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第三章

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 土曜日の朝、鮎原は東京に向かっていた。昨夜、武村からの電話がきたからだった。
 会いたい、と言われた。少し時間が取れそうだから、と。
 新幹線のシートに身を沈めて、取り出した携帯電話で昼ごろに着くとメールをした。
「今週は驚いたな、いきなり顔を出すんだから。そういや前にも似たようなことあったよな」
 あのときは大阪営業所に出張した武村が、帰り、やはり途中下車して鮎原の部屋を訪ねてきた。そして夜を過ごし翌日は本社に顔を出してから戻っていった。
 何のことはない思い出の一つ。これからもきっと増えていくはずの。
「え、蔵前くらまえ?」
 東京駅に着いたと武村に電話をした鮎原は、告げられた思いもかけない言葉に、聞き返した。いつもならこのまま武村のマンションに向かうはずだった。
『今こっちに出てきてるんだ。たまには外で会うのもいいだろう』
 蔵前まで来てくれと武村は言った。それはマキノの東京支社がある街だった。
「え、そんな……誰かに見られたら……」
『何だ、そんなことか。ここは東京だぞ。どれだけの人がいると思ってるんだ』
「でも」
 今まで人目を気にして、互いの部屋で逢瀬を重ねていたのだ。
『大丈夫だって。もし誰かに見られて後で聞かれたら、同期の奴が休み利用してこっち出て来たから会ってたって言うさ』
「そ、そうだな。そう言えばいいか、しょっちゅうっていうわけじゃないんだしな」
 同期なのは間違いない。そう説明するのが一番問題ないのだろうとは思うけれど。なのにどうしてこんなに蟠るものを覚えるのだろう。
『じゃあ、駅に着いたら連絡くれ。すぐ行くから』
「分かった」
 山手線で蔵前に出る。着いたと連絡すると武村はすぐに来た。
「悪いな。実はまだ会社に戻るんだ」
「何だ、今日も休日出勤やってたのか」
 連絡をくれたときはそんなこと一言も言わなかった。
「ホテル、部屋取ってあるから、行こう」
「ホテルって……」
「お前はそのまま泊まればいいから」
「そんなホテルなんて。お前のマンションじゃないのか?」
「俺の部屋はちょっと。散らかってるんだ。最近忙しくて、家のことできなくて」
「俺は気にしないぞ? 何なら片づけておいてやろうか?」
「いや、いい。だから俺の部屋は落ち着かないんだ。今、帰って寝るだけの部屋になってるから」
「おかしなヤツだな」
 仕事が本当に忙しいようだ。そんなさなか自分と会う時間を作ってくれたのは嬉しかった。
 しかし、せっかく時間をかけて会いに来たのに、つまらない、と感じてしまっているのも本当だった。自分はどうしてこんなに我がままなのだろう。
 転勤が決まったときに、週末は一緒に過ごそう、どんなに忙しくても、二人の時間を持とうと約束した。それが遠い日のようにさえ感じてしまう。
 けれど仕方がないのだ。やりがいのある仕事を任されて、それを頑張りたいと思う武村の気持ちも理解できるのだ。
「ここからなら浅草近いから、観光でもしてればいい」
「そう…だな……」
 チェックイン後、夜に行く、と言う武村を見送った。



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