えたくらいから打ってる感覚ほとんど無かったですもん。萩原さんはずっと一人で打ってましたけど、本当に疲れたりしてないんですか?」
「うん、フリースローだけしかやってないから疲れたりはしてないよ。結構長い時間やっちゃったけどさ、これで大丈夫だった?」
「はい、ばっちりです。俺達も近くで萩原さんのシュート見れましたし、カメラも十台以上回してるから完璧だと思います。でも、最後までずっとフォームが綺麗なままだったんですけど、何かコツとかってあるんですか?」
「いろんな人にそれを聞かれるんだけどさ、コツとかは何もないんだよね。ただ言えることは、俺はこれしか出来ないってだけの話なんだけどね」
「へえ、フリースローのスペシャリストって事ですね。バスケにも他のスポーツみたいにフリースローをやる専門のポジションがあったら萩原さんはNBAでも活躍出来ると思いますよ。それくらい完璧なフリースローだったと思います」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとうね」
「こちらこそありがとうございました。今日は大変勉強になりました。俺達はこれからフリースローがもっと上手くなるように頑張ります」
 俺に向かって頭を下げる兎梅中の部員たちに困惑しながらも俺も同じように深々と頭を下げていた。兎梅中で最初に失敗した彼に話を聞いてみたところ、やはり俺が出た練習試合に参加していたという事だった。俺の記憶力もまんざらではないという事だ。

「あの勝負って萩原先輩の勝ちってことになるんですかね?」
「どうだろう、向こうは最後まで失敗しなかったって事だし、引き分けってことになるんじゃないかな」
「そうですかね。でも、普通だったら一人失敗した時点で向こうの負けってことになると思いますよ。だって、萩原先輩は一人で向こうは二十人近くいましたからね。単純に失敗できる回数に違いがありすぎますもん」
「それでもさ、あそこまで連続でシュートを決められるってのも凄いことだと思うよ。普通はあそこまで行く前に失敗しちゃうと思うし」
「それって、萩原先輩は失敗しないって言ってるって事に聞こえるんですけど、そうなんですか?」
「そういうつもりではないけどさ、室内だと失敗することも無いと思うんだよね」
「そんな事を平然と言うなんてカッコいいですね。私と萩原先輩がフリースロー勝負してたらどうなってると思います?」
「どうなんだろうね。兎梅中の人達と違って一対一だし、すぐに決まっちゃうんじゃないかな。若葉ちゃんはフリースロー苦手だって言ってるし」
「そうかもしれないですけど、私だってそれなりに上手いかもしれないじゃないですか。あとで勝負しますか?」
「勝負するって、どこでやるつもりなのさ」
「そうですね。今度練習が終わった後とかでもいいですよ。皆に言っておくんで女子側のコート使ってもいいですから」
「そんな事を今決めちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。瞳たちも萩原先輩と勝負したいって言ってましたもん。先生の許可だって練習終わった後ならいらないと思うんですよね。美月なんて今頃になって萩原先輩の魅力に気付いたみたいですよ。私は最初から萩原先輩のシュートフォームが綺麗だって知ってましたからね」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ、お手本ならもっと他にたくさんいると思うよ」
「まあ、そうかもしれないですけど、近くにこんなに上手な人がいるんだったら参考にしない手は無いじゃないですか。でも、兎梅中の人達はこれからたくさん萩原先輩の映像を見て研究するって事ですもんね。それって、敵に塩を送ったってことになりませんか?」
「どうなんだろうね。そうなったとしてもみんなが上手くなるんだったらいいと思うけどな」
「でも、兎梅中にフリースロー決められたら男子たちは考えちゃうんじゃないですかね。あの時練習試合に萩原先輩が行かなければ良かったって思うかもしれないですよ」
「そんなことは無いでしょ。そもそも、兎梅中はフリースロー下手だってわけでもないからね。公式戦だってうちより成功率高いはずだよ」
「それは萩原先輩が出てないからだと思いますよ」
「俺が出てたら惨敗続きで皆部活を辞めてると思うよ」
 俺の取り柄はフリースローだけだと自分でも自覚はしている。ただ、その唯一の武器だけは誰にも負けたくはないと強く思ったのだった。
 フリースローだけで勝負なんてこれから先二度とないかもしれないけれど、その時も負けない様に頑張ろうと誓ったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

天才たちとお嬢様

釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。 なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。 最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。 様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...