アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第129話 店内でショーをする

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 ロドリックは、カルムが気の毒になった。

「この見掛け倒しのダリア人め」
 ロンゴバルト語で、正面からカルムはののしった。

「俺にケンカを売るとはいい度胸だよ」
 ダリア語でロドリックは言ってみた。
 どうやら通じていないようだったので、ダリア語はわからないのだと思った。

 店長の合図で、勝負は始まった。

 カルムは、ガツッと肩から突っ込んできた。
 見ている連中は、夢中になって歓声を上げた。ジュリマンが得意げに見ているのに気が付いた。
 舐めているのだろう。無防備すぎる。突っ込まれたら勢いで吹っ飛ぶくらいに思っているのだろう。

 吹っ飛ぶわけがなかった。

 片腕と胸をつかんだ。ろっ骨が折れる感触がした。

「おい、カルム」

 ロンゴバルト語でロドリックは言った。

「俺は殺したくないんだ」

 カルムは事態に気が付いて、目だけ動かした。白目が光った。この男には勝てない。絶対に勝てない。

「観客の皆様が見てるぜ。勝負しないとな。離してやるから、もう一度、俺にかかってこい。かかって来なかったら、捕まえるからな、一緒だ」

 ロドリックが手の力を緩めると、カルムは急いでロドリックから離れた。

「向かって来い」

 カルムは、ためらった。観客が大声をあげた。

「かかってこい。早くしろ」

 カルムはもう一度手を出した。怖いのだろう。手先だけだった。

 ロドリックは一歩踏み出し、その手をつかんだ。

 掴んだ手を上に持ち上げると、カルムの体全体が持ち上がった。カルムは大男だ。片手だけで持ち上げるとは恐ろしい力だ。浮いた足を払い、体が傾いたところをつかまえて、首を絞めにかかった。まるで金属のような手だった。指が喉を締め上げていく。観客の声援は、恐怖の叫びに変わった。

「ロッド、やめて! ロッド」

 店長が金切り声で叫んだ。

「言う程、力は入っていないよなあ」

 ロドリックはカルムにロンゴバルト語で話しかけた。

「俺は人を殺し過ぎた。これ以上殺したくないんだ。今晩だって、呼ばれなきゃ、こんな余興はやらなかった。お前んとこの主人は、俺を殺したところで、金でカタがつくって言ってたな。お前の命も金で片が付くんだよな?」

「俺は、ハブファンの家来じゃない。もっとえらい方の……」

 かすれ声でカルムは言いかけた。ロドリックは手の力を緩めた。

「ハブファンの手の者じゃないのか。じゃあ、手加減は要らないな」

「バカ。この無知なダリア人め。ハブファンより、もっと恐ろしいお方が俺のバックなんだよ。離せ。離すんだ」

「見え透いた嘘を言うんじゃない。なに気取ってんだ。誰がバックだって?」

 ロドリックは手に力を込めた。

「サジシーム様だ。ロンゴバルトのお方だ。大層なお金持ちの……」

「知らないな。じゃあ殺さないでやるぜ。礼に俺をお前の大将に紹介してくれよ。金をたんと持ってるんだって?」

「気に入られなければ、金なんか渡すようなお方じゃない……」

「でなきゃ、お前を殺すぜ。簡単なんだ」

「止めろ……」

 観客の声は悲鳴に近くなってきた。ただ、ジュリマンだけは、口を堅く引き結んでいたが、目はキラキラして楽しそうにすら見えた。

 ロドリックが力を緩めると、カルムはどさりという音を立てて、床に落ちた。

 人々は沈黙していた。店長も誰もかれも、床の上に横たわった動かないカルムを見つめていた。

「殺しちゃいねえよ!」

 ロドリックは叫び、店長をじろりとねめつけると、はっと我に返った店長が慌てて叫んだ。

「勝者、ロッド!」

「起きろ」

 ロドリックは靴の先でカルムを蹴った。カルムはうめいた。その声を聞いて、観客は、みんなほっとしたようで、急にいろいろなことを叫び始めた。

 カルムは、辛そうに片膝を立てて、ゆっくり立ち上がり始めた。
 ロドリックは彼に肩を貸してやり、立ち上がらせると、元の席まで連れて行ってやった。

 人々は、またもや、大声で叫び出した。隣の店からまで、何人かが様子を見に来るくらいだった。

「なんだ、何があったんだい?」

 隣から騒ぎを聞きつけてやって来た男と、ついてきた女が聞いた。

「用心棒同士の勝負さ。店のと、ハブファン様の愛人のお付きと」

「そりゃあ、勝負にならん。ハブファン様の用心棒の圧勝だろ」

「ところがところが」

 相手は首を振って見せた。

「筋肉旋風の用心棒はすげえぜ。簡単にのしちまった」

「え? まさか?」

 彼らはロドリックの姿を探した。

「さあさあ、帰ってちょうだい。自分の店にお戻りなさい」

 店長が野次馬を追い払っている間に、ロドリックはジュリマンのところへカルムを連れて行っていた。

「だんなさま、すみません。ろっ骨一本折っちまいました」

 ロドリックはジュリマンに話しかけた。

 ジュリマンは興奮していて、顔が紅潮していた。

「どうして、殺さなかった?」

「え?」

 ロドリックはびっくりした。

「こんな男は要らないんだ。見張られていたんだ。殺してくれたら、金を出したのに」

 ジュリマンは早口に言い、ロドリックは本当に困った。

「いや、殺すのは、ちょっと……。後で、商売に差し支えますんで」

「俺が余計なことをしゃべらないように、くっついていたのさ。俺は人質なんだ」

 ロドリックは何の話か分からないと言った様子をした。

「この街には何人もこいつの仲間が住んでる。俺と兄貴を見張ってる。裏切れば殺される」

 兄貴?

「こいつらはダリア語がわからない。お前にとってロンゴバルト語がわからないのと同様に。固まって住んでるんだ。殺してくれればよかったのに、しばらくの間、俺たちは自由になれたのに。次のが来るまでの間だけど」

 ロドリックは引き下がった。聞きたいことは聞いてしまったように思った。
 体を半分隠しながら、彼は聞き耳を立てた。

「ジュリマン様、ちっと力が足りなかったようで……」

 ロンゴバルト語が聞こえた。

「ちっとじゃねえ。なんだ、その体たらくは」

「サジシーム様に交代をお願いしましょう」

「その名前を出すんじゃない!」

 ジュリアンが噛みつくように言い、カルムは恨みがましそうに、ジュリマンを眺めた。

「ずいぶんサジシーム様のおかげで、ハブファン様は儲けておられるでしょうに」

「俺は知らん」

「ハブファン様の費用で遊んでいらっしゃるのに」

「勝負に勝ってからそんなことは言うんだな。どうだ、もう一勝負挑んで来い。今度こそ……」

 殺さなきゃならないなとロドリックは考えた。

「滅相もない」

 カルムはあわてて答えた。

「今度は剣でどうだ。剣は習っていなければ、全く勝負にならないぞ?」

「私を殺す気ですか? 次の連絡便でサジシーム様にお知らせいたしますぞ」

 ジュリマンは黙った。

 その視線は物欲しそうにロドリックの方に流れていった。

「いい男だ」

 カルムは黙っていた。

「いいな。欲しい」

 どう欲しがっているのか、見当がつかなかったので、ロドリックは目線を逸らした。

「明日は一人でこよう」

 とにかく、筋肉旋風の用心棒は今晩限りにしよう。ジュリマンに取り入れば、もっといろいろ情報を集められるだろうが、この調子だと、その代わりにカルムの命がなくなりそうだった。

「もう、帰る」

 翌朝、むっつりとロドリックは言った。

 さすがのドルマが賛成した。

「すごい騒ぎだったわ」

 それから付け加えた。

「そうなの。ハブファン自身も見張られているのね。最近、多いのよねえ。ロンゴバルト人」

「らしいね。俺だって、まさか、こんなことで、ロンゴバルト人を殺すわけにはいかないじゃないか」

「そうよねえ」

 ドルマの目は、今度は尊敬の色を帯びてきた。

 その尊敬の色は何に対して? 殺さなかった良識に対して? それとも簡単に殺せると言うバカ力に対して?

「いいえ、そういうことじゃなくて……うーん、なんていうか、その余裕に対してよね。カッコイイ」

「かっこいいこたないでしょ。殺しちゃったら、ロンゴバルト人が総動員でオレを付け回すかもしれないだろ。あんたも危ないよ?」

 ドルマの目が真剣になった。

「あんたを守るわ」

 無理だから、それ。

「俺があんたを守ればって、逆は無理だと思うよ。とにかく、俺のことは知らぬ存ぜぬで通した方がいいと思うな」

 ロドリックは朝早くに発った。

「迷惑かけたな」

「ううん。いいの」

 よくねえって。てか、なんか、勘違いしてないか、この男。


 レイビック城に戻って一部始終を語ると、フリースラントは死ぬほど笑った。

「俺は面白くもなんともない」

「ま、まあ、実際、私がその立場だったら、面白くはないだろうけど」

「とにかく、思ったよりロンゴバルト人は多くベルブルグに潜入しているらしい」

「ハブファンは、サジシームに弱みを握られて、脅迫されているのか」

「らしいな」
 



 そしてある日、ベルビュー殿から、署名のない手紙が届いた。

『王の解放が決まりました』

 フリースラントとロドリックは顔を見合わせた。

『身代金の支払いが終わった人質全員を同時に解放するので、当主が必ず引き取りにカプトルまで出向くよう要求しています。そして、ダリアの王の領土の半分を身代金として割譲し、その証人になるよう要求しています』

「ダリアを割譲……」



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