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第一部 日常生活編

四者三葉 前田正樹の場合

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 俺は真面目に勉強をしたいのだけれど、みさきが唯と楽しそうに話をしていて勉強に集中出来ないでいるようだ。俺は唯が何か言っていても相手をしないことが日常になっているので大丈夫なのだけれど、唯は基本的に一人で行動することが出来ない人間なので誰かに構ってもらおうとしてしまう。今回は優しいみさきが相手をしているので、唯も楽しそうに話しかけてしまっていた。

「唯もテスト勉強した方がいいんじゃないか?」
「私はお兄ちゃんと一緒で家で勉強しなくても大丈夫だもん」
「俺だって毎回勉強してないわけじゃないよ」
「今日はみさき先輩を誘いたかったから勉強してるだけのくせに」

 適当な事を言っている唯に関わっても時間の無駄だとはわかっているけれど、唯とみさきを離さないと勉強が一向に進まないだろう。そう思っていると、唯のスマホにメッセージが来たみたいだった。

「お母さんが買い物から帰ってくるみたいだからお出迎えしてくる」

 そう言ってリビングを飛び出していった唯ではあったけれど、一瞬だけ戻ってきてリビングを覗き込むといつも以上にニヤニヤとした表情を浮かべていた。

「お母さんが帰ってくるなら私も帰った方がいいかな?」
「なんで?」
「だって、付き合ったその日に家に来るのって変に思われないかな?」
「それはわからないけれど、うちの母さんは変わっているから大丈夫じゃないかな」

 母さんが帰ってくるとリビングで勉強するのはもう無理っぽいけれど、俺の部屋に人を入れるのは正直避けておきたい。見られて困るものは無いのだけれど、誰かが俺のプライベートな空間に入ってくるのは心地悪い。

「迎えに行くってどこまで行ったのかな?」
「普通に駐車場だと思うよ。玄関の隣に駐車スペースあったと思うけれど、そこだね」
「そんなに近いのに迎えに行くなんて、家族で仲が良いんだね」
「唯は誰とでも仲が良いからね」

 普段なら迎えに行った唯が一分と経たずに戻ってくるのだけれど、今日は意外と荷物が多いのかいつもより時間がかかっているみたいだった。ちょっとトイレに行くついでに荷物が多そうだったら手伝ってこようかな。

「ちょっとトイレに行ってくるけど、荷物が多そうだったらついでに手伝ってくるよ」
「うん、まー君はやっぱり優しいんだね」

 リビングからトイレに向かうときに玄関を見てみたのだけれど、二人の靴が無かったのでまだ駐車場にいるようだ。外から物音もしないけれど、そんなに大きい買い物でもしたのだろうか?
 トイレを済ませて再び玄関を見たのだけれど靴は無く、そのまま駐車場に行ってみたのだが車には誰もいなかった。なぜか荷物はそのまま残されていた。
 ちょっとどころじゃなく嫌な予感がしてリビングに戻ると、そこにはみさきに絡んでいる唯と母さんの姿があった。

「あ、お兄ちゃん。どこに行っていたのかな?」
「正樹にも彼女が出来るなんて嬉しいわ。それもこんなに可愛らしい子だなんて」
「みさき先輩は私がむっちゃんの演奏を聴きに行った時に一目見ただけで憧れちゃった先輩なんだよ。お母さんにもその話したから覚えてるよね?」
「ああ、唯ちゃんが帰ってくるなり興奮しながら話していた人の話でしょ?」
「そうそう、あの姿はBlu-rayにして永久保存しておかないともったいないよ。人類にとって物凄い損失になるよ」
「あの、そこまでの演奏だったかはわかりませんけど、そう言ってもらえると嬉しいです。あと、定期演奏の時の映像なら山本さんに頼めばコピーしてもらえると思うよ」
「ええ、むっちゃんそんな事言ってなかったのに。今度頼んでみる……今頼んでくる。お母さんにも見てもらいたいし」
「あらあら、唯ちゃんは夢中になると前だけしか見てられないのね」

 物凄い勢いでリビングを出ていった唯ではあったけれど、リビングから出る時に謎に俺にウインクをしていったのがイラっとしてしまった。あいつは母さんの言う通り夢中になるとそれしか目に入らないようだ。

「みさきさんは正樹と付き合っているんでしょ?」
「あ、はい。今日からお付き合いさせていただきました」
「今日から?」
「はい。付き合ったその日にお邪魔してしまってすいません」
「いいのよ。この子も思い立ったことをすぐに実行してしまうからね。まったく、誰に似たのかしらね」

 そう言いながらも母さんは俺の方を向いてみさきに見えないようにウインクをしていた。うちの女性陣はウインクがマイブームなのだろうか?
 車に残っている荷物は大丈夫なのだろうか?

「あのさ、買い物してきたみたいだけど荷物は大丈夫なの?」
「あら、すっかり忘れていたわ。ちょっととってくるけど、二人はちゃんと勉強してなさいよ。テストの勉強ね」

 母さんは再び俺に向かってウインクをしていたのだけれど、俺はそれを完全に無視して麦茶を取りに行く事にした。俺がウインクを無視したのが悲しかったのか、母さんはそのまま窓の方へ行くと、そこから外に出て行ってしまった。

「なんで外に行くのに庭を通っていくんだ?」
「あ、まー君がトイレに行ったと同時にあの窓から入って来たから、そのまま靴を履いて出て行ったんじゃないかな?」
「唯も一緒だった?」
「うん、唯ちゃんも一緒だったよ」

 俺は窓辺に立って庭を見回すと、足元に見慣れた小ぶりなスニーカーを発見することが出来た。そのままスニーカーの片方だけを持って玄関に行くと、優しい俺は下駄箱の一番奥に雑に置いてあげた。優しさはいつか自分に帰ってくるだろう。
 俺がリビングに戻ろうと思っていると、玄関がゆっくり開いていき、母さんが俺に無言で荷物を渡してきた。それを受け取った俺は中身を軽く確認すると、その袋をキッチンに持って行ってそのままリビングに戻って行った。

「もう片方の靴はそのままでいいの?」
「ああ、あれは唯のお気に入りの靴だからそのままでいいと思うよ」
「お気に入りの靴なのに?」
「お気に入りの靴が見つからなかったら悲しいと思うしね」

 再び勉強に戻ろうと思ったけれど、今日は唯と母さんに邪魔される未来しか見えないので、ここは割り切って他の事をした方がよさそうだ。部屋に行ってアレを持ってこようかな。

「今日は誘ってなんだけど、勉強はここまでにしようか」
「え、うん。そうだね」
「母さんと唯がきっとすぐにここに来るから勉強も出来なくなると思うし、勉強しようって誘ったけど、今からは他の事でもいいかな?」
「大丈夫だよ。まー君の部屋で何かするの?」
「大丈夫、何もしないよ」

 そう、俺の部屋ではなく母さんと唯が見ているこのリビングでみさきと遊ぶことにするのだ。もしかしたら、唯も一緒に遊びたいと言い出しかねないので、唯の分も用意しておこう。
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