上 下
9 / 57

第9話 ベン・ヒューズ、だまされる

しおりを挟む
「いいじゃないの。あなたが今日、マッキントッシュ家でシャーロット嬢と二人で話していた時、誰も聞いていなかったんでしょ? シャーロット嬢に婚約を了承してもらえたと噂を広げればいいわ」

太って堂々としたヒューズ夫人は、ベッドの中から息子にアドバイスした。

「言ったもん勝ちよ」

「でも……」

「あんたに無理なことはわかっているわ。嘘の一つも絶対言えないものね。でも、恋は駆け引きなのよ? キライだ嫌だとか言いながら、案外夢中だったりするものよ」

どう見てもそんなはずはなかったが、自信たっぷりに母親にそう言い聞かされると、都合のいい方になびいてしまう残念フレデリックだった。

「いいから、お父様を呼んでらっしゃい。私がお父様にこの話を言うから。あんたは黙ってるのよ?」



ベンは話を聞いて躍り上がって喜んだ。シャーロット嬢が息子のフレデリックのいささか強引な求婚に、遂にうなずいたと聞かされたのだ。

息子の縁談がなかなか決まらないのには悩んでいた。そこへ、昔からの知人の娘と言う家族的にも全く問題のない娘との縁談がまとまったのだ。妻の話によれば、シャーロット嬢は大喜びで結婚を承諾したと言う。

「初めてのお申込みだから、きっと感動したのよ。よくやったわね、フレデリック」

妻がにこやかにフレデリックを誉めた。

「早く、マッキントッシュ氏にも言ってらっしゃいよ? 今日、会うんでしたよね」

「そう。これでジョンと本当の兄弟になるな」

「家に戻ってなかったら、きっとまだ知らないかもしれないわ。よい知らせは早く知りたいものよ」

「もちろんだ」

「きっと、マッキントッシュ氏も大喜びよ。確か、あなたとフレデリックは、今晩出かける予定があったわよね。フレドリックの相手が決まらなくて、噂してた連中を黙らせるといいわ。特にそんなきれいなお嬢さんなら、悔しがる連中の顔が見たいものだわ」

ベンも、息子が薄っぺらいイケメンだとか真っ正直すぎてあれでは女にもてるまいなどと陰口をたたかれていることは知っていた。内心、忸怩たる思いだったが、あのシャーロット嬢を射止めたのなら、誰もがうらやましがるに決まっていた。

むくむくと心の中に自慢したい気持ちが沸き上がってきた。


ジョン・マッキントッシュは娘のシャーロットがフレデリックとの結婚を承諾したと聞かされて、少し意外に思ったようだったが、ベンと本当の兄弟になるなと最後は喜んでいた。

「家に帰ったら、早速、娘本人から話を聞くことにするよ! デビューから婚約まで、本当にあっという間だったな!」


その後、息子と二人で夜会に参加したベン・ヒューズは、会う人会う人全員に、息子の婚約を披露して歩いた。

「ああ、マッキントッシュ氏のご令嬢か!」

誰もが納得の縁談だった。縁の深い家族同士のありふれた婚約だった。

「良かったな! フレデリック!」

フレデリックは元来正直者だった。だから、これはどうも具合が悪かった。



父は本気で喜んでいる。

母親のヒューズ夫人は、ことの成り行きに動揺しているフレデリックにたっぷりと説教した。

「あんただって結婚しなきゃいけないし、向こうだってそうだろう。まさか、いつもみたいに真っ正直なばっかりに縁談を潰すつもりじゃないだろうね。マッキントッシュ家とは長年の付き合いだ。結局はダメとは言わないよ」

それでも煮えきらない息子に、夫人はトドメの一言をぶち込んだ。

「もう、私は長くないかもしれない。あんたが無事に結婚して、嫁の顔を見てから死にたいのよ。このチャンスをつぶす気じゃあるまいね?」




一方、マッキントッシュ家では、シャーロットお付きの侍女二人が息巻いていた。

「せっかくのデビューをあんな男に台無しにされてたまるもんですか」

あんな男とは、長身で顔立ちの整った裕福な求婚者、フレデリックのことである。

苦々し気に、フレデリックの後姿を見送ったのは、マッキントッシュ夫人ではない。侍女のヒルダである。

「お嬢様にはもったいない」

犬猿の仲のジェンが同意した。

ヒルダはシャーロットの社交界デビューに先立ち、某伯爵家に勤めていたところを、マッキントッシュ家に倍の給料で転職したのだ。
従って、大満足のはずだったのだが、先輩侍女のジェンがどうも目障りだった。

ジェンにとってもヒルダは目障りだった。
以前の伯爵家では違っていました、と言うフレーズを常に付け加えるヒルダは、ジェンにとっては自分が伯爵令嬢でもあるまいし、クソ生意気にしか見えなかった。

従って、何かといがみ合う関係だったのだが、いつの間にやら二人にはマッキントッシュ夫人の玉の輿計画が伝染していた。

そして、お嬢様の玉の輿をはばむフレデリックに、ふたりして、なぜか憎悪をたぎらせていた。

フレデリックをそこまで腐す理由はない筈だった。客観的に言って男前だし、シャーロットに惚れている。よい夫になる可能性は高い。

しかし、モンゴメリ卿のパーティに招かれたことで、マッキントッシュ夫人と侍女たちは意気軒高、士気は天高く舞い上がった。

「ヒューズ家からの結婚申し込みをだんな様に止めていただくよう奥様に進言しましょう!」

「そうですわ! お嬢様はこのままでは満足にお茶会にも出られません!」

なぜか意気投合する侍女二人だったが、その日の夕食の席での家族の会話を聞いたなら、激昂したことだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました

夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、 そなたとサミュエルは離縁をし サミュエルは新しい妃を迎えて 世継ぎを作ることとする。」 陛下が夫に出すという条件を 事前に聞かされた事により わたくしの心は粉々に砕けました。 わたくしを愛していないあなたに対して わたくしが出来ることは〇〇だけです…

処理中です...