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第一部 日常生活編

帰宅しよう 前田正樹の場合

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 うちの担任はよほどのことが無い限り、ホームルームがすぐに終わってしまう。今日も特に何も伝達が無かったからなのか、数分で終わってしまった。
 すぐに帰れればいいのだけれど、他のクラスがまだ終わっていないせいか、終業のチャイムが鳴るまでは教室から出ることは出来ないのだ。
 こんな時に田中がいないと無駄に時間を持て余してしまう。そんな風に考えていると、守屋さんが他の女子を連れて俺の目の前に立っていた。

「ねえ、前田君ってみさきのどこが好きなの?」
「俺がその質問に答えないといけないの?」
「別に答えたくないんならいいんだけど、どこが気に入ったのか知りたいじゃん」

 俺はこのような話題にはあまり参加したことが無かったし、今まで誰かを好きになったとか言った事も無かったので、どう答えたらいいのかわからなかった。そもそも、みさきのどこが好きなのか自分でもよくわかっていなかった。俺の事を好きだと言ってくれる人は家族も含めて何人かはいたけれど、俺が抱く感情は特別なモノではなかった。
 では、なぜみさきに対してだけ特別な感情を抱いてしまったのだろうか。告白された時に断らなかったのは自分でも意外だったのだけれど、きっと気持ちに答えたくなる何かがあったのだと思う。

「えっと、上手く言葉に出来るかわからないけれどいいかな?」
「え、マジ? 答えてくれるのって嬉しいわ」
「そうだよね。私達もこれから好きな人に告る時の参考とかにしたいよね」
「紗耶香は前田君に告ったのに断られてたもんね」
「その話は封印したから終わりだぞ」

 こいつらは俺の話を聞きたいのか聞きたくないのかわからないけれど、無視して本でも読んでおくことにしよう。俺はカバンの中から読みかけの文庫本を取り出して読もうとすると、文庫本を取り出したと思った時には守屋さんが奪い取ってしまっていた。

「答えてくれようとしてるのにこっちで盛り上がってごめんね。でも、無視して本を読もうとするのは違うんじゃないのかな」
「あ、ごめん。もう話し終わったのかと思ってたから」
「前田君って面白いんだね。彼女とどんな風に話しているのか興味あるわ」
「でも、佐藤さんって独特の雰囲気あるよね」
「わかる。美人で優しそうなんだけど、何となく壁を感じるんだよね」
「中学の時も先輩とかに告られてたらしいけど、全部断ってたって話だしね」
「つか、前田君のどこに惚れたんだろうね?」

 女子は三人集まると収拾がつかなくなるもんだと思ったけれど、こうも騒がしいと俺と関係なく他の場所で噂でもしててもらって構わないって気もしてくる。それを感じ取ったのか、守屋さんが話を戻そうとしていた。

「でもさ、二人って高校に入ってから出会ったわけだし、運命ってやつじゃない」
「運命の出会いって憧れるよね。どうやったら運命の相手に出会えるのかしら」
「そんなの知ってたら出会ってるっしょ」
「そりゃそうだわ。で、前田君はみさきのどこが好きなの?」

 もうこっちに話題が戻ってくることは無いと思っていたのだけれど、急に話が戻ってきたので、少し考えてしまった。それにしても、俺に話を振った守屋さんは俺の答えを待っているようではあるが、他の二人は興味が無いのか運命の相手の事を想像し合っているようだ。

「そうだね、どこが好きかってのは答えにくいけど、嫌いなところが見当たらないからかな」
「何それ、人間誰でも嫌いなところとかあるでしょ」
「出会ったばっかりだからお互いに気付いてないだけじゃない」
「まあまあ、付き合いたてのカップルなんてそんなもんでしょ」
「おお、紗耶香って彼氏いたこと無いのに言うじゃん」
「ま、私達もいたこと無いんだけどね。で、前田君のどこに佐藤さんは惚れたのかな?」

 俺のどこに惚れたかと聞かれると、自分の口からは大変言いにくいのだ。同じクラスになっているわけでもないし、選択教科でも一緒になったことが無いので、性格で好きになる事も無いだろうし、これだけ接点がないと見た目以外での決め手なんてないだろう。

「みさきに聞いたんだけど、みさきの一目惚れらしいよ」
「佐藤さんって意外と大胆なんだね」
「でも、その一途な行動力に憧れるよね」
「私だったら一目惚れしても声かけられないわ」
「あんたなら断られるっしょ」
「それは酷いと思うけど、確かにその通りだと思うわ」

 結局この人達が何を目的としていて、その目標が達成されたのかはわからなかったけれど、終業のベルが鳴ると三人とも自分の席に戻ってカバンを手に取っていた。

「また今度恋バナしようね」
「紗耶香に連絡先聞いてメッセージ送るわ。って、彼女いるからやめとくか」
「そうだね、グループ作ってそこに誘うわ」
「みさきがいいよって言ったらだけどね」

 三人は俺の答えなんて必要無いというような感じでいたのだけれど、みさきを見つけると少し話をしてそのまま帰っていった。あの三人組は何となく苦手だけれど、面倒くさい感じなだけでそれ以上に不快な感じはしなかった。

「おまたせ、今日も一緒に帰りましょ」
「ああ、今日は家まで真っすぐ送るよ」

 俺の家に誘ってまたゲームをしてもよかったのだけれど、何となく今日はやめておこうお。女が三人で会話を始めると俺はついていけなくなってしまうような気がしているのだ。
 唯も母さんもみさきの事は気に入っているようで、毎日でも遊びに来て欲しいと言っていた。唯の場合は姉に甘えてみたかったと言ってるし、俺がいない時でも遊びに誘おうとしている感じだった。

「今日ってお昼の後は普通だった?」
「うん、まー君は何かあったの?」
「いや、これと言って特別なことは無かったんだけど、先輩たちと守屋さんと何かしたのかなって思っただけだよ」
「ああ、先輩達とも紗耶香とも変わったことはしてないよ」
「それならいいんだけど、困ったことがあったら教えてね。みさきの事は守るからさ」

 あの三人に絡まれたとしたら守り切る事は出来ないかもしれないけれど、少しくらいは時間を稼げるとは思う。もちろん、暴力的な解決方法ではなく、平和的かつ紳士的な解決を俺は望んでいる。しかし、あの三人組がみさきに何かをすることは無いだろう。
 そのまま二人で歩いていると、みさきが立ち止まって上級生と会話をしていた。俺も一応会釈をしてから、少し離れた位置で待ってみる。

「おお、みさきじゃん。これから帰るのかな?」
「うん、そうだけど。お姉ちゃんはまだ帰らないのかな?」
「私はもう少ししたら帰ると思うんだけど、アリスと愛華が何かしているみたいなんだよね。それが終わってから一緒に帰ろうかと思っててさ。今は売店に向かってるとこなんだよ」
「先輩達ってまだアレやってるのかな?」
「そうだね。一年の時みたいに表立って行動はしてないみたいだけど、先生もアリスも愛華も普通を装ってる感じなんだよね」
「そうなんだ、今度その時の話を聞いてもいいかな?」
「あんまり人に話すような事じゃないんだけど、みさきならいいかもね。アリスと愛華にも聞いてみるかい?」
「そこまではいいかな。詳しく知りたいってわけじゃないし、ちょっと気になるって感じだからね」
「そっか、みさきも大人になったね。じゃ、私は売店に行ってくるけど、みさきはあんまり寄り道しないで帰るんだよ」

 盗み聞きをするわけではなかったのだけれど、お姉さんの声が思っていたよりも大きかったので、自然と会話が耳に入ってきた。愛華先輩もアリス先輩も知り合いらしいのだけれど、さっきの三人組と違ってアリス先輩がいる分だけは会話が成立しそうな感じがした。と思って見たものの、愛華先輩とみさきのお姉さんがあの三人よりも面倒な感じがしているので、俺にはどうにもできなそうな予感がしてしまった。あまり深く関わる事もよくなさそうなので、俺はあえてみさきに何も聞かないことにしておいた。

「今日はまっすぐ帰る事にするかい?」
「まー君はどこか行きたい場所あるのかな?」
「行きたい場所ってか、田中の家にノートのコピーでも持っていこうかなって思ってたんだよね」
「田中君っていつもまー君と一緒にいる人?」
「そうだよ。今日は休みだったからさ」
「まー君は私だけじゃなくて友達にも優しいんだね」

 田中は俺と同じ高校に入学出来ているんだし、それなりに勉強が出来ると思うけれど、この時期に出遅れると取り戻すのがちょっと大変そうだと思うので、助け合いの精神も必要だとは思っただけなのだ。最初に助けておけば俺が困った時にも頼りやすくはなると思うし、困った時が無かったとしても貸しを一つ作れることは大きな財産になると思ったからだ。

 田中の家はどこにあるのか知らないけれど、みさきを送った後に向かえばいいだろう。田中には住所を送っておくようにメッセージを送っておいたのだけれど、いまだに返事は来ていない。ちょっとだけ心配になってしまったけれど、田中が深刻な病気で消えたとしても他にかわりはいくらでもいるだろう。

 みさきの代わりはいないと思うけれど。
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