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プロローグ

第十六話 私を忘れていた理由

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 テレビを消しては見たものの、もう少しだけ私もあっちの世界の事を見ていたいと思って無理を言っておばさんたちの様子も見せてもらった。
 もともと私は空いていた部屋を使わせてもらっていただけなので仕方ないとは思うのだけれど、私が使わせてもらっていた部屋は私が使っていた痕跡も無くなっており普通に物置のように使われていた。私が使っていた机も端に寄せられて佳乃さんの読まなくなった本が高く積まれていた。
 しばらくおばさんと佳乃さんの会話も聞いていたのだけれど、それだけ時間が過ぎても私の話題が出るようなことは無かった。それは意図的に私の話題を避けているのではなく、松本さんと同様に私の事を全く知らないから話題にも出ないという感じ見えた。その証拠に、電話越しに聞こえるおじさんは私の心配をしているようなのだが、おばさんも佳乃さんも私の事なんて知らないと言っていた。

「どうですか。愛華ちゃんが今までいた世界に戻りたいって気持ちはありますか?」
 イザーさんが話しかけてくれなければ私は本気で泣いていたと思う。自惚れかもしれないけれど、おばさんも佳乃さんも松本さんも私の事を心配してくれているとは思っていた。でも、それは私がちょっと傲慢だったのかもしれない。おばさんにも佳乃さんにもお世話になったお返しは何も出来ていない。松本さんにだって優しくしてもらったお礼も出来ていない。でも、今すぐに戻って何かお礼をしようとしても、私の事なんて忘れてしまっている三人に何かしてあげられることなんて何もない。私の事を覚えていてくれたとしても出来ることなんて何もないけど。
「戻りたいって気持ちはそんなにないかもです。戻ったところで何も変わらないと思いますし、無駄に時間が過ぎていくだけだと思うし。こっちにいた方が良いんじゃないかなって思いました。でも、私がこっちにいて何が出来るんでしょうか」
「愛華ちゃんの出来ることはただ一つ。いっぱい小説を書いてうまなちゃんを楽しませることだね。うまなちゃんはどんな困難でも一人で乗り切ることが出来る女の子なんだけど、そんな女の子を窮地に立たせることが出来るような話を作ってくれたら嬉しいな。愛華ちゃんはそういうのは得意じゃないかもしれないけど、出来るだけうまなちゃんが困るような話を作ってくれたら嬉しいよ。一人だと厳しいって思うんだったら、まさはる君の力を借りたっていいんだからね」
「何でも出来るうまなさんを困らせるって、そんな事して嫌われたりしないですかね?」
「大丈夫大丈夫。ああ見えてうまなちゃんってМ体質なところもあるからね。自分から責めるよりも責めてもらう方が好きみたいだし、愛華ちゃんは思いっきり責めちゃっていいんだからね。愛華ちゃんならきっとうまなちゃんを殺せると思うんだよな」
「え、そんなの無理ですよ。うまなさんを殺すことなんて出来ないですって」
「でも、うまなちゃんを殺さないと松本さん達の記憶から愛華ちゃんの事が消えたままになっちゃうんだけど、それでもいいのかな」
「それってどういうことですか?」
 イザーさんの話が本当だとすると、私の事を強く思えば思うほど記憶の中から私が消えてしまうそうだ。それは私がこちら側の世界で生きていくためには必要な事らしいのだ。向こうの世界で私の事を強く思っている人がいるとこの世界から向こうの世界へと連れ戻されてしまう可能性があるという事なのだけど、私の事を強く思っている人が三人しかいないというのはかなり少ないという話なのだ。
 おばさんと佳乃さんが私の事をすっかり忘れているというのはそれだけ私の事を思ってくれていたという証拠なのだと教えてくれた。それであれば、私の両親も叔母さんと佳乃さんみたいに忘れていてくれても良さそうなのだけど、二人の会話の中で私を心配するような言葉が出ていたのは少しショックだった。
 私は両親が私の事を覚えている事が悲しいと思ったけれど、私が不登校になった時もあまり気にしていなかったことを思い出すと当然の結果なのかもしれない。それよりもショックだったのは、私が友達だと思っていた伊藤さんと石原さんが私の事を普通に覚えていてくれたという事だ。両親も伊藤さんも石原さんも私にとって大切な存在だと思っていたんだけど、向こうはそんな事を全然思っていなかったという事なんだろうな。イザーさんの言っている事を信じるならばだけど、こっちの人達は私に何か嘘を言うような事も無いと思うしそんな必要もないと思う。
 でも、松本さんが私の事をそれほどまでに思っていてくれたというのも意外だった。一緒に給食を食べようと誘ってくれたのも泉さんが休んでいたから仕方なくという事でもなかったようだし、私が持って行った小説を読んでくれて面白かったと言ってくれたのも社交辞令なんかじゃなかったのかなという思いも私の中で芽生えていた。あの感想も本心だったのかなと思えばより嬉しくなってしまう。
 福島君が私の事を忘れていなかったのはちょっと悲しいと思っちゃったけど、同じクラスにいるというだけの関係だったんだから仕方ないかな。何もしていないのにそんなに思われていたらちょっと怖いって思っちゃうかもしれないけど、福島君が相手だったらそんな風に思わないだろうな。
「何か考えているみたいだけど、うまなちゃんを困らせる方法とか見つかったかな。最初からそんなに殺意が高いのなんて無理な事はわかってるけどさ、愛華ちゃんならそんな事をしなくてもうまなちゃんを困らせることも出来るんじゃないかな。私はそう信じてるからね」
 出来るだけ期待には応えたいと思うけど、うまなさんを困らせたりして大丈夫なんだろうか。まだこの世界の事もわかっていないというのに、そんな事をしちゃって平気なのかなと思ってしまっていたのだ。
 次にうまなさんに会った時に、本当にそんな事をしても良いのか聞いてみないとね。
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