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第98話 げに恐ろしきは溺愛かな

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確かに問題は全部解決した。シエナにとって、少なくともいい方に動いていると思う。

シエナは何もしていない。
周りが全部どうにかしてくれた。特にリオが。
そして、残ったリオが目の前にいて、言った。

「シエナ・リーズ嬢、僕と結婚してください」

シエナはリオの顔を見た。

「シエナが僕を嫌っていることは知っている」

シエナは驚きで目を見張った。

「いえ? リオのことは好きよ?」

リオは首を振った。

「十分じゃない。もっともっと好きになって欲しい」

リオは回した手に力を込めた。

「僕なしでは生きていけないと言ってもらえるほどに……」

シエナはクスリと笑って言った。ほかに道はない。

「そんな。でも、大好きよ、リオ。アッシュフォード子爵。私にはあなた以外いないもの」

まっすぐなシエナの瞳を見て、リオは腹黒く考えた。
全然違う。
願っていたものではない。
今にこの目を伏せさせてやる。彼が憑りつかれている恋心を教え込んでやる。
だが……まずは正式な取り込みが先だ。

この先、シエナと踊れるのはリオだけ。

「婚約は契約だからね」

真面目くさってリオは言った。

元婚約者のジョージが全く利用しなかった婚約者特典をリオは思い起こした。

夜会の後で暗い庭に連れ出して、腰を抱くとか、抱いたままベンチに座るとか、婚約者なら断れないので引き寄せるとか、婚約者なら断れないから抱きしめてキスしてみるとか、婚約者なら断れないので……

リオはひらめいた。

今晩、実践したっていいじゃないか。

「婚約したわけだね」

「はい」

シエナが素直に言った。

「じゃあ、こっちに来て」

リオはシエナの手を握って、夜会会場の某伯爵邸の自慢の庭に誘い込んだ。ベンチが見えた。あそこに座って……

「あああ、ここにいた!」

ガサガサ走ってきたのはパトリックだった。

「シエナ、助けて」

「パトリック様ああ。どこですかああ?」

誰だか女性の声がした。

パトリックは、リオには目もくれずにシエナの背中に隠れた。

「お兄様、どうなさったの?」

立派な大人の男がおびえ切ってシエナに訴えた。

「どうしたらいいんだ。こんな暗い庭に連れ込まれて……」

目的は同じ? リオはちょっとだけ反省した。

「誰に?」

「ジェーン何とかっていう女性だよ。大好きだって言うんだ。しつこいんだ」

しつこい……リオは、なんとなくグサッときた。

「抱きつかれて……」

「まあ」

「キスしてくれって言うんだよ」

「まああ!」

「婚約者でもないのに」

俺は婚約者だ。リオは背中をぴんと伸ばした。

「パトリック殿。早く身を固められては」

パトリックは、声をかけられて初めてリオに気が付いた。気が付いた途端、態度が変わった。

「リオか。こんなところで何しているんだ」

「………………」

パトリックは、リオとシエナをじろじろ見まわした。

「いかんな。エドワード殿に無理をお願いすることになるかもしれないが、早めに伯爵家の建物を何とかしてシエナを引き取らないと。いつまでもハーマン家のご厚意にすがっているわけにはいかないしな」

完全なる藪蛇やぶへび。逆効果。保護者のいない令嬢シエナを堪能してきたのに。
プレゼント攻撃、弟のふりしてのデート三昧、そして、いよいよ邪魔者全員がいなくなり、今度こそやりたいことを好き放題に……

「さ、一緒に帰ろう、シエナ」

「はい。お兄様」

心なしかシエナは嬉しそうだ。

とぼとぼと兄妹の後をついて歩きながら、リオは物語が正常に戻って、シエナが本当に安心できる庇護者、兄を得て、やっと普通の令嬢らしくなってしまったことを痛感した。



リオとシエナは、今更ながら婚約した。

しかし、リオの家中での行動が不審であると、コーンウォール卿夫人が青筋を立てながら新リーズ伯爵にハッパをかけに行き、リーズ伯爵は「逆だろう」とブツブツ言いながらエドワードに相談に行き、エドワードは爆笑しながら職人どもに金を弾むことになった。


「シエナ」

静かに読書できるよう、図書室内には出窓の小部屋が設えられていた。
人目につかない居心地のいい場所だ。そこへシエナを押し込んだリオが、覆いかぶさるようにシエナに迫っていた。

「十二月祭は一緒に行くよね」

「い、行きますけど」

リオはシエナの耳たぶに口を寄せて言った。

「アラン殿下からもらったイヤリング、売っていいよね」

「え? お友達からいただいたものを」

「お友達なんかじゃない。この耳に触っただろう」

リオの指が耳を執拗に撫でる。唇から漏れる息が耳から首筋にかかる。

「消毒が必要だ」

しかし、バターンと大音響がして、図書室のドアが開き、コーンウォール卿夫人に遣わされたダイアナが怒鳴った。

「リオ坊ちゃま!」

「チ。邪魔が入った」

「丸見えですよ! 出窓から! 素行不良! シエナ様を放しなさい!」

「いいじゃないか。婚約者なんだ。早いか、遅いか……」

「何言ってるんです。パトリック様に叱られますよ!」

パトリックはリオの職場の大先輩。細身のくせに実戦で鍛えられたせいか意外に強く、剣では最優等で卒業したリオを教科書には出ない方法で封じたりする。


以上の結果、緊急事態ということで、同じ王都内に居を構えるラッフルズの邸宅へ早馬が遣わされたのである。なぜなら、リーズ家の邸宅は、ただいま改修中であり、パトリック殿はここ数日ラッフルズに滞在していたからだ。

「早馬でお知らせされた内容がこれか。シエナ嬢の危機か」

居合わせたアルフレッドが噴き出しそうになりながら、コーンウォール夫人の危機感にあふれた手紙を読み下した。

「我慢も限界ということだな。確かに早いか遅いかだけの問題のような気もするが……」

エドワードはそう論評したが、実兄のパトリックはじろりとエドワードをにらんだ。

カネを出してくれる恩人のラッフルズに文句は言えないので、パトリックはこう言った。

「できれば、早めに伯爵邸の工事を終わらせ、シエナを引き取り、伯爵邸と新伯爵の披露の会を開催し、騎士団関係者とリリアス夫妻をご招待したい。そのあと、シエナにお茶会などを開かせ、リリアスをシエナの親友の公爵令嬢や侯爵令嬢に紹介してもらう。なし崩し的にではなく、正式な婚約披露の会を開けば、親せきとしてラッフルズを招くことができる。晴れてラッフルズがハーマン侯爵家と縁せきになれる」

「な、なるほど……」

エドワードとアルフレッドはたちまちピンとした。完璧な社交界復帰作戦だ。

「そして、今しばらくシエナを預かってもらえれば、その間にシエナの友達がラッフルズに遊びに来る……侯爵令嬢とか伯爵令嬢とか男爵令嬢とか、とにかく大勢やってくると思うぞ?」

「それはいいな! リリアスもアマンダも大喜びだ!」

あっという間に招待状がハーマン家に送られ、今度は、コーンウォール卿夫人がリオに詰め寄られていた。

「伯母様がこのような真似をなさらなければ……」

「別に姉のところに遊びに行くくらい構わないでしょう」

コーンウォール夫人は言い返したが、目が血走ったリオに常識は通用しなかった。

「改築がすむまでなどと……どれほど長くかかるのですか? その間に余計な男どもが出入りしようものなら……ラッフルズ家は、男二人兄弟ですか? 下に弟がいたりしませんか?」

「落ち着いて、リオ」

「最初がジョージで次がアラン殿下、そのあとはあのおぞましいボリス、一体いつまで待てばいいんですか」
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