上 下
38 / 62

第38話 ロビア公爵家に舞い戻る

しおりを挟む
私は、ついに、ロビア公爵家に戻った。

跡取りの令嬢として。

以前、この家にいた頃のような下女姿ではない。

そして屋敷は、前のままだったが、どことなく感じが違っていた。


堂々たる姿の伯母がセバスを従えて待っていた。

「アンジェリーナ、よく戻ってきたわね。あなたの家に」


伯母の目の前には、使用人たちがずらりと並んでいた。

正直、見るのも嫌な人たちだった。

バーバラ叔母とエミリはこの家から出て行ったというけれど、この人たちは残るのかしら。

伯母は、ずらりと並んだ使用人たちを指した。

「私は、残っても、ほかの家に奉公し直してもどちらでもいいと言ったのだけど、この家に残りたいというのよ。でも、それならあなたの意見を聞きたいと思って」

私は、意地悪でご飯をくれなかった料理番の下卑た赤ら顔を見た。

通りすがりに足を引っかけてきて、私が転ぶと、まともに歩くこともできないと嘲笑した女中を眺めた。

それから、いつも私の作法を間違っていると指摘して、直すように言いつけた女中頭を見た。でも、彼女の言う作法は貴族社会では通用しないものばかりだったので、私はすごく困った。訂正しないと、いうことを素直に聞かないとすごく怒られた。その作法、お金持ちの平民のもので、貴族のおうちのお茶会でそれをやったら、きっと成金かと笑われてしまうわ。

「どうして、ここに残りたいと思ったのですか?」

私は単調な調子で聞いた。
すごく不思議だった。

あれだけのことをしておきながら、私に仕えるというのかしら?

ずっとずっと、自分たちの方が偉そうにしていたのに。

「それは、エミリ嬢やバーバラ奥様より仕えやすそうだからですわ」

料理番が言った。

次は、意地悪の女中だった。

「そうですね。まあ、あなたは仕事ができる人ですしね。掃除も洗濯も、そこそここなせるから。エミリ様がいないなら、怒られる回数も減りますから、この屋敷でもいいと思いました」

私、女中ではないのですよ?

これでも、最大限に譲歩して褒めたつもりだろう。

最後に女中頭が言った。

「上の者に対する礼儀がなっていないところは、しつけ直して御覧に入れますわ。侯爵夫人」

「その上の者とは誰のことですか?」

伯母の冷え切った声が、尋ねた。

「それはもちろん、オスカー様や、執事のスタインですわ」

「オスカー?」

伯母は首をひねった。

ほら、あのパーティで鳥肌が立つと言っていたオスカーですわ。でも、伯母様、忘れたのね。

「大貴族の庶子だと言う大層ご身分のある方です。これまで、アンジェリーナさんは、挨拶もしませんでしたわ。執事のスタインのことも無視していました。仕事内容をきちんと聞く必要があります。でないと、お勤めができないでしょう」

お勤め……私が誰に仕えるというのだろう? この家で。

「そのオスカーは、まだこの家にいるのですか?」

「ええ。まあ」

「スタイン!」

セバスが大声で怒鳴った。
セバスが怒鳴ったところを初めて見た。
スタインは、セバスの後にバーバラ夫人が雇い入れた新しい執事だ。

スタインが、虚勢を張って出てきた。内心びくびくしている様子だった。

「その男を連れてこい」

だが、どこかから、オスカーは様子をうかがっていたらしい。
自分から玄関の間にやってきた。

「これはご機嫌麗しゅう。マラテスタ侯爵夫人」

オスカーは貴族らしい礼をした。

伯母は完全に無視した。思い出したのだろう。大貴族の伯母にしてみれば、話をするのも聞くのも嫌だろう。

「あんたは誰の息子だと言うのかね?」

伯母の代わりに、セバスが無愛想にオスカーに尋ねた。

伯母の眉と眉の間には、キュウッとしわが寄った。

「それは……」

オスカーの実父は大貴族すぎて、口止めされているので、こんなところでは言えないそうだ。
それよりも、耳寄りな提案があるのだと彼は言った。

「こちらの流浪の令嬢が、ロビア家の跡取りに納まるというお話を伺いました」

伯母もセバスも私も、何も、答えなかった。

「嫁ぎ先に大層お困りと伺っております。はばかりながらこのわたくし、自分から申し上げるのは少々どうかと思うのですが、こちらのご令嬢と結婚してロビア家を継いでも、差支えはないかと思うのです」

伯母もセバスも私も、目を丸くした。
ついでに言うと、ほかの使用人たちも目を丸くしていた。

オスカーという四十歳ほどの男はコホンと一つ咳払いをした。

「このような場で、申し上げるような話ではありませんが、決して悪い話ではないと思います」

オスカーは私に向かって、にっこり笑ってきた。

「どうですか? アンジェリーナ嬢。ロビア家には支える人間が必要だと思います。私がこの家を継げば……」

「オスカー・トマソン。商家で、最近叙爵されたハヴィシャム男爵家に勤めていたことがあるそうですね」

セバスが割り込んだ。

「そこでバーバラ夫人と知り合ったと。バーバラ夫人はあんたの父親が、ハヴィシャム男爵家の御者をしていたことは知らなったみたいだが」

ここで、ギャラリー(つまり使用人一同のことだが)が、一斉にオスカーのつやつやした顔を見た。

話がずいぶん違う。

オスカーはずっと、自分のことを大貴族の庶子だと言っていた。実は自分たちと大して変わらない、いや、それ以下の男爵家の使用人の息子だったのか。

オスカーは自分の出自の話をあけすけにしゃべられて、不安そうな表情になった。
そんな風に、言われたくなかったに違いない。

「あんたは、字が書けるので、ハヴィシャム家では主人のそばに仕えて、多少、社交界のあれこれも聞きかじっていたようだが、その程度の浅はかな知識では、こちらのお家では通用せんぞ」

オスカーは青くなった。

「私は、実は、大きな声では言えませんが、そのハヴィシャム家男爵の実の息子……」

「ハヴィシャム家は、大貴族とは言わないと思うが」

セバスがいなした。

「そもそもお前はなぜここにいるのだ。使用人でもないのだろう」

「バーバラ夫人が一緒にいてほしいと……」

「ならばバーバラ夫人のもとへ行くがよい」

「そんな。荷物もありますし、私はこちらのお宅で満足です」

セバスが鋭い目つきでオスカーを見つめた。

「我々は満足していない。アンジェリーナ様のお名前を軽々しく口にした。平民の分際で。出ていけ」

「そんな。オスカー様は、アンジェリーナのためを思って……」

なぜか料理番が擁護しだした。



「いらないわ、あなた方」

私は、ついに言った。

全員が私に注目した。

「いらないわ。出て行ってちょうだい」

私は言った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

回帰令嬢ローゼリアの楽しい復讐計画 ~拝啓、私の元親友。こまめに悔しがらせつつ、あなたの悪行を暴いてみせます~

星名こころ
恋愛
 ルビーノ公爵令嬢ローゼリアは、死に瀕していた。親友であり星獣の契約者であるアンジェラをバルコニーから突き落としたとして断罪され、その場から逃げ去って馬車に轢かれてしまったのだ。  瀕死のローゼリアを見舞ったアンジェラは、笑っていた。「ごめんね、ローズ。私、ずっとあなたが嫌いだったのよ」「あなたがみんなに嫌われるよう、私が仕向けたの。さようならローズ」  そうしてローゼリアは絶望と後悔のうちに人生を終えた――はずだったが。気づけば、ローゼリアは二年生になったばかりの頃に回帰していた。  今回の人生はアンジェラにやられっぱなしになどしない、必ず彼女の悪行を暴いてみせると心に誓うローゼリア。アンジェラをこまめに悔しがらせつつ、前回の生の反省をいかして言動を改めたところ、周囲の見る目も変わってきて……?  婚約者候補リアムの協力を得ながら、徐々にアンジェラを追い詰めていくローゼリア。彼女は復讐を果たすことはできるのか。 ※一応復讐が主題ではありますがコメディ寄りです。残虐・凄惨なざまぁはありません

父の浮気相手は私の親友でした。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるティセリアは、父の横暴に対して怒りを覚えていた。 彼は、妻であるティセリアの母を邪険に扱っていたのだ。 しかしそれでも、自分に対しては真っ当に父親として接してくれる彼に対して、ティセリアは複雑な思いを抱いていた。 そんな彼女が悩みを唯一打ち明けられるのは、親友であるイルーネだけだった。 その友情は、大切にしなければならない。ティセリアは日頃からそのように思っていたのである。 だが、そんな彼女の思いは一瞬で打ち砕かれることになった。 その親友は、あろうことかティセリアの父親と関係を持っていたのだ。 それによって、ティセリアの中で二人に対する情は崩れ去った。彼女にとっては、最早どちらも自身を裏切った人達でしかなくなっていたのだ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 幼い頃から家族に忌み嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...