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第一部 日常生活編

花咲百合と花咲撫子の朝

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 私にはとてもかわいい妹がいる。初めて会った人は本当に姉妹なのかと疑うくらいに私に似ていない可愛い妹なのだ。でも、見た目は可愛いのだけれど性格は良くないと思う。少なくとも私には可愛い性格だとは思えないし、私に対しては完全に上から目線でやってくるのでいつも困っているのだ。
 そんな妹が珍しく朝から上機嫌で楽しそうにしていた。こんな時は必ず私にとって良くないことを考えているに違いない。いつだったか忘れたけれど、朝から機嫌がよかった妹が学校から帰ってくると、虫かごいっぱいに昆虫を持って帰ってきたことがあった。私もお母さんも虫が苦手なのでその日は一日中とても苦労した記憶がある。なにせ、その虫かごをトイレの便座の上に置いてどこかへ行ってしまったのだ。私とお母さんはお父さんが帰ってくるまでトイレを使うことが出来なかったのだ。今回はそれよりも良くないことが起きるような気がしてならなかった。

「お姉ちゃんってさ、なんで今の高校を選んだの?」
「私の学力的にも通学時間的にも一番いいかなって思っただけだよ」
「そっか、何回か家に遊びに来た先輩も同じ学校だっけ?」
「えっと、前田君の事かな?」
「そうそう、前田先輩。あの人って高校に行ってから彼女出来てたりするのかな?」
「どうなんだろうね。前田君ってモテてるから彼女出来てるかもしれないよ」
「は、何言ってんの?」
「え、急にどうしたの?」
「あの先輩ってモテるかもしれないけど絶対にホモだと思うよ。だって、私がいくらアプローチかけてもなびかなかったし、お姉ちゃんと普通に仲良くゲームしてたりしたじゃん。私に興味を持たないでお姉ちゃんと遊ぶなんて絶対に男としておかしいよ。私みたいなかわいい子に興味ないなんて、絶対にホモだよ」
「そんな事は無いと思うよ。前田君には妹がいるって言ってたから、撫子の事もそういう目で見てたんじゃないかな?」
「はあ、実の妹と他人の妹を同じ妹として見るわけないじゃん。お姉ちゃんって本当にずれているよね。そんなんだからいつまでたってもモテないんだよ。いい加減彼氏作りなよ」
「私は彼氏とかいいよ。どうせ作ったってすぐに別れることになるだろうし」
「ちょっと、お姉ちゃんは一応私の姉なんだからもっと自信持ちなよ。私がモテてるのだって顔とか見た目だけが理由じゃないんだよ。お姉ちゃんだって中身は良いんだからきっといい人見つかるからさ。今から諦めちゃ人生もったいないよ」
「そうだね。私も努力することにするよ」
「いや、今更努力したってそんなに変わらないって。お姉ちゃんは太ってるわけじゃないんだから体型が変わるわけでもないし、髪だって綺麗なんだからそれ以上どうこう出来るもんでもないし、無駄な努力はやめた方がいいと思うな。でも、そんなお姉ちゃんに私がとってもいいサプライズを用意しておくね」

 それを言うと、撫子は嬉しそうに学校に向かうために家を出ていったのだけれど、予告されたサプライズを容姿されたとしても私はちゃんと驚くことが出来るだろうか。きっと無理だとは思うのだけれど、こういう時にちゃんとリアクションをしないと一週間くらい文句を言われ続けてしまうんだろうな。なんでこんなに私に辛く当たるのかわからないよ。
 私は撫子とは違って足取りも重く学校に向かうことになったのだけれど、あの感じだったら前田君を連れてくるのかもしれないな。私に迷惑をかけるだけならいいんだけど、前田君に迷惑を書けてしまうとしたら、それはとても申し訳ない気持ちになってしまう。

 前田君とは中学の時に同じクラスだったこともあって何度か家族で買い物や食事をしている時に遭遇したことがあった。その時の撫子は今よりも子供だったこともあり常に自分が一番じゃないと気が済まない性格だった。所謂、わがままな姫と言った状態にあった。
 今も可愛い撫子ではあるけれど、当時の撫子は服装も相まって本当のお姫様のような外見だったのである。買い物や食事に入った店では前田君以外の同級生に会うこともあったのだけれど、彼らは例外なく撫子の事に見とれていたり可愛いねと声をかけたりしていた。そんな中、前田君だけは撫子を見ても何の反応も示すことは無く、私と普通に会話をしてくれていたのだ。そんな前田君の事を妹がどう思っていたのかわからないけれど、前田君が撫子に三回会った時点でも何の反応も示さなかった日の夜に家に前田君を呼ぶようにと暴れ出したのだ。今でもそうだけど、誰かを家に呼ぶなんて私にはとてもハードルの高い試練であるし、ましてや思春期真っただ中の異性を家に呼ぶということがどれだけ高いハードルなのか理解してもらいたい。と思ってみたものの、自分に興味を持たない男子がいることに納得していない撫子がそんな事を考えることは無かった。
 なぜか家には男子が喜びそうなゲームやおもちゃがたくさんあったのだけれど、それらは両親の趣味やたまに遊びに来ていた親戚のお兄さんの忘れ物だったりする。前田君がそれらに興味を持っているのかは知らなかったけれど、調理実習の時にたまたま同じ班になったことがあって何となくそんな会話をしていたら、前田君が好きだけどまだやったことのないゲームが家にあることが判明した。さすがにその日のうちに遊びに来るということにはならなかったのだけれど、次の週の金曜日に遊びに来ることになった。その事を撫子に伝えると、私の週末は撫子の買い物に付き合わされることになるのだった。

 前田君が家に遊びに来た時の撫子はこれ以上ないというくらいのオシャレをして前田君を出迎えたのだけれど、撫子に対しての反応は挨拶をしただけで終わってしまった。私にもそんな反応なのかなと思っていたけれど、ゲームをしている時もおやつを食べている時も、せっかくなのだからと一緒に宿題をやっている時も普通に優しく会話をしてくれていた。撫子がいると大抵の男子は私よりも撫子に話しかけていたり、話さないまでも視線は撫子に向いていたりすることがほとんどだった。撫子も私もそれが当たり前だと思っていたのだけれど前田君だけはそんな事が無かった。
 そんな前田君をどうにかして振り向かせようとした撫子ではあったけれど、その計画は一度たりともうまく行くことは無かった。撫子はずっと前田君を振り向かせようとしていたのだけれど、それがどうやっても成功しないとわかったのか、ある日を栄に前田君を呼ぶことをやめるように言ってきた。私は前田君と話したりゲームをする時間が楽しいと思っていたので撫子の言うことは嫌だったけれど、ここで反論しても撫子が私に嫌がらせをするだけだと知っていたので、私は学校以外で前田君に会うことは無くなってしまった。

 撫子が言った朝の会話のせいで今日は一日中前田君の事を考えているような気がした。
 きっと、今日は家に帰ってからも撫子が前田君の事をアレコレ言ってくるんだろうなと思っていた。前田君を家まで呼びに行って来いと言われるかもしれないけれど、私は前田君の家に行ったことが無いのでどこにあるかも知らないのだ。
 無理だと思うけれど、家に帰った時には撫子が何もかも忘れていて平和な一日で終われるといいなと思いながら空を眺めていた。
 雲一つない天気なのだけれど、不思議と私の心は晴れてはいなかった。
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