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第二部 二人だけの世界編

みさきの計画

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 まー君と一緒に夏休みを過ごせることは嬉しいんだけど、どうせだったら二人で一緒にどこかへ旅行に行きたいなと思っていた。思ってはいたのだけれど、お小遣いを貯めているわけでもないしお年玉の貯金だってもうほとんど残っていないのだ。遊びに行くにしても自転車で行ける範囲に限られてしまうし、そうなってくるといつもの休日と変わらない日々になってしまう。私はそんな事を思いながらもどうにかしてお金を稼ぐ方法が無いかと一週間以上前から考えていた。でも、そんなに都合よくお金を稼ぐ方法なんて見つかるはずもないし、あったとしてもそれはまー君を悲しませるような事だったので絶対に行うことは無い。
 そんな時にふと小耳にはさんだのだが、この町には異常者が出没するようになっているらしい。その異常者は女子中高生の前に現れては刃物をちらつかせて驚かせて逃げ惑う姿を見て楽しんでいるらしく、今のところ怪我を負わされるような事態にはなっていないのだが危険な事には変わりはないので、目撃情報が多い河川敷を中心に警察や消防や青年団の人達が見回りを強化してくれているのだ。
 だが、見回りを始める直前になって異常者の目撃情報はぱったりと止んでしまったのだ。どうやらその異常者は見回りを始めるという情報を知っていると思われるような行動をとっているらしく、まるで警察をあざ笑うかの如く出没場所を変えているのだった。
 ここ数週間の出現場所を調べてみると、一度目撃された場所では二度目の目撃がされていない事がわかった。犯人は犯行現場に戻ってくるとよく言われているが、この異常者は何か実害を加えているわけではないので同じ場所に戻ってはいないようだ。もっとも、同じ場所に二度現れないのだとしたら次の出没場所も大体想像がつきそうなのだが、それについてはあまり深く考えていないようだった。
 目撃されている場所の特徴としては、車ではいることが出来ないという事が前提になっており、多くの人が集まる場所ではないがそれなりに人がやってくる場所で、地図上では一本道に見えるのだが実際には徒歩でなら正規ルートを通らなくても外へ逃げることが出来る場所が選ばれているようだ。
 その事から私はまー君と時々お話をしている神社にもその異常者が現れるのではないかと思っていた。さすがに私一人で確かめるのは怖いのだけれど、まー君にもしものことがあっても困る。誰か他に誘って身代わりにすることも考えてみたのだけれど、どうせそんな奴は現れないと思うので誘うのはやめた。誘ったところで誰もついて来てはくれないと思うし、人気のない場所に行くのだったらまー君と二人だけの方が何か突合が良いと思ってみたりもしたのだ。その異常者だって神社に来ることはあるとは思うのだけれど、どうせそんなにすぐには遭遇しないだろうと高を括っていたのだが、私の予想に反して神社に行ったその初日に遭遇してしまった。

 私は異常者を見たショックで助けてくれたまー君以外の男性が怖くなったという事にしようと思っていたのだけれど、まー君がいきなり包丁で刺されそうになってしまったのを見て本気で恐くなってしまった。こんなはずではなく、もっとまー君とイチャイチャした後にでも出てくれば良かったのにと思いながらも、私は自然と警察に通報していた。自分の予想通りに異常者が神社にいたという事に驚いてはいたのだけれど、まー君が私を守ろうと一生懸命戦ってくれたのは嬉しかった。嬉しかったのだけれど、到着した警察が異常者ではなくてまー君を止めていたのを見ると、まー君が何か悪いことをしてしまったのかと錯覚してしまうほどだった。
 私は一応用心のために以前使っていたスマホを胸ポケットに入れて撮影していたのだけれど、そこにはまー君に向かって包丁を突き刺そうとしている男の姿がばっちり映っていたのでまー君が罪に問われることは無かった。刃物をもって襲ってくる相手に向かってリュックを振り回すのはある意味当然の事ではあるし、それが過剰防衛だと言われてしまったら刺されるのを黙って見ているしかなくなってしまうと思ったのだ。
 それと、これは偶然の産物ではあるのだが、私が撮影していた映像に男の顔がばっちりと映っていたこともあり、男の保護者から結構な額の慰謝料を貰えることになった。私としてはこの映像をどこかへ出しても良かったのだけれど、それをすると男の親が大変な目に遭ってしあうという事らしく、その映像を買い取るための代金も上乗せされているらしい。私としては映像がどうなろうと知ったことではないし、実際に男に襲われたという事実が生まれたことの方が大きかった。
 当初の計画では異常者に襲われたショックを癒すためにまー君と二人でどこかへ行きたいと親に相談する予定だったのだが、思わぬところで大金を手にしてしまったのでお互いの両親に許可を貰うだけでお金は出してもらわなくても良くなったのは大きい。親に借り手でも旅行に行きたかった私からしてみたら、まさに棚から牡丹餅といった状況ではあった。
 私の親もまー君の親も説得することは全然難しくなかったのだけれど、私のお姉ちゃんは一人だけ最後まで反対していた。私としてはお姉ちゃんに反対されることは想定していたのだけれど、どうしても行きたい大学があるお姉ちゃんは成績的に厳しいラインをさまよっているのもあり、夏休みのほとんどを勉強合宿に費やすことになっているのを知っていたので問題は無かった。

 ただ、すんなりと旅行に行けるというわけにもいかず、私は数日間ではあるが病院に通ってカウンセリングを受けることになっていた。別に私は異常者に対してストレスを感じているわけでもないし、刃物が怖いと言ったトラウマも抱えていない。そのどちらの恐怖もまー君が守ってくれたという事実があればなんてことはないのだ。私は特に抱えている問題も無いので診察をしてくれている石屋田先生と雑談をして過ごすことが多かった。
 その石屋田先生が紹介してくれた旅館は秘境宿と呼んでもおかしくないような場所にあり、電車とバスを乗り継いでから道なりに結構進むとある集落の中にあるという事だった。人気の少ない寂しい道ではあるのだけれど、まー君と二人だけの時間を楽しめるのだとしたらそれ以上に嬉しいことは無いのだ。私は紹介してくれた石屋田先生にその場で予約をしてもらってからまー君に報告したのだ。まー君は私の報告を戸惑うことなく受け入れてくれた。旅館は少し高めで交通費もそれなりにかかってしまうのだけれど、貰った慰謝料もたっぷりあるのだからそんな事は問題にならないのだ。

 電車もバスも普段あまり乗らないので移動自体も楽しかったのだけれど、バスを降りてからしばらく歩いていても何も見えてこないというのは少しだけ不安になってしまった。隣にまー君がいるのだけれど何もない一本道なのに終わりが見えないというのはそれだけでも恐怖心を駆り立ててしまうようだ。それでも、まー君は私が怖がらないように手をしっかりと握ってくれているのだ。
 まー君と一緒に居られるのは楽しいし嬉しいのだが、バスを降りてからずっと歩いているというのはなんだか体育の時以上に疲れてしまう。一休みしようにもベンチもないし、自動販売機だってない。こんな事ならもっと飲み物を買っておけば良かったなと思っていると、草むらの中に何かがあるのを発見してしまった。

「ねえ、あそこに何か書いてあるよ」

 私はまー君の手を握ったままそっちの方へ移動して何かある場所を指さしていた。私の位置からは何かがあるとしか見えないのだが、まー君は少しだけ立ち止まった後にその場へ向かっていった。まー君が草むらに入ろうとしたときに二人の手が離れてしまったので少し寂しかったけれど、私がまー君に何かあると言ってしまった手前戻ってとも言いにくい状況ではあった。
 私はふと、神社で異常者の男が出てきた瞬間を思い出して怖くなってしまい、左手でひいていたキャリーバッグをいつでも振り回せるように両手でしっかりと抱えることにした。まー君に何かあってからでは遅いかもしれないけれど、今度は私がまー君を助ける番だと思って必死にキャリーバッグを掴んでいた。

 まー君は草むらの中で発見したそれを眺めていたようなのだが、しばらく経ってもその場を動くことは無かった。私もそれを見てみたいと思って近付こうとしたところでまー君は戻ってきた。
 あれは何だったのかと思って訪ねてみると、そこには朽ちかけの看板が置いてあったそうだ。ただ、そこに何が書いてあるのかまー君は教えてくれなかったのだ。
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