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レイビック伯
第97話 表敬訪問それぞれ
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最初の家は、マルギスタン公爵家だった。
当主のマルギスタン殿は、もう70歳をいくつか過ぎた老体だったが、かくしゃくとしていた。
熱狂的な武道ファンで、レイビック伯爵が、派手な武芸大会を催すと聞くと、いてもたってもいられず、家族の反対を押し切って、はるばるレイビックまで見物にやって来たのである。
公爵家は古い名門で、レイビック伯爵と言う名前など聞いたこともなく、いくら老体がこの上なく機嫌よく帰ってきて、レイビック伯爵をほめちぎっても、家族の者は、老人が無事で帰ってきてよかったくらいしか考えなかった。しかも、老人の招待に、成金の伯爵が嬉しそうに応じるにいたっては、何をか言わんやである。
「丁重におもてなしせよ。いささかも失礼があってはならん」
当主はマルギスタン公爵だったが、実質的には息子のガジエ子爵が牛耳っていた。
父の意向に逆らう気はないが、成り上がり者のレイビック伯爵のもてなしなど、ほどほどでよかろうと考えていた。
表敬訪問のみで宿泊するとは言ってこなかったことがせめてもの救いだった。
「残念である。三日三晩歓待を受けたと言うのに」
マルギスタン公爵の居城は、古く格式ある立派な城だった。
「もっとも立派な食堂に案内せよ。正式な午餐を準備せい」
家族はしぶしぶ従い、古いが時代のついた正食堂が準備された。一家は勢ぞろいし、フリースラントがどんな田舎者で成金趣味なのか、からかってやろうと待ち受けていた。
若い孫夫婦までが、好奇心満々で、ルシア妃を金で買いとったと言う成金を見物にやって来た。
きちんと正装したフリースラントは、当たり前のように、格式ばった正食堂に入ってきた。
そして、そのとたん、老マルギスタン公爵の孫の嫁で、3年前に結婚したばかりの若いマリゴットが叫んだ。
「まあ、あれは、ヴォルダ家のフリースラント様では……」
フリースラントは視線をその若い女性に向けた。ついでに言うと、家族全員が若い嫁に目線を向けた。
ギュレーターの妹に間違いなかった。彼女には一度しか会っていないが、彼自身の妻の候補だったし、何より彼女はギュレーターそっくりだったのである。忘れられる顔ではなかった。
「ええと、バジエ辺境伯の令嬢で……」
「今は、マルギスタン夫人ですの」
ちょっとつんけんした様子でマリゴットは説明した。
「それは、全く存じませんで失礼しました」
「おお、マルゴット、これはどう言うことじゃな?」
老公爵が尋ねた。マルゴットはぶしつけだったことに気が付いて、顔を赤らめて、説明した。
「兄のギュレーターの親友の、ヴォルダ家の次男のフリースラント様ですわ。レイビック伯爵と言うお名前とお聞きしておりましたので、別の方だと思っておりました」
親友ではない……と、そこは否定したい気分にかられたが、黙っておくことにした。
それから先は、スムーズだった。
老侯爵はさらに機嫌がよくなり、自分の言ったとおりだろう、お前たちは成金呼ばわりしていたが、成金には見えなんだわいと怒鳴って、家族の者は赤くなった。そんな失礼なことを言っていたのかと、フリースラントに知られたくなかったのである。だが、老人は得意満面で、フリースラントにしきりと酒を勧めた。
フリースラントはガジエ子爵が父と同窓だったことを発見した。
フリースラントより、いくつか年上らしいマリゴットの夫は、フリースラントの婚約者がルシアだということを改めて思い出したらしく、いろいろ聞いてきた。彼も宮廷でルシア妃を見かけたことがあるらしく、大変な美人だと知っていたらしい。だが、同時に、兄妹に当たるはずだということも知っていた。
フリースラントは、ガジエ子爵に王家の秘密をこっそり打ち明けた。
ヴォルダ公爵が目覚ましく出世していく後姿を見守るしかなかったガジエ子爵だったが、この話には多少留飲を下げたらしかった。それでなくても、ヴォルダ家は気の毒なことになっている。
「それは……なんとも。ジニアスがそんなことになっていようとは」
「まあ、今はもう亡き父の話です。ルシア妃のことは、幼馴染でもあり気心知れて、ぜひとも妻にと王に所望し、許されました」
こう言いながら、フリースラントは顔が赤くなるのを覚えた。他人に向かって、そんな話をするのは初めてだったからだ。それに、本当のことを言うと、結婚できるかどうか、未だにわからない。それでも、「妻にと所望し許された」と言うだけでも、うれしかった。
隅っこの方で、同席を許されたロジアンが妙な顔をして、フリースラントの顔を見ているのが気にはなったが。
午餐会は、つつがなく終了し(3時間もかかったが)、友好的なムードで終了することができた。
見ず知らずの成り上がり者との午餐ではなく、彼らの旧知の家の息子が訪ねてきたのだ。
ガジエ子爵も子爵夫人も、最初とは打って変わって、マルギスタン老公爵に負けず劣らず心を込めて、城に滞在するよう、フリースラントを引き留めた。
「突然、お伺いして泊って行くような無礼者ではございません。今度また、武芸大会を催すことがございましたら、マルギスタン公爵のみならず、ガジエ子爵ご夫妻もぜひお越しくださいませ。そして、ギュレーター殿も、ぜひご参戦くださいませ」
「おお、そうじゃ。マルゴットの兄上じゃな。武芸達者の剛の者じゃ」
老公爵は嬉しそうだった。彼らはお互いが見えなくなるまで、手を振り、見えなくなると途端にフリースラントは走り出した。
「面倒くさい」
「わかってたことじゃありませんか、フリースラント様。フリースラント様は、そもそも、人付き合いがお嫌いで……」
「マルゴットの嫁ぎ先だったんだ。唯一、あの女が役立った」
「あの女って……嫌いなんですか?」
「うん。嫌い」
「でも、全部、あの若夫人が説明してくれて助かったじゃないですか」
「良かったけど、時間が伸びた気がする」
ロジアンが肩をすくめた。
「私なんか、聞いてるだけなんですよ? 退屈極まりない」
「それは正直すまない。だけど仕方ない」
「また、武芸大会をやるんですか?」
今度はフリースラントが、肩をすくめた。
「なあ、ロジアン。それどころじゃないんだよ。本気の戦争、戦争さ。その準備のために仕方なく回ってるんだ」
当主のマルギスタン殿は、もう70歳をいくつか過ぎた老体だったが、かくしゃくとしていた。
熱狂的な武道ファンで、レイビック伯爵が、派手な武芸大会を催すと聞くと、いてもたってもいられず、家族の反対を押し切って、はるばるレイビックまで見物にやって来たのである。
公爵家は古い名門で、レイビック伯爵と言う名前など聞いたこともなく、いくら老体がこの上なく機嫌よく帰ってきて、レイビック伯爵をほめちぎっても、家族の者は、老人が無事で帰ってきてよかったくらいしか考えなかった。しかも、老人の招待に、成金の伯爵が嬉しそうに応じるにいたっては、何をか言わんやである。
「丁重におもてなしせよ。いささかも失礼があってはならん」
当主はマルギスタン公爵だったが、実質的には息子のガジエ子爵が牛耳っていた。
父の意向に逆らう気はないが、成り上がり者のレイビック伯爵のもてなしなど、ほどほどでよかろうと考えていた。
表敬訪問のみで宿泊するとは言ってこなかったことがせめてもの救いだった。
「残念である。三日三晩歓待を受けたと言うのに」
マルギスタン公爵の居城は、古く格式ある立派な城だった。
「もっとも立派な食堂に案内せよ。正式な午餐を準備せい」
家族はしぶしぶ従い、古いが時代のついた正食堂が準備された。一家は勢ぞろいし、フリースラントがどんな田舎者で成金趣味なのか、からかってやろうと待ち受けていた。
若い孫夫婦までが、好奇心満々で、ルシア妃を金で買いとったと言う成金を見物にやって来た。
きちんと正装したフリースラントは、当たり前のように、格式ばった正食堂に入ってきた。
そして、そのとたん、老マルギスタン公爵の孫の嫁で、3年前に結婚したばかりの若いマリゴットが叫んだ。
「まあ、あれは、ヴォルダ家のフリースラント様では……」
フリースラントは視線をその若い女性に向けた。ついでに言うと、家族全員が若い嫁に目線を向けた。
ギュレーターの妹に間違いなかった。彼女には一度しか会っていないが、彼自身の妻の候補だったし、何より彼女はギュレーターそっくりだったのである。忘れられる顔ではなかった。
「ええと、バジエ辺境伯の令嬢で……」
「今は、マルギスタン夫人ですの」
ちょっとつんけんした様子でマリゴットは説明した。
「それは、全く存じませんで失礼しました」
「おお、マルゴット、これはどう言うことじゃな?」
老公爵が尋ねた。マルゴットはぶしつけだったことに気が付いて、顔を赤らめて、説明した。
「兄のギュレーターの親友の、ヴォルダ家の次男のフリースラント様ですわ。レイビック伯爵と言うお名前とお聞きしておりましたので、別の方だと思っておりました」
親友ではない……と、そこは否定したい気分にかられたが、黙っておくことにした。
それから先は、スムーズだった。
老侯爵はさらに機嫌がよくなり、自分の言ったとおりだろう、お前たちは成金呼ばわりしていたが、成金には見えなんだわいと怒鳴って、家族の者は赤くなった。そんな失礼なことを言っていたのかと、フリースラントに知られたくなかったのである。だが、老人は得意満面で、フリースラントにしきりと酒を勧めた。
フリースラントはガジエ子爵が父と同窓だったことを発見した。
フリースラントより、いくつか年上らしいマリゴットの夫は、フリースラントの婚約者がルシアだということを改めて思い出したらしく、いろいろ聞いてきた。彼も宮廷でルシア妃を見かけたことがあるらしく、大変な美人だと知っていたらしい。だが、同時に、兄妹に当たるはずだということも知っていた。
フリースラントは、ガジエ子爵に王家の秘密をこっそり打ち明けた。
ヴォルダ公爵が目覚ましく出世していく後姿を見守るしかなかったガジエ子爵だったが、この話には多少留飲を下げたらしかった。それでなくても、ヴォルダ家は気の毒なことになっている。
「それは……なんとも。ジニアスがそんなことになっていようとは」
「まあ、今はもう亡き父の話です。ルシア妃のことは、幼馴染でもあり気心知れて、ぜひとも妻にと王に所望し、許されました」
こう言いながら、フリースラントは顔が赤くなるのを覚えた。他人に向かって、そんな話をするのは初めてだったからだ。それに、本当のことを言うと、結婚できるかどうか、未だにわからない。それでも、「妻にと所望し許された」と言うだけでも、うれしかった。
隅っこの方で、同席を許されたロジアンが妙な顔をして、フリースラントの顔を見ているのが気にはなったが。
午餐会は、つつがなく終了し(3時間もかかったが)、友好的なムードで終了することができた。
見ず知らずの成り上がり者との午餐ではなく、彼らの旧知の家の息子が訪ねてきたのだ。
ガジエ子爵も子爵夫人も、最初とは打って変わって、マルギスタン老公爵に負けず劣らず心を込めて、城に滞在するよう、フリースラントを引き留めた。
「突然、お伺いして泊って行くような無礼者ではございません。今度また、武芸大会を催すことがございましたら、マルギスタン公爵のみならず、ガジエ子爵ご夫妻もぜひお越しくださいませ。そして、ギュレーター殿も、ぜひご参戦くださいませ」
「おお、そうじゃ。マルゴットの兄上じゃな。武芸達者の剛の者じゃ」
老公爵は嬉しそうだった。彼らはお互いが見えなくなるまで、手を振り、見えなくなると途端にフリースラントは走り出した。
「面倒くさい」
「わかってたことじゃありませんか、フリースラント様。フリースラント様は、そもそも、人付き合いがお嫌いで……」
「マルゴットの嫁ぎ先だったんだ。唯一、あの女が役立った」
「あの女って……嫌いなんですか?」
「うん。嫌い」
「でも、全部、あの若夫人が説明してくれて助かったじゃないですか」
「良かったけど、時間が伸びた気がする」
ロジアンが肩をすくめた。
「私なんか、聞いてるだけなんですよ? 退屈極まりない」
「それは正直すまない。だけど仕方ない」
「また、武芸大会をやるんですか?」
今度はフリースラントが、肩をすくめた。
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