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11.王太子妃筆頭令嬢

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「ちょっとあなた? ええ、そこの魔物を連れたあなたよ。最近王妃様の周りにハエのごとく飛び回っているようだけれど、何者なのかしら」

 ホーリー=アルデニアという名の侯爵令嬢は、近頃王妃と王子のそばによくいる謎の少女に怒っていた。
 あの魅力的な王子セオドラの隣には自分が一番ふさわしいはずなのに、どうしてこの女ばかり。
 ちょうど王城で歩いているリリアナを見つけた彼女は、意を決して話しかけた。

「えっと、リリアナと申します」
「この国の平民かしら? いいこと、高貴でステキで心優しい方の隣には、同じくらい高貴でステキで心優しい人がいるべきなの。あっ、別にセオドラ様のことじゃなくって、王妃様の話よ?」

 どう考えても、セオドラの隣には自分がふさわしいと言っている。
 王妃は別に誰にでも心優しい訳ではない。

 しかし、純粋なリリアナはそれを言葉通りに受け取り、答えた。

「私は隣にいたいのではなく、支えたいのです」

 王妃のことを。

「や、やだわ。なんだかあなたのほうがふさわしい気がしちゃうじゃない」

 王子の隣が。

 どことなくずれている会話に、ふたりは気が付かない。
 ホーリーはリリアナに宣戦布告されたと勘違いして、そのままその場を後にした。

「――?」

 ふと、リリアナは誰かに見られていたような視線を感じた。
 しかしすぐにその気配は消えてしまった。

「ふう、なんだったのかしら」
「ほんとだよ」

 リリアナがこの国に来てから、もう三か月ほどが経っていた。
 国王の弟が久しぶりに国に帰ってきたということで、王妃は国王とともに応対しており、リリアナはこの一週間ほどとても暇だった。

 ライムが気に入っている広大な中庭でお散歩していると、さっきのように絡まれてしまったというわけだった。

「リリアナ!」
「あ、セオドラ。どうかしたの?」

 息を切らして走ってきた王子は、いつになく慌てている。

「不審な者がこの城に入ってきたと聞いてね。君の身になにかあったらと思って、駆け付けたんだ」
「そうなの? 私は全然――」

 ふと、リリアナは先ほど感じた視線を思い出した。
 もしかして、あれが不審者だったのかもしれない。
 そう思ったリリアナは、セオドラに話した。

「そう。それはストーカーというものかもしれないね。もしなにかあれば、すぐに教えて」

 セオドラの神妙な顔つきを見て、リリアナも真剣に頷いた。

「ライム、もし僕がいないときにリリアナになにかあったら、守るんだよ」
「王子はいないときの方が多いけどね」

 憎まれ口を叩くライムに、リリアナは少し気持ちが和らぐ。

 「それじゃあ、僕は執務室に戻るよ」と言って、セオドラは去っていった。
 王太子として、彼も多忙な身。
 二十歳になり、国王から任される仕事も増えてきた彼は、最近は執務室に籠りっきりだ。


「リリアナ、図書館に行こうよ」
「いいわね」

 ライムの提案で、リリアナは中庭から図書館へと向かった。

 
「ふう」

「あっ……」

 図書館で読みたい本を選び、横に長い机に座ろうとしたその時、リリアナはその隣で溜息をつく少女を見て、つい声を漏らしてしまった。

「あら、リリアナさんじゃない」

 さっき会ったはずの、ホーリーだった。

 隣にいるホーリーは、さきほどよりも近いところにいる。
 だからリリアナは、彼女の情熱的な赤い目元にあるクマを、見逃さなかった。

「最近、寝れてないのですか」
「えっ? ま、まあね……」

 突然言い当てられたホーリーは驚くが、正直に肯定した。
 ホーリーは確かに高飛車で自分勝手なおしゃべりさんだが、非常に素直で純粋な少女だった。
 補足しておくと、取り巻きや両親が言うから、彼女も自分が一番セオドラに似合う女だと思っているふしがある。

「あなたと違って、高貴な身分の令嬢には悩み事が多いのよ」

 お高くとまっているが、実はかなり、精神的にも体力的にも限界だった。

「ホーリー様、私が解決できるかは分かりませんが、お話を聞くくらいならできますよ」
「リリアナさん……」

 素直で純粋な少女は、ちょろくもあった。
 なぜかこの短時間で友情が芽生えようとしている。

「寝れていなくて疲れているのなら、少し癒しますね。≪治癒≫」

 リリアナが魔法を唱えた瞬間、ホーリーはふっと身体が軽くなったのを感じた。

「あなた、もしかしてローアレス聖教国の聖女なの?」
「はい、よくご存じですね」
「初めて聖魔法というものを見たわ。もしかして民の呪いを治したのも?」

 嘘をつく必要もないので、リリアナは頷いた。
 ホーリーは自分を恥じた。リリアナに苗字がないからと言って、高貴な存在ではないと判断してしまった。さらにはとても心優しくてとんでもない美女とくれば、彼女に勝ち目はないも同然。

「この勝負、負けたわ」
「はいっ? 勝負、ですか?」

 この国の身分が高い女性は、王妃もしかり、ホーリーもしかり、自分ひとりで完結するクセがあるらしい。
 リリアナは戸惑いつつも、認めてもらえたような気がして微笑んだ。

「あら、笑うと花が咲くみたいね」

 ホーリーはそう言うと、真剣な顔つきになって、小声で言う。

「あなたに、聞いてほしいことがあるの。実はわたくし――」

「ぐぇへへ、みぃつけた」

 ホーリーがなにかを言おうとした瞬間、男が図書館の入口で叫んだ。こちらをニタニタと見つめている。
 男は光る物体を右手に持ち、ゆっくりと近づいてくる。

「ナイフ……!」
 
 彼が持っているのは、銀色にキラリと光るナイフだった。

「逃げるなよぉ、そこにいろよぉ」

 そんなことを、不快な笑いと一緒に言っている。

「ひ……」

 ホーリーは怯えていて、逃げる余裕もなさそうだ。

「リリアナ、逃げたほうがいいよ! 狙われてる!」

 ライムはそういってリリアナをせかすが、逃げようにも逃げられない。
 リリアナは、ホーリーを置いて逃げられなかった。
 それに――――

「ひぃ、ひぃっ、可愛いなあ」

 男は机ひとつ分まで近づいてきている。

「≪裁きの――」

「リリアナ! くそ、おまえッ!」

 リリアナが≪裁きの光≫を唱えようとしたその瞬間、男は捕らえられてしまった。
 駆けつけたセオドラによって。


「大丈夫か?」
 誰かが呼んだ騎士が到着したころには、セオドラが男をきつく締め上げていた。
 男はうなだれ、騎士団に連れられて行く。

「はい、私は。でもあの男性の狙いは、きっと――」

 リリアナは、まだ怯えているホーリーの手を握った。
 ホーリーは異様なほどに震えている。

「ホーリー様、もう大丈夫です。あの男性は捕まりました」
「あ……わ、わたくし……」
「はい、分かっています。はやく気づけなくて、本当にごめんなさい」
「リ、リリアナさん……」

 ホーリーはリリアナに抱きつき、セオドラの存在も忘れて泣き出した。
 
 そう、あの不審者の狙いはリリアナではなく、ホーリーだった。

「リリアナさん、うう、うぅ……」

 泣きつかれたリリアナは、優しくホーリーの震える身体を抱きしめ、背中をさすった。
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