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サイラム
第171話 思いがけない事実
しおりを挟む翌朝早く、一行は朝霧の中、不吉な荷物を載せた、黒い布をかけられた馬車を中心にカプトルに向かった。
王太子の遺体を持って帰っても、真剣に悲しむ人はもういないのだ。
王も王妃も、故人になっていた。
帰途は、ファン島を取り戻したのにもかかわらず、暗鬱だった。
通る道すがら、ダリアの人々は、自分たちを脅かす者がいなくなったことを喜び、二度の略奪の後で全く余裕がなかったはずだが、出来るだけのことをして歓待した。
領主たちも、館が黒焦げで、ぼろぼろだったとしても、喜んで軍を泊め、場所を提供してくれた。
領民はとにかく、領主たちは王太子の評判を知っていたので、死体になっていてもたいして気に留めなかった。それよりも、カプトルでロンゴバルトに絶望の中から戦いを挑み、軍の立て直しを計り、ついにはファン島を奪還した彼らに感謝しほめたたえた。
ある晩、一泊を頼み込んだ領主一家は、大勢の兵を引き連れた彼らの依頼を快く引き受けた。
レイビック伯爵が引き連れた兵の数は数千に上る。
だから、フリースラント達は無理を頼みたくはなかった。だが、どこかに泊らなければならず、明らかに焼き討ちの跡の残る城の主の温情に縋らざるを得なかった。
「むろんのこと。遠慮はいりませぬ」
頼まれた領主は、みな即答し、一家総出でもてなしてくれた。
「ただ、当家は数か月前にロンゴバルトの襲撃に遭いましてな……備蓄の食料も皆やられてしまいまして。祝宴にふさわしいものをお出しできないのが残念です」
不自由してるところを食い荒らす結果になりそうで、一同は眉を曇らせた。
だが、領主は食糧不足など笑い飛ばした。そんなことより、貴族の矜持である。祖国を救った軍は、どんな犠牲を払っても歓待する覚悟だった。
「新婚だそうで」
何か端の方が焦げているように見受けられる服を着こんだご領主一家が、とてもにこやかにフリースラントに話しかけた。
フリースラントは思いがけなかった話題に、びっくりして、ちょっと顔を赤らめた。
「総主教様が、王陛下と王妃様の葬儀のためにカプトルまでお越しになり、ついでに式を挙げよとおっしゃいまして」
「おお、どちらのご令嬢と?」
困ったフリースラントはザリエリ候の顔を見た。
「それはルシア妃じゃ。王の妹に当たられる」
「ル、ルシア妃?と言うと? あの?」
ザリエリ候は歯に衣着せずズバズバ真実だけを語った。
「そう。先代の王と結婚をされていたので、今でも元妃とお呼びしているが……」
こんな時なのに、ご領主一家は、戦果の方でなくて、レイビック伯爵の結婚の方に興味津々になり、何十年も前の先代の王がまだ王子だったころの、ロマンチックな恋物語に聞き入った。
総主教様が語った、ルシア妃の因縁の結婚物語は、何十年も前、先代の王子が父王が若く美しい娘を王妃として迎え入れた時にさかのぼる。
娘のあまりの美しさに王子は夢中になり、密かに恋い慕った。
だが、父王の妃に対する禁断の恋は行き場を失くして、やがてその娘で妹に当たる王女と秘密の関係を持つに至り、それゆえにその娘を我が子と呼べなくなってしまった王は自分の娘を守るために結婚という手段を取った。
ザリエリ候の説明は、明瞭簡潔、レイビック伯爵はだんだんうなだれてきた。
ロマンチック……とご領主一家は言ってくれたが、王家のスキャンダル以外の何物でもないような……スキャンダルも語りようによっては純愛なのか。
「しかし、レイビック伯爵ご自身も、負けず劣らず、ロマンチックな方ですなー」
ご領主は楽しそうだった。彼の服の左半分は、熱のせいか少し色が変わっていた。
「愛する姫君のために、数千万フローリンをつぎ込むとは……」
ギュレーターも、ロドリックも、ゼンダの領主もリグの領主も、それからこの話をしゃべって聞かせたザリエリ候自身も、フリースラントをロマンチックな男だとは微塵も思っていなかった。
フリースラントは最強の騎士に違いないが、同時に打算で動く抜け目のない商人でもある。
「ロマンチック……」
ルシアを金でがんじがらめにして、レイビックへ買い取った時のことを思うと、ロマンチックと言うより独占欲と言った方が正確な気がする。フリースラントも自分が仕出かしたことを、こう語られると、もの凄い執着心のように感じられ、赤面した。
「一途なお方なのですね」
まだ若いご領主の奥方が嬉しそうに言った。
なんと返事したらいいものやら見当がつかなかった。ロドリックが横で噴き出しているのがわかった。
彼女のドレスにも焼け焦げの跡があったが、全員が断固としてそれは無視した。
奥方は続けた。
「では、では、レイビック伯爵は、王様の義理の弟、王太子様とは義理の従兄弟に当たられるわけですね?」
全員、ハッとした。
みんな、一生懸命計算した。つい、この間までは、ルシアと結婚しても、たしか義理の又従兄弟くらいにしかならなかったはずだが、総主教様の説明によると、そう言うことになる。ルシアは、この前死んだ王の妹に当たるからだ。
「義弟ですな」
計算の終わったザリエリ候が頷いた。
ギュレーターは、恐ろしいことに気が付いた。今、王太子の葬儀を上げようとしたら、親族代表はルシアとこの男になるわけか。
王と王妃の正式な葬儀は、まだだった。
息子の王太子がカプトルへ戻ってきたら、当然、彼が主催する正式な葬儀とその後、戴冠式が行われるはずだった。
彼らは戦うことばかり考えていて、その後のことには思い至っていなかったのだ。
王太子は死んでいた。
王家は消滅してしまったのだ。
もちろん、アデリア王女がいたし、もっと遠縁の者なら、それこそ、数限りなく居た。例えば、ギュレーターだって、母方の祖母は当時の王女だったし、もっと遡れば、いくらでもいるはずだった。
フリースラント自身だって、父方の祖母は王女だった。ルシアとの結婚がなくても、おそらく、ほかにもどこかの代の王の妹やら姉やらが嫁に来ているだろうし、あるいは逆に自分の家系から何人か王妃を出しているはずだ。
「では、王様と王妃様と王太子殿下の葬儀は、レイビック伯爵様ご夫妻がなさるわけですね」
その場にいた、大勢の従軍していた貴族たちは、全員、奥方様のそれまで誰も考えてもいなかった指摘に固まった。
レイビック伯爵も、奥方の顔を見つめてしまった。それについては、何も考えていなかったのだ。
最近、彼が考えていたのは、主に戦費の捻出方法だった。戦争は恐ろしく金がかかるのである。この調子だと、レイビック伯爵とて無事では済まない。何とか王家の財産の方から金を出させたいと、彼はその方法を考えていたのだ。葬儀の件はまったく何も考えていなかった。
「そうなるのですかね?」
誰も何も答えなかったので、ザリエリ候がようやく返答した。
カプトルに戻れば国葬を行わねばならないだろう。
誰かが、主催しなければならない。
身分の高い貴族たちは、皆、ルシアの顔を思い浮かべた。
前の王のたった一人の身内。実の妹。
彼女が、兄夫婦と甥の死をおくる役割を振られたのである。
「それはそうとして、ご領主殿には、これを……」
翌朝、レイビック伯爵は、こっそりと革の小袋を出立前に渡した。
「まさか。遠方からの訪問客を手厚くもてなすは、我らがダリアの流儀。ロンゴバルトとは違います」
領主は顔をこわばらせて拒否した。フリースラントは困った顔をしてご領主殿に頼み込んだ。
「実はそのような問題ではござらぬ。大きな声では言えませぬが、昨日、夕食の席でうっかり奥方様のお近くを通りすがりにワインのグラスを引っかけてドレスを台無しにしてしまいまして、わずかばかりではございますが、なにとぞこれで……」
自分の失態で、それも殿方ならとにかくご婦人にそのようなことをと、フリースラントはしきりに恐縮し、中身についてもロンゴバルトからの戦利品であると弁解した。
「やつらから分捕ったシロモノでござる。ダリアの貨幣とロンゴバルトのが混ざっております。ロンゴバルトの貨幣はカプトルでは使えませんので、厚かましいお願いですが出来れば引き取っていただきたく……」
そう言う事情ならと、領主はようやく受け取ってくれたものの、中身はロンゴバルトの貨幣も混じっていたが、ほとんどがレイビック産の金の粒であった。
『ご歓待感謝申し上げる』
礼状も同封されていた。ワインの件など、全くのデタラメだった。だがそんなこと、どうでもいいのだ。
「礼はしたのか」
ギュレーターが聞いてきた。
「ああ。なんとかごまかして受け取っていただいた」
「高潔な人柄だな。衣装など気にもせず、堂々と我々を迎え入れた。礼儀とはそう言うものだ」
ギュレーターが言った。
「この国をこのまま守りたいものだ」
フリースラントは独り言のようにつぶやいた。
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