上 下
102 / 108
第二部 二人だけの世界編

みさきとレベッカは温泉に行く約束をしていた

しおりを挟む
「さ、ランチも終わったことだしそろそろ旅館に戻って温泉に行きましょうよ。今から行けば夜までゆっくり温泉に入っていられると思うから早く行きましょう」
「今から行くの?」
「そうよ。善は急げって言うでしょ。どんな時だって最短距離でやりたいことをやるのが一番いいって聞いたこともあるし、みさきだって一杯汗をかいたから温泉に入りたくなってるんじゃない?」
「まあ、汗はかいてるけどさ、お昼食べたばっかりなのにすぐに温泉に向かうなんて疲れそうじゃないかな」
「そんな事ないって。ここから旅館まで結構距離はあるし、ちょうどいいくらいの時間になると思うわよ。それに、旅館の人達にもサンドイッチの事を早く謝りたいしね」

 温泉に行くのも悪くはないなと思っていたのだけれど、僕は満腹感であまり動きたくないというのが本音であった。ただ、みさきもレベッカも帰り支度をし始めているので黙って見ているわけにもいかず、僕はその辺に飛んでいったゴミなんかをまとめることにした。と言っても、ゴミなんてほとんどないのですることは何もないのと変わりはないのだけれど、形だけでも行動しておくことにしたのだ。

「ほら、もう帰る準備を始めるから二人ともそこをどいてよね。でも、二人にはとても感謝しているのよ。私はこっちに来てから家族以外の人とご飯を一緒に食べるのは初めてだったから楽しかったわ。正樹とみさきが持ってきてくれたお弁当も美味しかったし、旅館の人達には改めてお礼を言わないといけないわね。でも、サンドイッチの事を謝らないといけないと思うと気が重いわ」
「サンドイッチを食べられなかったのは残念だと思うけど、あればっかりは仕方ないんじゃないかな。レベッカがちゃんとサンドイッチを持っていれば避けられた事態かも知れないけど、サンドイッチを持って移動してたらレベッカが襲われてたかもしれないしね。僕はレベッカに怪我とか無くて良かったと思うよ」
「ありがとう。そういう風に心配してくれる正樹の事が好きよ。あと、私の事はベッキーって呼んでくれていいからね」
「まー君の言う通りかもね。レベッカがサンドイッチをもってこっちに来ていたら犬たちに襲われてた可能性だってあるんだもんね。そう考えると、怪我が無くてよかったと思うし、旅館の人達も同じように思ってくれると思うよ」
「みさきもありがとう。私は二人とも大好きよ。それと、私の事はベッキーって呼んでいいんだからね」

 みさきとレベッカは帰り支度をしながらも会話を続けているのだが、何かの拍子で会話が盛り上がると二人はそのたびに手を止めていた。僕もほとんど何もしていないので強くは言えないし、いまだにお腹がいっぱいで動きたくないという想いがあるので出来るだけそれが長引いて欲しいとは思っていたのだが、僕の願いが叶うことは無かった。
 僕はみさきを見ていたのだが、みさきの視線は僕ではなく湖に向かっていた。波一つない穏やかな水面は相変わらず空を綺麗に映し出しているのだが、時々水面から飛び跳ねている魚の姿を見ることが出来た。きっとみさきはその魚を見ているのだろうが、僕にはその魚がいったい何なのかわからなかった。きっと、みさきも僕と一緒で魚の種類までは知らないのだろうが、飛び跳ねる魚が気になってはいるようだった。

「さあ、私は準備が整ったし、正樹とみさきももう準備が整っているようね。さあ、これから一旦旅館に戻って温泉に行く準備を始めましょう。パパとママはまだ戻ってきていないと思うけど、そんな事はいつもと変りないし気にしなくていいわよね。それにしても、温泉って初めて入るから楽しみだわ。漫画とかアニメでは時々見るけど、露天風呂から見える景色って素晴らしいって聞くし、興奮が抑えられるか自信が無いわ」
「あの、盛り上がっているところ言いにくいんだけど、今日の露天風呂は男性に開放の日だから私達は露天風呂に入ることは出来ないわよ」
「なんで?」
「なんでって言われても、ここの温泉は露天風呂が一つしかなくて、それは日替わりで男女が入れ替わるって話しだし、昨日は女性に開放する日だったから今日は逆なんじゃないかなって思ってさ」
「それじゃあ、温泉に行く意味が無いじゃない。せっかく楽しみにしてたって言うのに。ママは一緒に行ってくれないし、せっかくみさきって友達が出来て一緒に行けると思ったのにどうしたらいいのよ」
「それなんだけどさ、僕は昨日内風呂に入ったけど、露天風呂とまではいかなくても天窓があるから割と開放的に感じたよ。それにさ、温泉自体は凄くいいからそこまで露天風呂にこだわらなくてもいいんじゃないかな。あと、露天風呂は明日楽しめばいいんだと思うよ」
「それもそうね。シャワーにも飽きてきたことだし、あんまりぜいたくを言わずに楽しみは明日にとっておくことにしようかな。正樹とみさきはいつまでこっちにいる予定なの?」
「私達は明日までの予約なんだけど、何日か滞在期間を延ばそうかとも思っているのよね。まー君が良ければだけどさ」
「僕は構わないよ。みさきが戻っても大丈夫だって思えた時に戻ればいいんだしね。妹の唯からは早く戻ってこいって催促が凄いけど、そんなのは気にしなければどうって事はないしね。そう言えば、レベッカと唯って年齢が近いんじゃないかな?」
「へえ、私と近い年の妹がいるのね。その子も私と友達になってくれるかしら」
「どうだろうね。唯は誰とでも仲良くなれる方だと思うし、レベッカが変な事をしなければ大丈夫だと思うよ」
「私は変な事なんてしないわよ。それに、ベッキーって呼んでよね」

 レベッカは妹の唯と年が近いし、話も合いそうだなとは思う。みさきの場合は唯にとってあこがれの先輩だったという事もあってすぐに懐いていたのだけれど、レベッカの場合は全く面識のない状態なのでどうなるかわからない。でも、最近は英語の勉強をしたいと言っていたりもするので案外すぐに仲良くなれるのかもしれないな。
 まだレベッカの事をよく知らないのだけれど、そういった意味では唯がレベッカと仲良くなることでお互いに得が生まれる状況になるのではないかと思えた。しかし、僕はまだレベッカが英語を話しているところを見ていないので、もしかしたら英語を話せないのではないかという疑問が残っていたりもするのだ。ただ、英語が話せなかったとしても、唯とは仲良くなれそうな予感だけはしていたのだが。

「さ、準備も出来たし旅館へ戻るわよ。って、なんで正樹が私の荷物まで持ってるのよ。自分の分くらいは自分で持てるわよ」
「そんな事は気にしないでさっさと戻ろうよ。別に誰が持ったって何かが変わるわけでもないんだしさ。それに、隠れていた犬たちがレベッカの荷物を狙ってるかもしれないよ」
「ちょっと待って、それって私が襲われるかもしれないじゃない。正直に言ってしまえば、私ってあんまり動物から好かれるタイプじゃないのよね。なんでかわからないけど、動物から下に見られることが多いのよ。それと、そろそろベッキーって呼んでくれたら嬉しいな」

 僕は全くの無意識の状態でレベッカの荷物を持っていた。これは本当に無意識のうちにやっていたことで、家族で買い物に行くときは唯や母さんの荷物を僕が持つことが暗黙の了解となっていたことに由来する事柄だろう。
 そう言えば、最初にサンドイッチを食べ散らかしていた犬たちはどこへ行ったのだろうか。僕も動物に好かれる方ではないのだけれど、この荷物を持っている状態でいきなり襲われてしまったらどうすることも出来ないな。しかも、レベッカの持っているバスケットはそれほど丈夫そうには見えないので、威嚇のために振り回していると持っている柄の部分が外れてしまいそうでもあった。
 僕はなるべく何も起きずに旅館へ戻れることを願うばかりだった。

「ねえ、みさきが正樹を好きっていうのはわかってたんだけど、それと同じくらい正樹もみさきの事が好きなのね。日本人にしては珍しいくらい言葉でも感情でもちゃんと表現してるって凄いよね。私も二人みたいに素敵な関係を築くことが出来る相手が見つかるといいな」
「レベッカはいい子だから見つかると思うよ。それに、まだまだ子供なんだから焦らなくてもいいんじゃないかな」
「もう、私はそんなに子供じゃないんだけどな。みさきだってそこまで私と年が離れているわけでもないじゃない。それに、そろそろベッキーって呼んでもらえると嬉しいんだけど」
「そう言えば、温泉は初めてって言ってたけど銭湯とかも行った事ないの?」
「銭湯も行った事ないよ。ママは恥ずかしがり屋だからそう言うところには行けないんだって。だからね、やってみたいことがあるんだけどお願いしてもいいかな?」
「変な事じゃないなら聞くけど」
「あのね。私は背中の流しっこってやつをしてみたいの。小さい時はママがしてくれたけど、友達にしてもらった経験って無いからお願いしてもいいかな?」
「うん、それくらいならいいよ」
「良かった。これはさすがに正樹には頼めないからみさきにお願いしてよかった」

 みさきには内緒なのだが、僕がお風呂に入っていると今でも時々唯が一緒に入ってこようとする時があるのだ。それがいったい何をきっかけにそうしているのかはわからないが、今では浴室の鍵をしっかりかけることが当たり前になっていたのだ。
 一緒にお風呂に入ること自体は問題ないのだが、あまり自分の裸をジロジロとみられるのは気分が良いモノではないと思うしね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。

広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ! 待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの? 「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」 国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

学園の聖女様と俺の彼女が修羅場ってる。

味のないお茶
恋愛
うちの高校には聖女様と呼ばれる女性がいる。 名前は黒瀬詩織(くろせしおり) 容姿端麗、成績優秀、時間があればひとりで読書をしている孤高の文学少女。 そんな彼女に告白する男も少なくない。 しかし、そんな男共の告白は全て彼女にばっさりと切り捨てられていた。 高校生活の一年目が終わり。終業式の日に俺は半年間想いを寄せてきた彼女に告白した。 それは件の聖女様では無く、同じクラスの学級委員を共に行っていた藤崎朱里(ふじさきあかり)と言うバスケ部の明るい女の子。 男女問わず友達も多く、オタク趣味で陰キャ気味の俺にも優しくしてくれたことで、チョロイン宜しく惚れてしまった。 少しでも彼女にふさわしい男になろうと、半年前からバイトを始め、筋トレや早朝のランニングで身体を鍛えた。帰宅部だからと言って、だらしない身体では彼女に見向きもされない。 清潔感やオシャレにも気を配り、自分なりの男磨きを半年かけてやってきた。 告白に成功すれば薔薇色の春休み。 失敗すれば漆黒の春休み。 自分なりにやるだけのことはやってきたつもりだったが、成功するかは微妙だろうと思っていた。 たとえ振られても気持ちをスッキリさせよう。 それくらいの心持ちでいた。 返答に紆余曲折はあったものの、付き合うことになった俺と彼女。 こうして彼女持ちで始まった高校二年生。 甘々でイチャイチャな生活に胸を躍らせる俺。 だけど、まさかあんなことに巻き込まれるとは…… これは、愛と闇の(病みの)深い聖女様と、ちょっぴりヤキモチ妬きな俺の彼女が織り成す、修羅場ってるラブコメディ。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

処理中です...