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2.憧れていた魔法王国に連れ去られました
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「まあ、まあ、まあ! あれはなんですの? 宙に浮いているけれど」
「あれが王宮だよ。この国をつかさどる魔法使いの王族たちが暮らしているんだ」
「すてき!」
”僕がさらってもいいよね”発言を聞いた時、アンネリーゼはきっと自分を慰め笑わすためにいった社交辞令だろうと思っていた。
しかし、隣国へ渡るための馬車を用意し始めたハルトヴィヒを見て、これは本気なのかもしれないと慌てて止めた。
そして今に至る。
ハルトヴィヒを止めることはできなかった。
ハルトヴィヒの母国、魔法王国に持ち帰られたアンネリーゼは、馬車の中で珍しくはしゃいでいた。
可愛らしいメルヘンな雰囲気の王都を進むと、ひときわ目を引く壮大な建物があった。どういう原理か、ふわふわと宙に浮いている。それが王宮だそうだ。
「あら? この馬車、王宮に向かっていませんこと?」
ふと気がつくと、彼女たちが乗る馬車はまっすぐにその王宮を目指していた。
はしゃぐ気持ちを抑え、アンネリーゼはにこやかに微笑むハルトヴィヒに目を向ける。
「ハルトヴィヒ、あなた……?」
アンネリーゼはハルトヴィヒの出自を知らない。
彼女の住む王国の隣に位置する魔法王国から来た、ということしか知らなかった。
にこやかに笑っていたハルトヴィヒは、少し意地悪そうな顔でアンネリーゼの唇に自分の人差し指をあてた。
アンネリーゼはきょとんと首をかしげる。
と、ハルトヴィヒのほうが顔を真っ赤に染めた。アンネリーゼのプルプルな唇に触れた人差し指から熱が伝わってきたのだ。
「ご、ごめんね」
「いえ。それより、あなたもしや――」
ガタン、と馬車が止まる音がした。どうやら目的地――ハルトヴィヒの実家についたらしい。
アンネリーゼは一体どこについたのか、知りたくない。
「ほら、アンネリーゼ。おりてきて」
先に馬車からおりたハルトヴィヒは、いまだに出てこようとしないアンネリーゼに手を差し出した。
アンネリーゼは覚悟を決めて彼の手をとる。
「やはり、そうなのね」
アンネリーゼは目の前で宙に浮く王宮を見て、ぽつりと呟いた。
「あなた、この国の王族でしたの」
「うん。第三王子だよ」
呆然とするアンネリーゼをよそに、ハルトヴィヒは彼女の手をぎゅっと握って歩き出した。
「ねえ、浮いている王宮にどうやって入るのかしら?」
もっともな質問にハルトヴィヒは頷くと、指をパチンと鳴らした。
すると、王宮の入口と思われる扉へ続く、白銀色の階段が現れる。
「王宮に入ってもいい人間が指を鳴らせば、こうやって透明な階段が現れるんだ」
アンネリーゼはこれからどうなるのか不安な気持ちはどこへやら、その仕組みに心から感動した。
彼女は去年、学園を首席で卒業している。主に魔法の実践や座学が好きで得意だった彼女は、その魔法自体を生み出した魔法大国に憧れを抱いていた。
――まさか魔法王国の王宮に入れるなんて。夢みたいだわ。
ハルトヴィヒが第三王子であることも、すっかり頭の隅に追いやられている。
「アンネリーゼがそんなに感動してくれるなんて、うれしいな」
「だって、無詠唱で階段が出てくるって、そんなのすごすぎるもの!」
アンネリーゼはおそるおそる階段の一段目に右足を置き、体重をかけてみる。
「まあ、ふかふかしてますわ!」
つい感動して大きな声を出してしまい、少し恥じる。
そんなアンネリーゼを、ハルトヴィヒは愛しげに見ていた。
階段をすべてのぼって少し待つと、白銀色の透明な階段など無かったかのように消えてしまった。
ふたりは王宮の中央の廊下を歩く。
――もしかして。いえ、もしかしなくても、この先は……。
アンネリーゼの心臓は、一歩進むごとにドクッと響く。
ふたりはでかでかと佇む扉の前で足を止めた。
「緊張してるね。この先がなにか、分かってるんだ」
「それは、母国のお城もこんな感じですもの」
「そうか」と彼は呟く。
「アンネリーゼは、王太子の婚約者だったね。もしかして王妃になりたかったりする?」
「もちろんなりたくないわ。王妃教育もうんざりだったもの」
それに、と彼女は付け加える。
「わたくし、夢があるの。その夢は、王妃になってしまえばきっと叶えられないものなのよ」
「そう。――それは良かった」
なにが良かったの、とは問わない。
アンネリーゼは、この先に待ち構えていることをなんとなく理解していた。
ハルトヴィヒが指を鳴らすと、小さく音を立てて扉が開く。
そこは、思った通り、玉座の間であった。
ふたりは玉座の前まで歩く。
「ハルトヴィヒ、帰ったか」
玉座に座る男性は、低い声でハルトヴィヒに尋ねた。
綺麗な顔立ちはどことなくハルトヴィヒと似ている。
「ただいま帰りました、父上」
「その、横の女性は? 私の記憶では、隣国の愚王子――失礼、王太子の婚約者だったように思うが」
母国の王太子を愚弄した国王に、アンネリーゼは怒ることなく微笑み、美しいカーテシーをしてみせた。
そして言った。
「久しぶりにお目にかかることができ、光栄でございます。国王さまのおっしゃる通り、わたくしは母国王太子の元婚約者にございます、アンネリーゼと申しますわ」
国王でさえその美しさに見とれてしまう。
我に返った国王は、アンネリーゼが強調した”元”という言葉に首をかしげる。
「元とはどういうことだ」
「彼女は無実の罪で王太子に断罪され、国外追放されたのです」
思いもよらない息子の発言に、国王は思わず豪快に笑ってしまう。
「そうか。あのバカ王子はそこまでやるか」
「はい。なんでも、彼女が魅了の魔法を使っているとか。ただ、国外に追放する手はずが整っていないようでしたので、僕がさらってきました」
「よくやったぞ」
国王はハルトヴィヒをほめちぎる。
なんでも、愚王子にはもったいないくらいに優秀なアンネリーゼを、どうにかこの国に連れてこれないか考えていたらしい。
「それに、覚えておるぞ。アンネリーゼが私に話してくれたことを」
「話した? いつ、なにをです?」
「まあ、お恥ずかしいですわ。過去のことは忘れてくださいまし」
ハルトヴィヒの不思議そうな顔をキッとにらみつけ、アンネリーゼは国王に言った。
「王太子の婚約発表の際、彼女は私のところにきて言ったんだよ。まだ十にも満たない頃だな。まほ――」
「国王さま、おやめください、それは叶わぬ夢として語ったのですわ」
「いいではないか、なあ?」
自分の知らない話を続けられ、ハルトヴィヒはムッとする。
「父上、アンネリーゼは僕が連れてきたのですよ」
「おお、そうかそうか。嫉妬か?」
「父上!」
国王にもてあそばれるハルトヴィヒに、アンネリーゼはくすりと笑った。
それを見たハルトヴィヒは、意を決したように国王に言った。
「父上、僕は彼女と結婚したいのです。許可していただけますか」
アンネリーゼは突然のことに驚くが、その内容には驚かない。
予想はついていた。
「ふむ、まあそう言うだろうと思っていた。アンネリーゼがいいと言うなら、許可しよう」
「わたくしは――」
もちろん、彼女はハルトヴィヒのことが好きだ。それは、後輩、友人、もしくは弟のように。
それが恋心だったことは一度もない。
「まだ、心は落とせていないようだな、ハルトヴィヒよ」
「これからですから」
ハルトヴィヒのほうも、彼女が自分に向ける好意と自分が彼女に向ける好意ははっきりと違っていることを理解していた。
うなだれることなく、彼は国王に言う。
「ですが、必ず手に入れてみせます」
国王は再び豪快に笑った。
「よかろう。アンネリーゼ、そういうことだ。この王宮に滞在することを許可するから、ハルトヴィヒのことも考えてやってくれ」
「あれが王宮だよ。この国をつかさどる魔法使いの王族たちが暮らしているんだ」
「すてき!」
”僕がさらってもいいよね”発言を聞いた時、アンネリーゼはきっと自分を慰め笑わすためにいった社交辞令だろうと思っていた。
しかし、隣国へ渡るための馬車を用意し始めたハルトヴィヒを見て、これは本気なのかもしれないと慌てて止めた。
そして今に至る。
ハルトヴィヒを止めることはできなかった。
ハルトヴィヒの母国、魔法王国に持ち帰られたアンネリーゼは、馬車の中で珍しくはしゃいでいた。
可愛らしいメルヘンな雰囲気の王都を進むと、ひときわ目を引く壮大な建物があった。どういう原理か、ふわふわと宙に浮いている。それが王宮だそうだ。
「あら? この馬車、王宮に向かっていませんこと?」
ふと気がつくと、彼女たちが乗る馬車はまっすぐにその王宮を目指していた。
はしゃぐ気持ちを抑え、アンネリーゼはにこやかに微笑むハルトヴィヒに目を向ける。
「ハルトヴィヒ、あなた……?」
アンネリーゼはハルトヴィヒの出自を知らない。
彼女の住む王国の隣に位置する魔法王国から来た、ということしか知らなかった。
にこやかに笑っていたハルトヴィヒは、少し意地悪そうな顔でアンネリーゼの唇に自分の人差し指をあてた。
アンネリーゼはきょとんと首をかしげる。
と、ハルトヴィヒのほうが顔を真っ赤に染めた。アンネリーゼのプルプルな唇に触れた人差し指から熱が伝わってきたのだ。
「ご、ごめんね」
「いえ。それより、あなたもしや――」
ガタン、と馬車が止まる音がした。どうやら目的地――ハルトヴィヒの実家についたらしい。
アンネリーゼは一体どこについたのか、知りたくない。
「ほら、アンネリーゼ。おりてきて」
先に馬車からおりたハルトヴィヒは、いまだに出てこようとしないアンネリーゼに手を差し出した。
アンネリーゼは覚悟を決めて彼の手をとる。
「やはり、そうなのね」
アンネリーゼは目の前で宙に浮く王宮を見て、ぽつりと呟いた。
「あなた、この国の王族でしたの」
「うん。第三王子だよ」
呆然とするアンネリーゼをよそに、ハルトヴィヒは彼女の手をぎゅっと握って歩き出した。
「ねえ、浮いている王宮にどうやって入るのかしら?」
もっともな質問にハルトヴィヒは頷くと、指をパチンと鳴らした。
すると、王宮の入口と思われる扉へ続く、白銀色の階段が現れる。
「王宮に入ってもいい人間が指を鳴らせば、こうやって透明な階段が現れるんだ」
アンネリーゼはこれからどうなるのか不安な気持ちはどこへやら、その仕組みに心から感動した。
彼女は去年、学園を首席で卒業している。主に魔法の実践や座学が好きで得意だった彼女は、その魔法自体を生み出した魔法大国に憧れを抱いていた。
――まさか魔法王国の王宮に入れるなんて。夢みたいだわ。
ハルトヴィヒが第三王子であることも、すっかり頭の隅に追いやられている。
「アンネリーゼがそんなに感動してくれるなんて、うれしいな」
「だって、無詠唱で階段が出てくるって、そんなのすごすぎるもの!」
アンネリーゼはおそるおそる階段の一段目に右足を置き、体重をかけてみる。
「まあ、ふかふかしてますわ!」
つい感動して大きな声を出してしまい、少し恥じる。
そんなアンネリーゼを、ハルトヴィヒは愛しげに見ていた。
階段をすべてのぼって少し待つと、白銀色の透明な階段など無かったかのように消えてしまった。
ふたりは王宮の中央の廊下を歩く。
――もしかして。いえ、もしかしなくても、この先は……。
アンネリーゼの心臓は、一歩進むごとにドクッと響く。
ふたりはでかでかと佇む扉の前で足を止めた。
「緊張してるね。この先がなにか、分かってるんだ」
「それは、母国のお城もこんな感じですもの」
「そうか」と彼は呟く。
「アンネリーゼは、王太子の婚約者だったね。もしかして王妃になりたかったりする?」
「もちろんなりたくないわ。王妃教育もうんざりだったもの」
それに、と彼女は付け加える。
「わたくし、夢があるの。その夢は、王妃になってしまえばきっと叶えられないものなのよ」
「そう。――それは良かった」
なにが良かったの、とは問わない。
アンネリーゼは、この先に待ち構えていることをなんとなく理解していた。
ハルトヴィヒが指を鳴らすと、小さく音を立てて扉が開く。
そこは、思った通り、玉座の間であった。
ふたりは玉座の前まで歩く。
「ハルトヴィヒ、帰ったか」
玉座に座る男性は、低い声でハルトヴィヒに尋ねた。
綺麗な顔立ちはどことなくハルトヴィヒと似ている。
「ただいま帰りました、父上」
「その、横の女性は? 私の記憶では、隣国の愚王子――失礼、王太子の婚約者だったように思うが」
母国の王太子を愚弄した国王に、アンネリーゼは怒ることなく微笑み、美しいカーテシーをしてみせた。
そして言った。
「久しぶりにお目にかかることができ、光栄でございます。国王さまのおっしゃる通り、わたくしは母国王太子の元婚約者にございます、アンネリーゼと申しますわ」
国王でさえその美しさに見とれてしまう。
我に返った国王は、アンネリーゼが強調した”元”という言葉に首をかしげる。
「元とはどういうことだ」
「彼女は無実の罪で王太子に断罪され、国外追放されたのです」
思いもよらない息子の発言に、国王は思わず豪快に笑ってしまう。
「そうか。あのバカ王子はそこまでやるか」
「はい。なんでも、彼女が魅了の魔法を使っているとか。ただ、国外に追放する手はずが整っていないようでしたので、僕がさらってきました」
「よくやったぞ」
国王はハルトヴィヒをほめちぎる。
なんでも、愚王子にはもったいないくらいに優秀なアンネリーゼを、どうにかこの国に連れてこれないか考えていたらしい。
「それに、覚えておるぞ。アンネリーゼが私に話してくれたことを」
「話した? いつ、なにをです?」
「まあ、お恥ずかしいですわ。過去のことは忘れてくださいまし」
ハルトヴィヒの不思議そうな顔をキッとにらみつけ、アンネリーゼは国王に言った。
「王太子の婚約発表の際、彼女は私のところにきて言ったんだよ。まだ十にも満たない頃だな。まほ――」
「国王さま、おやめください、それは叶わぬ夢として語ったのですわ」
「いいではないか、なあ?」
自分の知らない話を続けられ、ハルトヴィヒはムッとする。
「父上、アンネリーゼは僕が連れてきたのですよ」
「おお、そうかそうか。嫉妬か?」
「父上!」
国王にもてあそばれるハルトヴィヒに、アンネリーゼはくすりと笑った。
それを見たハルトヴィヒは、意を決したように国王に言った。
「父上、僕は彼女と結婚したいのです。許可していただけますか」
アンネリーゼは突然のことに驚くが、その内容には驚かない。
予想はついていた。
「ふむ、まあそう言うだろうと思っていた。アンネリーゼがいいと言うなら、許可しよう」
「わたくしは――」
もちろん、彼女はハルトヴィヒのことが好きだ。それは、後輩、友人、もしくは弟のように。
それが恋心だったことは一度もない。
「まだ、心は落とせていないようだな、ハルトヴィヒよ」
「これからですから」
ハルトヴィヒのほうも、彼女が自分に向ける好意と自分が彼女に向ける好意ははっきりと違っていることを理解していた。
うなだれることなく、彼は国王に言う。
「ですが、必ず手に入れてみせます」
国王は再び豪快に笑った。
「よかろう。アンネリーゼ、そういうことだ。この王宮に滞在することを許可するから、ハルトヴィヒのことも考えてやってくれ」
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