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第六章

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 東京発、新幹線のぞみ。
 鮎原はぼんやりと車窓から見える景色を眺める。町が過ぎ、山間の田畑、しばらくして広がる田園。そしてまた町並み。夕刻の今、少し赤みを帯びた風景が初めて見るように映る。
 奇妙な感じだった。いつも目にするのは暗い夜。もしくは薄靄の立ち込める早朝だった。
 首を捻り、目線を車両の中に戻せば、ぽつぽつと空席が目についた。
(岡山まで行くんだったか、これ)
 京都大阪とこの列車は西へと向かっていく。これで名古屋に着けば客はまた乗り込んでくるだろう。
 定刻どおり静岡を通過した、というアナウンスが入ったとき、鮎原は席を立った。ポケットには駅の売店で感傷的に買い求めた煙草が入っていた。揺れる車内に足を取られそうになりながら車両間にある喫煙ルームに向かった。
 自動扉で仕切られた小さな空間に入る。すぐ隣はグリーン車両だ。
 習慣化するかな、と埒もなく心配が過ぎったが、それはそのときに考えるかと薄く笑ってセロハンのパッケージを切り一本抜き出した。一緒に買ったライターで火を点け、ゆっくり吸い込む。
(煙草って、こういう味なんだ)
 軽い酩酊感。吸い慣れていないせいで覚えるものだ。武村の前で吸ったときは、味など分からなかった。そして変に煙くて目に沁み、視界が滲んでくる。
(何やってんだ、俺)
 鮎原はまだ半分以上残す煙草を灰皿に落とすと部屋を出た。そのままカーテンの引かれた手洗い場に身を滑り込ませる。
 水を出し、顔を洗った。声は絶対上げない。喉元をせり上がる嗚咽を飲み下す。まだ駄目だ。ここで泣いて堪るか。
 何度も冷たい水で顔を叩き、唇を噛んで意識を沈める。泣くなら家に着いてからだ。帰り着くまでが行程だ。
 抑え込む感情の隙間を縫うように、武村の声がよみがえる。
『終わるのか、佳史』
 そう言った武村の表情は辛そうだった。それでもどこかほっとしている色も見つけた。武村もこうなることを予期していたのだ。互いがなるようになった、それだけだった。
 後は帰ったら、二人で過ごした三年を完全な思い出にしてしまうためにビールでも飲みながらひとりクダを巻いて、泣けばいい。
 大丈夫だ、大丈夫。鮎原は自分に大丈夫と呪文のように繰り返して言い、そして席に戻るとき、ポケットに入れていた煙草を箱ごとドア近くの屑入れに放り込んだ。



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