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第二部 二人だけの世界編
初日の夜はいつもと違う夜でした
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私達は結局のところ温泉にはいかなかったのだが、旅館から出ることも無かったのだった。スキンケアのコツを教えてもらうだけなのだから温泉に行く必要はもともとなかったのだけれど、私が部屋から出てまー君と離れるという目的があったのでそれはそれで仕方のない事だったのだ。ん、どうして私がまー君と一緒に居ちゃいけないんだ?
久子さん達の部屋に戻ってきたのだけれどなるべく物音を立てないようにゆっくりとドアを開けることにした。閉める時も出来るだけ時間をかけてゆっくり音がしないようにと気を付けていた。そのお陰か、中でまー君たちが話している内容も聞こえてきたのだけれど、何か変な事をしているという最悪な事態にはなっていないようで安心することが出来た。私の隣では久子さんが気が気ではないような感じでソワソワしているのだけれど、私はそんな事は気にせずにもうしばらくどんなことを話しているのか聞いてみたいという気持ちになっていた。
「無理って、わからないじゃない。もしかしたら、そう言う人に出会える可能性だってあると思うんだけど」
「いや、そう言う人に出会う可能性はあるかもしれませんが、そう言う人って恋人がいるのを知ってて手を出そうとする人の事を思ったりはしないと思いますよ。第一、自分が誠実じゃないのに相手にそれを求めるのってずるいと思うんですよ。お姉さんたちは僕にみさきという恋人がいるのを知ってましたよね?」
「そうだけどさ、それって今だけの話だし。それに、お酒も入ってたからね」
「それって、自分を甘やかしているだけですよね。そんなんじゃ、いい人がいたとしても本当に相手にされないと思いますよ。だから、こんなことはこれっきりにしてちゃんとまっとうに生きてくださいね」
「それはそうなんだと思うけど、私はまっとうに生きているはずだよ。ねえ、愛ちゃんもそう思うでしょ?」
「いや、良美は自分の気持ちを最優先にして行動することが多いと思うよ。私はそうじゃないけどさ」
「そんな事ないって、愛ちゃんだってそんなこと言って自己中なとこあるじゃん」
「ちょっと、それは言い過ぎじゃない。そんなこと言ったら誰だって自己中なとこあるでしょ。良美はお酒飲んだら特にひどいよ」
「お酒は別でしょ。それを言ったら愛ちゃんはお酒を飲んだらすぐに寝ちゃうじゃない。そんなんだから捨てられるんだよ」
「それは関係無いでしょ。良美だってお酒でたくさん失敗してるくせに」
「それはそうだけど、そんなことはどうでもいいのよ。問題は、どうしたら私達にも君みたいな一途な男が振り向いてくれるかって事よ」
「無理だと思いますよ。相手にも選ぶ権利ってもんがあるでしょ」
私の隣で中の会話を聞いていた久子さんがいつの間にか襖を開けて中へ入っていた。隣にいた私が気付かないくらい自然な流れで会話に加わっていたのだけれど、一体どんな動き方をすれば出来るのだろうかと疑問に思ってしまった。
「久子、いつの間に戻ってきたのよ」
「いつの間にって、今戻ってきたところよ。お酒が入ってるのに珍しく愛ちゃんの声も聞こえるなって思ってたら、あんた達っていったい何の話をしているのよ。正樹君も困ってるじゃない」
「いや、それは、その」
「そうよ。久子にはしづらい相談って言うか、そんな感じよ」
「まあ、二人を慰める旅行だったから私には言いづらいこともあるのかなって思ってたんだけどね、それをこんな若い男の子にぶつけるってのはどうかと思うわ。若い子には若い子の感性ってものがあるから意見を聞くのって大事かもしれないけど、こんな純粋な子たちにあんた達みたいなドロドロした恋愛の相談は良くないと思うわよ」
「それはその通りだと思うけどさ、私達には私たちなりの悩みってのがあって、それは幸せな久子にはきっと理解出来ないもんだと思うよ」
「そうよ。私達も久子みたいに素敵な家庭を持ちたいって思ってるのよ」
「それなら正樹君じゃなくて私に相談すればいいじゃない」
「それはそうなんだけどさ、久子っていっつも正論で攻めてくるじゃない。それって正しいとわかってるんだけど、正論だけじゃ私達の気持ちは測れないんだよ」
「それで、正樹君に相談してみてどうだったの?」
「久子以上の正論だった」
「でしょうね。温泉でも話してたけど、この子達って私以上に信頼しあっているわよ。若いってのもあるんでしょうけど、お互い以外を全く気にしていないって感じなのかもね。正樹君に言い寄る人はたくさんいたみたいなんだけど、正樹君ってその人達を全く相手にしていなかったって事だし。もしかして、あんた達は正樹君にちょっかいかけようとしたりしてないよね?」
「そ、そんなことしてないよ。ねえ、愛ちゃん」
「うん、何もしてないよ。私はすぐ寝ちゃってたし」
「ちょっと、その言い方だったら私が何かしようとしてたって思われちゃうじゃない」
「だって、私は良美が何をしてたかなんってわからないし、起きた時には正樹君に拒否されてたって可能性もあるんじゃないかなって思ってね」
「そんな事ないって。それを言ったら、愛ちゃんだって寝ぼけてて何かしようとしてたって事もあるんじゃないの。どうせ、拒否されてしまうと思うんだけどね」
「もしかして、良美ってお酒に酔って記憶がおかしくなってるんじゃないかな。そうだと思うし、一回ちゃんと見てもらった方がいいんじゃないかな」
「まあまあ、二人が言い合っても何の解決にもならなそうだし、正樹君に聞いてみようよ。正樹君はさ、この二人から何か変な事されなかった?」
「変な事ですか。しいて言えば、僕がこの部屋に誘われたって事が変かなって思いますね。それに、みさきが僕を部屋に残して出ていったって言うのもおかしいなって思ってますよ。普段のみさきだったら僕から一時も離れたくないって言うと思うんですけど、出てきたばっかりの温泉にもう一回行こうとするのって不思議だと思うんですよね。それって、何かあるんじゃないかなって思うくらいですかね」
「いや、そう言う事じゃなくて、この二人から何かされなかったかなって事なんだけど」
「何かされたかどうかといえば、されましたね。でも、僕はそれで何かしようとかは思いませんでした。状況を考えても不自然な事はたくさんありましたし、何を考えているんだろうって思いはたくさんありましたね。そもそも」
「ごめんなさい」
やっぱり、私が思っていた通りにまー君は私を裏切るようなことはしなかった。もちろん、久子さんの友達がまー君に何かするとは思えなかったけれど、もしもの時はどうなっていたんだろうと思うと、私は自然とこみ上げるものを感じていた。その感情はどうしても抑えることが出来なかったのだけれど、まー君が私を優しく包み込んでくれるように抱きしめてくれたので安心することが出来て、私の高ぶった感情もいつも通りの平穏な状態へと戻っていた。
私は久子さんたちに挨拶をしてまー君と一緒に自分たちの部屋へと戻っていったのだけれど、まー君を騙すようなことをしてしまったと思うと自己嫌悪に陥ってしまった。このまま何も知らない感じで過ごすことなんて私には出来ないと思っていたのだけれど、そんな私を見てまー君はたくさんの優しさをくれていた。私が何かしていたという事には気が付いていると思うのだけれど、まー君はそんな私に何も文句を言うことも無くいつものように優しくしてくれていたのだった。
「今日はいつもと違ったけど何かあったのかな?」
「うん。温泉に行った時にあのお姉さんたちと仲良くなってね、私達がラブラブだって事を教えてたら、まー君の事を試してみようって言ってお部屋に行くことになっちゃったの」
「そうだったんだね。でもさ、そんな事をしなくてもみさきは僕の事をちゃんとわかってるよね?」
「うん、まー君の事を信じてるから。でも、お姉さんたちはそんな事ないって言ってまー君を誘惑してみせるって言ってきかなかったの。私はあんまり乗り気じゃなかったんだけど、あのお姉さんたちが男に捨てられたばっかりだったからってちょっと可哀想になっちゃって。まー君みたいに素敵な人がいるんだよって教えてあげたくなっちゃったの」
「それで、あの人達にちゃんと教えることが出来たと思うかな?」
「出来たと思うけど、あのお姉さんたちにはまー君みたいな素敵な人は振り向かないんじゃないかなって思うんだよね」
「なんでそう思うの?」
「だって、お話を聞いてたら、相手の事じゃなくて自分の理想を押し付けようとしているようにしか思えなかったからね。でも、久子さんだけはそんな事なかったな。最後まで私にもまー君にも謝ってたからね」
「久子さんって、みさきと一緒に温泉に行った人だよね?」
「そう。私は久子さんにどうしたら結婚生活がうまく行くのか秘訣を聞いてたりしたんだ。今はまだ早いかもだけど、まー君に負担をかけないようにするにはどうしたらいいかなって思っててね」
「僕の事を考えてくれるなんて嬉しいな。僕もみさきの幸せを一番に考えているよ。でもね、今のままでも僕は幸せだし、これからもっともっとお互いに幸せになっていけると思うんだ」
「嬉しい。私も一生懸命頑張るね」
私は少しだけ嘘をついてしまった。まー君のためについた嘘ではなく、自分のためについた嘘。まー君はきっとそんな嘘にも気が付いているんだろうけど、私を悲しませないようにそれに気が付かないふりをしてくれていた。きっと、優しいまー君は私が落ち込まないようにと気を遣ってくれているのだろう。
私の事を見つめてくれるまー君の姿を見ていると、申し訳ないという気持ちよりも大好きだという想いがどうしても止められなくなってしまう。今すぐにでも抱きしめて私の気持ちを全て伝えたいと思ってはいたのだけれど、今日の私はまー君にそんな事をする立場にはないように思えて躊躇してしまった。私はそう躊躇していたのだけれど、まー君はそんな私を優しく抱きしめてくれたのだ。とても優しく、暖かい。いつものまー君の匂いがしていた。
「ぬるくなっちゃったけど、お茶飲むかな?」
「うん。私はあんまり冷えてない方が好きだから」
「知ってるよ。みさきは冷たい飲み物あんまり好きじゃないもんね」
「まー君もでしょ」
まー君の優しさはどんな時でも私の心を温かく包み込んでくれる。私の家族も温かく包み込んでくれて入るのだけれど、正直に言ってまー君の優しさの方が私には嬉しくて温かく感じてしまった。
私は何となく恥ずかしい気持ちになっていて、まー君の顔を直視することが出来なかった。今まではそんな事なんて無かったのに、今日はなぜかいつも以上に恥ずかしいと思ってしまっていた。目を合わせて見つめ合いたいはずなのに、私の中で何かが変化してしまっていたのか、少しも目を合わせることは出来なかったのだった。
一瞬だけ目が合った時も私はすぐに視線を外してしまった。まー君を嫌いになったわけではなく、今まで以上に好きになっているはずなのに。
そうか、今まで以上に好きになっているからこそ、目を合わせることが出来なくなってしまっているのかもしれないね。
「今日が満月だったらもっと綺麗に景色が見れたのかな?」
「どうだろうね。今でも山の稜線は何となくわかるけれど、それでも今とそんなに変わらないような気がするな。灯りに照らされるようなものも無さそうだしね」
「そうだね。こっちの部屋は夜だとあんまり見えるもの無さそうだもんね」
私はまー君の顔を直接見ることが出来ず、ただ頷くだけだった。
「どんな時でもみさきは綺麗だよ。僕の目にはみさきしか映ってないのかもしれないって、あのお姉さんたちと話してわかったかもしれないな」
「ありがとう。私も」
その言葉を聞いたまー君は私を優しく抱きしめてくれた。私がまー君の顔を直接見つめることが出来ない事に気付いていたのかわからないけれど、直接に顔を見なくてもお互いに気持ちを伝えあうことが出来るような気がして、抱きしめられたのはとても嬉しかった。
私はこんなに近くにまー君の顔があるのだから、キスをしたいと思っていたけれど、今の私にはそんな事を自分からするなんて無理だった。
まー君はそんな私の気持ちには気付いてくれず、もう夜中だから寝ようと言っていた。私はもう少しこうしていたいと思っていたけれど、まー君が眠いのなら仕方ないなと思って布団に入ることにした。せっかくの旅行先で一緒に寝られるというのに別々の布団というのは少し寂しかった。
まー君は私に対して怒っているというわけではないと思うのだけれど、私に背中を向けていた。私が久子さん達としたことに対して怒っているのだろうか?
「ねえ、まー君は寝ちゃったかな?」
いつもは何時に寝ているんだろうと思うくらいLINEやメールの返事が早いまー君なのに、今日は私の問い掛けに答えてくれない。
「まー君が寝ちゃってるならそっちに行ってもいいかな?」
いつもなら私に背中を向けることなんてないのに、今日に限ってそう言うことがあると私はどうしても不安になってしまう。
「返事がないならそっちに行っちゃうよ」
今まで抑えていた自分の気持ちを抑えられなくなってしまった私は、まー君の返事なんて待たずにまー君の布団へと潜り込んでしまった。
「みさきは枕が無くても大丈夫なの?」
「いつも使ってる枕じゃないと寝れないかも」
「そうなんだ」
まー君は私に対して怒っているわけではなく、純粋に眠かったのかもしれない。いつもとは違った声のトーンで表情も今まで見たことが無いような感じだった。
それでも、まー君は私に腕枕をしてくれたのだ。不思議なもので、大好きなまー君の腕枕はいつも使っている枕よりも私に安心感を与えてくれていた。まー君さえ嫌でなければ、毎日でもこうして眠りたいくらいだった。
「おやすみなさい」
私はキスをするつもりではなかったのだけれど、気が付いた時にはまー君にキスをしていた。まー君もそれに返事を返してくれるかのようにキスをしてくれたのだけれど、私が驚いている間にまー君は寝てしまったらしい。
今日は色々なことがあったしたくさん歩いたから疲れてしまったのかもね。
今はゆっくりと休んで、起きた後にいっぱい気持ちを伝えたいな。
久子さん達の部屋に戻ってきたのだけれどなるべく物音を立てないようにゆっくりとドアを開けることにした。閉める時も出来るだけ時間をかけてゆっくり音がしないようにと気を付けていた。そのお陰か、中でまー君たちが話している内容も聞こえてきたのだけれど、何か変な事をしているという最悪な事態にはなっていないようで安心することが出来た。私の隣では久子さんが気が気ではないような感じでソワソワしているのだけれど、私はそんな事は気にせずにもうしばらくどんなことを話しているのか聞いてみたいという気持ちになっていた。
「無理って、わからないじゃない。もしかしたら、そう言う人に出会える可能性だってあると思うんだけど」
「いや、そう言う人に出会う可能性はあるかもしれませんが、そう言う人って恋人がいるのを知ってて手を出そうとする人の事を思ったりはしないと思いますよ。第一、自分が誠実じゃないのに相手にそれを求めるのってずるいと思うんですよ。お姉さんたちは僕にみさきという恋人がいるのを知ってましたよね?」
「そうだけどさ、それって今だけの話だし。それに、お酒も入ってたからね」
「それって、自分を甘やかしているだけですよね。そんなんじゃ、いい人がいたとしても本当に相手にされないと思いますよ。だから、こんなことはこれっきりにしてちゃんとまっとうに生きてくださいね」
「それはそうなんだと思うけど、私はまっとうに生きているはずだよ。ねえ、愛ちゃんもそう思うでしょ?」
「いや、良美は自分の気持ちを最優先にして行動することが多いと思うよ。私はそうじゃないけどさ」
「そんな事ないって、愛ちゃんだってそんなこと言って自己中なとこあるじゃん」
「ちょっと、それは言い過ぎじゃない。そんなこと言ったら誰だって自己中なとこあるでしょ。良美はお酒飲んだら特にひどいよ」
「お酒は別でしょ。それを言ったら愛ちゃんはお酒を飲んだらすぐに寝ちゃうじゃない。そんなんだから捨てられるんだよ」
「それは関係無いでしょ。良美だってお酒でたくさん失敗してるくせに」
「それはそうだけど、そんなことはどうでもいいのよ。問題は、どうしたら私達にも君みたいな一途な男が振り向いてくれるかって事よ」
「無理だと思いますよ。相手にも選ぶ権利ってもんがあるでしょ」
私の隣で中の会話を聞いていた久子さんがいつの間にか襖を開けて中へ入っていた。隣にいた私が気付かないくらい自然な流れで会話に加わっていたのだけれど、一体どんな動き方をすれば出来るのだろうかと疑問に思ってしまった。
「久子、いつの間に戻ってきたのよ」
「いつの間にって、今戻ってきたところよ。お酒が入ってるのに珍しく愛ちゃんの声も聞こえるなって思ってたら、あんた達っていったい何の話をしているのよ。正樹君も困ってるじゃない」
「いや、それは、その」
「そうよ。久子にはしづらい相談って言うか、そんな感じよ」
「まあ、二人を慰める旅行だったから私には言いづらいこともあるのかなって思ってたんだけどね、それをこんな若い男の子にぶつけるってのはどうかと思うわ。若い子には若い子の感性ってものがあるから意見を聞くのって大事かもしれないけど、こんな純粋な子たちにあんた達みたいなドロドロした恋愛の相談は良くないと思うわよ」
「それはその通りだと思うけどさ、私達には私たちなりの悩みってのがあって、それは幸せな久子にはきっと理解出来ないもんだと思うよ」
「そうよ。私達も久子みたいに素敵な家庭を持ちたいって思ってるのよ」
「それなら正樹君じゃなくて私に相談すればいいじゃない」
「それはそうなんだけどさ、久子っていっつも正論で攻めてくるじゃない。それって正しいとわかってるんだけど、正論だけじゃ私達の気持ちは測れないんだよ」
「それで、正樹君に相談してみてどうだったの?」
「久子以上の正論だった」
「でしょうね。温泉でも話してたけど、この子達って私以上に信頼しあっているわよ。若いってのもあるんでしょうけど、お互い以外を全く気にしていないって感じなのかもね。正樹君に言い寄る人はたくさんいたみたいなんだけど、正樹君ってその人達を全く相手にしていなかったって事だし。もしかして、あんた達は正樹君にちょっかいかけようとしたりしてないよね?」
「そ、そんなことしてないよ。ねえ、愛ちゃん」
「うん、何もしてないよ。私はすぐ寝ちゃってたし」
「ちょっと、その言い方だったら私が何かしようとしてたって思われちゃうじゃない」
「だって、私は良美が何をしてたかなんってわからないし、起きた時には正樹君に拒否されてたって可能性もあるんじゃないかなって思ってね」
「そんな事ないって。それを言ったら、愛ちゃんだって寝ぼけてて何かしようとしてたって事もあるんじゃないの。どうせ、拒否されてしまうと思うんだけどね」
「もしかして、良美ってお酒に酔って記憶がおかしくなってるんじゃないかな。そうだと思うし、一回ちゃんと見てもらった方がいいんじゃないかな」
「まあまあ、二人が言い合っても何の解決にもならなそうだし、正樹君に聞いてみようよ。正樹君はさ、この二人から何か変な事されなかった?」
「変な事ですか。しいて言えば、僕がこの部屋に誘われたって事が変かなって思いますね。それに、みさきが僕を部屋に残して出ていったって言うのもおかしいなって思ってますよ。普段のみさきだったら僕から一時も離れたくないって言うと思うんですけど、出てきたばっかりの温泉にもう一回行こうとするのって不思議だと思うんですよね。それって、何かあるんじゃないかなって思うくらいですかね」
「いや、そう言う事じゃなくて、この二人から何かされなかったかなって事なんだけど」
「何かされたかどうかといえば、されましたね。でも、僕はそれで何かしようとかは思いませんでした。状況を考えても不自然な事はたくさんありましたし、何を考えているんだろうって思いはたくさんありましたね。そもそも」
「ごめんなさい」
やっぱり、私が思っていた通りにまー君は私を裏切るようなことはしなかった。もちろん、久子さんの友達がまー君に何かするとは思えなかったけれど、もしもの時はどうなっていたんだろうと思うと、私は自然とこみ上げるものを感じていた。その感情はどうしても抑えることが出来なかったのだけれど、まー君が私を優しく包み込んでくれるように抱きしめてくれたので安心することが出来て、私の高ぶった感情もいつも通りの平穏な状態へと戻っていた。
私は久子さんたちに挨拶をしてまー君と一緒に自分たちの部屋へと戻っていったのだけれど、まー君を騙すようなことをしてしまったと思うと自己嫌悪に陥ってしまった。このまま何も知らない感じで過ごすことなんて私には出来ないと思っていたのだけれど、そんな私を見てまー君はたくさんの優しさをくれていた。私が何かしていたという事には気が付いていると思うのだけれど、まー君はそんな私に何も文句を言うことも無くいつものように優しくしてくれていたのだった。
「今日はいつもと違ったけど何かあったのかな?」
「うん。温泉に行った時にあのお姉さんたちと仲良くなってね、私達がラブラブだって事を教えてたら、まー君の事を試してみようって言ってお部屋に行くことになっちゃったの」
「そうだったんだね。でもさ、そんな事をしなくてもみさきは僕の事をちゃんとわかってるよね?」
「うん、まー君の事を信じてるから。でも、お姉さんたちはそんな事ないって言ってまー君を誘惑してみせるって言ってきかなかったの。私はあんまり乗り気じゃなかったんだけど、あのお姉さんたちが男に捨てられたばっかりだったからってちょっと可哀想になっちゃって。まー君みたいに素敵な人がいるんだよって教えてあげたくなっちゃったの」
「それで、あの人達にちゃんと教えることが出来たと思うかな?」
「出来たと思うけど、あのお姉さんたちにはまー君みたいな素敵な人は振り向かないんじゃないかなって思うんだよね」
「なんでそう思うの?」
「だって、お話を聞いてたら、相手の事じゃなくて自分の理想を押し付けようとしているようにしか思えなかったからね。でも、久子さんだけはそんな事なかったな。最後まで私にもまー君にも謝ってたからね」
「久子さんって、みさきと一緒に温泉に行った人だよね?」
「そう。私は久子さんにどうしたら結婚生活がうまく行くのか秘訣を聞いてたりしたんだ。今はまだ早いかもだけど、まー君に負担をかけないようにするにはどうしたらいいかなって思っててね」
「僕の事を考えてくれるなんて嬉しいな。僕もみさきの幸せを一番に考えているよ。でもね、今のままでも僕は幸せだし、これからもっともっとお互いに幸せになっていけると思うんだ」
「嬉しい。私も一生懸命頑張るね」
私は少しだけ嘘をついてしまった。まー君のためについた嘘ではなく、自分のためについた嘘。まー君はきっとそんな嘘にも気が付いているんだろうけど、私を悲しませないようにそれに気が付かないふりをしてくれていた。きっと、優しいまー君は私が落ち込まないようにと気を遣ってくれているのだろう。
私の事を見つめてくれるまー君の姿を見ていると、申し訳ないという気持ちよりも大好きだという想いがどうしても止められなくなってしまう。今すぐにでも抱きしめて私の気持ちを全て伝えたいと思ってはいたのだけれど、今日の私はまー君にそんな事をする立場にはないように思えて躊躇してしまった。私はそう躊躇していたのだけれど、まー君はそんな私を優しく抱きしめてくれたのだ。とても優しく、暖かい。いつものまー君の匂いがしていた。
「ぬるくなっちゃったけど、お茶飲むかな?」
「うん。私はあんまり冷えてない方が好きだから」
「知ってるよ。みさきは冷たい飲み物あんまり好きじゃないもんね」
「まー君もでしょ」
まー君の優しさはどんな時でも私の心を温かく包み込んでくれる。私の家族も温かく包み込んでくれて入るのだけれど、正直に言ってまー君の優しさの方が私には嬉しくて温かく感じてしまった。
私は何となく恥ずかしい気持ちになっていて、まー君の顔を直視することが出来なかった。今まではそんな事なんて無かったのに、今日はなぜかいつも以上に恥ずかしいと思ってしまっていた。目を合わせて見つめ合いたいはずなのに、私の中で何かが変化してしまっていたのか、少しも目を合わせることは出来なかったのだった。
一瞬だけ目が合った時も私はすぐに視線を外してしまった。まー君を嫌いになったわけではなく、今まで以上に好きになっているはずなのに。
そうか、今まで以上に好きになっているからこそ、目を合わせることが出来なくなってしまっているのかもしれないね。
「今日が満月だったらもっと綺麗に景色が見れたのかな?」
「どうだろうね。今でも山の稜線は何となくわかるけれど、それでも今とそんなに変わらないような気がするな。灯りに照らされるようなものも無さそうだしね」
「そうだね。こっちの部屋は夜だとあんまり見えるもの無さそうだもんね」
私はまー君の顔を直接見ることが出来ず、ただ頷くだけだった。
「どんな時でもみさきは綺麗だよ。僕の目にはみさきしか映ってないのかもしれないって、あのお姉さんたちと話してわかったかもしれないな」
「ありがとう。私も」
その言葉を聞いたまー君は私を優しく抱きしめてくれた。私がまー君の顔を直接見つめることが出来ない事に気付いていたのかわからないけれど、直接に顔を見なくてもお互いに気持ちを伝えあうことが出来るような気がして、抱きしめられたのはとても嬉しかった。
私はこんなに近くにまー君の顔があるのだから、キスをしたいと思っていたけれど、今の私にはそんな事を自分からするなんて無理だった。
まー君はそんな私の気持ちには気付いてくれず、もう夜中だから寝ようと言っていた。私はもう少しこうしていたいと思っていたけれど、まー君が眠いのなら仕方ないなと思って布団に入ることにした。せっかくの旅行先で一緒に寝られるというのに別々の布団というのは少し寂しかった。
まー君は私に対して怒っているというわけではないと思うのだけれど、私に背中を向けていた。私が久子さん達としたことに対して怒っているのだろうか?
「ねえ、まー君は寝ちゃったかな?」
いつもは何時に寝ているんだろうと思うくらいLINEやメールの返事が早いまー君なのに、今日は私の問い掛けに答えてくれない。
「まー君が寝ちゃってるならそっちに行ってもいいかな?」
いつもなら私に背中を向けることなんてないのに、今日に限ってそう言うことがあると私はどうしても不安になってしまう。
「返事がないならそっちに行っちゃうよ」
今まで抑えていた自分の気持ちを抑えられなくなってしまった私は、まー君の返事なんて待たずにまー君の布団へと潜り込んでしまった。
「みさきは枕が無くても大丈夫なの?」
「いつも使ってる枕じゃないと寝れないかも」
「そうなんだ」
まー君は私に対して怒っているわけではなく、純粋に眠かったのかもしれない。いつもとは違った声のトーンで表情も今まで見たことが無いような感じだった。
それでも、まー君は私に腕枕をしてくれたのだ。不思議なもので、大好きなまー君の腕枕はいつも使っている枕よりも私に安心感を与えてくれていた。まー君さえ嫌でなければ、毎日でもこうして眠りたいくらいだった。
「おやすみなさい」
私はキスをするつもりではなかったのだけれど、気が付いた時にはまー君にキスをしていた。まー君もそれに返事を返してくれるかのようにキスをしてくれたのだけれど、私が驚いている間にまー君は寝てしまったらしい。
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