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第二章
3.四人のお茶会
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エルフリーデは、そわそわしていた。
本を手に持ってはいるが、内容は頭に入ってこない。時計を何度も見てしまう。
「まだかしら……」
濃い目の若草色のドレスを身にまとった彼女は、いつもの四人でのお茶会を待ちかねていた。
こんなにもそわそわしているのは、お茶会が久しぶりだから。婚約解消に向けて忙しかったエルフリーデに気を遣って、皆屋敷に来なかったのだ。
季節はまだ秋。
実は観楓夜会からそんなに時間は経ってないのだが、まるで一年会ってないような気持ちである。
「そろそろね!」
エルフリーデは本をしまい、玄関へと向かった。
その後ろで、ベテラン侍女は呟く。
「いえ、まだ二時間ほど先ですが――」
玄関で待つこと二時間。
ようやく来たクリステルたちを、エルフリーデは満面の笑みで迎えた。
「まあ、エルフリーデ。今日の召し物は大変素朴ね」
――言外に「地味ですけど」って言いたいのね。ギーゼラったら、初めからフル稼働なんだから。
「今はね、派手なものを控えなさいと父上に言われているのよ」
「あっ、婚約が解消されたから……?」
ギーゼラは、なんてことを言ってしまったのかと固まった。
もちろんエルフリーデは気にしていない。
「ご、ごめんなさい」
「気にしないでちょうだい。私にとって今回の婚約解消は不幸でもなんでもないのよ」
「エルフリーデ、今日はその話を聞かせてほしいわ!」
クリステルは目を輝かせてそう言った。
お茶会の時はクリステルも前髪をあげて、可愛らしい顔を見せている。
エルフリーデは、クリステルが可愛くて、思わず頭をなでてしまう。
「いいわよ。面白くはないと思うけれど」
そのあと、彼女はノルベルトのほうを見て「久しぶりね」とあいさつした。
ノルベルトは、いつもよりきっちりとした服を着ている。
珍しくずっと黙っていた彼も、
「うん。久しぶりだね」
と返した。
いつもは歯の浮くようなことを平気で言ってくるのに。そう不思議に思っていると、クリステルがそっと耳打ちした。
「お兄様、いまとても緊張してるの。だから放っておきましょ」
「クリステル、聞こえてる」
ノルベルトはそれだけ言うと、再び口を閉じた。
――確かに、いつもの覇気がないわ。
一体何に緊張しているのかますます不思議に思いながらも、エルフリーデは皆をガゼボへと案内した。
「あら、見たことないお花がたくさん咲いてるわ!」
クリステルは秋の庭に興奮した様子ではしゃぐ。
「クリステル、お庭を見るのは後にして、いまは再会を楽しみますわよ」
ギーゼラはそう言って、クリステルをなかば押すようにしてガゼボまで連れて行った。
「それで、婚約破棄はどうなったの?」
「いやだわギーゼラ、婚約破棄ではなくて婚約解消よ」
エルフリーデが訂正すると、ギーゼラはひどく驚いたように聞き返した。
「婚約解消? だって、どう考えても非があるのはあっちだったじゃないの」
「そうかしら。わたくしも反省したのよ」
「反省って。エルフリーデが反省することなんて何ひとつないわよ」
エルフリーデは首を横に振り、静かに否定した。
「わたくし、彼に寄り添ったことが一度もなかったわ。それは、元婚約者として、反省すべき点だわ」
クリステルは感動したように胸に手をあて、頷いた。
ギーゼラはあまり納得していないようで、まだ不服そうだ。
「浮気した婚約者になんて、誰も寄り添わないわよ」
もちろん、ギーゼラの言うことも筋が通っていた。
エルフリーデは優しく微笑むと、この話はもう終わり、とでも言うようにお茶を一口飲んだ。
伯爵家が財政難だったことを同情する気持ちもある。もしその話を聞かなければ、ギーゼラと同じことを思っていたかもしれない。
反対に、その話を聞けば、ギーゼラだって納得するだろう。
それでも彼女がその話をしないのは、話すべきではないと思ったから。他家の財政の話など、うかつに喋っていい内容ではない。
「ねえ? それより、エルフリーデはこれで婚約者がいなくなったのでしょう? 公爵は既になにか動いてらっしゃるの?」
クリステルは身を前に乗り出し、期待のまなざしを向けた。
エルフリーデにはなにを期待しているのか分からなかったが、とりあえず肯定しておく。
「ええっ、公爵ったら、もうエルフリーデの婚約者を探そうとしているの?」
ずっと心ここにあらずだったノルベルトも、その言葉に顔をバッと上げた。
「そうなの?」
クリステルとノルベルトの驚きに満ちた顔に向かって、エルフリーデは「ええ」とだけ返した。
――なにをそんなに驚いているのかしら。
エルフリーデは首をかしげる。
公爵令嬢に、婚約者がいなくなった。このニュースは瞬く間に世に広まった。驚きのスピードで、父の書斎の机上には婚約の打診が山積みになっている。
それは、誰が考えてもそうなるものだろう。エルフリーデは公爵令嬢なのだから。
エルフリーデはそう思いながらふたりを見ていた。
しかし実際には、公爵令嬢という理由だけではない。
顎のシャープさがうまく隠れるように丸みを帯びた黒く短い髪。そのぶんよく目立つ、琥珀色の美しい瞳。
さらになんと言っても、その美しさ。優雅で清楚、そして可憐な美貌は、社交界の華になるには十分すぎたのだ。
「なんてこと。お兄様、どうするのよ」
驚愕の表情をやめないノルベルトは、その顔のまま言った。
「困ったな。予定が狂いそうだ」
本を手に持ってはいるが、内容は頭に入ってこない。時計を何度も見てしまう。
「まだかしら……」
濃い目の若草色のドレスを身にまとった彼女は、いつもの四人でのお茶会を待ちかねていた。
こんなにもそわそわしているのは、お茶会が久しぶりだから。婚約解消に向けて忙しかったエルフリーデに気を遣って、皆屋敷に来なかったのだ。
季節はまだ秋。
実は観楓夜会からそんなに時間は経ってないのだが、まるで一年会ってないような気持ちである。
「そろそろね!」
エルフリーデは本をしまい、玄関へと向かった。
その後ろで、ベテラン侍女は呟く。
「いえ、まだ二時間ほど先ですが――」
玄関で待つこと二時間。
ようやく来たクリステルたちを、エルフリーデは満面の笑みで迎えた。
「まあ、エルフリーデ。今日の召し物は大変素朴ね」
――言外に「地味ですけど」って言いたいのね。ギーゼラったら、初めからフル稼働なんだから。
「今はね、派手なものを控えなさいと父上に言われているのよ」
「あっ、婚約が解消されたから……?」
ギーゼラは、なんてことを言ってしまったのかと固まった。
もちろんエルフリーデは気にしていない。
「ご、ごめんなさい」
「気にしないでちょうだい。私にとって今回の婚約解消は不幸でもなんでもないのよ」
「エルフリーデ、今日はその話を聞かせてほしいわ!」
クリステルは目を輝かせてそう言った。
お茶会の時はクリステルも前髪をあげて、可愛らしい顔を見せている。
エルフリーデは、クリステルが可愛くて、思わず頭をなでてしまう。
「いいわよ。面白くはないと思うけれど」
そのあと、彼女はノルベルトのほうを見て「久しぶりね」とあいさつした。
ノルベルトは、いつもよりきっちりとした服を着ている。
珍しくずっと黙っていた彼も、
「うん。久しぶりだね」
と返した。
いつもは歯の浮くようなことを平気で言ってくるのに。そう不思議に思っていると、クリステルがそっと耳打ちした。
「お兄様、いまとても緊張してるの。だから放っておきましょ」
「クリステル、聞こえてる」
ノルベルトはそれだけ言うと、再び口を閉じた。
――確かに、いつもの覇気がないわ。
一体何に緊張しているのかますます不思議に思いながらも、エルフリーデは皆をガゼボへと案内した。
「あら、見たことないお花がたくさん咲いてるわ!」
クリステルは秋の庭に興奮した様子ではしゃぐ。
「クリステル、お庭を見るのは後にして、いまは再会を楽しみますわよ」
ギーゼラはそう言って、クリステルをなかば押すようにしてガゼボまで連れて行った。
「それで、婚約破棄はどうなったの?」
「いやだわギーゼラ、婚約破棄ではなくて婚約解消よ」
エルフリーデが訂正すると、ギーゼラはひどく驚いたように聞き返した。
「婚約解消? だって、どう考えても非があるのはあっちだったじゃないの」
「そうかしら。わたくしも反省したのよ」
「反省って。エルフリーデが反省することなんて何ひとつないわよ」
エルフリーデは首を横に振り、静かに否定した。
「わたくし、彼に寄り添ったことが一度もなかったわ。それは、元婚約者として、反省すべき点だわ」
クリステルは感動したように胸に手をあて、頷いた。
ギーゼラはあまり納得していないようで、まだ不服そうだ。
「浮気した婚約者になんて、誰も寄り添わないわよ」
もちろん、ギーゼラの言うことも筋が通っていた。
エルフリーデは優しく微笑むと、この話はもう終わり、とでも言うようにお茶を一口飲んだ。
伯爵家が財政難だったことを同情する気持ちもある。もしその話を聞かなければ、ギーゼラと同じことを思っていたかもしれない。
反対に、その話を聞けば、ギーゼラだって納得するだろう。
それでも彼女がその話をしないのは、話すべきではないと思ったから。他家の財政の話など、うかつに喋っていい内容ではない。
「ねえ? それより、エルフリーデはこれで婚約者がいなくなったのでしょう? 公爵は既になにか動いてらっしゃるの?」
クリステルは身を前に乗り出し、期待のまなざしを向けた。
エルフリーデにはなにを期待しているのか分からなかったが、とりあえず肯定しておく。
「ええっ、公爵ったら、もうエルフリーデの婚約者を探そうとしているの?」
ずっと心ここにあらずだったノルベルトも、その言葉に顔をバッと上げた。
「そうなの?」
クリステルとノルベルトの驚きに満ちた顔に向かって、エルフリーデは「ええ」とだけ返した。
――なにをそんなに驚いているのかしら。
エルフリーデは首をかしげる。
公爵令嬢に、婚約者がいなくなった。このニュースは瞬く間に世に広まった。驚きのスピードで、父の書斎の机上には婚約の打診が山積みになっている。
それは、誰が考えてもそうなるものだろう。エルフリーデは公爵令嬢なのだから。
エルフリーデはそう思いながらふたりを見ていた。
しかし実際には、公爵令嬢という理由だけではない。
顎のシャープさがうまく隠れるように丸みを帯びた黒く短い髪。そのぶんよく目立つ、琥珀色の美しい瞳。
さらになんと言っても、その美しさ。優雅で清楚、そして可憐な美貌は、社交界の華になるには十分すぎたのだ。
「なんてこと。お兄様、どうするのよ」
驚愕の表情をやめないノルベルトは、その顔のまま言った。
「困ったな。予定が狂いそうだ」
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