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第一章

7.赤い髪の乱入者

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「ねえ、エルフリーデ? よろしければ今度はお出かけしたいわ」
「いいわね。街で歩くのね?」
「そう! 一緒にブティックやカフェに行くの」

 ガゼボでゆったりとお茶を飲むエルフリーデとクリステルは、次に会う計画を立てていた。
 
 ノルベルトは、クリステルに「淑女のお話を盗み聞きするつもり?」と言われ、庭の花を見に行かざるを得なかったようだ。
 寂しそうな顔で花を見ている。

 
「お嬢様!」

 と、そこに、慌てた様子の若いメイドが走ってきた。

「どうしましたの?」
「ギ、ギーゼラ様がお越しですわ……!」
「まあ」

 お茶会に呼んだのはクリステルだけだ。ノルベルトもそうだが、今日は想定外の来訪者が多い。

 エルフリーデが「いま向かうわ」と言ったそのとき、赤い髪をなびかせて彼女は現れた。

「エルフリーデ? どうしてその地味な方がいらっしゃるの?」

 夜会の時と同じく、なぜかギーゼラはクリステルに対抗心を抱いているらしい。
 エルフリーデは首をかしげつつ、中庭の入口にいるギーゼラのほうへ歩み寄った。

「本日はどうなさったの? 屋敷に来るなんて珍しいわね」
「なんだか胸騒ぎがしたのよ。来て正解だったわ」

 ガゼボのほうを睨みつけるギーゼラ。
 クリステルはというと、気にした様子もなく、何食わぬ顔でお菓子を食べている。

 ――クリステルって、やけに肝が据わってるわよね。

「聞いてますの?」

 クリステルのほうを見て微笑むエルフリーデに、ギーゼラはムッとした顔をしている。

「ええと、なんでしたっけ?」
「どうしてあの地味な娘がここにいるのと聞いてるの。まさかお茶会してるわけではないわよね?」

 エルフリーデはなにがまさかなのかしら、と思いながら、「ええそうよ」と肯定した。
 ギーゼラはわなわなと身体を震わせ始めた。
 
 エルフリーデには、やはり彼女の怒る理由が分からない。

「地味って言うけどね、ギーゼラ。あまり人に言う言葉ではなくってよ。それにほら、ご覧になって。どこが地味なの?」

 彼女がちらりとクリステルのほうを見ると、つられてギーゼラもクリステルをじっくりと観察する。
 なぜ最初に気が付かなかったのか、彼女は長い前髪をあげて、とても可愛らしい顔を表に出していた。

「……か、可愛いじゃない」
「でしょう?」

 素直なギーゼラを見て、クスッと笑う。

 しかし、クリステルが可愛いだけではギーゼラの怒りはおさまらないらしい。

「どうしてお茶会してるのよ」
「どうしてって……」

 その質問の真意が分からず、エルフリーデは再び首をかしげる。

「ギーゼラこそ、わたくしのこと嫌いなのではないの?」
「嫌い!? ど、どうしてそう思うのかしら」
「だってあなた、夜会で、わたくしのいまの髪型が似合わないって」
「ふ、ふん。前の髪よりは似合ってますわ」

 ギーゼラはやや斜め上を見てそう言った。
 顔は首まで赤くなっている。

「まあ、ありがとう」
「でもね、あのご令嬢よりもわたくしのほうがあなたに似合うわよ!」
「えぇ?」

 エルフリーデは思わず間抜けな声をあげる。思いもよらない発言だったからだ。
 
「お茶会だなんて、わたくしもしたことがないのに……! どうしてぽっと出のあの子とお茶会をしてるのよ!」

 ――うん?

 エルフリーデは、ようやくギーゼラの言いたいことが見えてきたような気がする。
 つまり、それは――

「嫉妬?」
「んなっ……」

 ギーゼラは、少し子どもっぽいところがある。
 
 友人なんて自分しかいなかったはずのエルフリーデに、新しく友達ができた。
 しかも自分より仲良くなっているとくれば、ギーゼラが嫉妬してしまうのも仕方ないことなのかもしれない。

 エルフリーデは、夜会でのある場面を思い出していた。
 死に戻る前の夜会で陰口を言われた、その直前。

 彼女がお手洗いについてきたがっているところを、エルフリーデは少し冷たくあしらった。
 ギーゼラは、それが嫌で、拗ねていたのだ。

 死に戻った後も、きっと同様に。

「あなた……もしかして」
「な、なによ」

 突然自分を見つめるエルフリーデに、ギーゼラはたじろぐ。

「もしかして、わたくしのこと好きなの?」

 一拍おいて、ギーゼラは顔を真っ赤に染めた。

「な、ななな、おバカ! す、好きじゃない友人とべったりくっついたり、家に押しかけたりしないわよ!」

 案外素直である。

 ――知らなかったわ。ギーゼラって、わたくしのことが嫌いなのだとばかり思ってたもの……。

 思えば、ギーゼラがエルフリーデの悪口を言う時は、決まって自分が軽くあしらった後だったような気もする。
 
 ギーゼラは非常に分かりにくい、難しい女だということが分かった。

「気付かなくてごめんなさい。言ってくれればいいのに……」
「わ、分かったならいいのよ」

 ギーゼラは嬉しい気持ちを抑えられないようで、唇がヒクヒクとしている。

「ギーゼラ、これからは素直に言ってちょうだいね」

 にっこりと花が咲くように笑うエルフリーデに、ギーゼラは「考えておくわ」とそっぽを向いて言った。

 ――こう見ると、ギーゼラも可愛いわね。

 生暖かい目でギーゼラを見るエルフリーデであった。


 エルフリーデはガゼボで待つクリステルに許可を得て、ギーゼラもお茶会に同席させた。
 こうなると、いよいよノルベルトに居場所はない。
 
「それにしても、あなたに『短い髪は似合わない』と言われてショックだったのよ?」
「それは、ごめんなさい」

 ギーゼラはしゅん、としてそう言った。

「エルフリーデの魅力は、今の短い髪の方が引き立てるわよね!」

 自信満々に言い切るクリステルに、ギーゼラは「そうよね」と頷いた。

「気弱だったあなたには、人が怖がる見た目くらいがちょうどいいと思っていたの。でも、急に髪を切って、急にはっきりものを言うようになるんだから!」
「あら、そういうことでしたの?」

 ――ギーゼラは、以前からわたくしのことを考えてくれてたのね。

「な、なにかしら? エルフリーデ、顔がゆるんでますわよ」
「あら、そう? ふふ、こうやってみんなでお茶を飲めるのが嬉しくて」
「ふ、ふん」
 
 エルフリーデは、「勘違いしないで。別に今の髪が似合わないって言ったわけじゃないのだから」と、いまさら顔を赤くして言うギーゼラが面白かった。
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