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3.聖魔法の使い手
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「えっ!?」
受付嬢は、目の前の事態に混乱していた。
まさかあの”聖魔法”の使い手が、一介の冒険者になるなんて、と。
この玉の異様な光り方は、聖魔法の証しだ。
それを知っている受付の女性は、思わず声をあげて驚いた。
聖魔法は治癒の魔法のみならず、攻撃の魔法も非常に強い、いわばオールマイティな魔法だ。
その魔法を使えるのは、ローアレス聖教国の聖女だけのはずだった。
リリアナはアーロンに「ヒーラーです」と言ったが、実際にはヒーラー兼ウィッチャーというとんでもない存在だったのだ。
「あなたは――」
「聖女なのですか」と、そう質問してしまいそうになった唇を閉じる。
冒険者とは、誰にでも開かれたものだ。と同時に、受付嬢ごときがその出自に干渉してはならない。
「いえ。治癒魔法を使えるようなので、ヒーラーと名乗ることを認められます。こちらがライセンスになります」
「ありがとうございます。依頼はどのように受ければよいのですか?」
「そちらの掲示板をご覧ください。ご自分のレベルに合った依頼を受けてくださいね」
ライセンスをカバンにしまい、リリアナは掲示板へと向かった。
――が。
「お嬢さん、パーティに入らないか?」
「いやいやうちはBランクだ。こっちに入ったほうがいい」
「ふん、あたしらなんてAランクの女三人衆さ。うちに入れば安泰だよ」
「あ、あの……」
掲示板にたどり着く前に、冒険者たちに囲まれてしまった。
非常に稀なヒーラーを、どこのパーティも勧誘したくてしかたがないようだ。
しかし、
「申し訳ありませんが、私はひとりで大丈夫です。お誘い、ありがとうございます」
と、リリアナはどの勧誘も断ってしまった。
だがここで引き下がらないのが、冒険者の意地ってものである。
「いやいや、ヒーラーひとりの冒険者なんて聞いたことないぞ」
「そうだ。俺たちの誰かと組むべきだ」
「私たちは女だけだから、気楽でいいわよ?」
さらに勢いをまして激しくなる勧誘争いに、リリアナは揉みくちゃにされる。
「おい、おめえら。誰の仲間をそそのかしてんだ?」
ふと、集団の後ろから聞き覚えのある声がした。
各々が振り向くと、そこにはあのSランク冒険者、アーロンが立っているではないか。
「えっ!? ロ、アーロンさんのお仲間なんですか!」
「すみません、知らなくって!」
「やだ、言ってくれてもいいじゃない」
アーロンは、このドーバン王国で剛腕冒険者として名高い男だった。
冒険者の国において、その人間の価値は冒険者としての腕といっても過言ではない。
アーロンは二十年ほど前に突然現れ、一瞬にして数々の伝説を作り上げた英雄。
そんな人の仲間とあれば、気安く声をかけるのもためらわれる。
「ったく、心配になって見に来てみりゃ、すごい勢いの冒険者たちに囲まれてんだから」
「助けていただいて本当にありがとうございます」
「いいって。もうちょっと気楽にいこうぜ。堅苦しいのは冒険者らしくない」
居酒屋麦のジュース。
ギルドがある大通りから少し外れた、知る人ぞ知る名居酒屋だ。
奥まったところにあるお店の割に、入っている客はかなり多い。
アーロンはカウンター席に座り、リリアナにも座るように言いつけ、店番の女性にビアとオレンジジュース、それからアルミラージのミルク煮込みをふたり分注文した。
「それで? なんかいい依頼はあったか」
「はい。薬草の納品と、ロック鳥の卵の納品、このふたつを受けてきました」
「ロック鳥!? リリアナ、そりゃBランクくらいの中堅どころの仕事だぞ」
ロック鳥とは、とてもおいしい卵を産む魔物のことだ。気性は荒く、巣に近づく生き物を徹底的に排除する習性を持っている。
アーロンが言う通りで、退治の依頼ではないにしろそれと似たようなことをする今回の依頼は、リリアナのランクにはふさわしくなかった。
「ひとりで行くのは絶対に危険だ。俺も手伝う」
「大丈夫です。ロック鳥くらい、私にはどうってことありませんよ」
カウンターから飲み物とアルミラージのミルク煮込みが出てきたので、リリアナは遠慮なくミルク煮込みから食べてみる。
「わあ、おいしい!」
「だろ。ここで出てくる飯は最高なんだ」
アルミラージは、兎の魔物だ。肉はややクセがあるが、コクがあってうまい。
出てきたミルク煮込みは兎肉の臭みも綺麗に消え、コクだけが残った最高においしいものだった。
「それにしても、どうしてアーロンさんのようなすごい人が、私に声をかけてくれたんですか?」
リリアナの純粋な質問に、アーロンはビアを一口飲んでから答えた。
「何年か前、ここにはじめて来た俺みたいだったからな。つい話しかけちまった」
「アーロンさんはこの国出身じゃないんですね」
「まあな。冒険者になるヤツはたいていそうだろう」
「じゃあ――」
「おっと。余計な干渉はリリアナだってされたくないだろ? ここはお互いに干渉なしでいこうぜ」
アーロンは、リリアナの出自が複雑なことにとっくに気づいていた。
そして同時にアーロンも、複雑な過去を持っている。
リリアナは小さく頷き、黙ってミルク煮込みを味わうことにした。
「それにしても、全然強そうに見えねえのにほんとにロック鳥倒せるのか」
アーロンのもっともな質問に、リリアナは首をかしげて答えた。
「倒す必要は、ないですよね?」
受付嬢は、目の前の事態に混乱していた。
まさかあの”聖魔法”の使い手が、一介の冒険者になるなんて、と。
この玉の異様な光り方は、聖魔法の証しだ。
それを知っている受付の女性は、思わず声をあげて驚いた。
聖魔法は治癒の魔法のみならず、攻撃の魔法も非常に強い、いわばオールマイティな魔法だ。
その魔法を使えるのは、ローアレス聖教国の聖女だけのはずだった。
リリアナはアーロンに「ヒーラーです」と言ったが、実際にはヒーラー兼ウィッチャーというとんでもない存在だったのだ。
「あなたは――」
「聖女なのですか」と、そう質問してしまいそうになった唇を閉じる。
冒険者とは、誰にでも開かれたものだ。と同時に、受付嬢ごときがその出自に干渉してはならない。
「いえ。治癒魔法を使えるようなので、ヒーラーと名乗ることを認められます。こちらがライセンスになります」
「ありがとうございます。依頼はどのように受ければよいのですか?」
「そちらの掲示板をご覧ください。ご自分のレベルに合った依頼を受けてくださいね」
ライセンスをカバンにしまい、リリアナは掲示板へと向かった。
――が。
「お嬢さん、パーティに入らないか?」
「いやいやうちはBランクだ。こっちに入ったほうがいい」
「ふん、あたしらなんてAランクの女三人衆さ。うちに入れば安泰だよ」
「あ、あの……」
掲示板にたどり着く前に、冒険者たちに囲まれてしまった。
非常に稀なヒーラーを、どこのパーティも勧誘したくてしかたがないようだ。
しかし、
「申し訳ありませんが、私はひとりで大丈夫です。お誘い、ありがとうございます」
と、リリアナはどの勧誘も断ってしまった。
だがここで引き下がらないのが、冒険者の意地ってものである。
「いやいや、ヒーラーひとりの冒険者なんて聞いたことないぞ」
「そうだ。俺たちの誰かと組むべきだ」
「私たちは女だけだから、気楽でいいわよ?」
さらに勢いをまして激しくなる勧誘争いに、リリアナは揉みくちゃにされる。
「おい、おめえら。誰の仲間をそそのかしてんだ?」
ふと、集団の後ろから聞き覚えのある声がした。
各々が振り向くと、そこにはあのSランク冒険者、アーロンが立っているではないか。
「えっ!? ロ、アーロンさんのお仲間なんですか!」
「すみません、知らなくって!」
「やだ、言ってくれてもいいじゃない」
アーロンは、このドーバン王国で剛腕冒険者として名高い男だった。
冒険者の国において、その人間の価値は冒険者としての腕といっても過言ではない。
アーロンは二十年ほど前に突然現れ、一瞬にして数々の伝説を作り上げた英雄。
そんな人の仲間とあれば、気安く声をかけるのもためらわれる。
「ったく、心配になって見に来てみりゃ、すごい勢いの冒険者たちに囲まれてんだから」
「助けていただいて本当にありがとうございます」
「いいって。もうちょっと気楽にいこうぜ。堅苦しいのは冒険者らしくない」
居酒屋麦のジュース。
ギルドがある大通りから少し外れた、知る人ぞ知る名居酒屋だ。
奥まったところにあるお店の割に、入っている客はかなり多い。
アーロンはカウンター席に座り、リリアナにも座るように言いつけ、店番の女性にビアとオレンジジュース、それからアルミラージのミルク煮込みをふたり分注文した。
「それで? なんかいい依頼はあったか」
「はい。薬草の納品と、ロック鳥の卵の納品、このふたつを受けてきました」
「ロック鳥!? リリアナ、そりゃBランクくらいの中堅どころの仕事だぞ」
ロック鳥とは、とてもおいしい卵を産む魔物のことだ。気性は荒く、巣に近づく生き物を徹底的に排除する習性を持っている。
アーロンが言う通りで、退治の依頼ではないにしろそれと似たようなことをする今回の依頼は、リリアナのランクにはふさわしくなかった。
「ひとりで行くのは絶対に危険だ。俺も手伝う」
「大丈夫です。ロック鳥くらい、私にはどうってことありませんよ」
カウンターから飲み物とアルミラージのミルク煮込みが出てきたので、リリアナは遠慮なくミルク煮込みから食べてみる。
「わあ、おいしい!」
「だろ。ここで出てくる飯は最高なんだ」
アルミラージは、兎の魔物だ。肉はややクセがあるが、コクがあってうまい。
出てきたミルク煮込みは兎肉の臭みも綺麗に消え、コクだけが残った最高においしいものだった。
「それにしても、どうしてアーロンさんのようなすごい人が、私に声をかけてくれたんですか?」
リリアナの純粋な質問に、アーロンはビアを一口飲んでから答えた。
「何年か前、ここにはじめて来た俺みたいだったからな。つい話しかけちまった」
「アーロンさんはこの国出身じゃないんですね」
「まあな。冒険者になるヤツはたいていそうだろう」
「じゃあ――」
「おっと。余計な干渉はリリアナだってされたくないだろ? ここはお互いに干渉なしでいこうぜ」
アーロンは、リリアナの出自が複雑なことにとっくに気づいていた。
そして同時にアーロンも、複雑な過去を持っている。
リリアナは小さく頷き、黙ってミルク煮込みを味わうことにした。
「それにしても、全然強そうに見えねえのにほんとにロック鳥倒せるのか」
アーロンのもっともな質問に、リリアナは首をかしげて答えた。
「倒す必要は、ないですよね?」
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