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第37話 仮面舞踏会再び
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ジャックは彼女の手を取ると、まるで当たり前のようにふわりと彼女をダンスフロアに連れ出した。
「久しぶりですね」
「そんな……一週間くらいしか経ってませんわ」
「僕たちが結婚していたころから?」
シャーロットは真っ赤になった。
それから二人は一曲踊って、仮面のまま外へ出た。
メリルホテルの裏には、小さな庭園が整備されていた。
木々にはオレンジ色に輝く明かりが灯されて、ベンチが気の利くホテルにより置かれていて、昼間もだが、特に今晩のようにパーティが催されている晩はカップルで一杯だった。
シャーロットは指先をつかまれて、ベンチまで連れて来られた。
今夜は特別だ。
何かに浮かされたように、ここまで来てしまった。
夜、暗い庭で、男と二人きりで座るだなんて、いけないことだ。
他の男なら、絶対について行かないが、シャーロットはジャックを信頼していた。
「フレデリックと結婚するのが君にとって一番安全だって、モンゴメリ卿が言ったのだ」
「フレデリックは手紙でも伝えてきましたわ」
「相手は誰でもいいだろう? 安全のために結婚すると言うのなら……」
シャーロットは黙った。
誰でもいいなんてことはない。ジャックは何が言いたいのだろう。
ジャックは真剣に聞いた。
「誰か好きな人はいますか?」
ジャックはそれが聞きたかったのだ。
十日間の蜜月は、ジャックに自信を与えたが、ひとつだけ不安があった。シャーロットが言っていた男の話だ。ただの、名も知らぬ男だろうが、どれほどまでの存在なのだろう。
仄暗い夜の公園で、ジャックは自分の仮面を取った。それから、シャーロットの仮面を取ろうとした。
「取らないで」
恥ずかしい。
だが、ジャックは強引に彼女の仮面を取ってしまった。
「顔が読めない。真剣に聞いています。あなたは誰か好きな人がいますか? 結婚したいくらいの」
「それは……」
「誰でもいいから結婚しろと言われているのなら、誰の妻でも、身の安全を保障できる。たとえ僕でも」
彼女はあっけにとられた。
「それは、身の安全のために結婚しろとおっしゃるのですか?」
「もちろん」
シャーロットは黙った。
それはフレデリックと結婚するのとどう違うのだろう。シャーロットは愛する人と恋をして結婚したかったのだ。
しばらくたって、シャーロットは声を振り絞った。
「それは、あなたに申し訳ありません。私の身の安全の為にあなたを犠牲にするなんて」
ジャックは言葉を失った。そんなつもりではなかった。言葉を間違えた。
「そのための結婚なんて、そんな必要はありません。仮面をお返しくださいますか?」
ジャックはとっさに仮面を後ろ手に隠した。
「だめだ」
「お返しください。それがないとホールを通れないので」
「シャーロット嬢……好きな人がいるのですか? フレデリックからの求婚になかなか同意しないと、聞いたのですが」
「フレデリックの後押しをしに来られたの?」
違う。
次々に言葉選びに失敗している。
なんで、こんなに間が抜けているのか。
盛大に失恋したジャックは、卑怯にも安全なところまで到達していないければ、自分の気持ちを正直に言えなかった。
「シャーロット嬢……」
ジャックは仮面を握りしめた。仮面がなければ、彼女は家に帰れない。
どうしても聞きたいことが一つだけあった。
「誰か好きな人がいるのですか?」
シャーロットは、彼女があこがれた人のことを話していた。
その人のことをもしかしてまだ好きなままだったら、ジャックに目はない。
フレデリックよりは、自分を取るだろうと言う自信があった。だが、見も知らぬ幻の恋人に勝つことはできない。
ピアで二人は幸せだった。惹かれあって暮らしたと思っている。だけど、人の心のうちはわからない。
言葉にしてくれないとわからない。
ジャックに問われて、不意に思い出したのは、ずっと前の仮面舞踏会だった。
水を飲もうとしてこぼして、口元から顎まで水を滴らした男は、仮面をむしり取り全裸になった顔で、見つめていたシャーロットを振り返った。
男の人を美しいと思ったのは初めてだった。
「美しいと思った方はいました……ずっとあこがれていた人でした」
ジャックの顔がゆがんだ。ここでも、自分は一番じゃなかったのか。
「名前を聞かれなかった。その人も教えてくれなかった。ずっと前の仮面舞踏会で」
「その人と結婚したいの?」
シャーロットは顔を伏せた。その人は今自分の隣にいる。
「願ったからと言ってかなえられる訳ではありませんわ。たとえ、その方が私のことを身の安全のためと言う都合だけで理由で妻に望んだとしても」
妻に望んだとしても……?
「愛していると言ってくれる人でなければ」
シャーロットの声がぼろぼろになってきた。泣いているのがばれなければいいが。
「都合だとか、代わりにとか、そんな言葉は聞きたくない。多分、それはわたしのわがままなのでしょうけど」
シャーロットは仮面を持たずに走り出した。
「待って!」
「久しぶりですね」
「そんな……一週間くらいしか経ってませんわ」
「僕たちが結婚していたころから?」
シャーロットは真っ赤になった。
それから二人は一曲踊って、仮面のまま外へ出た。
メリルホテルの裏には、小さな庭園が整備されていた。
木々にはオレンジ色に輝く明かりが灯されて、ベンチが気の利くホテルにより置かれていて、昼間もだが、特に今晩のようにパーティが催されている晩はカップルで一杯だった。
シャーロットは指先をつかまれて、ベンチまで連れて来られた。
今夜は特別だ。
何かに浮かされたように、ここまで来てしまった。
夜、暗い庭で、男と二人きりで座るだなんて、いけないことだ。
他の男なら、絶対について行かないが、シャーロットはジャックを信頼していた。
「フレデリックと結婚するのが君にとって一番安全だって、モンゴメリ卿が言ったのだ」
「フレデリックは手紙でも伝えてきましたわ」
「相手は誰でもいいだろう? 安全のために結婚すると言うのなら……」
シャーロットは黙った。
誰でもいいなんてことはない。ジャックは何が言いたいのだろう。
ジャックは真剣に聞いた。
「誰か好きな人はいますか?」
ジャックはそれが聞きたかったのだ。
十日間の蜜月は、ジャックに自信を与えたが、ひとつだけ不安があった。シャーロットが言っていた男の話だ。ただの、名も知らぬ男だろうが、どれほどまでの存在なのだろう。
仄暗い夜の公園で、ジャックは自分の仮面を取った。それから、シャーロットの仮面を取ろうとした。
「取らないで」
恥ずかしい。
だが、ジャックは強引に彼女の仮面を取ってしまった。
「顔が読めない。真剣に聞いています。あなたは誰か好きな人がいますか? 結婚したいくらいの」
「それは……」
「誰でもいいから結婚しろと言われているのなら、誰の妻でも、身の安全を保障できる。たとえ僕でも」
彼女はあっけにとられた。
「それは、身の安全のために結婚しろとおっしゃるのですか?」
「もちろん」
シャーロットは黙った。
それはフレデリックと結婚するのとどう違うのだろう。シャーロットは愛する人と恋をして結婚したかったのだ。
しばらくたって、シャーロットは声を振り絞った。
「それは、あなたに申し訳ありません。私の身の安全の為にあなたを犠牲にするなんて」
ジャックは言葉を失った。そんなつもりではなかった。言葉を間違えた。
「そのための結婚なんて、そんな必要はありません。仮面をお返しくださいますか?」
ジャックはとっさに仮面を後ろ手に隠した。
「だめだ」
「お返しください。それがないとホールを通れないので」
「シャーロット嬢……好きな人がいるのですか? フレデリックからの求婚になかなか同意しないと、聞いたのですが」
「フレデリックの後押しをしに来られたの?」
違う。
次々に言葉選びに失敗している。
なんで、こんなに間が抜けているのか。
盛大に失恋したジャックは、卑怯にも安全なところまで到達していないければ、自分の気持ちを正直に言えなかった。
「シャーロット嬢……」
ジャックは仮面を握りしめた。仮面がなければ、彼女は家に帰れない。
どうしても聞きたいことが一つだけあった。
「誰か好きな人がいるのですか?」
シャーロットは、彼女があこがれた人のことを話していた。
その人のことをもしかしてまだ好きなままだったら、ジャックに目はない。
フレデリックよりは、自分を取るだろうと言う自信があった。だが、見も知らぬ幻の恋人に勝つことはできない。
ピアで二人は幸せだった。惹かれあって暮らしたと思っている。だけど、人の心のうちはわからない。
言葉にしてくれないとわからない。
ジャックに問われて、不意に思い出したのは、ずっと前の仮面舞踏会だった。
水を飲もうとしてこぼして、口元から顎まで水を滴らした男は、仮面をむしり取り全裸になった顔で、見つめていたシャーロットを振り返った。
男の人を美しいと思ったのは初めてだった。
「美しいと思った方はいました……ずっとあこがれていた人でした」
ジャックの顔がゆがんだ。ここでも、自分は一番じゃなかったのか。
「名前を聞かれなかった。その人も教えてくれなかった。ずっと前の仮面舞踏会で」
「その人と結婚したいの?」
シャーロットは顔を伏せた。その人は今自分の隣にいる。
「願ったからと言ってかなえられる訳ではありませんわ。たとえ、その方が私のことを身の安全のためと言う都合だけで理由で妻に望んだとしても」
妻に望んだとしても……?
「愛していると言ってくれる人でなければ」
シャーロットの声がぼろぼろになってきた。泣いているのがばれなければいいが。
「都合だとか、代わりにとか、そんな言葉は聞きたくない。多分、それはわたしのわがままなのでしょうけど」
シャーロットは仮面を持たずに走り出した。
「待って!」
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