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第9話 ベン・ヒューズ、だまされる
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「いいじゃないの。あなたが今日、マッキントッシュ家でシャーロット嬢と二人で話していた時、誰も聞いていなかったんでしょ? シャーロット嬢に婚約を了承してもらえたと噂を広げればいいわ」
太って堂々としたヒューズ夫人は、ベッドの中から息子にアドバイスした。
「言ったもん勝ちよ」
「でも……」
「あんたに無理なことはわかっているわ。嘘の一つも絶対言えないものね。でも、恋は駆け引きなのよ? キライだ嫌だとか言いながら、案外夢中だったりするものよ」
どう見てもそんなはずはなかったが、自信たっぷりに母親にそう言い聞かされると、都合のいい方になびいてしまう残念フレデリックだった。
「いいから、お父様を呼んでらっしゃい。私がお父様にこの話を言うから。あんたは黙ってるのよ?」
ベンは話を聞いて躍り上がって喜んだ。シャーロット嬢が息子のフレデリックのいささか強引な求婚に、遂にうなずいたと聞かされたのだ。
息子の縁談がなかなか決まらないのには悩んでいた。そこへ、昔からの知人の娘と言う家族的にも全く問題のない娘との縁談がまとまったのだ。妻の話によれば、シャーロット嬢は大喜びで結婚を承諾したと言う。
「初めてのお申込みだから、きっと感動したのよ。よくやったわね、フレデリック」
妻がにこやかにフレデリックを誉めた。
「早く、マッキントッシュ氏にも言ってらっしゃいよ? 今日、会うんでしたよね」
「そう。これでジョンと本当の兄弟になるな」
「家に戻ってなかったら、きっとまだ知らないかもしれないわ。よい知らせは早く知りたいものよ」
「もちろんだ」
「きっと、マッキントッシュ氏も大喜びよ。確か、あなたとフレデリックは、今晩出かける予定があったわよね。フレドリックの相手が決まらなくて、噂してた連中を黙らせるといいわ。特にそんなきれいなお嬢さんなら、悔しがる連中の顔が見たいものだわ」
ベンも、息子が薄っぺらいイケメンだとか真っ正直すぎてあれでは女にもてるまいなどと陰口をたたかれていることは知っていた。内心、忸怩たる思いだったが、あのシャーロット嬢を射止めたのなら、誰もがうらやましがるに決まっていた。
むくむくと心の中に自慢したい気持ちが沸き上がってきた。
ジョン・マッキントッシュは娘のシャーロットがフレデリックとの結婚を承諾したと聞かされて、少し意外に思ったようだったが、ベンと本当の兄弟になるなと最後は喜んでいた。
「家に帰ったら、早速、娘本人から話を聞くことにするよ! デビューから婚約まで、本当にあっという間だったな!」
その後、息子と二人で夜会に参加したベン・ヒューズは、会う人会う人全員に、息子の婚約を披露して歩いた。
「ああ、マッキントッシュ氏のご令嬢か!」
誰もが納得の縁談だった。縁の深い家族同士のありふれた婚約だった。
「良かったな! フレデリック!」
フレデリックは元来正直者だった。だから、これはどうも具合が悪かった。
父は本気で喜んでいる。
母親のヒューズ夫人は、ことの成り行きに動揺しているフレデリックにたっぷりと説教した。
「あんただって結婚しなきゃいけないし、向こうだってそうだろう。まさか、いつもみたいに真っ正直なばっかりに縁談を潰すつもりじゃないだろうね。マッキントッシュ家とは長年の付き合いだ。結局はダメとは言わないよ」
それでも煮えきらない息子に、夫人はトドメの一言をぶち込んだ。
「もう、私は長くないかもしれない。あんたが無事に結婚して、嫁の顔を見てから死にたいのよ。このチャンスをつぶす気じゃあるまいね?」
一方、マッキントッシュ家では、シャーロットお付きの侍女二人が息巻いていた。
「せっかくのデビューをあんな男に台無しにされてたまるもんですか」
あんな男とは、長身で顔立ちの整った裕福な求婚者、フレデリックのことである。
苦々し気に、フレデリックの後姿を見送ったのは、マッキントッシュ夫人ではない。侍女のヒルダである。
「お嬢様にはもったいない」
犬猿の仲のジェンが同意した。
ヒルダはシャーロットの社交界デビューに先立ち、某伯爵家に勤めていたところを、マッキントッシュ家に倍の給料で転職したのだ。
従って、大満足のはずだったのだが、先輩侍女のジェンがどうも目障りだった。
ジェンにとってもヒルダは目障りだった。
以前の伯爵家では違っていました、と言うフレーズを常に付け加えるヒルダは、ジェンにとっては自分が伯爵令嬢でもあるまいし、クソ生意気にしか見えなかった。
従って、何かといがみ合う関係だったのだが、いつの間にやら二人にはマッキントッシュ夫人の玉の輿計画が伝染していた。
そして、お嬢様の玉の輿をはばむフレデリックに、ふたりして、なぜか憎悪をたぎらせていた。
フレデリックをそこまで腐す理由はない筈だった。客観的に言って男前だし、シャーロットに惚れている。よい夫になる可能性は高い。
しかし、モンゴメリ卿のパーティに招かれたことで、マッキントッシュ夫人と侍女たちは意気軒高、士気は天高く舞い上がった。
「ヒューズ家からの結婚申し込みをだんな様に止めていただくよう奥様に進言しましょう!」
「そうですわ! お嬢様はこのままでは満足にお茶会にも出られません!」
なぜか意気投合する侍女二人だったが、その日の夕食の席での家族の会話を聞いたなら、激昂したことだろう。
太って堂々としたヒューズ夫人は、ベッドの中から息子にアドバイスした。
「言ったもん勝ちよ」
「でも……」
「あんたに無理なことはわかっているわ。嘘の一つも絶対言えないものね。でも、恋は駆け引きなのよ? キライだ嫌だとか言いながら、案外夢中だったりするものよ」
どう見てもそんなはずはなかったが、自信たっぷりに母親にそう言い聞かされると、都合のいい方になびいてしまう残念フレデリックだった。
「いいから、お父様を呼んでらっしゃい。私がお父様にこの話を言うから。あんたは黙ってるのよ?」
ベンは話を聞いて躍り上がって喜んだ。シャーロット嬢が息子のフレデリックのいささか強引な求婚に、遂にうなずいたと聞かされたのだ。
息子の縁談がなかなか決まらないのには悩んでいた。そこへ、昔からの知人の娘と言う家族的にも全く問題のない娘との縁談がまとまったのだ。妻の話によれば、シャーロット嬢は大喜びで結婚を承諾したと言う。
「初めてのお申込みだから、きっと感動したのよ。よくやったわね、フレデリック」
妻がにこやかにフレデリックを誉めた。
「早く、マッキントッシュ氏にも言ってらっしゃいよ? 今日、会うんでしたよね」
「そう。これでジョンと本当の兄弟になるな」
「家に戻ってなかったら、きっとまだ知らないかもしれないわ。よい知らせは早く知りたいものよ」
「もちろんだ」
「きっと、マッキントッシュ氏も大喜びよ。確か、あなたとフレデリックは、今晩出かける予定があったわよね。フレドリックの相手が決まらなくて、噂してた連中を黙らせるといいわ。特にそんなきれいなお嬢さんなら、悔しがる連中の顔が見たいものだわ」
ベンも、息子が薄っぺらいイケメンだとか真っ正直すぎてあれでは女にもてるまいなどと陰口をたたかれていることは知っていた。内心、忸怩たる思いだったが、あのシャーロット嬢を射止めたのなら、誰もがうらやましがるに決まっていた。
むくむくと心の中に自慢したい気持ちが沸き上がってきた。
ジョン・マッキントッシュは娘のシャーロットがフレデリックとの結婚を承諾したと聞かされて、少し意外に思ったようだったが、ベンと本当の兄弟になるなと最後は喜んでいた。
「家に帰ったら、早速、娘本人から話を聞くことにするよ! デビューから婚約まで、本当にあっという間だったな!」
その後、息子と二人で夜会に参加したベン・ヒューズは、会う人会う人全員に、息子の婚約を披露して歩いた。
「ああ、マッキントッシュ氏のご令嬢か!」
誰もが納得の縁談だった。縁の深い家族同士のありふれた婚約だった。
「良かったな! フレデリック!」
フレデリックは元来正直者だった。だから、これはどうも具合が悪かった。
父は本気で喜んでいる。
母親のヒューズ夫人は、ことの成り行きに動揺しているフレデリックにたっぷりと説教した。
「あんただって結婚しなきゃいけないし、向こうだってそうだろう。まさか、いつもみたいに真っ正直なばっかりに縁談を潰すつもりじゃないだろうね。マッキントッシュ家とは長年の付き合いだ。結局はダメとは言わないよ」
それでも煮えきらない息子に、夫人はトドメの一言をぶち込んだ。
「もう、私は長くないかもしれない。あんたが無事に結婚して、嫁の顔を見てから死にたいのよ。このチャンスをつぶす気じゃあるまいね?」
一方、マッキントッシュ家では、シャーロットお付きの侍女二人が息巻いていた。
「せっかくのデビューをあんな男に台無しにされてたまるもんですか」
あんな男とは、長身で顔立ちの整った裕福な求婚者、フレデリックのことである。
苦々し気に、フレデリックの後姿を見送ったのは、マッキントッシュ夫人ではない。侍女のヒルダである。
「お嬢様にはもったいない」
犬猿の仲のジェンが同意した。
ヒルダはシャーロットの社交界デビューに先立ち、某伯爵家に勤めていたところを、マッキントッシュ家に倍の給料で転職したのだ。
従って、大満足のはずだったのだが、先輩侍女のジェンがどうも目障りだった。
ジェンにとってもヒルダは目障りだった。
以前の伯爵家では違っていました、と言うフレーズを常に付け加えるヒルダは、ジェンにとっては自分が伯爵令嬢でもあるまいし、クソ生意気にしか見えなかった。
従って、何かといがみ合う関係だったのだが、いつの間にやら二人にはマッキントッシュ夫人の玉の輿計画が伝染していた。
そして、お嬢様の玉の輿をはばむフレデリックに、ふたりして、なぜか憎悪をたぎらせていた。
フレデリックをそこまで腐す理由はない筈だった。客観的に言って男前だし、シャーロットに惚れている。よい夫になる可能性は高い。
しかし、モンゴメリ卿のパーティに招かれたことで、マッキントッシュ夫人と侍女たちは意気軒高、士気は天高く舞い上がった。
「ヒューズ家からの結婚申し込みをだんな様に止めていただくよう奥様に進言しましょう!」
「そうですわ! お嬢様はこのままでは満足にお茶会にも出られません!」
なぜか意気投合する侍女二人だったが、その日の夕食の席での家族の会話を聞いたなら、激昂したことだろう。
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