運命の人、探します!

波奈海月

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番外編/わたしの運命の人

前編

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 わたしは横抱き――つまりお姫様抱っこでかかえ上げられ、いきなり変わった目の高さにドギマギしながら裕典さんの首にしがみつく。そうして奥の部屋に向かう間も、心臓が口から飛び出しそうなくらい忙しく胸の鼓動を速めていた。
 てっきり明後日だと思っていた。それがまさか今夜こうして会えるなんて――
 ドキドキしているのは、もちろんそれだけが理由ではない。久しぶりに会った恋人同士なのだ、これから愛を交わす行為に期待が高まっていくのは自然なことだろう。
 でもニューヨークから約十四時間かけて帰ってきたのだから、疲れているんじゃないかって。だから今夜は寄り添って眠るだけでにしたほうがいいかなって。愛し合うのは休んでからにしたほうが――って、そんなことも考えてしまう。
「あの……下ろして」
「下ろすのはベッドについてからな」
「でも、わ、わたし、重いでしょ……?」
「お前ひとり抱き上げられなくてどうするよ。俺を見くびるなよ」
 そう言って笑んでくれる裕典さんの足取りはふらつくこともなく、背中と脚に回された腕は揺らぐこともなくて、体を預けるわたしはいっそう胸を高鳴らせてしまう。
 言葉の端やさり気なく触れる指先から、想われていることを実感する。そんなとき、とっても温かでくすぐったくて、照れくさくも心が包まれるのを感じ、わたしは愛する人がこの人で良かったと思うのだ。
「――あとで腰にきても知らないからっ」
 けれどわたしは、そんな喜びで打ち振るえる内心を押しこめ、覚える恥じらいから懸命に平静ぶる。こんな憎まれ口を聞いてしまうほどに。
 そんなオトメ心を自覚しつつも、この体は裕典さんを求めている。
 再会を待ちわびて、体が、つま先から頭のてっぺんまで全身が、彼に、裕典さんに触れてほしいと疼きだしているのだ。脚の間の奥からはトロリと彼を迎えるための蜜を溢れさせ、早く一杯に満たしてほしいと……
 離れていると、たまらなく物寂しくなってしまう夜がある。自分で自分を強く抱きしめてみても、裕典さんに包まれるときとは違って、かえって傍にいないことを意識する。
 インターネットを使って声を聞くこともその姿を見ることはできる。でもどんなに手を伸ばしても、直接触れ合うことはできない。
 さわってほしい。
 さわりたい。
 肌の温もりを分かち合いたい。
 わたしの中にある空っぽの部分を裕典さんに埋めてほしかった。
 それが今かなうのだと思うと、動悸息切れは激しくなって、わたしは、自分の体の昂りが恥ずかしくてたまらない。先ほど玄関で指を這わされて、既にしっとりと濡れそぼっていることを裕典さんに知られているにしても。
 いっそのこと、あの玄関先で求められたほうが良かったかもしれない。変に考えめぐらす余裕などなく、唇を重ねた勢いのまま……
 そんな微妙な葛藤を脳裏によぎらせているうちに、奥の寝室までくる。わたしは、手が塞がっている裕典さんに代わって、ドアを開けた。引いたままのカーテンの隙間から、外の光が僅かに差しこんではいるがほぼ暗闇だ。
 ここでもう数えきれないくらい抱かれた。たまにリビングのソファとか、バスルームとかの変則ワザもあったけれど、愛を交わすのは大抵ベッドの上だった。
 でもこの部屋で初めて抱かれたときのことは、実のところ今もちょっと思い出したくなかったりする。だってあまりにも激しく求められすぎてわたしは訳がわからなくなってしまってあんなことに……
 やっぱり思い出したくない。激しく愛撫されて息も絶え絶えに喘ぎ、体は仰け反ったり足を突っ張らせたりしてガクガク、与えられ覚える快感で意識は曖昧として、ついには人生初のアレも経験してしまった。いわゆる感じすぎてしまって、乱れに乱れて、えっとその、なんというかイッただけならまだしも、思いきりアソコから噴き上げてしまい……
 何をって、アレ。
 だからなのか裕典さんは、わたしと体を重ねるたび、攻めに攻めてくれるのだ。まるで潮を噴かないとイッたことにはならないとでもいうくらい、舌と指を使ってわたしを悶え乱そうとする。一つになったらなったで、裕典さんの逞しくも昂ったものがわたしの中を突き上げ押し入れかき回して――
 思えば、今はこうして心身ともに結ばれているけれど、わたしたちはどちらかというなら、体が先に始まった関係だった。
 いや違う。わたしは初めて会ったあのときに恋に堕ちていた。ただそれを素直に認められなくてずっと否定していたのだ。自分の性格では、想いを抱かずに体を重ねるなどできないというのに、気の迷いだのなんだのと無理やり理由をこじつけて。
「梓沙……」
 ベッドまで来ると、裕典さんがそっとわたしを下ろし、横たわらせた。
 途端にベッドサイドのセンサーで反応するスタンドライトがほのかに辺りを浮かび上がらせる。
 だから、少し息を荒らげてどこか熱っぽい眼差しで見下ろしてくる裕典さんがわかってしまう。
 そんな欲情で濡れた眼で見詰められたわたしは、「うん」と頷いた。玄関で、もう限界だと叫ぶように言って、わたしをかかえ上げたのだから、その気なのはもちろん承知していたけれど、こんなにも欲してくれているなんて。
「梓沙、脱がせて?」
「え――……」
 これはもしかして珍しい逆パターン?
 なんだか甘えられている気がしたわたしは体を起こす。そしてベッドの上で膝立ちになった裕典さんの上着の襟に手をかけた。ネクタイの結び目に指をかけて緩めると引き抜いて、ワイシャツのボタンを外す――のだけど、手が震えてきて上手くできない。
「不器用だな」
「だったら自分でしてよ」
「いや、お前にしてほしい。ほら」
 そう言って胸を張る裕典さんに、負けてなるものかと何に負けん気を発揮したのかわからないけれど、わたしは一つずつボタンを外していく。そうしてシャツの裾をスラックスから引っ張り出して全開にすると、下に着ている肌着が見え、小さな達成感を覚えた。
 わたしはそのはだけた胸に、つい顔を埋めたい衝動にかられる。
「ここもだ」
 けれど裕典さんから次の指示が出た。
「え……、こ、ここ?」
「もう、きつくてたまらないんだ」
 どこを指しているのか、もちろんわかっている。これはシャツのボタン以上に恥ずかしく、ドキドキと速まった心臓の鼓動で、胸が苦しかった。
 だって、裕典さんの前はスラックスの上からでもわかるくらい、膨らんでいるのだ。平時は掌の上で転がせるくらいなのに、今や大きく形を変えた彼の昂りがある。それはわたしを求めている証で――
 わたしは湧き上がってくる羞恥をこらえながら裕典さんの前に座り直すと、小さく深呼吸してスラックスの前立てに手を伸ばした。ベルトを緩め、留め金具を外してファスナーを下げると、待っていたように裕典さんのものが下着を押し上げる。ウエストのゴムを引っ張って作った肌との隙間からその尖端を覗かせるほどに。
「梓沙、そんなにほしかったのか?」
「――っ!!」
 昂る剛直を目の当たりにしたわたしは、思わず喉を鳴らしたようだ。
 わたしは居たたまれず顔が火照ってくる。オトメはどこに行ったの? 恥じらいは?
 ああ、もうっ!!
「……そ、そうよっ! ほしかったの! 裕典さんと抱き合いたいの!!」
 こうなったら開き直るのだと乱暴に心の内の思いを口にすると顔を上げた。
 顔を上げれば当然、裕典さんと目が合う。わたしは息を呑んだ。
 だって、てっきり呆れたように見ているって思っていたから。
 でも違っていて、裕典さんは、どこかきまり悪げにわたしから目線を横に逸らした。
 その目もと、もしかして赤くしてる?
 ああ、でも。部屋が暗いから、気のせいかも。スタンドは光量を絞ってあるから、顔色なんてよくわからない。
「お前には敵わないな。ほしかったなんてストレートに言われると、意地悪言って困らせようかと思った自分がバカらしくなる」
「え? 意地悪? どうして? わたし、何かした?」
 先ほどからの脱がせて云々は、わたしを困らせようとして言ったの?
 どうして裕典さんがそんなことを思ったのか、わからないわたしは疑問符ばかりになる。
「今日、とっても面白くないもの見てしまったからな」
「今日? 面白くないもの?」
 わたしは、なんだろうと小首を傾げる。
 帰ってくる道中、飛行機に搭乗している間に何かあったのだろうか。それで八つ当たり……とか?
「お前、男に囲まれていた」
「え……? ……はあ?」
 男に囲まれて――って、何それ、いつのこと?
 自分の地味な外見が幸いなのか災いなのか、同性に囲まれても異性――男に囲まれるなんてあり得ないのだけど――ってあれかっ!!
 今日、どこで裕典さんと再会した!? 実家のお見合いパーティの会場だ。
 そのとき何をしていた!? 男性参加者がどうしてだかわたしの周りに集まっていた――
 わたしは内心でサーっと自分の昂った体温が下がっていくのを感じた。もうサクラはしないと言っておきながらパーティに出て、しかもシークレットスタッフの役割も果たせず、男性参加者の注目を集めてしまい……
「あれは!!」
 どう言えばいいのか、わたしだって驚いた。かつてサクラとして出ていたパーティを思い返しても、男性参加者に囲まれたことはないことだった。あったのは面倒極まりない、のちにストーカーまがいとなったあの男に絡まれたぐらいで……
「わたしに言われてもわからないわよ! だってほとんどスッピンだったのよ!?」
 スッピン……すなわち普段のわたし。総務の女子社員から「女捨ててる」とまで揶揄されたほどの。だからああいったパーティでは対象外になるはずだった。
 言葉を返しながら、ん? とわたしは思う。裕典さんは、わたしが男性参加者に囲まれているところを見たから面白くないと? これってもしかして……?
 焼きもち、ヤキモチ、YAKIMOTI――ウソ!? 本当!?
 わたしは目を瞠って、まじまじと裕典さんを見る。
 これまで裕典さんは、わたしが誰といようと何をしていようと、所有欲めいた感情をあまり見せたことがなかった。それだけ信頼してくれている表れなのだけど、少しは焼いてくれてもいいんじゃないかなって思うときも正直あったから。
「……お前、自分を過小評価しすぎ。化粧してるときは大人っぽいが、していないときはな、すっごく可愛いんだよ。抱きしめて腕の中に閉じこめておきたいくらい」
 見上げているわたしに目線を戻した裕典さんが、ぶっきらぼうに言い放つ。これは照れているときの裕典さんの癖なのだけど――か、か……可愛い? だ……抱きしめ、閉じこめておきたい……?
 言われた言葉を意識した途端、わたしはさっき下がった体温が一気に上昇するのを感じた。このまま気化するんじゃないかってくらい、ボボッと。
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