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第一章
5.兄妹の会話 その1
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「お兄様、お聞きになって!」
金髪が美しい少女――クリステルは、兄の部屋の扉を遠慮なくドンドンと叩く。
長い前髪ごと髪の毛を後ろに結い上げ、可愛らしい顔を晒している。
扉がゆっくり開くと、そこには、あの甘いマスクをした金髪碧眼の青年が立っていた。
少し鬱陶しそうにクリステルを見ている。
「今日ね、わたくし運命的な出会いをしたの!」
「そう。よかったね」
お兄様と呼ばれた青年は、そう言って扉を閉めようとした。
クリステルは扉を閉められる前に、兄の部屋へとダイブする。
「んもう、最後までお聞きになって」
「僕はそんなに暇じゃない」
「お兄様、十九にもなって可愛い妹の話も聞けないなんて、恥ずかしいことですのよ? だから結婚できないの」
青年はなにも言い返せず、ぐっと奥歯を噛みしめる。
彼らの父親は、十九ですでに母親と結婚していた。
にもかかわらず、自分は十九になってまだ婚約者すらいない。だが、別にそれでもいいと言い聞かせている。
――本当はかなり気にしていた。
「決めた人がいるっておっしゃってるけど、それ嘘ですわね? まだ結婚したくないだけですわね?」
「いや、いるのはいるけど……」
「ううん、いいの。そんなことはどうでもいいのよ!」
相変わらずマイペースな妹に、青年はあくびをかみ殺す。
「それで? 運命的な出会いって?」
「ふふふ、ようやく聞いてくれる気になりましたのね!」
クリステルは嬉しそうに、自分がバルコニーから落ちかけた話をした。
さすがの青年も驚いて、話に聞き入っている。
「え、それは大丈夫だったの? 嬉々とした顔で話す内容ではないよね?」
「ええ、それがね、そのときなの。そのとき運命の方が、わたくしの腕をぐっと掴んで持ち上げてくださったの」
青年はとりあえずほっとして、話に横槍を入れる。
「でも、その人と結婚できるかは怪しいよ。僕たちは――」
「いやだわお兄様、ほんとに話を聞かないんだから」
青年は、クリステル、お前ほどではないよ、と思いつつ、どうせ言っても面倒なことになるだけだと黙っていることにした。
「あのね、男性じゃありませんのよ。それが、悪名高きエルフリーデでしたの」
「……っ! クリステル、それは本当?」
「わたくし嘘はつきませんのよ」
「……それにね、助けてもらった恩人に、悪名高きって失礼だよ」
ムッとした表情をする兄に、妹は不思議に思いながらも言い返した。
「いまはそう思ってませんもの。噂なんて大嘘で、とっても素敵な方だったわ!」
「噂はたいてい嘘ばかりだからね。僕は彼女が噂の悪女とは、元から思ってなかったよ」
「あら、お兄様はエルフリーデのこと知ってましたの?」
「……」
黙りこくった兄に、妹は首をかしげる。
しかし、悪女だと有名だったエルフリーデのことだ。きっと兄も聞きかじっていたのだろうと、勝手に納得した。
「それでね、彼女とお友達になりましたの!」
「……」
「肩の上くらいの珍しい髪型をしてたのだけど、とってもお似合いで、ものすごく綺麗なの。琥珀色の瞳もあいまって、すごく魅力的な美しさなの。でもね、笑うと花が咲くように可憐で……。今日の桜なんて誰も見てませんでしたわ」
「……」
「そうそう、一緒に桜も見ましたの。わたくしはエルフリーデを見てましたけどね」
ふと、クリステルはずっと黙っている兄に目を向けた。
ムスッとした表情は、さきほどよりもあからさまになっている。
「僕もエルフリーデと一緒に桜を見たかった……」
「へっ? なんですの?」
ボソッと放った言葉が上手く聞き取れず、クリステルは聞き返した。
しかし、兄はもう一度言う気はないらしい。
「まあ、いいですわ。それでね、今度お茶会をしましょってことになって」
「お、お茶会……?」
「ええ。わたくしお茶会なんて初めてで。でもね、エルフリーデも初めてなんですって。ふふ、お揃いですの。だから、お茶会ってなにをするものか、お兄様に聞きに来たの」
そのお兄様だって、お茶会など参加したことはないぞ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
これは好機だ。
青年は爽やかな笑顔をつくり、妹に言った。
「お茶会はね、お菓子を食べたりお話をしたりするんだよ。それから、自分の兄妹を連れていくと喜ばれるんだ」
後者は嘘である。そんな事実は聞いたことがない。
とっさに思いついた自分を褒めてやりたい。
クリステルはぱぁっと笑顔になった。
「わたくし、お兄様がいてよかったわ! エルフリーデに喜んでもらえるもの!」
そんな純粋な妹を見て、青年は少し心が痛くなった。
「お兄様、エルフリーデとのお茶会、一緒に行きましょ!」
痛む心はどこへやら、青年は再び爽やかな笑顔をつくって言った。
「もちろん」
金髪が美しい少女――クリステルは、兄の部屋の扉を遠慮なくドンドンと叩く。
長い前髪ごと髪の毛を後ろに結い上げ、可愛らしい顔を晒している。
扉がゆっくり開くと、そこには、あの甘いマスクをした金髪碧眼の青年が立っていた。
少し鬱陶しそうにクリステルを見ている。
「今日ね、わたくし運命的な出会いをしたの!」
「そう。よかったね」
お兄様と呼ばれた青年は、そう言って扉を閉めようとした。
クリステルは扉を閉められる前に、兄の部屋へとダイブする。
「んもう、最後までお聞きになって」
「僕はそんなに暇じゃない」
「お兄様、十九にもなって可愛い妹の話も聞けないなんて、恥ずかしいことですのよ? だから結婚できないの」
青年はなにも言い返せず、ぐっと奥歯を噛みしめる。
彼らの父親は、十九ですでに母親と結婚していた。
にもかかわらず、自分は十九になってまだ婚約者すらいない。だが、別にそれでもいいと言い聞かせている。
――本当はかなり気にしていた。
「決めた人がいるっておっしゃってるけど、それ嘘ですわね? まだ結婚したくないだけですわね?」
「いや、いるのはいるけど……」
「ううん、いいの。そんなことはどうでもいいのよ!」
相変わらずマイペースな妹に、青年はあくびをかみ殺す。
「それで? 運命的な出会いって?」
「ふふふ、ようやく聞いてくれる気になりましたのね!」
クリステルは嬉しそうに、自分がバルコニーから落ちかけた話をした。
さすがの青年も驚いて、話に聞き入っている。
「え、それは大丈夫だったの? 嬉々とした顔で話す内容ではないよね?」
「ええ、それがね、そのときなの。そのとき運命の方が、わたくしの腕をぐっと掴んで持ち上げてくださったの」
青年はとりあえずほっとして、話に横槍を入れる。
「でも、その人と結婚できるかは怪しいよ。僕たちは――」
「いやだわお兄様、ほんとに話を聞かないんだから」
青年は、クリステル、お前ほどではないよ、と思いつつ、どうせ言っても面倒なことになるだけだと黙っていることにした。
「あのね、男性じゃありませんのよ。それが、悪名高きエルフリーデでしたの」
「……っ! クリステル、それは本当?」
「わたくし嘘はつきませんのよ」
「……それにね、助けてもらった恩人に、悪名高きって失礼だよ」
ムッとした表情をする兄に、妹は不思議に思いながらも言い返した。
「いまはそう思ってませんもの。噂なんて大嘘で、とっても素敵な方だったわ!」
「噂はたいてい嘘ばかりだからね。僕は彼女が噂の悪女とは、元から思ってなかったよ」
「あら、お兄様はエルフリーデのこと知ってましたの?」
「……」
黙りこくった兄に、妹は首をかしげる。
しかし、悪女だと有名だったエルフリーデのことだ。きっと兄も聞きかじっていたのだろうと、勝手に納得した。
「それでね、彼女とお友達になりましたの!」
「……」
「肩の上くらいの珍しい髪型をしてたのだけど、とってもお似合いで、ものすごく綺麗なの。琥珀色の瞳もあいまって、すごく魅力的な美しさなの。でもね、笑うと花が咲くように可憐で……。今日の桜なんて誰も見てませんでしたわ」
「……」
「そうそう、一緒に桜も見ましたの。わたくしはエルフリーデを見てましたけどね」
ふと、クリステルはずっと黙っている兄に目を向けた。
ムスッとした表情は、さきほどよりもあからさまになっている。
「僕もエルフリーデと一緒に桜を見たかった……」
「へっ? なんですの?」
ボソッと放った言葉が上手く聞き取れず、クリステルは聞き返した。
しかし、兄はもう一度言う気はないらしい。
「まあ、いいですわ。それでね、今度お茶会をしましょってことになって」
「お、お茶会……?」
「ええ。わたくしお茶会なんて初めてで。でもね、エルフリーデも初めてなんですって。ふふ、お揃いですの。だから、お茶会ってなにをするものか、お兄様に聞きに来たの」
そのお兄様だって、お茶会など参加したことはないぞ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
これは好機だ。
青年は爽やかな笑顔をつくり、妹に言った。
「お茶会はね、お菓子を食べたりお話をしたりするんだよ。それから、自分の兄妹を連れていくと喜ばれるんだ」
後者は嘘である。そんな事実は聞いたことがない。
とっさに思いついた自分を褒めてやりたい。
クリステルはぱぁっと笑顔になった。
「わたくし、お兄様がいてよかったわ! エルフリーデに喜んでもらえるもの!」
そんな純粋な妹を見て、青年は少し心が痛くなった。
「お兄様、エルフリーデとのお茶会、一緒に行きましょ!」
痛む心はどこへやら、青年は再び爽やかな笑顔をつくって言った。
「もちろん」
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