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第36話 これは脅迫事件なの?
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私は姉の屋敷を訪問した。話がどうも深刻になって来たからだ。姉の知恵を借りたい。
「モリス氏のことは、知っている人は知っていると思うわ」
一部始終を聞いたうえで、姉は慎重に答えた。
「たとえばハドソン夫人とかね。あちこちのお家に出入りしてるから。ハドソン夫人はいい人よ。とても賢いと思うわ。立場上いろんなことを知ってるけど、絶対に人に話しませんもの」
その割には姉にはペラペラ喋っていると思うけど。
「そ、それはね? それは色々あるのよ」
姉は言い訳した。
「そうなのですか」
そこは引き下がっておいた。
完璧なる聖人君子など世の中に存在しないし、存在したところで社交界には無用だろう。
「ま、まあ、それでヘレン嬢についてはとにかく、モリス氏は一部では有名なのよ」
姉は周りを憚るように、ちょっとだけ周りを見回した。
ここは、姉の家のティールーム。
使用人以外はいないはず。
「これは人の名誉に関わることだから。ホント、誰にも聞かれたくないのよ」
信頼する侍女のディーにも聞かれたくないのか。
私はちょっと緊張した。
あと、ちょっとワクワクした。
「その人は、いろんな夫人の恋人だってことになってるんだけど、多分お金ももらってると思うのよねえ」
私はうなずいた。
「それは聞いたことがありますわ。本人もご招待を受けていると言ってましたし、ヘンリー・バーティ様もそう言ってました」
しかしながら、ここで話はわき道にそれた。
「ヘンリー・バーティ? もしかして騎士団にいる、あのヘンリー・バーティ様?」
姉の目の色が変わって、やけに熱心になった。なんなの?
「そ、そうです。えーと、旦那様は自分の部下だっておっしゃってました」
まああ! と、姉の目が輝いた。
「ヘンリー・バーティ様は、モリス氏と別の意味で有名なの!」
どう言う意味で? そしてヘンリー・バーティ様の話は、今はどうでもいいんですけども。
「普通の若者に見えましたが? 当家へ突然お越しになられた時は驚きましたけど?」
「え? あなたの家に来たの?」
姉の目が光った……ような気がした。
一体あのヘンリー・バーティ様にどんな問題があるというのかしら?
モリス氏以上に危険な人物だとか? そんな風にはとても見えないけど?
「そんなこと言ってるんじゃないのよ!」
姉は私の首根っこを捕まえてガタガタ揺らした。
「ねえ、会ったのよね?」
「は? 会いましたが?」
「ね? すごいでしょ?」
「え 何が?」
姉はじっとりと私を睨んだ。
「公爵家の次男にして、文武両道、冷たい美貌と優雅な物腰……」
「背、低かったですけど?」
「どうしてそういう致命的なこと言うの! 完璧な彼の唯一の弱点を」
「それからワンコ系ですけども?」
「誰がですって?」
「だからヘンリー・バーティ……」
「そうなの?」
「そうですよ!」
首を解放された私は姉を涙目で睨みつけた。
「ブンブン尻尾振るワンコみたいでしたよ? 顔とあんまりギャップなんで、どっちが本性なのか悩みました。でも、公爵家の御曹司なら、心配いらないですね。道理で旦那様が全面的に信頼していたはずです」
「一体、ヘンリー・バーティ様のどこが心配だったのよ?」
「いや、それは……」
それは、ちょっと説明しにくい。
私の浮気疑惑の証人として使えるかどうか知りたかったのだけど、凛とした若き公爵家の貴公子に向かって、どれくらい時間がかかると思いますか?なんて、生々しい質問をするのはちょっと……品がないと言われるのではないかしら。
私は顔が赤らむのを覚えた。
「なんなのよ?」
姉に説明するにしても、そんな下ネタ系の話はやりにくい。
「私が心配していたのは、モリス氏が実は恐喝を働いているんではないかと言うことなんです」
私は全部すっ飛ばして結論を言った。
「そしてヘレン嬢の正体を知りたかったのです。あの二人は関係があるんじゃないでしょうか?」
姉はびっくりして私の顔を見た。
「ヘレン嬢って誰のこと?」
それはそうよね。姉はそもそもヘレン嬢を知らない。知らなくて当たり前だと思う。
「ふーん。そんな人、聞いたことがないわ。私、あのおそろしく高いオペラハウスに出入りできる人はほとんど全員知っていると思うの。でも、席のない人も入る手段がないわけではないから、もしかするとチケットを持っていなかったかもしれないわねえ。あなたのチケットを欲しがっていたらしいし。だけど、そうなると、余計あやしいわ」
そうなんだ。さすがは姉。いろんなことを知っている。
「それでモリス氏とヘレン嬢に何か関係があると思うの?」
私はうなずいた。
「つまり協力者として」
「脅迫の?」
「ええ。推測ですけど」
誰にも聞かれたくないのは、私の方だ。たとえ、姉の信頼厚いディーに対してだって。
だって、これ、名誉毀損案件かもしれないもの。
「ディー!」
姉が嬉々としてディーを呼んだ。
どうして、ここでディーを呼ぶの?
ディーは声が届くところには大体いる。
そして、姉以上に噂には敏感だった。
そのディーに聞かれたら、どうなると思っているの?
ディーはあっという間に参上した。
絶対、隣の部屋で聞き耳を立てていたに違いない。
「ねえ、ディー、シャーロットが言うには、モリス氏は恐喝を働いているんじゃないかって疑惑があるらしいんだけど」
ディーは姉よりずっと年下に見えるけど、姉と同い年である。
彼女はクイっと瓶底メガネを押し上げた。
「素晴らしいですわ、シャーロット様」
え? 何が? どこが?
「すばらしい洞察力でございます」
ディアンナは大きくうなずいた。
「私もずっと疑ってきました。でも、証拠が掴めなかったのです」
ディアンナこと、ディーは警察ではない。
姉だって、もちろんなんの権限もない。義兄上が警察や調査関係の仕事に就いているわけでもない。
ちなみに義兄上は、狩猟と競馬が趣味という一見典型的な田舎紳士風なのだが、始末が悪いことに、仕事は税務官である。貴族、それも伯爵という身分の人物がなぜ?と思うし、見た目は、とてもお人好しそうで、さらに趣味がそんななので、誰もが舐めてかかる。そこへ、まるでアイスピックのように鋭い質問で相手の面の皮をぐっさり剥ぐそうだ。
頭の回転が速いことで、知る人ぞ知る恐怖の税務官である。そうでなければ、姉の夫は務まらないと思う。
「チャールズが来たって聞くと、みんな、恐怖するそうよ? 何もないところからも、脱税のネタを探す上に、カラカラになる迄搾り取っていくって」
姉は自慢そうだが、それって自慢なの?
それだけ聞いたら、うちには絶対来ないで欲しいって言うか……特に、この度、伯爵領を相続する予定のある身としては、前任者が何をしていたのか疑問なだけに、特に不安だ。
ラムゼイ伯爵のことだ。税法が間違っているとか言い出しかねないと思うの。でも、ラムゼイ伯爵の独自理論なんか絶対に通用しないと思うの。まだ、帳簿を手に入れていないから、なんとも言えないけど。
あと、姉のアマンダのトクダネはどんなに突飛そうに聞こえても、ほぼほぼ真実、裏が取れているって社交界では有名なんだけど。そして、ディーがその懐刀だってことを私は知っている。
「なかなか、これまで証拠が掴めなかったのです」
ディーが熱心に言った。
「それと言うのも、強請られていた夫人たちが、口を割らなかったからです。それよりも高額の手切金を払う方を選んだのです」
ええと、それ、全部他人の話よね? よくそこまで、他人の話に興味を持てるものだって感心するわ。
もしかして、姉の知り合いに被害者がいるのかしら。それなら、この興味の持ちようも納得できるけど。
「そのモリス氏とやらも、よくそんな生活を続けることができたと思うわ」
姉は沈痛な様子で言った。
「そこなんです!」
ディーは熱烈に同意した。
「そろそろ危なくなってきたと思います。社交界でも、モリス氏はすっかり顔が売れてしまいました! 新しい獲物に困ってきていたと思うのです。そこで、新しくデビューしたての令嬢や、婚約期間が長くてあまり世間に慣れていないような夫人を選んで、声をかけるようになってきたと私は見ていました」
ディーはいつ、どこで観察しているのだろう。すごい洞察力だ。
「そして、夫と不仲の夫人ですね」
あっ……
お心当たりのある私は、内心声を上げた。
「モリス氏がいかにイケメンだったとしても、下心しかない不誠実と知れ渡ってるので引っかかる女はそう居ません。いるとしたら、社交界初心者かよほど欲求不満の女性です」
ディーの解説は明快過ぎて、毎度引く。
しかし、姉はふんふんとうなずいている。
「そして、最近、疑問を持ち始めたのは、一人の仕事ではないのではないかということなんです。誰か協力者がいるんじゃないかと」
瓶底メガネがキラリと光った気がした。
そうなのだ。
私も同じことを思った。
「ヘレン……」
私は瓶底メガネのディーに言った。
ディーの目が……ではなくて、メガネがきらりと光った。
「その女性こそが私が探し求めていた協力者のなのかもしれませんわ!」
「ちょっとお待ちなさい。ディー。それからシャーロットも!」
姉が割って入った。
「いいこと? シャーロット。あなたは、まずそのヘレン嬢に何を言われているの?」
「私が浮気をしていると、旦那様に言いつけると」
「旦那様の反応は?」
「全く信じていません」
ディーが私に向かって言った。
「証拠の手紙が届くことが多いんですの。女中の証言という形で」
私はアンがヘレンから指令を受けているところを思い描こうとした。
ダメだ。山ほどお金を積まれても、アンは信用できない。やりたいことしかしないと言う全くのダメ使用人だ。つまり、ヘレンのことも売るだろう。
「おそらく、そういう問題には、モリス氏は敏感だと思いますね。誰が信用できるかという点ですが」
ディーは意見を述べた。
「それなりに用心深いですからね。多分アンと言う女中のことは使わないでしょう。ヘレンを使って、直接、ファーラー様へ連絡を取るんじゃないでしょうか」
それは……いやだわ。
多分、彼らは本当に仲良しだったのではないだろうか。
もしかすると、よりを戻したい、お金に困っているなどと伝えてくるのではないだろうか。
「お友達にならなかったのは良かったです。これで自宅経由での連絡の道は途絶えました。それに知らない間に家の中をかき回されなくて済みます。残るは、勤務先のみ!」
姉は気が進まなさそうだった。
「仕方ないわね。シャーロットを巻き込みたくないんだけど」
「でも、奥様。これはチャンスです。だって、シャーロット様には、これまでの奥様方と違って、旦那様との間に信頼関係がありますもの。それに、あのモリス氏はシャーロット様のことをおとなしくて、淑やかで、男性を立てて差し上げるような貞淑な奥様と信じているようですけど、大間違いですわ」
ねえ、ほめているのか貶しているのか、どっちなの?
「そう言うことですので、今後、事態が動きましたら、シャーロット様!」
ディーの目がキラキラしている。
「すぐさま、このディーをお呼びくださいませ。ぜひとも、モリス氏の悪行を暴き、叩きのめしたいと思います!」
なんてことだ。
姉の助言が欲しかっただけなのに。
これは完全な巻き込まれ事故と言うんじゃないだろうか。
「モリス氏のことは、知っている人は知っていると思うわ」
一部始終を聞いたうえで、姉は慎重に答えた。
「たとえばハドソン夫人とかね。あちこちのお家に出入りしてるから。ハドソン夫人はいい人よ。とても賢いと思うわ。立場上いろんなことを知ってるけど、絶対に人に話しませんもの」
その割には姉にはペラペラ喋っていると思うけど。
「そ、それはね? それは色々あるのよ」
姉は言い訳した。
「そうなのですか」
そこは引き下がっておいた。
完璧なる聖人君子など世の中に存在しないし、存在したところで社交界には無用だろう。
「ま、まあ、それでヘレン嬢についてはとにかく、モリス氏は一部では有名なのよ」
姉は周りを憚るように、ちょっとだけ周りを見回した。
ここは、姉の家のティールーム。
使用人以外はいないはず。
「これは人の名誉に関わることだから。ホント、誰にも聞かれたくないのよ」
信頼する侍女のディーにも聞かれたくないのか。
私はちょっと緊張した。
あと、ちょっとワクワクした。
「その人は、いろんな夫人の恋人だってことになってるんだけど、多分お金ももらってると思うのよねえ」
私はうなずいた。
「それは聞いたことがありますわ。本人もご招待を受けていると言ってましたし、ヘンリー・バーティ様もそう言ってました」
しかしながら、ここで話はわき道にそれた。
「ヘンリー・バーティ? もしかして騎士団にいる、あのヘンリー・バーティ様?」
姉の目の色が変わって、やけに熱心になった。なんなの?
「そ、そうです。えーと、旦那様は自分の部下だっておっしゃってました」
まああ! と、姉の目が輝いた。
「ヘンリー・バーティ様は、モリス氏と別の意味で有名なの!」
どう言う意味で? そしてヘンリー・バーティ様の話は、今はどうでもいいんですけども。
「普通の若者に見えましたが? 当家へ突然お越しになられた時は驚きましたけど?」
「え? あなたの家に来たの?」
姉の目が光った……ような気がした。
一体あのヘンリー・バーティ様にどんな問題があるというのかしら?
モリス氏以上に危険な人物だとか? そんな風にはとても見えないけど?
「そんなこと言ってるんじゃないのよ!」
姉は私の首根っこを捕まえてガタガタ揺らした。
「ねえ、会ったのよね?」
「は? 会いましたが?」
「ね? すごいでしょ?」
「え 何が?」
姉はじっとりと私を睨んだ。
「公爵家の次男にして、文武両道、冷たい美貌と優雅な物腰……」
「背、低かったですけど?」
「どうしてそういう致命的なこと言うの! 完璧な彼の唯一の弱点を」
「それからワンコ系ですけども?」
「誰がですって?」
「だからヘンリー・バーティ……」
「そうなの?」
「そうですよ!」
首を解放された私は姉を涙目で睨みつけた。
「ブンブン尻尾振るワンコみたいでしたよ? 顔とあんまりギャップなんで、どっちが本性なのか悩みました。でも、公爵家の御曹司なら、心配いらないですね。道理で旦那様が全面的に信頼していたはずです」
「一体、ヘンリー・バーティ様のどこが心配だったのよ?」
「いや、それは……」
それは、ちょっと説明しにくい。
私の浮気疑惑の証人として使えるかどうか知りたかったのだけど、凛とした若き公爵家の貴公子に向かって、どれくらい時間がかかると思いますか?なんて、生々しい質問をするのはちょっと……品がないと言われるのではないかしら。
私は顔が赤らむのを覚えた。
「なんなのよ?」
姉に説明するにしても、そんな下ネタ系の話はやりにくい。
「私が心配していたのは、モリス氏が実は恐喝を働いているんではないかと言うことなんです」
私は全部すっ飛ばして結論を言った。
「そしてヘレン嬢の正体を知りたかったのです。あの二人は関係があるんじゃないでしょうか?」
姉はびっくりして私の顔を見た。
「ヘレン嬢って誰のこと?」
それはそうよね。姉はそもそもヘレン嬢を知らない。知らなくて当たり前だと思う。
「ふーん。そんな人、聞いたことがないわ。私、あのおそろしく高いオペラハウスに出入りできる人はほとんど全員知っていると思うの。でも、席のない人も入る手段がないわけではないから、もしかするとチケットを持っていなかったかもしれないわねえ。あなたのチケットを欲しがっていたらしいし。だけど、そうなると、余計あやしいわ」
そうなんだ。さすがは姉。いろんなことを知っている。
「それでモリス氏とヘレン嬢に何か関係があると思うの?」
私はうなずいた。
「つまり協力者として」
「脅迫の?」
「ええ。推測ですけど」
誰にも聞かれたくないのは、私の方だ。たとえ、姉の信頼厚いディーに対してだって。
だって、これ、名誉毀損案件かもしれないもの。
「ディー!」
姉が嬉々としてディーを呼んだ。
どうして、ここでディーを呼ぶの?
ディーは声が届くところには大体いる。
そして、姉以上に噂には敏感だった。
そのディーに聞かれたら、どうなると思っているの?
ディーはあっという間に参上した。
絶対、隣の部屋で聞き耳を立てていたに違いない。
「ねえ、ディー、シャーロットが言うには、モリス氏は恐喝を働いているんじゃないかって疑惑があるらしいんだけど」
ディーは姉よりずっと年下に見えるけど、姉と同い年である。
彼女はクイっと瓶底メガネを押し上げた。
「素晴らしいですわ、シャーロット様」
え? 何が? どこが?
「すばらしい洞察力でございます」
ディアンナは大きくうなずいた。
「私もずっと疑ってきました。でも、証拠が掴めなかったのです」
ディアンナこと、ディーは警察ではない。
姉だって、もちろんなんの権限もない。義兄上が警察や調査関係の仕事に就いているわけでもない。
ちなみに義兄上は、狩猟と競馬が趣味という一見典型的な田舎紳士風なのだが、始末が悪いことに、仕事は税務官である。貴族、それも伯爵という身分の人物がなぜ?と思うし、見た目は、とてもお人好しそうで、さらに趣味がそんななので、誰もが舐めてかかる。そこへ、まるでアイスピックのように鋭い質問で相手の面の皮をぐっさり剥ぐそうだ。
頭の回転が速いことで、知る人ぞ知る恐怖の税務官である。そうでなければ、姉の夫は務まらないと思う。
「チャールズが来たって聞くと、みんな、恐怖するそうよ? 何もないところからも、脱税のネタを探す上に、カラカラになる迄搾り取っていくって」
姉は自慢そうだが、それって自慢なの?
それだけ聞いたら、うちには絶対来ないで欲しいって言うか……特に、この度、伯爵領を相続する予定のある身としては、前任者が何をしていたのか疑問なだけに、特に不安だ。
ラムゼイ伯爵のことだ。税法が間違っているとか言い出しかねないと思うの。でも、ラムゼイ伯爵の独自理論なんか絶対に通用しないと思うの。まだ、帳簿を手に入れていないから、なんとも言えないけど。
あと、姉のアマンダのトクダネはどんなに突飛そうに聞こえても、ほぼほぼ真実、裏が取れているって社交界では有名なんだけど。そして、ディーがその懐刀だってことを私は知っている。
「なかなか、これまで証拠が掴めなかったのです」
ディーが熱心に言った。
「それと言うのも、強請られていた夫人たちが、口を割らなかったからです。それよりも高額の手切金を払う方を選んだのです」
ええと、それ、全部他人の話よね? よくそこまで、他人の話に興味を持てるものだって感心するわ。
もしかして、姉の知り合いに被害者がいるのかしら。それなら、この興味の持ちようも納得できるけど。
「そのモリス氏とやらも、よくそんな生活を続けることができたと思うわ」
姉は沈痛な様子で言った。
「そこなんです!」
ディーは熱烈に同意した。
「そろそろ危なくなってきたと思います。社交界でも、モリス氏はすっかり顔が売れてしまいました! 新しい獲物に困ってきていたと思うのです。そこで、新しくデビューしたての令嬢や、婚約期間が長くてあまり世間に慣れていないような夫人を選んで、声をかけるようになってきたと私は見ていました」
ディーはいつ、どこで観察しているのだろう。すごい洞察力だ。
「そして、夫と不仲の夫人ですね」
あっ……
お心当たりのある私は、内心声を上げた。
「モリス氏がいかにイケメンだったとしても、下心しかない不誠実と知れ渡ってるので引っかかる女はそう居ません。いるとしたら、社交界初心者かよほど欲求不満の女性です」
ディーの解説は明快過ぎて、毎度引く。
しかし、姉はふんふんとうなずいている。
「そして、最近、疑問を持ち始めたのは、一人の仕事ではないのではないかということなんです。誰か協力者がいるんじゃないかと」
瓶底メガネがキラリと光った気がした。
そうなのだ。
私も同じことを思った。
「ヘレン……」
私は瓶底メガネのディーに言った。
ディーの目が……ではなくて、メガネがきらりと光った。
「その女性こそが私が探し求めていた協力者のなのかもしれませんわ!」
「ちょっとお待ちなさい。ディー。それからシャーロットも!」
姉が割って入った。
「いいこと? シャーロット。あなたは、まずそのヘレン嬢に何を言われているの?」
「私が浮気をしていると、旦那様に言いつけると」
「旦那様の反応は?」
「全く信じていません」
ディーが私に向かって言った。
「証拠の手紙が届くことが多いんですの。女中の証言という形で」
私はアンがヘレンから指令を受けているところを思い描こうとした。
ダメだ。山ほどお金を積まれても、アンは信用できない。やりたいことしかしないと言う全くのダメ使用人だ。つまり、ヘレンのことも売るだろう。
「おそらく、そういう問題には、モリス氏は敏感だと思いますね。誰が信用できるかという点ですが」
ディーは意見を述べた。
「それなりに用心深いですからね。多分アンと言う女中のことは使わないでしょう。ヘレンを使って、直接、ファーラー様へ連絡を取るんじゃないでしょうか」
それは……いやだわ。
多分、彼らは本当に仲良しだったのではないだろうか。
もしかすると、よりを戻したい、お金に困っているなどと伝えてくるのではないだろうか。
「お友達にならなかったのは良かったです。これで自宅経由での連絡の道は途絶えました。それに知らない間に家の中をかき回されなくて済みます。残るは、勤務先のみ!」
姉は気が進まなさそうだった。
「仕方ないわね。シャーロットを巻き込みたくないんだけど」
「でも、奥様。これはチャンスです。だって、シャーロット様には、これまでの奥様方と違って、旦那様との間に信頼関係がありますもの。それに、あのモリス氏はシャーロット様のことをおとなしくて、淑やかで、男性を立てて差し上げるような貞淑な奥様と信じているようですけど、大間違いですわ」
ねえ、ほめているのか貶しているのか、どっちなの?
「そう言うことですので、今後、事態が動きましたら、シャーロット様!」
ディーの目がキラキラしている。
「すぐさま、このディーをお呼びくださいませ。ぜひとも、モリス氏の悪行を暴き、叩きのめしたいと思います!」
なんてことだ。
姉の助言が欲しかっただけなのに。
これは完全な巻き込まれ事故と言うんじゃないだろうか。
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ありがとうございます。
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申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
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