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真昼のストレンジャー
第三章 2
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ルイの話は猫になってしまったのと同じくらい驚く内容だった。
「オレがただの猫とは違うってのは、もう分かってるだろうけどさ。オレは、一度だけ誰かの望みを叶えることができんだよ。見た目はそこいらの猫と変わんなくても、中身は月の魔力の恩恵を与る時をかける一族だからな」
「えっと、後半よく分からない」
「だから時をかける一族なんだよ」
「それが分からないって言ってるんだ。つまり魔法使いか、お前は」
「何だ、分かってんじゃねえか」
うそかまことか、不思議な猫のルイ。そんな話が常識的に信じられるかと思っても、ここに非常識にも猫になってしまった庄野自身がいる以上頭から否定はできない。
「なあルイ。そもそもどうしてお前は俺の望みを叶えてやるなんて言うんだ?」
猫のルイと初めて会ったのは、月が輝く夜だった。仕事帰りに公園に立ち寄り、噴水塔の前で空を見上げていた庄野に近づいてきたのだった。これといって警戒することもなく、ぴんと立てた長い尻尾を揺らしながら。
その夜以来、週に一回だったが公園に行くたび白黒猫が姿を見せるようになった。庄野がベンチに腰を下ろせば横にきて座る。膝の上に乗ってくることもあった。
「そ、それは、だな」
ルイは目線を庄野から逸らし、自分の尻尾の先を嘗め始める。またグルーミングのようだ。気持ちを落ち着けるときにするのだと言っていた。
「ああ、もう。これでもオレさ、あんたに会えるの楽しみにしてたんだよ。オレを撫でるあんたの手、温かくて気持ちいいからさ。オレ、人間嫌いだけどあんたならずっと一緒にいてもいいかなって、そのさ、何ていうか」
「俺とずっと……?」
ルイがそんなことを考えていたなんて。まるで告白されているようだった。庄野の胸の内で、何かが反応するように、とくんと鳴る。
自分のほうこそ、公園で白黒とすごすささやかな時間が、仕事に疲れた心を癒してくれていたのに。胸に生じた温かいものは、ミイナに抱き込まれてその心音を聴いていたときに覚えたのと同じだ。
「だ、だから、あんたに心から望むものがあるなら、それを叶えたいって。オレにはそれができるからな」
「心からの望みって、そんなの俺には……。あ、でも俺が猫なのはお前が望みを叶えたからなのか?」
それは違うとルイが慌てたように首を振った。
「叶えてたら、望みを言えなんて言うわけねえじゃん。猫なのは、何か意味があるのかもな。オレには分からないけど」
「――猫なった意味か。何だろうな。逃げ出したかったんだよな、俺。つい、もう何もかも嫌になってしまって」
自分を取り巻く現実から。どうすることもできない、力のない自分から。
「話してみれば? それ。溜め込んどくよりいいんじゃね?」
「そうなのかな。話すだけで楽になるっていうけど」
猫相手に話してどうなるものか。いや、ただの猫じゃないんだった、ルイは。
「オレには分かんねえことも、おっさんなら何か言ってくれると思う」
「だからさっきから、そのおっさんって誰だよ」
「不本意だけど、今のオレの保護者みてえなヤツだ」
保護者? 魔法使いの親玉っていうことだろうか。
「まあいっか。何でも――…」
けふっと溜め息のような息を吐いて庄野は、自分の身に起きた不運を話し始めるのだった。
「オレがただの猫とは違うってのは、もう分かってるだろうけどさ。オレは、一度だけ誰かの望みを叶えることができんだよ。見た目はそこいらの猫と変わんなくても、中身は月の魔力の恩恵を与る時をかける一族だからな」
「えっと、後半よく分からない」
「だから時をかける一族なんだよ」
「それが分からないって言ってるんだ。つまり魔法使いか、お前は」
「何だ、分かってんじゃねえか」
うそかまことか、不思議な猫のルイ。そんな話が常識的に信じられるかと思っても、ここに非常識にも猫になってしまった庄野自身がいる以上頭から否定はできない。
「なあルイ。そもそもどうしてお前は俺の望みを叶えてやるなんて言うんだ?」
猫のルイと初めて会ったのは、月が輝く夜だった。仕事帰りに公園に立ち寄り、噴水塔の前で空を見上げていた庄野に近づいてきたのだった。これといって警戒することもなく、ぴんと立てた長い尻尾を揺らしながら。
その夜以来、週に一回だったが公園に行くたび白黒猫が姿を見せるようになった。庄野がベンチに腰を下ろせば横にきて座る。膝の上に乗ってくることもあった。
「そ、それは、だな」
ルイは目線を庄野から逸らし、自分の尻尾の先を嘗め始める。またグルーミングのようだ。気持ちを落ち着けるときにするのだと言っていた。
「ああ、もう。これでもオレさ、あんたに会えるの楽しみにしてたんだよ。オレを撫でるあんたの手、温かくて気持ちいいからさ。オレ、人間嫌いだけどあんたならずっと一緒にいてもいいかなって、そのさ、何ていうか」
「俺とずっと……?」
ルイがそんなことを考えていたなんて。まるで告白されているようだった。庄野の胸の内で、何かが反応するように、とくんと鳴る。
自分のほうこそ、公園で白黒とすごすささやかな時間が、仕事に疲れた心を癒してくれていたのに。胸に生じた温かいものは、ミイナに抱き込まれてその心音を聴いていたときに覚えたのと同じだ。
「だ、だから、あんたに心から望むものがあるなら、それを叶えたいって。オレにはそれができるからな」
「心からの望みって、そんなの俺には……。あ、でも俺が猫なのはお前が望みを叶えたからなのか?」
それは違うとルイが慌てたように首を振った。
「叶えてたら、望みを言えなんて言うわけねえじゃん。猫なのは、何か意味があるのかもな。オレには分からないけど」
「――猫なった意味か。何だろうな。逃げ出したかったんだよな、俺。つい、もう何もかも嫌になってしまって」
自分を取り巻く現実から。どうすることもできない、力のない自分から。
「話してみれば? それ。溜め込んどくよりいいんじゃね?」
「そうなのかな。話すだけで楽になるっていうけど」
猫相手に話してどうなるものか。いや、ただの猫じゃないんだった、ルイは。
「オレには分かんねえことも、おっさんなら何か言ってくれると思う」
「だからさっきから、そのおっさんって誰だよ」
「不本意だけど、今のオレの保護者みてえなヤツだ」
保護者? 魔法使いの親玉っていうことだろうか。
「まあいっか。何でも――…」
けふっと溜め息のような息を吐いて庄野は、自分の身に起きた不運を話し始めるのだった。
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