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第42話 王家主催の夜会
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なぜ、こんなことになっているのだろう。
本来、王家の夜会は、格の高い選ばれた貴族のみが出席する会であって、こんなに雑多な人間が混ざるものではない。
ボードヒル子爵は同僚のスタンリー伯爵共々、苦い顔で周りを見回していた。
問題のロストフ公爵は、もうそれはそれは、生き生きとしていた。
周りを、例のバーバラ嬢を始めとした数人の女性たちが取り囲んでおり、彼はお得意のあまり女性受けしないジョークを飛ばしてご満悦だった。
会場は王家の持ち物の宮殿だったが、主催者は陛下ではなく大叔父のミッドランド公爵で、姉の孫を接待するという、微妙な形で国王陛下主催を逃げた形の夜会になっていた。
主催者の公爵は高齢でシャキッと立つことも出来なかったのに、この夜会のために駆り出された。
看護師と医師が背後にひっそりと控えていて、勲章を留め付けた正装姿の老公爵は杖にすがり腰を曲げて二つ折りになって椅子に座っていた。
「叔父上、このような夜会を催していただきありがとうございます。ご臨席賜りました陛下も、素晴らしい日々を誠にありがたく存じます」
ロストフ公爵は、顔を紅潮させて礼を申し述べた。
彼は明日、国に戻ることになっていた。
数日前、国許からそろそろ帰るようという使いが来たからである。
「出来れば、もっと長くこの地にいたいところでございましたが……」
彼はこの国を褒めたつもりだったが、それを聞いた途端に、国王陛下と大叔父の公爵の顔が微妙にゆがんだ。
「皇帝陛下から戻ってきて欲しいと手紙が参りました上……」
得意そうにそう言ってから、彼は腕に抱いたバーバラ嬢を紹介した。
「お国の花を連れ帰ってよいとお許しをいただけました。ここまで参った甲斐があると言うものです。帰国後が楽しみで仕方ございません!」
ボードヒル子爵とスタンリー伯爵は、死んだような目つきでロストフ公爵を眺め、国王陛下の大叔父上の公爵は、陛下より先にロストフ公爵に声をかけた。
「それはよかったのう! ピョートル!」
バーバラ嬢に裏ぶれて疲れた様子はもうどこにも見当たらなかった。むしろ、勝ち誇った様子で、ロストフ公爵には媚びた目つき、周りの女どもには優越感に満ちた厳しい目つきで牽制していた。
よし、その意気だ、がんばれ、とボードヒル子爵は思った。
実はバーバラ嬢の周りは、この短期間にロストフ公爵のお手つきになったダンサーだとか高級娼婦たちなのだった。
本来なら宮殿内に立ち入るなど、有り得ない連中だったが、王妃が入れろと言い出したのだ。
「そんなこと、どうでもよいではございませんか。ご機嫌よく帰っていただきましょう! せっかく紛うかたなき男爵令嬢が同行を決意してくれたんですから!」
借金で貧乏暮らしの男爵が、ヒモになっていたロシア人ダンサーに恐喝されてやむなく籍を入れた挙句の娘で、その出生については紛うかたなきどころか疑問符だらけだったとしても、ロストフ公爵には確認する方法がないのだから、良いではないか。
「わたくしは体調が思わしくありませんので、当日は欠席させていただきますけれども!」
王妃はかたわらの国王陛下をジロリと睨んだ。王はたじろいだが、何も言わなかった。
「黙っていればわかりませんことよ?」
シルビア嬢は、あの例のはにかんだようなほほえみを口元に浮かべながら、ボードヒル子爵に言った。
ボードヒル子爵は、背筋が寒くなった。王妃もシルビア・ハミルトン嬢も平然としていた。
「女性は怖い」
シルビア・ハミルトン嬢はいつでも結婚できたはずだった。
彼女は美人で穏やかで、人好きがした。
彼女には、大勢の弟妹がいたし、面倒を見てやらなくてはいけないのも確かだったが、弟たちは寄宿舎に入っていることが多かったし、妹たちには信頼できる家庭教師が付いていた。
なるほど、妹たちの結婚にはそれなりに気を配る必要があったし、社交界へのデビューは確かに大ごとだった。
だが、妹たちは次々と結婚し家を出て行った。弟たちも一人前になって家を出て行った。
後になってモンゴメリ卿が知ったのは、ハミルトン嬢は、両親を早くに亡くし、親代わりに弟妹達と自分を育て、財産を残してくれた病身の伯母にずっと付き添っていたと言う事実だった。
その伯母はいつも言っていたらしい。自分のことなど気にしなくていいから、好きな人と結婚するようにと。
「そんな。気に入った人などいませんわ、伯母様」
伯母の好きな花を活けて、部屋をきれいにし窓を開けて新鮮な空気を通した。
十年たつうちに、弟妹達は順に一人立ちした。年月は平等で、弟妹たちが立派な大人になった時は、彼女も十歳年を取った。もう、立派な行き遅れだった。
「私のせいで……」
優しい伯母は言ったが、シルビア嬢はにこにこ笑いながら答えた。
「そうではありませんわ。本当に気に入った人がいなかったのです。それに、私にはやることがたくさんあったし」
面倒を見て居る孤児院の話だった。
「国中の孤児を幸せにすることなんかできないよ。それより自分の幸せを考えないと……」
「いやだわ、伯母様。私は本当に楽しんでいますのよ? 今年の庭もきれいに花が咲きましたし……」
彼女が丹精込めた小さな庭にはバラが咲いていた。馥郁たる香りのオールド・ローズがアーチに絡んで、ここは別世界だった。伯母はその光景を見ていつも微笑んだ。
だが、伯母のほほえみはある日終わりになった。
本来、王家の夜会は、格の高い選ばれた貴族のみが出席する会であって、こんなに雑多な人間が混ざるものではない。
ボードヒル子爵は同僚のスタンリー伯爵共々、苦い顔で周りを見回していた。
問題のロストフ公爵は、もうそれはそれは、生き生きとしていた。
周りを、例のバーバラ嬢を始めとした数人の女性たちが取り囲んでおり、彼はお得意のあまり女性受けしないジョークを飛ばしてご満悦だった。
会場は王家の持ち物の宮殿だったが、主催者は陛下ではなく大叔父のミッドランド公爵で、姉の孫を接待するという、微妙な形で国王陛下主催を逃げた形の夜会になっていた。
主催者の公爵は高齢でシャキッと立つことも出来なかったのに、この夜会のために駆り出された。
看護師と医師が背後にひっそりと控えていて、勲章を留め付けた正装姿の老公爵は杖にすがり腰を曲げて二つ折りになって椅子に座っていた。
「叔父上、このような夜会を催していただきありがとうございます。ご臨席賜りました陛下も、素晴らしい日々を誠にありがたく存じます」
ロストフ公爵は、顔を紅潮させて礼を申し述べた。
彼は明日、国に戻ることになっていた。
数日前、国許からそろそろ帰るようという使いが来たからである。
「出来れば、もっと長くこの地にいたいところでございましたが……」
彼はこの国を褒めたつもりだったが、それを聞いた途端に、国王陛下と大叔父の公爵の顔が微妙にゆがんだ。
「皇帝陛下から戻ってきて欲しいと手紙が参りました上……」
得意そうにそう言ってから、彼は腕に抱いたバーバラ嬢を紹介した。
「お国の花を連れ帰ってよいとお許しをいただけました。ここまで参った甲斐があると言うものです。帰国後が楽しみで仕方ございません!」
ボードヒル子爵とスタンリー伯爵は、死んだような目つきでロストフ公爵を眺め、国王陛下の大叔父上の公爵は、陛下より先にロストフ公爵に声をかけた。
「それはよかったのう! ピョートル!」
バーバラ嬢に裏ぶれて疲れた様子はもうどこにも見当たらなかった。むしろ、勝ち誇った様子で、ロストフ公爵には媚びた目つき、周りの女どもには優越感に満ちた厳しい目つきで牽制していた。
よし、その意気だ、がんばれ、とボードヒル子爵は思った。
実はバーバラ嬢の周りは、この短期間にロストフ公爵のお手つきになったダンサーだとか高級娼婦たちなのだった。
本来なら宮殿内に立ち入るなど、有り得ない連中だったが、王妃が入れろと言い出したのだ。
「そんなこと、どうでもよいではございませんか。ご機嫌よく帰っていただきましょう! せっかく紛うかたなき男爵令嬢が同行を決意してくれたんですから!」
借金で貧乏暮らしの男爵が、ヒモになっていたロシア人ダンサーに恐喝されてやむなく籍を入れた挙句の娘で、その出生については紛うかたなきどころか疑問符だらけだったとしても、ロストフ公爵には確認する方法がないのだから、良いではないか。
「わたくしは体調が思わしくありませんので、当日は欠席させていただきますけれども!」
王妃はかたわらの国王陛下をジロリと睨んだ。王はたじろいだが、何も言わなかった。
「黙っていればわかりませんことよ?」
シルビア嬢は、あの例のはにかんだようなほほえみを口元に浮かべながら、ボードヒル子爵に言った。
ボードヒル子爵は、背筋が寒くなった。王妃もシルビア・ハミルトン嬢も平然としていた。
「女性は怖い」
シルビア・ハミルトン嬢はいつでも結婚できたはずだった。
彼女は美人で穏やかで、人好きがした。
彼女には、大勢の弟妹がいたし、面倒を見てやらなくてはいけないのも確かだったが、弟たちは寄宿舎に入っていることが多かったし、妹たちには信頼できる家庭教師が付いていた。
なるほど、妹たちの結婚にはそれなりに気を配る必要があったし、社交界へのデビューは確かに大ごとだった。
だが、妹たちは次々と結婚し家を出て行った。弟たちも一人前になって家を出て行った。
後になってモンゴメリ卿が知ったのは、ハミルトン嬢は、両親を早くに亡くし、親代わりに弟妹達と自分を育て、財産を残してくれた病身の伯母にずっと付き添っていたと言う事実だった。
その伯母はいつも言っていたらしい。自分のことなど気にしなくていいから、好きな人と結婚するようにと。
「そんな。気に入った人などいませんわ、伯母様」
伯母の好きな花を活けて、部屋をきれいにし窓を開けて新鮮な空気を通した。
十年たつうちに、弟妹達は順に一人立ちした。年月は平等で、弟妹たちが立派な大人になった時は、彼女も十歳年を取った。もう、立派な行き遅れだった。
「私のせいで……」
優しい伯母は言ったが、シルビア嬢はにこにこ笑いながら答えた。
「そうではありませんわ。本当に気に入った人がいなかったのです。それに、私にはやることがたくさんあったし」
面倒を見て居る孤児院の話だった。
「国中の孤児を幸せにすることなんかできないよ。それより自分の幸せを考えないと……」
「いやだわ、伯母様。私は本当に楽しんでいますのよ? 今年の庭もきれいに花が咲きましたし……」
彼女が丹精込めた小さな庭にはバラが咲いていた。馥郁たる香りのオールド・ローズがアーチに絡んで、ここは別世界だった。伯母はその光景を見ていつも微笑んだ。
だが、伯母のほほえみはある日終わりになった。
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