アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
146 / 185
サジシーム

第146話 砦にサジシームが入る

しおりを挟む
 あの砦は防御には絶好の場所だ。あんなところにレイビック伯爵のような軍隊が入っていたら、サジシームたちは手も足も出ない。
 サジシームは砦を使いたかった。撤退することにして、彼らを立ち退かせたのだ。

「今晩中に、あの砦に入る。見晴らしがよく、川が周りを取り巻いている。王宮は裏側だ」

 帰途につくかに見えていたロンゴバルト兵は、続々と戻ってきていた。

 サジシームはダリア王に、「ロンゴバルトから、『野盗のごとき不逞の輩』がダリア王国の治安を乱しに来たとのうわさを聞きつけたので、今しばらくダリア王国に留まり、砦をお借りし、王宮及びカプトルを護衛するお許しを得たい」という書簡を送った。

 王と王妃は困惑した。
 そもそも彼らは、ザイードら首長の動きを全く知らなかったので、必要性がわからなかった。
 それに、サジシームのことを信用してはいたが、なんとなく薄気味悪いものを感じていた。

 彼らが感じていた、「薄気味悪い」は実は正解だった。

 外国人だから薄気味悪いのではない。サジシームだから薄気味悪いのである。

 サジシームは、肌触りの良い受け入れやすい言葉で話しかけてくる。

 笑うと、浅黒い肌に真っ白な歯が印象的で、イケメンでもあった。

 恐ろしくよく気が利き、本人ですら、わかっていなかった望みをすらりとかなえてくれる不思議な人物だった。


 そこへ行くと、レイビック伯爵などは、鋼鉄のような性格と頭脳だった。

 彼は、大公爵家の御曹司と言う生まれのせいか、もっとも合理的で速い解決法を採用する傾向があった。サジシームと違い口数が少なかったし、決定的に異なるのは、王と王妃に、嫌われることをさほど気にしないことだった。

「あんなに愛想が悪くては、さぞ、嫌われていることでしょうよ」

 王妃は評したが、そんなことはなかった。

 一緒に仕事をした貴族の将校たちは彼を信頼していた。ベルブルグの副院長もそうだった。

 彼は落ち着いていた。困った事態でも、あわてなかった。
 その都度、最適解を見つけ出し、何とかしのぎ、出来ないときは耐えた。
 本人は、あわてたとか、困ったとか、後で言っていたが、そんな風には見えなかった。
 他人への評価はきわめて適切で、叱られるべき人物の問題のある行為について、叱っていた。

 サジシームが内心、考えていた通り、全く面白みのない、実につまらない人物に成長したわけである。

「ユーモアのかけらもない。そのうえ、むっつりスケベに違いない。絶対にもてない」

 ものすごく、つまらない人物だったかもしれないが、彼の仲間は増えていっていた。

「つまらない?」
 ベルブルグの副院長は、びっくりしていった。

「いや、レイビック辺境伯の考えは斬新だ。いつも驚かされる」

「驚かされるというか、読みが早いな、あの男は」
「うむ。必要なところには、惜しみなく金を使う」

 ちょうど、レイビックへ帰る途中の通りすがりに、街道沿いに領地を持つマシュー家から、人質事件の際にハブファンにせざるを得なかった莫大な借金の相談を受けているところだった。

「わかりました」

 彼は簡潔に言った。

「お貸ししましょう」

 マシュー家の当主は、肩で息をついていた。こんな大きな額の金を用立てしてもらえるとは思っていなかったのである。

 ゼンダの領主は、ベルブルグの副院長に小声で言った。
「俺は貸さないでいいと言ったんだ。俺は借りなかった。ハブファンの命なんか風前の灯火だ。あれだけ大勢の貴族に恨まれているんだ。ロンゴバルトとつるんで、身代金で困っている家へ金を貸そうと申し出て歩いたんだ。今では、みんな知っている」

「しかし、マシュー家は、南部地方の領地をロンゴバルトに荒らされ、収入が激減したのだ。予定より、借金の返済が滞っている。このままだと、明日にでも領地をハブファンに取られてしまう。他家とは事情が違う」

「どうせハブファンは長くない。後で取り戻せるさ」

「ハブファンも恨まれていることは知っているから、すぐに売ってしまうだろう。細分化されたら、もう、二度と同じ形では領地は戻ってこない。買った方はちゃんと金を払ったんだから」

「訳アリの土地だと言うことくらい、わかっているだろう」

「買い手が一人なら交渉も出来るだろうが、人数が増えると厄介だ。そこらの農夫に狭い土地を買わせていたら……そして、その男が借金して買って、植え付けを始めていたら……取り上げられないし、買い戻せないだろう」

「なんだ、めんどくさいな」

「めんどくさいのだ。だから、早めに手を打てとレイビック伯はマシュー殿に言っているのだ」

 ゼンダの領主は、ため息をついた。
「俺は、武器を使うことしか能のない男だ。軍が一番ウマに合っている。レイビック辺境伯みたいな、ややこしい計算はできない」

 彼らは、マシュー家の屋敷に宿泊していた。
 兵卒たちは、近所の農家の納屋や、マシュー殿の倉庫や馬小屋などに泊めてもらい、レイビック伯を始めとした貴族たちは、マシュー殿の城館に客として泊めてもらっていた。
 軍隊の数は多かったが、それぞれ自領へ帰って行った為、今では砦にいた頃の半分以下になっていた。

「俺は俺の隊と一緒に、レイビック伯爵と一緒に行動する」
 ゼンダの領主は言った。

「ずるいな、貴公は」
 ザリエリ侯爵が言った。
「わしは、明日、ベルブルグで別れる。自分の軍は自分で食わせる」

「俺もそのつもりだったのだが、レイビック伯に招待されたのだ」

「そりゃまた、どうして」

「手が足らんのだ。訓練をする人材が欲しいと言って居った」

 ベルブルグの副院長が解説した。

「ダメだと思っているのだろう。もうだめだと」

 誰も、何がダメなのか、聞かなかったが、全員がわかっていた。
 王と王妃がダメなのだ。もう望みはない。

 どういう経過をたどるにせよ、このままでは、ロンゴバルトにいいようにあしらわれ、国自体がめちゃくちゃになってしまうだろう。

「国防をおろそかにしたのが始まりだった」

 ベルブルグの副院長が恨みがましく言った。

「おいおい、坊主のセリフじゃなかろうよ」

 聞いていたリグの領主がからかった。彼らはマシュー殿一家が必死になって準備した広間で、食事の後、炉の前で話し合っていたのである。このまま、広間を借りて寝る予定だった。

「何を言う。私は元は騎士だった。戦いを悔恨して、修道院に入ったのだ」

「俺は悔恨していないぞ。国を救うためには騎士が必要だ」
 ゼンダの領主が言った。

 ベルブルグの副院長は、笑って頷いた。
「自分が役立つところで、生きていけばよい。教会はきっと、この戦いで、補給部隊として役立つことであろう」

 その晩は静かに更けていった。嵐の前の静けさだった


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

処理中です...