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万世戦艦N(ネオ)-アモーニス号

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 信吾達は艦に乗り込んでいた。甲板から地面に降りてきた急な階段をのぼり、まだ土片の残っているデッキからブリッジへ向かう。艦橋への扉を開いた時、信吾は明らかに既視感を覚えた。
 巨大戦艦だ。あの時、ファスランと共に海底でであった謎の巨大戦艦に酷似しているのだ。だが、明らかに外見は変わっている。もう信吾は分からないことばかりで、早く答え合わせがしたかった。そして、早く仲間に会いたかった。
 彼は急な螺旋階段をダッシュで登る。
「お、おい……勘弁してくれないか……おれはもう……へとへとで……」
「わ、わたしも……」
 既にウリューと弓美は限界のようで膝が上がっていない。倉彦の方はもう座り込んでダウンしているうだ。
 信吾のみ足を止めず、実に建物五階分の階段を登りきると、通路奥にある分厚い自動ドアをこじ開けた。
「お、信吾もう来たか。早く座れ。作戦はもう始まってんぞ」
 信吾の記憶にある通りの濃い金髪、それに軽口。
「英光……さん!」
 よく分からない顔で涙を流した信吾を英光は抱きしめてくれた。
「よく生きてたな」
「おかえり、信吾くん!」
 入口から見て一番奥の席にはエリカが座っていた。彼女は相変わらず薄い金に水色が所々混じっている髪色であったが、長いポニーテールだった部分はバッサリと切られ今やセミロング位の長さになっていた。
「ほら、鷺さんも何か言ってあげなよ~」
「わ、私も?でも……」
 ブリッジを見渡せる、中心よりやや後ろ側の艦長席に鷺涼子は立っていた。彼女の髪は逆に長くなっており、前髪が目にかかっている。さらに帽子を深く被っていることから表情がよく読み取れない。
「あ!分かりましたよ鷺さん。最後に信吾に見せたのが泣き叫んでる姿だから面と向かうのが恥ずかしいんですね!」
「……」
 鷺は顔を赤らめている。
「英光、デリカシーなさすぎ」
 エリカに睨まれて彼はバツが悪そうだ。
「僕、全然気にしてませんよ。それより、皆さんが無事で……本当に本当に良かったです」
 顔面の筋肉を緩みきらせ笑みを浮かべる信吾の顔を見て安心してくれたのか、鷺はどぎまぎした顔から見慣れたキツい顔つきに変わった。
「信吾くん、席について。みんなも!動きながら作戦を説明するからよく聞きなさい」
 ついに艦は動き出した。アモーニス号よりも若干低い唸り声を上げながら船体を揺らし、地面を割りながら這うように動き出し始めた。
「アウルはもうユグドラシルシステムを起動させる気だわ。どうしてかは分からないけど急にクリティアスの動きが活発になってね、大海のど真ん中に専用ステージを作ったのよ」
 話の流れから気を利かせてくれた英光が信吾のディスプレイに件のステージを見せてくれた。それは見覚えのある小さな島を囲うように金属製の板が張り巡らされている写真であった。
「マミュウダ島!まさかここで……」
「そ。まぁあんな奴の事だし、どうせ聞くに絶えない理由だろうけどね」
 話しているうちに船は魔王城を突き破り、やや急勾配な坂を下りながら眼下の海を目指しているようだ。
「では、作戦を伝えます」やや饒舌だった彼女は声色まで改めて言った。「敵空中戦艦ダウンステージは先程のダメージで低空飛行しているわ。そこで、海上を全速力で走り抜けて、奴にもう一撃食らわせます。大穴をあけて、海に落とすわ」
「でも!それだと」
「そうね。凄くリスキーな作戦だわ。……中にいるファスランを巻き込む危険もあるものね。だから、追撃に成功したらあなたに頼みたいこと……いえ、命令があるわ」
「……なんなりと」
 彼らも生半可な気持ちでファスランを危ない目に合わせるつもりがない事を知っている彼はなんでも受け入れる姿勢で応えた。
「空いた穴から侵入してファスランを救出、そしてダウンステージの内部からの破壊を命じます。あの艦はクリティアスにとって要だわ。アウルが乗って回ってるし、ユグドラシルシステムも積んでるはずよ」
「その話……きかせて、もらった……ぞ」
 突如息を多く含んだ決め台詞がドアから聞こえてきた。そこには、台詞の格好良さとは遠く離れた、大粒の汗を垂らしながら肩を派手に上下させているウリューの姿があった。
「乗りかかった船……というか、もう乗ってるんだが、何か世界を揺るがすことが起こってるんだったら何としても止めてやる。俺は勇者だからな」
「ウリューさん……ありがとうございます。でも、相手は魔物なんてもんじゃないですよ。技術も思考も人間を上回る宇宙人なんですから」
「うちゅう……?」
 横幅が広すぎてブリッジに入れないウリューは頭だけ突っ込んで首を傾げる。それによって生まれた隙間の、ウリューの肩越しに弓美が顔を出した。
「私も行くよ!」窮屈そうながらも溌剌と彼女は言う。「私はね、世界とかそんなものはどうでもいいの。あの時わけも分からずボコボコにされたことに腹たってるのよ!……それに、あんたに貸しあるし」
「弓美まで……本当にいいの?」
「あんたね、止めようとしてる風だけど、そもそも危ないこと避けてる用じゃ勇者は務まんないの!みんなに注目して欲しいだけで入った世界だけど、腐っても勇者よ」
 彼女が幾度も強調した‘‘勇者’’という言葉に信吾は返す言葉が見つからない。勿論、その沈黙は肯定と受け取られたようで、満足気な彼女はウリューの肩から飛び降りた。
「僕は……」その時、多量の呼吸が混じった倉彦の声が通路の方から聞こえてきた。「僕はもう絶望している。アウルもデケェ戦艦に乗ってやがるし、仇を誰一人殺せる気がしないんだ。……そんな、弱気な仇討ちなんてあるかぁ?でも、マミュウダ島か……そこならなんつぅか、帰ってもいいなって思うんだ。だから連れてってくれないか」
 遠回しな表現だが、どうやら一緒に来てくれるらしい。
「みんな来てくれるみたいだな。なぁんだ信吾、俺たちが居なくてもいい仲間がいたみたいだな」
「え、英光もしかして嫉妬……それはなんか、きしょいわ~」
「はぁん!んなこたぁねぇわ!」
「ほらあんた達!C85地区はもうすぐなんだから集中しなさい!」
 鷺の一声でブリッジ内にピアノ線が張ったみたいに緊張感が生まれた。彼女は先代の艦長よりもリーダーシップに溢れているようだ。
「鷺さん。敵戦艦侵入に、彼らも連れて行っていいでしょうか」
「……勇者さんたちは、私の指揮下にないわ。好きにして構わない」
「ありがとうございます!」
 信吾が立ち上がり頭を下げようとしたその時、船体が大きく揺れた。力ずくで椅子に座らせられた格好の信吾はそのまま椅子を回転させデバイスに向き合うと、件の島から放射状に波が立っているのを発見した。
「なんだこれ……波高三十メートル!?島を中心に五十マイルに発生してます!」
「ああ……こりゃ、ダウンステージの揚力でかき立てられたんだろうな。近いぞ。鷺さん、速力はどうします?」
「艦長よ。このままの速度を維持。いち早く追いつきましょう。エリカも、いつでも撃てる準備をしておきなさい」
「言われなくても!粒子砲が撃ちたくて撃ちたくてたまんないんだから!」
 ゲス顔を浮かべるエリカは既にトリガーを握りしめている。
「……みえた。マミュウダ島と……ダウンステージです!」
 この信吾の報告でより緊張感がたかまる。高い波高のせいで速力は多少落ちているが、白波を周囲に発生させながら波を割って果敢に船は進む。ダウンステージは島に到着しており、海上に新設された金属製の地面に着陸を試みるためホバーしている。
 信吾は、椅子から感じる力強さに感心していた。
「英光さん。この船って、あの巨大戦艦ですよね。動力源わかったんですか?」
「ああ。……ファスランの髪の毛だ」
「ええ?」
 思わず顔の面積を縮めて間抜けな顔をしてしまう。
「ごめんごめん、こういうと語弊があったな。きっと動力源は魔力なんじゃないかってのが今のところの仮説だ。それを考えると、この船はクリティアスが来るはるか前から竣工されてたってことになるけど……真相はよくわかんねぇんだ。兎角、海に放り出されて命からがら巨大戦艦に入った俺らで、アモーニス号の残骸と組み合わせて動くようにしたのがこの船さ。名前がわかんねぇから、そのままネオアモーニス号って呼んでる」
「ネオ、アモーニス」
 信吾が名前を呟いた時、ネオアモーニス号の周りで高い高い円錐状の水しぶきが上がった。ダウンステージからの攻撃であった。
「奴の射程に入った!ってことはエリカ」
「あともうちょい近づいて。あれに穴あけるのは結構大変なんだから!」
 ダウンステージは艦砲を急角度で上に向かせており、クリティウムの塊を迫撃砲のように飛ばしてきている。
 荒ぶる海の上をネオアモーニス号は力強く進み続ける。
「やられっぱなしは癪だから……こっちもいくよ!ホーミングレーザー!」
 エリカが小さい黒いボタンを押した後にトリガー付きのレバーを握りしめると、艦体の左舷側の扉が六つほど開きそこから青紫色の細い糸のようなエネルギー弾が発射される。それは弧を描きながらバラバラに飛ぶも、自動的に方向修正されダウンステージに命中した。
 一時的に攻撃の手が止まる。
「今よ!突っ込んで!」
「了解ー!」
 ネオアモーニス号は真っ直ぐにダウンステージ目掛けて滑走していく。
「エリカ、頼んだわよ」
「魔粒子砲発射!」
 ネオアモーニスに搭載された図太い砲身から青紫色のエネルギー弾が放たれる。一本の棒のように伸びていく弾はダウンステージの船首下部に見事命中。かの戦艦は螺旋を描きながら海に落下した。その期を逃さずネオアモーニスは穴に舳先を差し込むと、その先端から小型カプセルを射出した。
 勇者達が乗る小型車両ラザニアである。
 ついに戦いの舞台は船と船のぶつかり合いから船内へと移っていった。
「待ってろよファスラン」
「反撃開始よ」
 切って落とされていた火蓋に再び火がついた。
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