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第28話 変哲のない日々
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けれど、日々は元には戻らなかった。
ダンマリ作戦は、だんだんダメになっていった。
ジャックは、彼が一人チェスをしているのを見て興味を示したシャーロット嬢にチェスを教えてしまった。
圧倒的に強いジャックに、シャーロットは果敢に挑むが実力の差は如何ともしがたい。
だが、ジャックは楽しかった。
お互いの気に入った本を読み合って、そのあと読んだ本の感想を言い合った。
「その主人公、好きじゃないな」
「でも、努力家なのよ?」
「努力は必要かな? 効果があればね」
プールヴァール通りに面してバルコニーが付いていたので、テーブルとイスを出してきて、そこでお茶をすることもあった。
「よく見ると建物と建物の間から海が見えるわ」
ジャックも目を凝らすと、遠くにキラキラする海が見えた。
「ほんとだ」
「ロストフ公爵が国に戻られたら行ってみたいわ」
ジャックはあいまいに微笑んだ。誰と行く気だ。
「きっと、君は社交界に戻って、いろんなダンスパーティだのお茶会だのに参加することになると思うよ」
「そう、そうね」
「フレデリックも本気でアタックしてくるだろうし」
「そうかもしれませんわ」
シャーロットは、なんだかそんなことには全く関心が持てなかった。
社交界なんかどうでもよくなっていた。
「おかしいわ。とてもあこがれていたのにね。すてきな男性と出会えると思っていたのに」
全く声がかからない令嬢からしたら贅沢な不満かもしれないが、囲い込みを計画するフレデリックや、権力をかさに着て強引に連れ去ろうと試みる公爵などばかりでは、そう思うのも無理はない。
「素敵な人はいなかったの?」
「そうね、そう言えば一人だけ……」
いたのか。
「舞踏会でお見かけした男の方で、とてもすてきだと思えた人がいたわ。大人で。なんだかキラキラしていた」
シャーロットが、はにかみながら言いだした。
「へええ?」
「私では手が届かないと思いはしたのですけど」
「その人は誰だったの? 名前は? それっきりだったの?」
シャーロットは下を向いた。
「……私ではダメですわ。きっと相手にしてもらえない。好きになってもらえない。どんなに好きでも」
なんだよ、それ。シャーロットは彼の質問にひとつも答えてくれなかった。
「どうして? あなたは美人だよ? まあ、そのせいでフレデリックやロストフ公爵に付きまとわれているわけだけど」
「そう言う意味ではなくて、私は子どもだなあと思いましたの。すっと女性の手を取っていたけれど、あれを好きな男性にされたら、きっと私はパニックを起こすわ」
事実、宝石屋で、手を取られてパニックになりかけた。だけど、あれは演技。本気じゃない。信じてはいけない。
「でも、好きな男性じゃなかったら?」
「多分、困るだけだと思うわ」
「そう」
ジャックが手を取っても彼女はパニックにならなかった。ちゃんとフレデリックと呼んでいた。
もし、あの時、もっと過激な行動に出てたら、パニックになってジャックと呼んでもらえたかもしれない。
そんなわけはないな。
困らせただけで終わってしまっただろう。
ここに二人きりで閉じ込められているのは悪い経験じゃない。いや、本音を言うと楽しい。終わってしまうのが惜しい。
可愛い妹と一緒に暮らしていたらこんな感じなのかな。シャーロットは彼に無理を言わない。要求しない。ただ、黙ってそばにいて、彼の話を聞いてくれるだけだ。
ついにジャックは、彼のファンクラブの話までしてしまった。シャーロットは笑い転げた。
「誰か私の友達も入会していそうだわ! きっとそのジャックと一緒だってことがばれたら、すごく恨まれますわね。表向きはフレデリックと一緒にいることになっているから誰も気にしないと思うけど」
笑うシャーロットを見て、ジャックも楽しかった。
その様子を、こっそりジェンとヒルダが覗き見をしていた。
趣味でしているわけではない。
仕事だ。
マッキントッシュ夫人から、母の夫人がしょっちゅう新婚夫婦のところにいるのはおかしいので、代わりによく看視するように言いつかっているのだ。
「楽しそうよね」
「お似合いですわ」
「明らかに好き同士よね」
二人は断じた。
「これ、どうするつもりなのかしら?」
だが、その時、ジャックとシャーロットは緊張した。
ボードヒル子爵の案内を乞う声がしたのだ。
子爵はロストフ公爵付きだ。昼間のこんな時間に、こんなところに来ることはあり得ない。何があったのだろう。
ダンマリ作戦は、だんだんダメになっていった。
ジャックは、彼が一人チェスをしているのを見て興味を示したシャーロット嬢にチェスを教えてしまった。
圧倒的に強いジャックに、シャーロットは果敢に挑むが実力の差は如何ともしがたい。
だが、ジャックは楽しかった。
お互いの気に入った本を読み合って、そのあと読んだ本の感想を言い合った。
「その主人公、好きじゃないな」
「でも、努力家なのよ?」
「努力は必要かな? 効果があればね」
プールヴァール通りに面してバルコニーが付いていたので、テーブルとイスを出してきて、そこでお茶をすることもあった。
「よく見ると建物と建物の間から海が見えるわ」
ジャックも目を凝らすと、遠くにキラキラする海が見えた。
「ほんとだ」
「ロストフ公爵が国に戻られたら行ってみたいわ」
ジャックはあいまいに微笑んだ。誰と行く気だ。
「きっと、君は社交界に戻って、いろんなダンスパーティだのお茶会だのに参加することになると思うよ」
「そう、そうね」
「フレデリックも本気でアタックしてくるだろうし」
「そうかもしれませんわ」
シャーロットは、なんだかそんなことには全く関心が持てなかった。
社交界なんかどうでもよくなっていた。
「おかしいわ。とてもあこがれていたのにね。すてきな男性と出会えると思っていたのに」
全く声がかからない令嬢からしたら贅沢な不満かもしれないが、囲い込みを計画するフレデリックや、権力をかさに着て強引に連れ去ろうと試みる公爵などばかりでは、そう思うのも無理はない。
「素敵な人はいなかったの?」
「そうね、そう言えば一人だけ……」
いたのか。
「舞踏会でお見かけした男の方で、とてもすてきだと思えた人がいたわ。大人で。なんだかキラキラしていた」
シャーロットが、はにかみながら言いだした。
「へええ?」
「私では手が届かないと思いはしたのですけど」
「その人は誰だったの? 名前は? それっきりだったの?」
シャーロットは下を向いた。
「……私ではダメですわ。きっと相手にしてもらえない。好きになってもらえない。どんなに好きでも」
なんだよ、それ。シャーロットは彼の質問にひとつも答えてくれなかった。
「どうして? あなたは美人だよ? まあ、そのせいでフレデリックやロストフ公爵に付きまとわれているわけだけど」
「そう言う意味ではなくて、私は子どもだなあと思いましたの。すっと女性の手を取っていたけれど、あれを好きな男性にされたら、きっと私はパニックを起こすわ」
事実、宝石屋で、手を取られてパニックになりかけた。だけど、あれは演技。本気じゃない。信じてはいけない。
「でも、好きな男性じゃなかったら?」
「多分、困るだけだと思うわ」
「そう」
ジャックが手を取っても彼女はパニックにならなかった。ちゃんとフレデリックと呼んでいた。
もし、あの時、もっと過激な行動に出てたら、パニックになってジャックと呼んでもらえたかもしれない。
そんなわけはないな。
困らせただけで終わってしまっただろう。
ここに二人きりで閉じ込められているのは悪い経験じゃない。いや、本音を言うと楽しい。終わってしまうのが惜しい。
可愛い妹と一緒に暮らしていたらこんな感じなのかな。シャーロットは彼に無理を言わない。要求しない。ただ、黙ってそばにいて、彼の話を聞いてくれるだけだ。
ついにジャックは、彼のファンクラブの話までしてしまった。シャーロットは笑い転げた。
「誰か私の友達も入会していそうだわ! きっとそのジャックと一緒だってことがばれたら、すごく恨まれますわね。表向きはフレデリックと一緒にいることになっているから誰も気にしないと思うけど」
笑うシャーロットを見て、ジャックも楽しかった。
その様子を、こっそりジェンとヒルダが覗き見をしていた。
趣味でしているわけではない。
仕事だ。
マッキントッシュ夫人から、母の夫人がしょっちゅう新婚夫婦のところにいるのはおかしいので、代わりによく看視するように言いつかっているのだ。
「楽しそうよね」
「お似合いですわ」
「明らかに好き同士よね」
二人は断じた。
「これ、どうするつもりなのかしら?」
だが、その時、ジャックとシャーロットは緊張した。
ボードヒル子爵の案内を乞う声がしたのだ。
子爵はロストフ公爵付きだ。昼間のこんな時間に、こんなところに来ることはあり得ない。何があったのだろう。
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