アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
140 / 185
サジシーム

第140話 仲間、集まる

しおりを挟む
 翌朝、レイビック伯爵の陣営がある砦には、何人かの貴族の姿があった。

「ご紹介しよう。バジエ辺境伯、ギュレーター殿だ」

 レイビック伯爵が皆に紹介した。

「私の学友だ。バジエ辺境伯が王太子の結婚式の際、亡くなられたので、爵位を継がれた」

 堂々たる体格のギュレーターが目礼した。彼はいかにも一癖ありそうな目つきで、周りを見回していた。裕福な大貴族の出身で、体格も立派だったし、貴族らしく武芸に通じていた。傲慢に見えても仕方なかった。
 それにもかかわらず、彼は当然のようにフリースラントの後ろに立っていた。

「ヴォルダ公のご子息とは、学校で一緒だった」

 ギュレーターとフリースラントは、学校では家格も地位も勝るとも劣らないライバル同士だった。
 年上で先に学校に入って勢力を持っていたギュレーターが、後から来た年下のフリースラントに、勉学や扱いで負かされるのは面白くなかったに違いない。

 仲がいいはずがなかったが、結局彼らはダリアの大貴族なのだ。
 その地位が彼らのとるべき行動を決める。

 ダリアの危機に際し、ギュレーターは黙ってフリースラントの許へやって来た。フリースラントが私兵を率いて、気に入らぬ王の招聘に応じたのと同じように。ほかに取るべき道はなかった。

 ギュレーターにも雑用が付いていたが、その雑用は、今、彼の屋敷で母と妻に仕えていた。

「俺が出て行ってしまったら、屋敷を守れる者がいなくなるから残した」

 彼は王太子の結婚式に参列していた。

「父は足が悪かった。だから、逃げ遅れた。父の最期の言葉は逃げろだった」

 みな黙り込んだ。

「だが、あの時、礼拝堂の大扉に矢が刺さらなかったら、扉は開かなかった」

 ギュレーターはフリースラントに向かって言った。

「ありがとう。礼を言う」

 フリースラントは黙って、ギュレーターの礼を受けた。
 ギュレーターは軽くうなずいた。次にギュレーターは、自分の隣の男を紹介した。

「私からは、ガシェ子爵を紹介申し上げる。私の義弟だ」

 フリースラントが、以前、マルギスタン公の城で一度会ったことのある人物だった。ギュレーターの妹マルゴットの夫である。

 彼は以前マルギスタン公爵の由緒ある城の晩餐会で会った時とは違って見えた。

 あの時は、気さくな若者にだった。流行の服を着て、宮廷での噂話に耳を傾け、ワインのグラスを片手に楽し気に言葉を交わしていた。

 今日の彼は、頑丈で動きやすそうな服と革のブーツだった。

「義父上のガシェ子爵は、礼拝堂の焼き討ちの際、亡くなられた」

 ギュレーターは淡々と続けた。

「マルギスタン公爵が招ばれたが高齢だったので、名代で息子の子爵夫妻が結婚式に出席した。彼は父と母を同時に亡くした」

 ヴォルダ家のジニアスとマルギスタン家のバスターはあの世で会って驚いているかも知れない。

「ガシェ子爵の夫人は妊娠中だ。次代がいればいいと、ここへ来た。父上の仇だ」

 フリースラントは近づいて行って、尋ねた。

「マルギスタン公はお元気か?」

 ガシェ子爵の顔がほんのり笑った。

「高齢の為、口ばかりだ。自分も参戦すると剣だの時代遅れの槍だのを持ち出した。年寄りの冷や水だ。私が来た」

 フリースラントは黙って、手を握った。

「フリースラント! 手加減しろ。我が家の婿の骨を折る気か!」

 ギュレーターが笑って声をかけ、フリースラントはすぐ手を放した。

「骨なぞ折られてはたまらんわ。妹に合わす顔がない」

 フリースラントはギュレータの方へ向き直った。

「大丈夫だ。無事に返す」



「次は、遅れて参加されたリグ殿。ゼンダ殿の親友で、十五年前のロンゴバルトとの戦いに参戦された」

「親族のハビン公が人質になっており、動けんかった。もう大丈夫だ。参戦できる」

 リグ殿はあいさつ代わりに、持ち前のだみ声で遅れた事情を説明した。


 ハビン老公の親族が身代金のためにハブファンに借りた金を肩代わりしようとフリースラントは申し出たが、リグ殿は首を縦に振らなかった。

「フリースラント、もう、そんなことより、ハブファンの命をいただいた方が話は早かろう。ここまで来た以上は戦争だ。どちらが勝つかだけだ」

 人質が解放されたので、カザンヤン殿やモロランタン伯爵、ラトマン殿、ベルビュー殿も大っぴらに、陣営に入ってきていた。もう、怖れるものはないのだ。

 彼らは、ロンゴバルトを憎んでいた。
 サジシームは、ごまかし続けてきたが、人質事件がロンゴバルトによって引き起こされたことは間違いない。

 奇妙な駆け引きで、サジシームはあたかも人質の味方のようなふりをしていたが、身代金を払う際のさまざまなやり取りが、ボロボロと化けの皮をはがしていった。
 黒幕はサジシームで、ハブファンはその手下に過ぎないこと、彼らの狙いは金銭もさることながら、このダリアそのものであることなど、真実は、人質だった者、そのせいで莫大な借金を背負わされた者たちの心に喰い込んでいた。敵が誰なのか、彼らはわかっていた。

「アズリンドも参戦したいと言っておったのだが、妻が承知せず」
 ベルビュー殿が言った。正直、アズリンドの方が、老年のベルビュー殿より、戦力としては役に立ちそうだった。利発な少年だった。だが、フリースラントは言った。
「奥方の言うとおりだ。まだ幼い。まずは学業であろう」


 最後にフリースラントが紹介した。
「テンセスト殿だ。ロドリック」

 何人かの人々は彼のことを知っていた。
 だが、誰も何も言わなかった。
 フリースラントも何の説明も付け加えなかった。
 不吉と言われ続けたかつての英雄。
 いつかのトーナメントの時と違い、今日、彼は素顔のまま参加していた。




「レイビック伯爵、それで、どうして我々を集めたのだ」

 リグ殿が、口火を切った。

 フリースラントは言った。

「夕べの晩餐会で、メフメトが死んだ」

 ギュレーターやモロランタン伯爵は知っていた。彼らは夕べの宴会に招かれていたからだ。だが、その他の人々は知らなかった。リグ殿をはじめとした面々はぎろりとフリースラントらの顔を見た。

「死因は不明だ。突然倒れて死んだ」

 全員がざわめき、気色ばんだ。リグ殿が叫んだ。

「チャンスだ! ロンゴバルトを、この国にいるロンゴバルト兵を消滅させるのだ!」

 
「目的の一つが自然消滅した」

 フリースラントが言った。

「我々が手を下すことなく、勝手に死んだのだ。ロンゴバルトもダリアも、目の前で起きたことだ。誰も悪くない。だが、メフメトがいなくなれば、少なくともロンゴバルト側の、ダリア侵攻の一つの勢力が消えたのだ」

「あとはサジシームだけだ」

 ギュレーターが言った。フリースラントはうなずいた。

「そのとおり。この国の領内にいるロンゴバルトの勢力はサジシームだけだ。だが、サジシームは今回、護衛と称して相当数の兵を、それもロンゴバルトの精鋭を引き連れてきている。ただではすむまい」

「だが、ロンゴバルトは、今、とても不利だ。ダリアの真ん中、カプトルまで来ているからだ。チャンスだ」

 ゼンダの領主は言った。

「なぜ、平気で、こんなところまで来たか知っているか?」

 フリースラントが尋ねた。

「王太子夫妻が、まだ、人質だからだ」

 全員が黙った。その通りだった。そのあと、全員が忌々し気に王家をののしり始めた。


「ゼンダの領主殿」

 半白の男は顔を起こしてフリースラントを見つめた。

「準備はしよう。こちらに布陣してくれ。サジシームの逃げ道をふさぐ。手勢は2千」

 ゼンダの領主は頷いた。

「ゼンダ殿には、あの武芸大会の折に志願してきた平民たちをつける」

 いかつい半白の老練な男が白い歯を見せて微笑んだ。

「願ってもない。彼らのことはよく知っている。あれからさんざん連中をしごいたからな」

「そしてギュレーターは王城から続く街道をふさいでほしい。バジエ家の手勢のほか、こちらからロジアンとペリソンを部下につける。兵千が一緒だ」

 ギュレーターは頷いた。そしてニヤリとした。

「だが、布陣するだけだ。何が起きるかわからない。万一に備えるだけだ」



「今日も、サジシームは王宮に現れるはずだ」

 レイビック辺境伯は言った。

「私が偵察に行こう」

 ギュレーターが名乗り出た。
 彼はバジエ辺境伯だった。身分が高いので、好きな時に王宮に出入りできるのだ。

「フリースラントは、昨夜の件がある。ここで布陣したまま様子を見ていた方がいいだろう」

 フリースラントがうなずいた。
「ダリア王領の所属が気になる」
 みんながフリースラントの言葉に同意した。



 翌日、王宮では、サジシームがロンゴバルトの奴隷兵を引き連れて、演説していた。
「王陛下、並びに王妃様」

 彼は沈痛な面持ちで語りかけた。

「盛大な晩餐会を感謝する。ただ、メフメト様が、晩餐会中に死去されると言う、信じがたい出来事が起きてしまい、痛恨の極みである」

 王と王妃、それから王宮に伺候してきた貴族たち数十名は、息をつめてサジシームの次の言葉を待った。

「ロンゴバルトで、どのようにこの事件が理解されるか、実は私にも予測がつかない」

 彼は一渡り、全員の顔を見渡した。ギュレーターもいたが、彼は平然とサジシームの目線を受け流した。

「私がどんなに言葉を尽くして説明しても、また、実際に遺体を持ち帰って、体のどこにも傷がないことを確認してもらったところで、ロンゴバルトの疑惑を払しょくすることはできないかもしれない」

 サジシームは、続けた。

「あのような死に方には、私自身、恐怖を覚えました。まるで死神が体のどこかに触れたかのような……」

「止めて……」

 王妃が小さな声で抗議した。

「誰にも理解できないのではないでしょうか。だからどうしても、ダリアの仕業と疑われる可能性が残ってしまう」

 王と王妃は落ちつかなげだった。
 彼らは王太子の運命に思いを巡らせたのだ。報復されるかもしれない。

「出来るだけ早く、遺体に変化が起きないうちに戻りたい。でないと、傷跡がないことを確認してもらえなくなります」

「速やかにお帰り下さい」

 王妃が言った。

「まことに失礼ながら、そうさせていただきます。後で王ご夫妻に御挨拶だけさせていただいて」


 ぞろぞろと貴族たちが退出し、残ったのは王夫妻だけだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

他人の寿命が視える俺は理を捻じ曲げる。学園一の美令嬢を助けたら凄く優遇されることに

千石
ファンタジー
魔法学園4年生のグレイ・ズーは平凡な平民であるが、『他人の寿命が視える』という他の人にはない特殊な能力を持っていた。 ある日、学園一の美令嬢とすれ違った時、グレイは彼女の余命が本日までということを知ってしまう。 グレイは自分の特殊能力によって過去に周りから気味悪がられ、迫害されるということを経験していたためひたすら隠してきたのだが、 「・・・知ったからには黙っていられないよな」 と何とかしようと行動を開始する。 そのことが切っ掛けでグレイの生活が一変していくのであった。 他の投稿サイトでも掲載してます。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

魔術師セナリアンの憂いごと

野村にれ
ファンタジー
エメラルダ王国。優秀な魔術師が多く、大陸から少し離れた場所にある島国である。 偉大なる魔術師であったシャーロット・マクレガーが災い、争いを防ぎ、魔力による弊害を律し、国の礎を作ったとされている。 シャーロットは王家に忠誠を、王家はシャーロットに忠誠を誓い、この国は栄えていった。 現在は魔力が無い者でも、生活や移動するのに便利な魔道具もあり、移住したい国でも挙げられるほどになった。 ルージエ侯爵家の次女・セナリアンは恵まれた人生だと多くの人は言うだろう。 公爵家に嫁ぎ、あまり表舞台に出る質では無かったが、経営や商品開発にも尽力した。 魔術師としても優秀であったようだが、それはただの一端でしかなかったことは、没後に判明することになる。 厄介ごとに溜息を付き、憂鬱だと文句を言いながら、日々生きていたことをほとんど知ることのないままである。

転生幼女はお願いしたい~100万年に1人と言われた力で自由気ままな異世界ライフ~

土偶の友
ファンタジー
 サクヤは目が覚めると森の中にいた。  しかも隣にはもふもふで真っ白な小さい虎。  虎……? と思ってなでていると、懐かれて一緒に行動をすることに。  歩いていると、新しいもふもふのフェンリルが現れ、フェンリルも助けることになった。  それからは困っている人を助けたり、もふもふしたりのんびりと生きる。 9/28~10/6 までHOTランキング1位! 5/22に2巻が発売します! それに伴い、24章まで取り下げになるので、よろしく願いします。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス1~3巻が発売中!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  第四巻は11月18日に発送。店頭には2~3日後くらいには並ぶと思われます。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍1~7巻発売中。イラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

処理中です...