上 下
25 / 28

第25話 毎日、イエスと言わせたい

しおりを挟む
ダドリー様は、父親の侯爵に言わせると被害者だそうだが、世の中では加害者扱いだった。

そのほかにひそかに嘲笑もされていた。だって、裕福な婚約者を一方的に婚約破棄して、よくわからない平民の娘との婚約を宣言したのだ。
確かに愛しか理由は考えられないはずだが、ダドリー様の怠惰で金に目がない性格はよく知られていた。彼の場合、どう考えても愛とか恋とかの出番はなさそう。
そのうえ、相手の女性は、会場からかき消すようにいなくなってしまった。

「誰だったのかしら?」

「見たことのない女性だったね?」

彼女の安物のピンクのドレスは笑いものだった。

「婚約者によくあんな貧相なドレスを着せて歩くな」

その声にダドリー様は気が付いたらしかった。
その部分は侯爵家の跡取りたる自分が世話をしなくてはいけなかったのだと。


「ダドリーによるとね、マリリンが何とかしてくれるんだと思ってたそうなんだ」

ドリュー様があとで聞いた話として教えてくれた。

「なんとかするとは、どう言う意味でしょうね?」

マリリンにドレスを買えるだけのお金がないことは、よくわかっていたはずだ。ダドリーはチップも出さなかった。安上がりでいいと喜んでいたくらいだ。
確かにマーガレット夫人に頼め、みたいな文面の手紙を受け取ってはいた。マリリンが自分でドレスを都合することを期待した文章だった。遺産相続を本気で信じていたのだろう。何の根拠もないのに。


「マリリンは頼りがいがあって、いつも何とかしてくれたらしい」

「ええ? 何をしてくれたと?」

私は猛烈に驚いた。私は嫌々ながら話を聞いていただけである。ずっとカフェにいたから、何かをしたことはない。

「相談しても、的確な返事だし、助言はその通りにすれば、たいていのことはどうにかなったらしい」

おかしいな? 何を言っているんだろう。

「頼ってばかりだったんだろうな。学院での出来事もマリリンに相談していたって。そういえばマリリンがシシリーに交代してから、学院でダドリーがまともになったと言われていたよ」

私は思い出した。

「そういえばいろんなことを聞かれましたわ。適当に生返事していただけですけど」

「婚約破棄も、マリリンに認められたので、やってもいいと思ったらしい」

え? 本気でそう思っていたの? ダドリー様式の婚約破棄は醜聞になるに決まっていた。自分の将来を破滅させる行動だ。

やっていいことだとは言わなかったけど、大歓迎した。だって、それが目的だったのですもの。

ドリュー様はちょっと尊敬のまなざしっぽい目つきで私を見た。

「シシリーは偉いよね。あのダドリーから絶大な信用を勝ち取ったんだ」

ん? 私、本当に当たり前のことしか返事していないのですけど?

「当たり前って結構難しいんだよ。ダドリーには何が当たり前なのかわからなかったんだ」

例の四人の襲撃予定犯たちも未遂だったので大した罪にはならなかったが、計画が稚拙すぎるのと女性の品位を軽く見過ぎていると言う理由から、ダドリー様もろとも世の中で軽蔑の対象になった。


一方で私は、ふつうなら婚約破棄されたとなると何か女性の方に問題があるのではないかと疑われるところだったのだが、派手な婚約破棄のおかげでダドリー様の異様さが目立って目立って、むしろ同情票を集めた。

「シシリー様というのは、上品なすらりとした美人だったわ。なんであんな下品なマリリンとか言う娘の方を選んだのかさっぱりわからないわ」

一緒に現れたマリリンは下品の代表として有名になってしまった。あれも私なんですけどね。

それに大伯母のマーガレット夫人が、宣言通り、大パーティを催してくださった。

「あの邪魔なダドリーがいなくなったから、これからは思う存分シシリーを甘やかせるわ! 念願の娘ができたみたいよ!」

絶好調の大伯母様は、ちょっと目を見張るくらいに派手なパーティを開催してくれた。

「シシリーは、ここ一番に抜群の演技力を発揮する度胸あふれる逸材よ!」

卒業パーティでのマリリンの話か。あの時は必死だったから……

だがドリュー様はうなずいた。

「あの時、あなたを見ていたらワクワクした。これから何が始まるのか知っていたけど、それでも、心配なんか全然なくって、順調に乗せられていくダドリーを見ていて、嘘みたいだと思いながら、成功を信じた」

ただの男爵家の娘だと言うのに、大伯母のご縁で選りすぐった人々だけが招かれたパーティーはそれはそれは華やかで、にぎやかで、楽しかった。

「姪の娘のシシリーですの。幼い時から可愛がってきた自慢の娘ですわ」

大伯母は、得意げに私を紹介した。

もう、母の好みの地味で重苦しいドレスを着なくてもいい。ダドリーの好きな安っぽいピンクを着なくてもいいのだ。
私は自分の好きな色のドレスを初めて着ることができた。

「ああ、お嬢様。本当によく似合いますわ!」

私はごく薄いブルーのドレスを着た。ピンクはもうこりごりだ。ゴテゴテ飾らないで、スッキリしたドレスだ。だが、大伯母が気前よく貸してくれたダイヤのネックレスとそろいの涙型のダイヤのイヤリングは、どんなにドレスがスッキリしていても、圧巻だった。

大勢の方とお知り合いになり、ドリュー様の姿が薄れるくらいだった。
婚約のお申し出は山のようになり、執事のセバスは「これは困りました」と言いながらもっともらしく頭をひねっていた。口元がだいぶゆるんでいたけど。

でも、大伯母様が財産を譲ると宣言したので、そのせいでたくさんの男性から結婚のお申し出をいただいたのだと思う。私は投機の対象になったのではないかしら。

父も引き続き華やかなパーティを開催してくれた。

なにしろ、商売の権利すべてを譲るほか、大金貨三十万枚をダドリーに支給するだなんて破格も破格、後継者の兄が飢え死にしそうな持参金の話がなくなったのだ。
ホッとして大盤振る舞いになるのも無理はない。

その華やかな様子を見て、さらに大勢の殿方からお話をいただいた。


けれど、私はドリュー様を選んだ。

彼だけは財産でなく、私を選んでくれたから。
いいえ、多分、私たちはお互いにだんだん好きになっていったのだ。
最初、私はドリュー様を遊び人だと信じていたし、ドリュー様は婚約破棄を宣言させるだなんて面白いじゃないかとゲームに参加するような気軽さだった。

あの小さなカフェで私たちは長い長い時間を過ごした。
相談したり、考えたり、笑ったり、悩んだり、最初は友人でさえなかったけど、仲間になり、相棒になり、途中から私にとってドリュー様はかけがえのない大事な人になった。

「俺にとって、あなたは二回目に会った時から、もうすでにかけがえのない存在になった」

あいかわらず、口がうまいわ! 

「シシリー、あなたみたいに美しい人に出会ったことがない」

「……私もですわ」

ドリュー様はイケメンですもの。カフェ女子の意見も一致していた。

「悪い虫がついてからでは遅い。結婚すると約束してくれないか? イエスかノーか」

ドリュー様こそ悪い虫がついたら困る。私は彼のすらりとしたイケメンぶりを鑑賞しながら考えた。

「イエス。でも、ドリュー様、それ毎日おっしゃってますわね」

「毎日、イエスと言われたい」

ドリュー様は熱を込めて言った。


「アホらしくて見てられないわ。毎日、毎日」

この結果、候補者は全員、見事に撤退していった。防虫作戦としては完ぺきな問答集ではないだろうか。私はドリュー様の頭の良さに惚れ直した。
カフェの時も、ダドリー様の前で迫真の演技力で私の争奪戦を演じてくださったものね。

「いや……。全部、本気なんだけど……」

ドリュー様は何か言っていたが、ドリュー様と結婚したいのは私の方なので、彼の演技には心の底から感謝した。
ドリュー様のご両親のマクダネルご夫妻ももろ手を挙げて私たちの結婚を祝福してくれたので、話はとんとん拍子に進んだ。

もう誰一人としてダドリー侯爵家のことなど思い出しもしなかった。
私たちは大勢の人たちから祝福を受けて結婚した。かつてのぼさびさ眉毛の幽霊シシリーは、キリリとした眉が特長の端麗な美人と言われるようになった。
なんだか違和感。
でも、誰も異議を唱えないので、財産は万能なのねと実感した。

ドリュー様が最も熱心にほめてくださる。素直にうれしい。

「もう、ドリューと呼んで。様なんかつけないで」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

私が聖女ではない?嘘吐き?婚約者の思い込みが残念なので正してあげます。

逢瀬あいりす
恋愛
私を嘘吐きの聖女と非難する婚約者。えーと、薄々気づいていましたが,貴方は思い込みが激しいようですね。わかりました。この機会に,しっかりきっちり話し合いましょう? 婚約破棄なら,そのあとでお願いしますね?

【完結】私は側妃ですか? だったら婚約破棄します

hikari
恋愛
レガローグ王国の王太子、アンドリューに突如として「側妃にする」と言われたキャサリン。一緒にいたのはアトキンス男爵令嬢のイザベラだった。 キャサリンは婚約破棄を告げ、護衛のエドワードと侍女のエスターと共に実家へと帰る。そして、魔法使いに弟子入りする。 その後、モナール帝国がレガローグに侵攻する話が上がる。実はエドワードはモナール帝国のスパイだった。後に、エドワードはモナール帝国の第一皇子ヴァレンティンを紹介する。 ※ざまあの回には★がついています。

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?

新野乃花(大舟)
恋愛
健気に、一途に、戦いに向かった騎士であるトリガーの事を待ち続けていたフローラル。彼女はトリガーの婚約者として、この上ないほどの思いを抱きながらその帰りを願っていた。そしてそんなある日の事、戦いを終えたトリガーはフローラルのもとに帰還する。その時、その隣に親密そうな関係の一人の女性を伴って…。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

処理中です...