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第25話 イケメン・その二
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「奥様、騎士団で旦那様のお友達だという方がお見えです」
今度は、台所からエプロンで手を拭きながら、メアリが慌てた様子でやって来た。
アンがいなかったので、やむなく対応に出たらしい。
「どなたでしょう?」
「名前は……」
メアリは濡れた手で、小さい紙を引っ張り出すと、鉛筆で薄く書かれた字を苦労して読んだ。
「ヘンリー・バーティ様……ですって?」
私は頭を抱えた。全然知らない名前だったからだ。
本人の説明によると、騎士団での旦那様のお友達だそうだけど、旦那様はあまり騎士団の話をしない。それに、騎士団の方は、私の黒歴史に関係のある人が混ざっているかもしれなくて、出来れば話を聞きたくなかった。臭いモノにはフタ主義なのだ。
マズイ。せっかく、なかったことにしていたのに、今頃になって私の黒歴史が広まったらイヤだ。
まずは敵の偵察に客間を覗き込む。
同じ騎士階級なら、多少は気楽。のはず。
格上のラムゼイ伯爵家へ行った時は、行きは礼儀作法だとか、この格好でよかったかしらとか、猛烈に緊張したけど、行ってみたらあのザマだった。
いっそのこと、メアリの料理女の服でたくさんだったわ。
しかもあの結末。
爵位なんかどこか遠くへ飛んで言ったと思う。旦那様も猛烈に要らなさそうだったし。
……いやいや、妄想にふけっている場合ではないんだった。
次なる訪問者は、どんな方なのかしら。
社交界は怖いというけれど、ちょっと顔を出しただけなのに、こんなに多種多様な男性の訪問を受けるだなんて、本当に怖いわ。
ドアの前で少し息を整えてから、コホンと軽く咳払いをして、部屋へ入った。
わああ……
騎士様、若い。しかも、これはどうしよう。さっきのモリス氏と張り合う程のイケメン……いえ、若くてみずみずしい分勝っているわ。
モリス氏のような目立つ金髪ではなかったが、さらりとした美しい髪と、理知的な印象を与える整った目鼻立ち。この冷たいくらいの容貌を、裏切っているのは厚めで肉感的な唇だ。それと、表情ゆたかな目だ。
背中でアンが驚いて息を呑むのが分かった。
年齢は旦那様よりずっと下だ。私と同じくらいだわ。
「お待たせしました。シャーロット・ファーラーでございます」
でも、どんなにすばらしい美男子だったとしても、突然、他人の屋敷を訪問するのは礼儀知らずと呼ばれても仕方ないと思うわ。しかも先輩の家の、奥様一人のところへ。
顔が良ければ許されるとか勘違いしてる傲慢キャラじゃないでしょうね?
「あっ、あっ、申し訳ございません、ファーラー夫人!」
若い騎士様はものすごく慌てたように立ち上がった。
「突然、紹介もなしに副騎士団長のお宅にお邪魔するなんて、本当に申し訳ございません!」
顔の印象と、態度にすごいギャップがあるんだけど?
それと旦那様は副団長ではありません。まだ。
「本日はどのようなご用件で?」
私は硬めの口調で切り出した。
すると彼はもじもじし始めた。
「実は、あの、先程こちらに訪問者がいたかと」
私は怪訝な顔をした。どうして知っているのかしら?
「先程は、なんでもモリス様とおっしゃる方がおいでになっていました」
「そう! そのモリス氏なんですけど、ええと、有名人なんです」
「? 有名なのですか?」
それだけだと、さっぱり要領を得ない。
「つまり、えーと、女性を口説き倒すので有名なのです」
「まあ」
あれは口説いていたのか。
つい、振り返ってアンを見たが、アンも首をひねっている。
愚痴を言っていただけだと思う。それも恐ろしく自分勝手な愚痴を。
「口説いていたようには見えませんでしたけど?」
「え? そんな」
「?」
「だって、それじゃあ、僕がファーラー先輩に叱られます」
「はあ……?」
モリス氏が私を口説かないと、バーティ氏はうちの旦那様に叱られるの?
「僕が用事もないのに、家に入ったって」
つまり、要約すると、彼は素行が悪いので有名なモリス氏が、敬愛する先輩の自宅を訪問した現場を押さえたと。
「先輩の奥様は社交界に出入りがなくて、モリス氏の悪評は当然聞いておられない。これは一大事と」
何を言っておるのだ。
そんなことで、他人の家を訪問するのかしら。
ヘンリー・バーティの後ろに立っていたアンが手をクロスさせて却下した。
アウト!
家格が釣り合わない結婚は忌避されるので、身分が高いほど恋愛自由度は低い。
面目だとか体裁だとか、理由はいろいろある。
あと、これほどまでに体裁を大事にする貴族は体面を保つだけのお金が必要だ。更に結婚相手は制限されてしまう。
だから、後継を産んだ後、多少の浮気沙汰は公認されていると言っていい。私だって知っている。
そのせいで社交界はあれほどまでに活気付き、噂に満ち溢れているのだ。
そこにモリス氏の活躍の余地があった。
だけど……
新婚のはずの私たちに付け入るスキがあると、どうして思ったのかしら?
旦那様の結婚がすんなり決まったのは、私の行き遅れが一番の理由だったが、多分旦那様自身が子爵家の出身で、有望な騎士様だったことが大きかった。旦那様の実家は裕福で、その点、貧乏伯爵としては何かとありがたい。一方、旦那様の実家はお金よりも爵位が高い方がありがたいだろう。
政略結婚と言っても言い過ぎではないくらい、問題のない結婚だったのだ。
妻の私が極度の男性恐怖症であることを除けば。
でも、男性恐怖症だなんて、社交界に出てこない言い訳に過ぎないと、誰もが思うだろう。よほどご面相が不味いか、変わり者か、そんなところだ。
現にモリス氏なんか、
「男性恐怖症なんて、たいていの場合は男好きのブスの言い訳ですよ。ご面相がまずくてモテないのを男のせいにしてるんです」
などと、口を滑らせていた。
私のみならず、私に好意的とは言い難いアンさえ、この口の利きっぷりには、人類の女性全体への蔑視を感じ取ったらしい。一挙に客間の気温が下がる気配がした
でも、モリス氏はそんな内情、知らないはずよ?
それに騎士階級の家庭は裕福ではない。
貴族階級の多くは大地主だし、貴族ではなくて社交界に出入りする連中は大金持ちで暇を持て余した連中だ。
モリス氏のターゲットは、そっちじゃないの?
「伯爵家相続の噂が絶えませんから」
もし伯爵夫人確定だとしたところで、やっぱりモリス氏の来訪はおかしいと思うわと私は反論したが、あり得ることだとヘンリー・バーティ氏は力説した。
今度は、台所からエプロンで手を拭きながら、メアリが慌てた様子でやって来た。
アンがいなかったので、やむなく対応に出たらしい。
「どなたでしょう?」
「名前は……」
メアリは濡れた手で、小さい紙を引っ張り出すと、鉛筆で薄く書かれた字を苦労して読んだ。
「ヘンリー・バーティ様……ですって?」
私は頭を抱えた。全然知らない名前だったからだ。
本人の説明によると、騎士団での旦那様のお友達だそうだけど、旦那様はあまり騎士団の話をしない。それに、騎士団の方は、私の黒歴史に関係のある人が混ざっているかもしれなくて、出来れば話を聞きたくなかった。臭いモノにはフタ主義なのだ。
マズイ。せっかく、なかったことにしていたのに、今頃になって私の黒歴史が広まったらイヤだ。
まずは敵の偵察に客間を覗き込む。
同じ騎士階級なら、多少は気楽。のはず。
格上のラムゼイ伯爵家へ行った時は、行きは礼儀作法だとか、この格好でよかったかしらとか、猛烈に緊張したけど、行ってみたらあのザマだった。
いっそのこと、メアリの料理女の服でたくさんだったわ。
しかもあの結末。
爵位なんかどこか遠くへ飛んで言ったと思う。旦那様も猛烈に要らなさそうだったし。
……いやいや、妄想にふけっている場合ではないんだった。
次なる訪問者は、どんな方なのかしら。
社交界は怖いというけれど、ちょっと顔を出しただけなのに、こんなに多種多様な男性の訪問を受けるだなんて、本当に怖いわ。
ドアの前で少し息を整えてから、コホンと軽く咳払いをして、部屋へ入った。
わああ……
騎士様、若い。しかも、これはどうしよう。さっきのモリス氏と張り合う程のイケメン……いえ、若くてみずみずしい分勝っているわ。
モリス氏のような目立つ金髪ではなかったが、さらりとした美しい髪と、理知的な印象を与える整った目鼻立ち。この冷たいくらいの容貌を、裏切っているのは厚めで肉感的な唇だ。それと、表情ゆたかな目だ。
背中でアンが驚いて息を呑むのが分かった。
年齢は旦那様よりずっと下だ。私と同じくらいだわ。
「お待たせしました。シャーロット・ファーラーでございます」
でも、どんなにすばらしい美男子だったとしても、突然、他人の屋敷を訪問するのは礼儀知らずと呼ばれても仕方ないと思うわ。しかも先輩の家の、奥様一人のところへ。
顔が良ければ許されるとか勘違いしてる傲慢キャラじゃないでしょうね?
「あっ、あっ、申し訳ございません、ファーラー夫人!」
若い騎士様はものすごく慌てたように立ち上がった。
「突然、紹介もなしに副騎士団長のお宅にお邪魔するなんて、本当に申し訳ございません!」
顔の印象と、態度にすごいギャップがあるんだけど?
それと旦那様は副団長ではありません。まだ。
「本日はどのようなご用件で?」
私は硬めの口調で切り出した。
すると彼はもじもじし始めた。
「実は、あの、先程こちらに訪問者がいたかと」
私は怪訝な顔をした。どうして知っているのかしら?
「先程は、なんでもモリス様とおっしゃる方がおいでになっていました」
「そう! そのモリス氏なんですけど、ええと、有名人なんです」
「? 有名なのですか?」
それだけだと、さっぱり要領を得ない。
「つまり、えーと、女性を口説き倒すので有名なのです」
「まあ」
あれは口説いていたのか。
つい、振り返ってアンを見たが、アンも首をひねっている。
愚痴を言っていただけだと思う。それも恐ろしく自分勝手な愚痴を。
「口説いていたようには見えませんでしたけど?」
「え? そんな」
「?」
「だって、それじゃあ、僕がファーラー先輩に叱られます」
「はあ……?」
モリス氏が私を口説かないと、バーティ氏はうちの旦那様に叱られるの?
「僕が用事もないのに、家に入ったって」
つまり、要約すると、彼は素行が悪いので有名なモリス氏が、敬愛する先輩の自宅を訪問した現場を押さえたと。
「先輩の奥様は社交界に出入りがなくて、モリス氏の悪評は当然聞いておられない。これは一大事と」
何を言っておるのだ。
そんなことで、他人の家を訪問するのかしら。
ヘンリー・バーティの後ろに立っていたアンが手をクロスさせて却下した。
アウト!
家格が釣り合わない結婚は忌避されるので、身分が高いほど恋愛自由度は低い。
面目だとか体裁だとか、理由はいろいろある。
あと、これほどまでに体裁を大事にする貴族は体面を保つだけのお金が必要だ。更に結婚相手は制限されてしまう。
だから、後継を産んだ後、多少の浮気沙汰は公認されていると言っていい。私だって知っている。
そのせいで社交界はあれほどまでに活気付き、噂に満ち溢れているのだ。
そこにモリス氏の活躍の余地があった。
だけど……
新婚のはずの私たちに付け入るスキがあると、どうして思ったのかしら?
旦那様の結婚がすんなり決まったのは、私の行き遅れが一番の理由だったが、多分旦那様自身が子爵家の出身で、有望な騎士様だったことが大きかった。旦那様の実家は裕福で、その点、貧乏伯爵としては何かとありがたい。一方、旦那様の実家はお金よりも爵位が高い方がありがたいだろう。
政略結婚と言っても言い過ぎではないくらい、問題のない結婚だったのだ。
妻の私が極度の男性恐怖症であることを除けば。
でも、男性恐怖症だなんて、社交界に出てこない言い訳に過ぎないと、誰もが思うだろう。よほどご面相が不味いか、変わり者か、そんなところだ。
現にモリス氏なんか、
「男性恐怖症なんて、たいていの場合は男好きのブスの言い訳ですよ。ご面相がまずくてモテないのを男のせいにしてるんです」
などと、口を滑らせていた。
私のみならず、私に好意的とは言い難いアンさえ、この口の利きっぷりには、人類の女性全体への蔑視を感じ取ったらしい。一挙に客間の気温が下がる気配がした
でも、モリス氏はそんな内情、知らないはずよ?
それに騎士階級の家庭は裕福ではない。
貴族階級の多くは大地主だし、貴族ではなくて社交界に出入りする連中は大金持ちで暇を持て余した連中だ。
モリス氏のターゲットは、そっちじゃないの?
「伯爵家相続の噂が絶えませんから」
もし伯爵夫人確定だとしたところで、やっぱりモリス氏の来訪はおかしいと思うわと私は反論したが、あり得ることだとヘンリー・バーティ氏は力説した。
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