アネンサードの人々

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サジシーム

第130話 ダリアの割譲

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 メフメトはイライラしていた。

 サジシームは、いかにも小さくなってかしこまっていた。

「金! 金! 金!」

 メフメトは叫んだ。

「お前には、それしか頭にないのか」

「そうは、仰せられましても……」

 サジシームは口答えした。

 調子に乗って、無鉄砲にも他国の領地に攻め入り、惨敗を食らったのはメフメトの責任だった。

 サジシームの手柄を取り上げて、すっかり勢い込んで無謀な戦いに走ったのである。
 
 同じ攻めこむにしても、先の展望や目的は考えていたいのだろうか。
 彼らはいつでもそうだった。商業が盛んで、文化的にも最も豊かと言われているメフメトの部族でさえこの有様だ。

 結果は無残なものだった。

 ロンゴバルトのどの首長も、当分、メフメトの話など聞かないだろう。

 サジシームは、メフメトの前では恐縮したようなふりをしているが、メフメトの失敗をあざ笑っていた。好都合だった。

「身代金だけ取って、人質を解放したいだなんて!  もっと使いようがあるだろう」

「人質と言うのは厄介なものでございまして、それぞれの事情をきちんと聴かねば使いようもございません。人数が多ければ、それだけ面倒なものでございます」

 メフメトにしたところで、人質の具体的な利用の方針はなかったので、それ以上突っ込むことはできなかった。

「だがな、金だけでなくて……そう、領土を獲得したかったのだ。人質と引き換えにその者の領土を取り上げるわけにはいかなかったのか」

「メフメト様、領土を取り上げたところで、こまごました飛び地を管理するのは大変でございます。土地の者にはきっと敵視されることでございましょう。野盗に扮した百姓どもに攻撃されてはたまりません」

 ダリアに無鉄砲にも乗り込んで行って、帰途、野盗に扮した百姓どもに散々な目に遭わされたメフメトは、嫌味を言ってるのかと思ったが、認めるのが嫌なので黙っていた。

「お前は土地管理くらい出来んのか?」

「はい。残念ながら」

 メフメトは不満そうに甥を眺めた。

「それにしても、王一家はまだ残っておるのじゃろ」

「はい」

「それはどうするのだ」

「王の持つ所領は莫大でございます」

「それをロンゴバルトのものにするのだな?」

 サジシームは黙っていた。
 黙っていれば、伯父がイラついて訳の分からないことを言い出すのはわかっていた。

「どうするつもりなのだ」

「国王の所領は、北部に多うございまして」

 国王の所領も全国に散らばっていた。貴族どもの所領を思えば格段に多かったが、散らばってるため管理が難しく、税を取り立てるのに王自身が苦労していた。
 だが、北部地方に特に多いわけではない。

 メフメトはそんなことは知らない。

「北部地方……と言うと金山も含まれるのか?」

「いえ。あれは王の所領にはございません。レイビックは……」

 そう言ったとたん、メフメトがの目が光ったように思った。金山の話に乗ってきたなとサジシームは期待した。

「レイビック」

「金山でございます」

 だが、メフメトの脳裏に浮かんだのは、金山だけではなかった。レイビックの話を聞くと、子どもの頃に読んだ昔ばなしが頭をよぎる。

「魔王伝説の地か」

 サジシームには何の話か分からなかった。

 メフメトは、この間、老師から借り出してきた本をサジシームに貸し出した。

 さすがにサジシームはむっとした。この忙しい時に、昔の伝説を読めとは!

 メフメトは迷信深過ぎるとサジシームはイライラした。魔王伝説なんかどうでもいいだろう。今は、ダリアに食い込む千載一遇のチャンスなのだ。
「まあ、レイビックは外した方が良いだろう。北の果てだ。遠すぎる」

 サジシームは必死になった。北に関心を持ってほしいのだ。北には金がある。そして、そのほかにルシアがいた。黄金のような、あのルシア。

「はばかりながら、メフメト様」

 サジシームは言った。
「王領は北側に多く、レイビックのすぐ近くのベルブルグには内通者がおりまする」

「ハブファンのことか?」

「左様で」

「役に立つのか? その男?」

「立ちますとも。ダリアの貴族の称号も取得させました」

 メフメトには、あまり良く分からなかった。彼は、ダリアの細かい事情に関心がなかった。唯一、彼の心に食い込んでいたのは、魔王の伝説だった。

「ダリアの国中の主だった貴族を集めて証人にいたしましょう。王の所領をメフメト様へ移譲させるのです」

「そんなこと出来るかな?」

「できない訳がございますまい」

「人質の領主どもの領地だって、同様に移譲させればよかったではないか」

 サジシームは首を振った。

「それぞれの領地と領主の関係性が問題なのです。貴族領は直接管理されている。領民たちとのきずなも深い。だが、王領は関係性が薄い。王が直接管理せず、代理人が間に入るからです。領民からしてみれば、領主がダリアの王だろうとメフメト様だろうと、顔さえ見たことがない所有者が変わっただけです。新しい代官が誰だろうが、取りたてる税の額さえ変わらなければ、彼らは気にしないでしょう」

「そんなものなのか? ダリアのやり方は良く分からぬ」

「せっかく王一家が人質になってるのですから、領土の割譲くらい当然でしょう」

「うまくいけばいいがの?」

 貴族どものわずかな領地すら手に入らなかったのだ。
 王領なら手に入る理屈がメフメトにはイマイチわからなかった。
 それでなくとも、数週間前、メフメトはダリア領に攻め込んで、大失敗したのだ。

「それに、王一家はダリアに戻るわけだ。必ず、奪われた領地の奪還を試みるだろう」

 サジシームはニヤリと笑った。

「メフメト様、人のいいことを」

「なんだと?」

「人質を返したりするはずがないではありませんか」

「今、人質を帰すと言ったではないか。それと引き換えに領土の割譲を求めると」

「返すのは王だけです」

 メフメトはサジシームを見つめた。どういうことだ?

「まずは、王を帰し、王妃と王太子を返してほしくば、領土を割譲せよと求めるのです。そして、その証人に国中の主だった貴族を集めよと」

「証人?」

「領土のやり取りの保証は、どうするのですか? 約束を反故にされてはたまりません」

 メフメトは懐疑的だった。

「そんなもの、何にもなりはしないと思うがな。貴族どもは、王の所領の帰属とは無関係だ。王が領地を割譲しようが、ロンゴバルトと敵対しようが、何の権利もないだろう」

「ダリアは一つの国としてまとまっております。王一人の問題ではない。自分たちの国の行く末なのです」

「それなら余計証人になりたがらないだろう。国の引き渡しの責任なんか取りたくないんじゃないか? それに証人がいたところで、王は約束を反故するだろう。全く意味がないじゃろ」

「いいえ。証人をあてにしているわけではありません」

「お前のいうことはさっぱりわからんぞ? それなら、証人を集める必要はないではないか」

「メフメト様。今、メフメト様がおっしゃったお言葉の中に回答はあるのです」

 メフメトには何のことだか、さっぱりわからなかった。

「証人を集める必要があるのです。つまり、貴族どもをもう一度集めたいのです。目的はそちらです」

「人質事件の後だ。容易には集まるまい」

「集めるのは王の仕事です。集められなければ、人質は帰さない」

「なぜ、貴族どもなど集めたいのだ」

 サジシームは、答えた。ようやく話をここまで持ち込めた。

「貴族全員に用事があるのではない。用事があるのは、金鉱の持ち主、レイビック伯だけです」



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