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第六十一話 愛ちゃんと政虎君について話してみようかな

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 唯ちゃんと愛ちゃんと千雪ちゃんの仲の良さはみんなが知っている事ではあるのだけれど、愛ちゃんは意外と政虎君と仲が良いというのは発見だった。ゼミの時間はあまり話しているところを見なかったけれど、他の授業の事を思い返すと愛ちゃんと政虎君は意外と近い席に座って授業を受けていたような気もしてきた。
 愛ちゃんが普通に話している男子は右近だけだと思っていたし、私以外のみんなもそう思っている事だろう。でも、こうして買い物をしている時も移動中もお昼ご飯を食べている時も愛ちゃんは右近よりも政虎君と話している時間の方が長いように見える。ただ、右近のそばにはずっと千雪ちゃんが張り付いているというのもあるのかもしれないけど、それを考慮したとしても愛ちゃんと政虎君の距離は私が思っていたよりも近いように見えてきた。
 もしかして、この海水浴の期間を利用して愛ちゃんと政虎君の関係を今よりも先に進めることが出来たら政虎君の好きな相手が私から愛ちゃんに移行してしまうことがあるかもしれない。そうなったら、私はもう政虎君が好きな人ではなくなるという事だし、その時は右近も私と付き合わないという理由がなくなるんじゃないかな。そう思うと、この海水浴に誘ってもらって良かったと思うし、私が参加する真の理由が出来たと言えるのではないだろうか。
「愛ちゃんってさ、男子と話しているところをあんまり見た事が無いんだけどさ、政虎君とは普通に話とかしているよね。普段はどんな話をしてるのかな?」
「私はあいつとそんなに話なんてしてないと思うよ。他の男子に比べたら会話する事はあるかもしれないけど、唯ちゃんがいなかったらほとんど話すことなんてないけどな」
「そうなのかな。でも、今日は唯ちゃんがいなくても結構二人で話しているように見えたけど」
「ああ、それはたぶんアレだな。以前私がナンパされてる所を見たあいつがからかってただけだよ。なぜかわからないけど、私がナンパされている時にあいつが目撃する事が多いんだよな。学校でも街中でも良く目撃されてニヤニヤした顔で近付いてくるんだ。そんな事が何度も何度も立て続けに起きるもんだから、あいつが男たちに頼んで私に声をかけるように仕向けてるんじゃないかって思ったこともあったよ。でも、あいつがそんな事を頼んだところでそれを聞き入れるような友達や知り合いがいないって事に気付いちゃったんだよな。そこに気付いてしまった私はあいつに謝ることにしたんだが、そんな事で謝るのもおかしいと思って謝るのはやめにしたんだ。そんな事を今日は何回か繰り返したってだけなんだよ」
「私も何回か愛ちゃんが見た事ない男子と話しているのを見たことがあったんだけど、それってナンパされてたんだね。愛ちゃんくらい美人だったらそういうのも日常茶飯事なんだろうね。羨ましいとは思わないけど、ちょっとだけ羨ましいかも」
 モデル体型の愛ちゃんは女子から見ても綺麗だなって思うんだから男子からしても声をかけたくなっちゃうのかもしれないな。私の友達も知らない人に話しかけられて上手にあしらっている愛ちゃんを見て格好いいって思ったって言ってる子も多いもんね。それくらい頻繁にナンパされてるって事なんだろうけど右近と政虎君以外の人と一緒にいるところって見た事が無いかも。って事は、政虎君が愛ちゃんの事を好きになったら付き合っちゃう可能性があるって事なんじゃないかな。自分で言うのもなんだけど、政虎君的にも私の事なんか好きになるよりも愛ちゃんの事を好きになった方が絶対良いと思うんだよね。そうしたら、私が右近と付き合えるようになると思うし。右近もその方が幸せになれると思うんだ。
 だって、私は今まで右近が短い時間だけ付き合ってきた彼女たちと違って同じバイト先で働いてて帰りも一緒に帰るような仲だからね。これは他の人にはない大きなアドバンテージだと思うんだ。
「愛ちゃんと右近ってみんなが言うみたいにお似合いだと思うけどさ、意外と愛ちゃんと政虎君もお似合いなんじゃないかなって思うんだよね。二人を見てると自然な感じで話しているように見えるんだよね。お互いに気を使っていないというか、本当に自然な感じに見えてるよ」
「桜が言うお似合いって意味がよくわからないけど、私もあいつもお互いに気なんか使ってないのは事実だな。鬼仏院右近も割と気を遣わずに話すことは出来るんだが、柊政虎のそれとは別なんだよな。あいつの場合は鬼仏院右近と違って思いやる必要もないんだからな。あいつは他の男子と違って私に変な下心を向けてくる事が無いという安心感はあるけれど、それはあいつが桜の事を一途に好きだって知っているからだと思うぞ。桜がどうしてあいつに好かれているのかわからないし気の毒だとは思うけれど、そのお陰で私はあいつと恋愛感情を抜きにして話すことが出来るんだ。前から思っていたんだが、なんで桜はそんなにあいつから好かれているんだ?」
「それは私の方が聞きたいよ。直接好きだって言われたのは大学に入学して割とすぐの時だったと思うけど、その時も理由は教えてもらえなかったからね。なんか怖くて私は断っちゃったんだけど、今にして思えば少しでも付き合って別れてたら右近と付き合えた可能性があるのかなって思っちゃったからね。今もそんな事を考えてみたりもするんだけど、どうしても政虎君と付き合うって事は考えられないんだよ。元カレの中に政虎君がいるってのは私の人生にとってとても大きな失敗になるような気もしてるんだよ」
「うん、桜のその気持ちはわかるぞ。私は誰とも付き合ったことが無いんだけど、あいつと付き合わないといけないのだったら迷わずに死を選ぶと思うな。なんであんな奴の事を唯ちゃんが好きなのかわからないんだよな。唯ちゃんの事は応援した気持ちはあるんだけれど、相手があいつだというのが素直に応援出来ないというもどかしさを感じているんだ。なあ、桜にこんな事を聞くのは間違っていると思うんだけど、唯ちゃんは柊政虎のどこにそんなに惹かれると思う?」
「え、全然わからないんだけど。良く言えば、私が困っている時に助けてくれたことがあったんだけど、政虎君に全然接点のない場所で起きた事が原因だったんだよね。助けてもらった側が言うのは間違っているって思うんだけど、なんでそんな目に遭うってのがわかってその場に政虎君がいたのかなって考えると、助けてもらって嬉しいとか感謝するって気持ちよりも先に何かわからないけど怖いって感情があったかも」
 政虎君がいなければ私はあのまま攫われてしまっていたかもしれないと思うんだけど、政虎君と右近が助けてくれたタイミングがあまりにも完璧すぎるんだよね。常連だった北川さんの事を知っていたことも気になるんだけど、北川さんがあんなことを考えていたのを知っていたというのも不思議なんだよね。
 あの時も今も右近は何も知らないと思うんだけど、政虎君は何か知っているんじゃないかなって思うんだ。
 そう言えば、さっき愛ちゃんが言っていた事なんだけど、愛ちゃんがナンパされている時はやたらと政虎君に目撃されているって話なんだよね。
 私の時も感じていたけれど、愛ちゃんの時も本当に偶然遭遇しただけなんだろうか。確かめてみたい気持ちはあるんだけど、それを確かめるのって凄く怖いかも。
 それと、愛ちゃんと政虎君をくっつけようと思ったのは間違いだったのかもしれない。愛ちゃんと話していて表情を見ていて感じたのは、愛ちゃんは政虎君に対して全くいい印象を持っていないという事だった。政虎君の話題が出るといつもとは違って眉間に皺も寄っているし口元も若干ピクピクしているように見えたんだ。私も同じ反応が出ていたのかもしれないけど、そう考えたら無理矢理愛ちゃんとくっつけようとするのは申し訳ない気持ちになっちゃうかも。
 やっぱり、唯ちゃんに気持ちが向くようにした方が良いのかもしれないね。その方が誰も不幸にならないような気がしているよ。
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